序論:「核」発言と空転する日本の核議論
色めき立つ野党と中朝
2025年12月18日、高市政権で安全保障政策を担当する官邸筋が、非公式取材(オフレコ)において「私は核を持つべきだと思っている」と発言したことが共同通信で報じられ、国内外で波紋を広げております[1]。政府は個人の見解として、従来の政策方針に変更はないことを表明していますが、野党側は幕引きを許さず一大スキャンダルの如く政府非難を行っております。例えば10月から野党になったばかりの公明党の斉藤代表は「驚きと怒りを感じる」と感情的に非難し、発言者の罷免を要求しました[2]。
国外では中国の報道官が「深刻な事態だ」と色めき立ち、「国際法の制限を破って核兵器を保有しようとする危険なたくらみを明るみに出した」と仰々しく日本非難を強めます[3]。北朝鮮も「極めて挑発的な妄言だ」と自国のことを棚に上げて非難しております[4]。現在は「台湾問題と中国の認知戦」で解説した通り、台湾問題で矢面に立たされた高市政権への「複合的な認知戦」が繰り広げられている真っ只中であり、核をめぐる発言は彼らにとって、「鬼の首を取った」ような好機だったと言えるでしょう。
一方、アメリカの報道官は「日本は核不拡散や核軍備管理の国際的なリーダーであり、重要なパートナーだ」と述べております[5]。共同通信は核武装論へのけん制と見なしているようですが、客観的に評価すれば日本政府の表明に合わせたフォローの可能性が高いです。後述しますが、アメリカは日本の「潜在性」を外交的レバレッジとして活用することがあるため、強引に核計画を推し進めない限り、日米の信頼関係を根底から揺るがす事態には至らないと分析するのが妥当です。
二極化する日本の核議論
今、筆者が憂いているのは、国内の核議論が二極化していることです。一方は非核三原則を「絶対の正義」として神聖視し、核を「絶対悪」として忌避する人々です。彼らは情緒的な反核思想を優先し、日本の安全保障に悖るようなイデオロギー論を展開します。もう一方は、核保有を現状打破の「特効薬」として語る人々で、方法論などは後回しにした観念論を繰り出して反核思想と敵対します。彼らに共通するのは、感情をよりどころにしており、その対立は実利のない「神学論争」に終始することです。これでは刻一刻と変化する国際情勢の変化と深刻化する核問題に対して、現実的な道筋を見出すことはできません。
私たちがまず理解すべきなのは、核兵器とは感情の対象ではなく、単に強力な爆弾であるという唯物論的な事実です。しかしその強力な破壊力は「戦略爆撃」という無慈悲な軍事思想の下で産声を上げ、相手国の「戦う意思」を挫く強力な心理的レバレッジとなりました。それが結果的に戦後秩序を形成したものの、今日では大国が国益の最大化のために秩序を揺るがす「攻撃的なツール」として活用するようになっております。それだけに「核保有」は単なる防衛論を超えた政治的駆け引きの特異点となっており、安易に近づくことを許さない「狭き門」となっております。
そこで本稿は核兵器が持つ戦略的価値の根源と抑止力について客観的視点から論じ、核保有を目指す際に直面する障壁について整理します。また、「非核三原則」を堅持しても「潜在的核保有国」としてのレッテルから逃れられないという宿命的な現実、そしてリベラル派が憧憬の対象としている「核兵器禁止条約」の虚像についても言及します。今求められているのは「是か非か」の二元論ではなく、泥くさいリアリズムでもって核をめぐる国際社会の冷酷な現実を直視し、自国の生存戦略を問い直すことです。
- 序論:「核」発言と空転する日本の核議論
- 1.リアリズム的視点で見る核──「悲惨さ」を戦略的価値にする兵器
- 2.核保有への「狭き門」──技術・政治の障壁に留まらぬ大きな課題──
- 3.「非核三原則」の虚実──逃れられないレッテルとウクライナの教訓
- 「潜在的な核保有国」としての生存戦略
- 参考情報
1.リアリズム的視点で見る核──「悲惨さ」を戦略的価値にする兵器
日本では「神学論争」の対象になっている核兵器ですが、ここでは感情を廃したリアリズム的視点で、その存在と価値について理解を深めてみましょう。
1.1.核抑止力の根源:戦略爆撃が生み出した発明
