皆さんこんにちは。2025年11月7日より高市首相の発言[1]を巡る認知戦が勃発し、現在も続行しております。筆者は一部で主張されているような意味合いとは別の角度から、「今が重要な分岐点」にあると考えているので、今回もこのテーマを取り上げることとします。
「存立危機事態」認定=「武力介入ではない」
まず初めに、多くの日本国民が誤解しがちな点を明快に指摘する必要があります。それは台湾有事を日本の「存立危機事態」に認定しても、自衛隊が必ずしも武力介入するわけではないということです。存立危機事態の認定は集団的自衛権の行使を可能にするための前提条件の一つにすぎず、認定自体が武力行使に直結するものではないのです。
自衛隊が武力を行使するには、以下に示すような「新三要件」をすべて満たす必要があります[2]。
(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
(2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
(出典:内閣官房HP資料「「平和安全法制」の概要」より)
一つ目の要件は「存立危機事態」と重複するので満たします。台湾有事は日本の宿命(1)で解説した通り、武力行使を伴う中国の台湾併合作戦は日本の存立を脅かす事態です。特に台湾南方にあるバシー海峡は、日本が輸入する原油・液化天然ガス(LNG)の約8割、全貿易の約4割が通過する経済的大動脈です。また台湾そのものも、高性能ロジックの半導体の製造拠点であるため、封鎖作戦で工場の操業が停止するだけでも、日本経済に大打撃を与えます。
一方で二つ目以降においては、政府の政治的裁量の余地が大いにあります。特に二つ目の要件にある「他に適当な手段がないこと」は非軍事的な手段が行き詰ったことを示唆しています。つまり、認定後も外交努力などの非軍事的手段を講じることが優先されており、武力行使は最後の手段として位置付けられているのです。また三つ目の要件は必要最低限の武力行使に留めることを要求しております。
そして存立危機だけでなく、武力攻撃も含めた事態の対処には、基本方針を閣議決定し、国会の承認を得る必要があります[3]。この幾重にも重なった制限を超えて初めて自衛隊は動きます。これらを合理的に考慮すれば、台湾有事での日本の対応は軍事介入する米軍の後方支援になります。
したがって高市氏の「存立危機事態」発言は、従来の日米安保協力における「統合された抑止」をありのままに説明したものであり、自衛隊のルール・オブ・エンゲージメント(ROE)を変更して中国と戦争することを意味するものではないのです。
あいまい戦略も変わっていない
なお一部の穏健保守派やリベラル派の間で「存立危機事態の明言は従来のあいまい戦略を逸脱している」という主張をする方がいらっしゃいます。石破前首相も同様の主張をして高市氏を批判しております[4]。
確かに日本は「一つの中国政策」を維持しつつ、台湾との非公式な関係を続けるというあいまい政策をとってきました。それはアメリカも同様で、特に2025年10月30日に行われた米中首脳会談で、トランプ米大統領が台湾問題を話題にしなかったことは、バイデン前政権からのトークダウンという印象を広めております。
しかしながら高市氏の発言はあいまい戦略からの脱却を意味しません。前章で説明した通り、「存立危機事態」認定が即武力介入を意味するわけではないからです。それに日本とアメリカではあいまい戦略のアプローチに重大な違いがあります。
アメリカ式のあいまい戦略
アメリカは現在の国際社会において最も強大な軍事国家であり、世界中に軍を展開する能力を保持しております。同国にとって台湾(中華民国)は、第二次世界大戦で日本と戦うのを支援した「戦友」であり、断交した今もなお、台湾関係法による支援を継続する「友好国」です。中華人民共和国との関係安定のために「一つの中国」政策を堅持してはいますが、日米安保を軸としたアジアでのプレゼンスを捨てることはなく、中国を封じ込める第一列島線の中核として台湾を位置付けています。
つまりアメリカという国は、外交上で「台湾独立を支持しない」と表明したとしても、中国が力づくで台湾併合を試みれば、アメリカは介入できるという姿勢を、行動力によって示し続けることで、中国の軍事戦略に「不確実要素」を与えて抑止しているのです。