核兵器について一言で表すならば、単に強力な爆弾です。ただその効果範囲は数キロから十数キロに及ぶえげつないものであり、搭載しているのは核燃料であることです。有名どころは広島や長崎に落とされたリトルボーイやファットマンが挙げられますが、その仕組みは原子力発電に利用している核分裂反応を短時間で一気に起こすものであり、中心温度が数百万度もの高温の火球を生み出し、町一つを一瞬で焼き払うことができます。現在はトリチウムを燃料とした核融合反応を利用した水素爆弾が主流であり、その破壊力は広島型原爆の比ではありません。
なぜこんなに異様に破壊力の強い爆弾が作られたのかというと、それは第二次世界大戦時に行われた「戦略爆撃」が関係しております。従来、爆撃を行う主な対象は敵国の兵士や戦車、前線基地のみでした。しかし航空技術が飛躍的に進歩してくると、新たな攻撃対象が射程に入ることとなります。それは敵国の町と国民です。敵の兵士や前線基地を破壊しても、その国からどんどん人材や資材が投入されれば、敵軍は持ち直してしまいます。「ならば、その源を破壊してしまえばいい」と着想を得て編み出されたのが戦略爆撃です。
戦略爆撃には「精密爆撃」と「都市爆撃(無差別爆撃)」の2種類があり、前者が主に兵器工場を標的とし、後者はなるべく大勢の国民を殺す目的で行われます。兵士たちが戦場に出て戦う理由は徴兵・志願関係なく「家族を守る」という意思に基づくので、その家族が町ごと消し炭になってしまったら、彼らは戦う意義を失ってしまうでしょう。このような考えの元、当時の戦略家は戦いを早期に終わらせるために、都市爆撃を多用するようになります。
そんな無慈悲な軍事思想にとって核兵器はまさに理想的な発明でした。東京大空襲ではM69焼夷弾が32万7000発も使用されたのに対し、核兵器ならたった1発で事足りるのです。そして、その威力の強化は、相手国の攻撃意志を挫く「心理的レバレッジ」としての効果も高めると考えられました。現在はメガトン級の水爆がミサイルの弾頭に搭載された「戦略核」として核戦略の中枢を担っております。このあまりに強力すぎる破壊力は、使わずとも相手に戦争そのものを思い止まらせる政治的圧力をもたらします。これが「核抑止力」と呼ばれるもので、戦後日本は一貫してアメリカの核抑止力に守られております。
1.2.核の時代:相互確証破壊と世界秩序の中核
使わずして相手を屈服させられる核抑止力は、大国間の戦争を事実上消滅させました。特に第二次世界大戦後のアメリカとソ連(ロシア)は、相手の領土を確実に焦土にするために核弾頭を量産し、総数7万発も製造されるに至りました。俗に「地球を7回滅ぼすことができる」ほどにまで数が増えたのは、敵の先制核攻撃によって自国領内の核ミサイルが全滅しないための生存戦略であり、地上だけでなく、海中を航行する潜水艦にも搭載することで、国全体が焦土になっても反撃ができるようになっております。こうした確実に相手を皆殺しにできる兵器システムは、相互に「核兵器を使えなくする」政治的力学を与えました。これを「相互確証破壊(MAD)」と呼び、核抑止力の発展形として位置付けられております。
また核抑止力は強力な外交的レバレッジとしても存在感を発揮します。核の五大国といわれるアメリカ、ロシア、フランス、イギリス、そして中国は、核の三本柱と呼ばれる装備(大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機)を保有しているとともに、国際連合(United Nation)の常任理事国でもあります。つまり、核兵器は単に大勢の人を殺す爆弾から、国際社会で影響力を発揮する「レガリア(象徴)」にもなっているのです。後発の核保有国であるインドが核搭載可能な中距離弾道ミサイル「アグニ5」の試験発射に成功した時、インドメディアで「我々は選ばれた国の一員になった」と報じたのも、核保有が外交において大きな意味を持つことを示唆するものです。北朝鮮やイランが核保有に国力を傾倒させるのも、抑止力以上の価値を見出しているからです。
1.3.核恫喝:世界秩序を揺るがす新たな「核」の価値
2022年2月から始まったウクライナ戦争では、ロシアのプーチン大統領が核の使用をちらつかせたことが波紋を広げました[6]。このことに関して、国内では「核抑止力の破綻」が主張されておりますが、残念ながらそれは恣意的な解釈に基づく情緒論です。そもそも当時ウクライナはNATO加盟への道筋も見えず、アメリカによる抑止力の提供を受けられない中立的立場にありました。そして、プーチン大統領は欧米の介入を阻止する目的で核恫喝をしたのであり、それは完璧に機能したのです。
なぜこうなったのかというと、1.2節で触れた「相互確証破壊(MAD)」にたどり着いた国同士は互いの攻撃は抑止するものの、第三国への軍事介入をめぐって対立する際、「黙認か最終戦争か」という究極の二択を強いられるからです。有名な例がキューバ危機であり、カストロ政権を倒そうとしたアメリカと、同政権を守るために核ミサイルを提供したソ連が、一触即発の危機に陥りました。この時はアメリカがキューバ政変を断念し、ソ連もミサイルを引き上げたことで回避されましたが、ウクライナ危機ではロシアとの衝突を避けたいバイデン米大統領の弱腰を見切り、プーチン大統領が全面侵攻を実施したのです。すなわち、彼は自分の戦争を「邪魔させない」ために核抑止力を活用したのであり、核兵器の戦略的価値はむしろ高まっているのです。
実は過去にこうした事態を予見させる出来事がありました。2005年、中国の人民解軍人にして国防大学の教授であった朱 成虎少将は香港駐在の国際メディアに対して「米国が台湾海峡での武力紛争に介入した場合、中国政府は核兵器の使用を辞さない」と発言して物議をかもしたのです。当人は「個人の見解」と述べておりますが、言論の自由のないかの国において、個人が勝手に他国を挑発する言動が許されるはずもなく(言論の自由があっても問題になりますが)中国政府の脅迫戦略であると見なされています。
その脅迫戦略は日本に対しても向けられております。2021年に「台湾有事は日本有事」と発言した麻生太郎議員に反発して、中国の専門家が「日本が台湾問題に関与したら核攻撃しろ」と主張する動画が流されて話題になりました[7]。最近でも中国大使館がSNSにて「敵国条項」を根拠に「日本を国連安保理の許可なしに攻撃できる」と主張しています[8]が、やっていることは朱少将と同じです。
1.4.攻撃的なツールとしての核抑止力:「悲惨さ」を訴えるほど強くなる「核」
今私たちが直面しているのは「核抑止力の破綻」ではなく、新しい核抑止力の概念「攻撃的なツールとしての核抑止力」が具現化しつつある現実です。北朝鮮が韓国との平和統一を否定するようになったのは、韓流文化の流入による体制不安だけでなく、自国の核がもたらす外交的レバレッジに自信が持てるようになったからとも考えられます。そして中国も速いペースで核弾頭を量産して[9]おり、将来ロシアのようにアメリカと「相互確証破壊」に持ち込んで介入阻止を図ろうとすると予想されます。つまり彼らは、核抑止力を自国の国益を最大化するための究極の武器として利用しようとしているのです。
このような状況で感情的に核廃絶を訴えても、聞き入れられないばかりか、核兵器の「悲惨さ」を訴えることがかえって彼らの核兵器の価値を高めるという残酷なメカニズムさえもたらします。なぜなら、1.1節で解説した通り、核兵器の使用による「悲惨さ」は相手国の戦う意思を挫く効果を持つので、領土拡張や覇権を目指す独裁国家にとってこの上なく都合がいいからです。領土を奪いたい国に対して軍事圧力をかけて「戦争(核)で死ぬか、領土を明け渡すか」という絶望のジレンマを突き付ける所業が横行すれば、世界は暗黒の時代へ突入します。
2.核保有への「狭き門」──技術・政治の障壁に留まらぬ大きな課題──
次に核保有の現実性について論じていきます。結論から言えば、日本の「核保有」は極めて難しいアプローチであり、大きなリスクも伴うものです。
2.1.技術的な課題
核保有する上で、第一に立ちはだかる課題は、核物質を取り扱う技術です。実はこれは日本にとって大きなハードルではありません。1966年に日本で初めて商業用原子炉として「東海発電所」が運転を開始して以来、核物質を扱う技術を蓄積して来ました。特に青森県の六ヶ所村では天然ウランから精錬された六フッ化ウランを濃縮する設備があり、核反応を起こすウラン235の比率を5%ほどに高めることができるのですが、これを発展していけば核兵器級の高濃度ウラン燃料(純度90%以上のウラン235)が作り出すことができます。
また発電用軽水炉から出る使用済み核燃料を再処理し、抽出されたプルトニウムをリサイクルして使うプルサーマル計画が進められていますが、これが兵器転用できるのではないかと指摘されております。厳密には軽水炉で長期間反応させると、自発核分裂しやすいプルトニウム240が多く生成されるため、あまり兵器には向いていないのですが、アメリカが原子炉級プルトニウムで核実験を成功させた事例もあるため、一概に不可能とは言い切れないとされています。そして核開発に必要となる核実験も、大部分をコンピューターシミュレーションで行い、有効性を示すたった一回の爆破試験を第三国に依頼するなど、方法はあるのです。