因みにバイデン前大統領が2021年10月から台湾を防衛すると発言しました[5]が、あれは同年8月のアフガン撤退の惨状により、アメリカの影響力が減退したことを、中国が台湾への圧力に利用したことが背景にあります[6]。一方、台湾防衛について言及を避けるトランプ大統領も、中国の増長を容認するつもりは毛頭なく、米CBSニュースのインタビューにて、習近平国家主席は台湾進攻すれば「何が起こるかを理解している」と、彼なりの「予測不能性」を最大限に活用しております[7]。
ただし、軍事力が強大化した中国を完全に抑止するのに、アメリカ一国では困難になりつつあることも事実であり、日本の協力が重要視されています。これはバイデン政権とトランプ政権という異なる政権を超えたアメリカのアジア戦略であり、特にトランプ氏は自身の予測不能性を裏付ける存在として、日本に台湾問題の外交的・軍事的コストを事実上押し付けたことは過去記事で論じた通りです。
日本の自称「あいまい戦略」
日本はどうでしょうか?日本は1945年の敗戦以降、平和主義国家としての道を歩んでおり、対外軍事介入の一切を禁止した体制を維持しておりました。それは自衛隊が発足し、増強されていく中でも変わることはなく、自衛に関しても「専守防衛」という内向きの姿勢を堅持しております。
それが安倍政権の2015年に平和安保法制の成立によって限定的な集団的自衛権の行使容認を実現しております。その中で「存立危機事態」という新しい日本語が作り出されました。これは「日本は憲法上、集団的自衛権は行使できない」と主張する、国内の平和主義イデオロギーに最大限配慮した妥協の産物であり、限りなく「個別に近い集団的自衛権」として位置付けられております。
そして一章で述べた通り、実際の武力の行使には厳しい要件と制約が設けられています。つまり、日本の「あいまい戦略」とは事実上、国内向けであり、外部の国から見れば日本が単独で軍事行動する可能性は限りなくゼロであると確信できる状態なのです。
こういった「非力」な日本の防衛体制を守るために、日米安保条約は重要視されております。すると当然、アメリカのアジア戦略と不可分一体の安全保障戦略をとることになります。すなわち、日本の本当の「あいまい戦略」はアメリカとの連携を前提としており、「存立危機事態」想定をぼかすような「あいまい」は、むしろその足を引っ張りかねず、中国にとって有利な「確実性」を与える隙でしかないのです。
中国が仕掛けていた「日本の確実化」戦略
当然ながら「孫氏の兵法」で有名な中国がこの「隙」を見逃すはずがありません。実は中国の認知戦に、時間的制約は存在せず、日中国交正常化の時からずっと日本に対し、仕掛けられたものがあります。
それが「一つの中国」政策の歪曲です。台湾問題と中国の認知戦で解説したように、1972年の国交正常化で結ばれた日中共同声明では台湾について言及されていますが、中国側が「台湾は我らの不可分の領土だ」と表明するのに対し、日本側は中国の立場を「十分理解し、尊重した」だけで、台湾が中国領土であると「承認」したことはありません。
中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する(日本外務省HPより)
しかし中国政府は日本政府や日本メディアに繰り返し自国の主張を受け入れさせるアプローチを重ねていました。例えば国交正常化前の1969年に行われた「日中覚書貿易取り決めと日中政治問題に関する会談コミュニケ」では以下のような政治三原則なるものを作り上げます。
1.日本は中国敵視政策をとらない
2.日本は「二つの中国」を作る陰謀に加担しない
3.日本は中日両国の正常な関係の回復を妨げない。
中国の方は反日で日本敵視政策を長年続けているので、明らかにフェアではありませんが、まじめな日本人は原則で自らを縛るようになります。その後も日本の新聞やテレビなどの細かな表現に対しても中国は干渉を繰り返します。例えば「中国本土と台湾」という言葉を使わせることで、台湾は中国領土であることを暗示させます[8]。
このようなアプローチが功を奏し、いつしか日本国内では一つの中国政策=日本が中国の台湾領有を認めたという歪曲された情報が、ほとんど「定説」のようになってしまいました。そのため専門家の間でも「台湾問題は中国の国内問題」と平然と主張されるようになり、緊迫した安全保障環境との「ズレ」が生じるようになってしまったのです。
ここまでくれば中国は外交的に優位に立ったも同然で、日本に「原則を守れ」と高圧的な態度で圧力をかければ、台湾問題で沈黙を強いることができます。つまり中国が台湾に武力侵攻しても、日本が一切協力しない「確実性」を実現する一歩手前のところまで来ていたわけです。
台湾有事は「存立危機事態」発言の意義
高市氏の「存立危機事態」発言は立憲民主党の岡田克也議員との答弁で引き出されたものです。自称リベラル&左派はともかく、保守派の中でも「手の内を明かす」など高市氏の発言を問題視する意見がある反面、引き出した岡田氏の責任を問う声まで出ています。しかし、筆者としては高市氏の発言はもちろん、岡田氏にも「Good Job(よくやった!)」と言いたいです。
なぜなら今回、日本の首相が台湾有事について、日本の「存立危機事態」に当たる可能性があると発言したことは、大変大きな意義があるからです。
国民のコンセンサス形成になる
一つ目の意義は有事における国民のコンセンサス形成になることです。高市氏の発言に対して立憲民主党の本庄知史政調会長がフジテレビの番組において、「安全保障法制への理解が十分ではない」と批判しました[9]。また産経新聞の杉本康士 東京編集局外信部次長らも、記事において「準備不足」と指摘し、故安倍元首相を例に挙げて、高市氏に慎重な答弁を提言しております[10]。
彼らの主張はどれも正論であり、それ故に今回の発言の意義を裏打ちするものです。本庄氏が指摘する「理解が十分ではない」のは、従来政府が慎重な答弁に終始するあまり、安保法制の説明も「あいまい」になっていたことが背景にあります。つまりどんな時が「存立危機事態」なのか、ぼかしたまま制度と装備などを整えている状態です。
戦後日本の平和主義イデオロギーに配慮するという意味では、安倍元首相の慎重答弁は確かに理に適ってしました。しかし、それではいつまで経っても国民は置き去りのままです。筆者はたまたま、中国問題に関心を持ち、台湾問題についても調査・考察する機会を得ましたが、多くの国民は日々の生活に忙しいので、自発的に調べて理解する機会はなかなかありません。
それに「存立危機事態」は、放置すれば日本に危害が及ぶと認められる他国の危機を対象とするため、実際の認定に政治的裁量の余地があるとはいえ、好き嫌いで判断できるものではありません。例えば反日を掲げる韓国が北朝鮮に侵略された場合、嫌韓派が「あんな国は見捨ててしまえ!」と思っていても、日本政府は「存立危機事態」に認定する必要があるでしょう。
前章で指摘した通り、日本国内は中国の長期的認知戦によって、「台湾問題は中国の内政問題」という「歪曲された情報」に染まりつつあります。それを放置して、日本政府と自衛隊だけがこそこそ準備したとしても、実際の有事で思うように動くことはできません。シビリアンコントロール下において自衛隊を正常に機能させるには、国民のコンセンサスが必要であり、そのためには首相が事前に「これは存立危機事態に相当し得る」と説明しておく必要があります。
そういった意味で、高市氏の「存立危機事態」発言はとても意義があるものなのです。
中国の「台湾いじめ」を一突き
二つ目は中国の台湾に対する認知戦への影響です。台湾問題について考える(3)で解説したように、現在の中国の台湾攻略作戦は軍事圧力と政治圧力などを複合した認知戦です。すなわち、中台の緊張の原因は台湾の現政府、頼清徳政権にあると主張して、いつでも封鎖でいるような環境を作り、融和政権を樹立することが唯一の打開策であると台湾国民に思い込ませるのが目的です。
アメリカの「あいまい戦略」は、言うなれば「有事になったら本気出す」という特徴のもので、グレーゾーンを駆使した攻勢に対して十分な抑止効果を持ちません。なぜなら米中は核保有国同士であり、直接的な武力衝突が核戦争へのエスカレーションにつながりかねないため、人道を重んじるアメリカは慎重姿勢をとらざるを得ないのです。
中国はそんなアメリカの「弱点」をよく研究しており、米軍のルール・オブ・エンゲージメント(ROE)を超えさせないギリギリのラインで、挑発行為を繰り返しております[11]。そして南シナ海や台湾周辺のアクセスを事実上支配することに成功し、台湾国民に対し「お前たちは完全に包囲されている。誰も助けになんて来ないぞ」と脅迫して、心理的に追い詰めようとしているのです。
そこに高市氏の「存立危機事態」発言は、中国が作り上げた「台湾いじめ」空間に針の穴をあける効果を持ちます。台湾への武力行使が日本の存立に関わると公言されることは、日米安保体制の枠組みにおいて米軍が介入する可能性を示唆するものであり、中国の仕掛ける「誰も助けに来ないぞ」脅迫作戦に不確実性をもたらすからです。
だからこそ中国は目くじらを立てて反発するのです。なお、筆者が予想している中国の台湾侵攻は、頼政権崩壊後に誕生した融和政権が、中国の強制的統一政策で分断され、「秩序回復」の名目で人民解放軍が上陸するシナリオです。したがって、頼政権排除を目的とした中国の「台湾いじめ」の妨害は事実上、台湾有事の抑止になると考えられるのです。
対中依存脱却への特効薬
三つ目の意義は日本経済の対中依存脱却に対し、特効薬のような効果をもたらすことです。「戦略的互恵関係」と言われる日中関係ですが、日中相互不信のメカニズム(2):地政学と戦略思想が暴く日中関係の真実で解説した通り、それは決して持続的なものではありません。中国が高度経済成長の最中にある時は、Win-Winの関係を築くことができましたが、同国が超大国になって以降は、逆に経済関係の深さを利用した政治的干渉が行われるようになります。
その最たる例が、岸田政権の時に起こった「日本人ビザ発給停止」と「日本産海産物輸入禁止」です。詳しくは日中相互不信のメカニズム(3):親中派を追い詰める対中外交の真実で論じていますが、要は対中融和を推し進めた岸田首相が、バランスをを取ろうと日米関係と防衛力を強化しようとした結果、中国から「裏切者」として報復されたのが真相です。
今、中国が仕掛けてきている「制裁」は中国人観光客や留学生の訪日差し止めで、観光業を盛り立ててインバウンドを狙う地域や、定員割れを起こした学校法人に打撃を与えるアプローチです[12][13]。そして6月に再開したばかりの日本産海産物輸入も再び停止させました[14]。仮に高市氏が発言を撤回すれば、これらの制裁はすぐに取り去られるかもしれません。しかし、このような政治干渉の余地を放置することは、日本の国家としての自由と主権を脅かす危険性があります。
例えば日本の首相が米大統領と会談して「同盟の強化」を宣言するたびに、中国政府が「観光客差し止め」や「貿易制限」を通告したとします。日本経済が極度に中国へ依存している状況では、政府は外交方針を見直さざるを得ず、次第にアメリカとの会談を控えるようになります。そうなれば、同盟としての協力も疎かになり、結果的に日米安保体制が崩壊し、日本の安全保障は根底から覆ります。
こうした事態を回避するには中国への依存を減らす必要があります。人というものは依存した状態から容易に抜け出せないものですが、実際に制裁を仕掛けられる状況に晒されれば、適応しようとします。例えば2010年の尖閣諸島沖事件当時、中国からレアアース輸出を停止されました[15]が、日本企業はリサイクルや代替材料の開発により依存度を減らして適応しました[16]。海産物輸入禁止の打撃を受けるとされたホタテ業者も、東南アジアに販路を拡大し、国内でも加工体制を整えることで、影響を最小限に留めることに成功しました[17]。
訪日する中国人観光客について、観光地ではオーバーツーリズムの問題が指摘されております[18]。中国人留学生についても、受け入れすぎて「中国の学校」のようになったケースもあります[19]。中国の「制裁」を切っ掛けに、「受け入れありき」の観光産業や学校法人の在り方が見直されることが期待できるのです。
存立危機事態は日本の「宿命」
本エッセイでは高市首相の「存立危機事態」発言における、日本国民(特にリベラルや平和主義の方)が陥りがちな誤解を解くとともに、その意義を論じました。
高市氏の発言は、台湾有事に日本が無関係でいられない現実を示し、日米で構築している「統合された抑止」を言語化しました。それは従来の政権が、国内の平和主義イデオロギーに配慮しつつ、法整備と防衛装備を無言で進めていた方針を脱却するものであり、手付かずだった国民のコンセンサス形成に一歩踏み出すものです。
また彼女の言葉によって、現在中国が仕掛けている台湾への認知戦に針穴を開け、頼政権崩壊という併合へのシナリオ進展に不確実性をもたらし、有事そのものを抑止する道を開きつつあります。そして、日本の対中依存による将来の政治的自由と主権侵害のリスクを緩和するチャンスを得ることができたのです。
もともと筆者は、高市氏にはあまり期待しておらず、彼女に期待できるのは「日本初の女性宰相になることのみ」と、SNS(X)にて断言しておりました。その見識は少し変わりつつあります。自民党総裁選前に今の日本のリーダーに求められるものについて論じましたが、ここで指摘したリーダー像に求められる四つの柱の一つ「身体的・精神的耐久力」を、彼女は持っているように感じます(石破氏にはありませんでした)。
高市発言の最大のリスクは経済
しかしながらリスクを見て見ぬふりはできません。現在の高市政権の最大のリスクは「経済」です。すなわち中国の制裁による影響が年末年始にかけて表れることになります。長期的には脱中国依存に役立っても、短期的には物価高に苦しむ国民生活へのさらなる追い打ちになるでしょう。
加えて石破前政権が残したアメリカへの巨額投資や関税の影響も考慮しなければなりません。現在は連続したリベラル+増税派政権への鬱屈の反動で、高い支持率を出しています[20]が、国民生活の改善が感じられなければ、あっという間に青木率を下回る惨状が予想されます。
そして中国からの本格的な認知戦が始まります。「台湾いじめ」を邪魔された彼らは、容赦なく「日本いじめ」を実行します。台湾は中国の認知戦に備えるだけの対策を、ある程度はしているものの、日本はそう言った備えはまだまだ不十分です。
中国のような権威主義と違い、民主主義国家では経済が非常に重要なウェイトを占めます。安倍元首相も8年の間に「安全保障政策」と「リベラル経済政策」を交互に使い分けており、高い支持率と政権の安定を維持していました。そう言った意味で、産経新聞の杉本康士氏らの指摘[10]は正しく、「存立危機事態」発言が高市政権にとって「命取りになる」可能性も十分にあり得ます。
どの道反発を受ける可能性はあった
一方で「存立危機事態」発言さえなければ、日中関係は安定したのかというと、そうではないと筆者は考えます。確かに10月31日に行われた日中首脳会談は、リベラル派の懸念を超えて良好に進んだように見えます[21]。しかしそれは前日の米中首脳会談で、トランプ大統領が台湾に言及しなかったこと、28日に行われた日米首脳会談で共同声明(尖閣の安保適応など中国が反発する内容が含まれる)がなかったことが背景にあります。
また会談は中国側によって直前まで焦らされたことが遠藤誉氏により指摘されております[22]。そして中国側の発表では2章で触れた「政治三原則」や村山談話、日中共同声明の遵守について、これでもかと念を押したことを伝えております。そしてあの「新時代の要請に適った建設的で安定した中日関係の構築」も言及されています。
これは筆者独自の分析ですが、この長い文言は中国政府が狙う「別次元の日中関係構築」への認知工作である可能性が高いです。即ちその内容は、日本が台湾を中国領土と認めるだけでなく、従来の対米追従や欧州寄りの外交方針を改め、中国が主導するアジアの一極に重心を置いた政策へ転換することを要求するものです。実際、岸田元首相は2022年11月の日中首脳会談でこれを無批判で受け入れ、その後に安保三文章改定と欧州歴訪しただけで厳しい「制裁」に直面しています。
石破政権でさえ2月7日の日米首脳会談で中国の抗議[23]を受け、中国海警による尖閣諸島への侵入[24]や、中露首脳会談で「言行慎め」と圧力を受けていた[25]のです。仮に高市氏が台湾問題で沈黙していたとしても、防衛費増額や安保三文書改定、クアッドや欧州との連携強化をすれば、遅かれ早かれ中国の反発を受け、何かしらの制裁を科されていたことでしょう。
高市発言を支持し、評価します
つまり日本側が保守路線で進もうと、リベラル路線で進もうと、いずれにしても日中の利害衝突は避けられず、中国からの制裁や認知戦と向き合わなければならないのです。仮に日本が台湾を見捨てて、中台統一が実現しても、中国は軍拡と海洋進出をやめません。彼らの長期的目標は第一列島線と第二列島線の突破であり、アジア圏から米軍を排除して影響下に置くことです。

図は台湾統一後に予想される中国軍の勢力図です。台湾東部は深海へのアクセスが容易なため、中国海軍の潜水艦が隠密にフィリピン海に展開され、日米両軍の動きをけん制しようとするでしょう。そして、バシー海峡を支配下に収めることで、「いつでも日本の経済的大動脈を断てるぞ」と恫喝できるようになるのです。
別に台湾の存続のために中国と「最終戦争しろ」と言うわけではありません。台湾有事は日本の宿命(2)では、危機を乗り越える四つの処方箋を提唱しており、その中の「反撃能力の確立」や「報復作戦や封鎖作戦への耐性」の整備を提案しています。これらは有事を防ぐ抑止としてだけでなく、仮に台湾が中国の手に落ちた以降でも、日本の存立を維持するための備えとしても活用できるものです。
しかし現在の平和主義イデオロギーと「専守防衛」思想のままでは、これらの実現には高いハードルが存在します。好む好まないに関わらず、台湾周辺での武力紛争が日本の「存立危機事態」であることは厳然たる事実であり、日本国民に周知されなければならないものなのです。
だからこそ筆者は高市早苗内閣総理大臣の台湾有事について「武力の行使も伴うものであれば、存立危機事態になり得るケースであると私は考える」発言を支持し、評価します。そしてその発言を答弁によって引き出した、立憲民主党の岡田克也元幹事長の「功績」も評価します。
参考情報
[1]:高市首相、台湾有事「武力行使伴えば存立危機事態になりえる」 衆院予算委,産経新聞,2025.11.7., https://www.sankei.com/article/20251107-NG2IVJ3OXZNKFPJNNNYABWRT4E/
[2]:内閣官房,「平和安全法制」の概要,https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/gaiyou-heiwaanzenhousei.pdf
[3]:武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律,e-GOV,https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000079#Mp-At_9 より
[4]:石破茂氏「台湾問題で歴代政権は断定避けてきた」 高市早苗首相の存立危機事態答弁に苦言, 産経新聞,2025.11.14., https://www.sankei.com/article/20251114-EQIV2NBDQRE4PG3P64YSPCVM5A/
[5]:バイデン氏、中国が攻撃すれば台湾を防衛と 政府報道官は政策不変と説明,BBC News日本語版,2021.10.23., https://www.bbc.com/japanese/59019611
[6]:中国が米台を牽制 軍事演習やアフガン情勢も使い,産経新聞,2021.8.18., https://www.sankei.com/article/20210818-VVAZRC5PONN3FLKLT5I3IZBXSU/
[7]:トランプ氏、中国は台湾攻撃の「結果を理解」-軍事介入には明言せず,ブルームバーグ日本語版,2025.11.3., https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-11-03/T54P7WGP9VCW00
[8]:永山英樹,西日本新聞に抗議を!-中国の言論統制下に陥る日本メディアの覚醒を促せ,台湾は日本の生命線,2022.2.16., http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-3580.html
[9]:高市早苗首相は存立危機「理解が十分でない」 立民の本庄知史政調会長、台湾有事発言巡り,産経新聞,2025.11.16., https://www.sankei.com/article/20251116-47KSSFELAFNNBPF3QPKF76F5AM/
[10]:杉本康士 他2名,高市首相の「存立危機事態」発言 台湾侵攻抑止へ「正論」も、準備不足は否めず,産経新聞,2025.11.18., https://www.sankei.com/article/20251118-U5GDCB7EWFOX5NWBZCWXFFEMJQ/
[11]:中国軍機の「威圧的で危険な」飛行、米当局が映像公開 「異常接近」繰り返す,BBC News日本語版,2023.10.19., https://www.bbc.com/japanese/video-67153663
[12]:中国が日本渡航を控えるよう注意喚起 高市首相の発言念頭に「人的交流の雰囲気悪化」,産経新聞,2025.11.15., https://www.sankei.com/article/20251115-D2JFMYBM2NMKFDU3WHJA2NWIQA/
[13]:中国が「環境良好でない。日本留学は慎重な検討を」と注意喚起 高市首相発言に対抗措置か,産経新聞,2025.11.16., https://www.sankei.com/article/20251116-LDM2WU5PM5I65MQLQ5VZ7U2ADY/
[14]:中国が水産物の輸入再開を停止 日本へ伝達、処理水理由 高市首相の国会答弁への対抗か,産経新聞,2025.11.19., https://www.sankei.com/article/20251119-VKBCSYHVB5OYBCJ5UWXSX4LQQQ/
[15]:中国がレアアース輸出枠「発給停止の情報」経産相,日経新聞電子版,2010.9.24.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS24012_U0A920C1NNC000/)
[16]:レアアース代替戦略が成果 政府、異例の連携体制,日経新聞,2013.5.22., https://www.nikkei.com/article/DGXNASDD150W6_W3A510C1X21000/
[17]:ホタテ販路「脱中国依存」、東南アジアを開拓し減少幅は限定的…国内の加工体制も強化,読売新聞,2025.5.9., https://www.yomiuri.co.jp/economy/20250508-OYT1T50200/
[18]:延べ90億人が移動する中国「春節」始まる オーバーツーリズムに戦々恐々の人気観光地,産経新聞,2025.1.30., https://www.sankei.com/article/20250130-G5QM7LOYWJMUVEKZYP66QYDFZU/
[19]:中国に乗っ取られた日本の高校。日本人1割、中国国家斉唱の衝撃,まぐまぐニュース,2020.1.14., https://www.mag2.com/p/news/434719
[20]:高市内閣の支持率71%、歴代5位の高さ…読売世論調査,読売新聞,2025.10.22., https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20251022-OYT1T50164/
[21]:高市首相×習国家主席 互いに「重要な隣国」30分の会談の成果は,日テレニュース,2025.10.31., https://news.ntv.co.jp/category/politics/b6eda8db724144819867886841d1280c
[22]:遠藤誉,日中首脳会談ようやく実現 寸前までじらせた習近平の思惑,2025.11.1., https://grici.or.jp/6841
[23]:三塚聖平,中国が日米首脳会談に抗議、「強い不満」表明 日本側は「中国を巡る諸懸案」申し入れ,産経ニュース電子版,2025.2.10., https://www.sankei.com/article/20250210-4ZBVJN3YDZMQ5GURQKVYFC3S3Q/
[24]:大竹直樹,尖閣、中国機の領空侵入で「新たなフェーズに」 示威行為の転換点となる可能性も,産経新聞,2025.5.3., https://www.sankei.com/article/20250503-5YBN7W7N4NKGNA6KABP5NGDTQA/
[25]:中露首脳、日本に「歴史問題で言動慎め」共同声明で要求 林長官「他国批判に興じるな」,産経新聞,2025.5.10., https://www.sankei.com/article/20250510-MBU3KRNDJ5PLLJ7MQP3ZP3G43E/