そのため「日本は一晩で核兵器を持つことができる」という認識が水面下にはあり、副大統領時代のバイデン氏が、北朝鮮問題で習近平国家主席に協力させるために、そう発言したことが分かっております[10]。
しかし、日本はそれを「やらない」措置をちゃんと講じており、国際原子力機関(IAEA)の定期的な査察を受け入れ、工場稼働時には24時間体制で監視させるなど、国際社会への透明性を確保しております。リベラル派は政府が「非核三原則」を守るかどうかを深刻な政治問題と見なしておりますが、日本の原子力の平和利用は、こうした目に見える形での国際協調と透明性によって証明されているということを冷静に知るべきでしょう。
2.2.政治的な課題
第二に立ちはだかる課題は政治的な障壁です。国内世論はともかく、国際社会において核開発はとてもセンシティブな案件として取り上げられます。よく言われる核武装論アンチテーゼは次のようなものです。
1.日本政府が核武装を行うためにNPTを脱退 2.日本は国際的非難を浴びて孤立 3.世界中から制裁を受けて国家破綻へ
これらは言うなれば先述のイランや北朝鮮のアプローチを念頭に置いた主張であり、一見リアリティがあるように見えますが、所々情緒的に論理を飛躍させている面があります。確かに、北朝鮮は核拡散防止条約(NPT)を脱退して核実験を強行し、今では公然と核保有国を宣言しております[11]。イランも平和利用を騙りながらも60%の高濃度ウランを核兵器10発分まで生産しておりました[12]。しかし日本と両国には決定的な違いがあります。
具体的に言うと、イランや北朝鮮は度々IAEAの査察を拒否し、原子力政策の透明性を欠いていました。また、両国はいずれも反米国家であり、権威主義体制で国内の情報統制が厳しい点で共通しております。仮に日本が同様の政策を行うと仮定して、その政権の政治的イデオロギーを類推すれば、彼らはアメリカを信用せず、日米安保などは破棄するような急進的な思想の持主であると予想されます。
しかし、実際に核武装論を提唱する日本人の多くは日米安保を重要視する親米派です。つまり彼らが核武装計画をアメリカに対して秘匿する可能性は低く、協力や容認を求めるシナリオが濃厚であると考えられます。モデルとなるのが韓国で、李在明政権は原子力潜水艦の取得やウラン濃縮や再処理の許可を米政権に求めており、その背景には核武装論があると指摘されております[13]。日本はアメリカと「原子力協定」を結んでおり、原子力の平和利用を前提とした枠組みでウランやプルトニウムを扱っております。したがって、アメリカから「待った」がかかれば、その時点で核武装計画は強制終了となるでしょう。
逆に言えばアメリカの協力や容認が得られれば、日本の核武装は現実味を帯びることになります。実はイランや北朝鮮も完全に孤立しているわけではなく、中国やロシアの裏支援を受けている実態があります。つまり、核保有国の後ろ盾を得ることが事実上の前提条件であると言えるでしょう。とはいえ、アメリカを含めた核保有国はNPT批准国の義務として、核保有への直接的な支援を禁じられているので、あまり期待はするべきでないのが現実です。トランプ氏が過去に日本の核武装容認に言及したことがあります[14]が、アメリカで主流の主張とは言い難く、バイデン氏の例同様、外交的レバレッジとしての発言である可能性が高いです。故安倍元首相が提言した「核共有」案[15]も、NPTに抵触する指摘があるので、よほどのことがない限り実現しないと考えられます。
因みに核武装を志向しなくても一方的に日米安保を離脱し、中国などと同盟を組んだ場合も、日本は厳しい制裁に直面する可能性が高いことをご留意ください(詳細は「日中同盟は裏切り、アメリカは許さない──日中同盟論考察──」をご覧ください)。
2.3.安全保障上の課題
第一・第二の課題をクリアした場合、日本の核武装は現実味を帯びることになります。しかし、本当の問題はここからで、第三の課題として安全保障上のリスクがあります。具体的には中国、ロシア、北朝鮮の反応です。厳しく批判して制裁をかける程度はほんの序の口、日本の核武装を阻止するために積極的な攻撃に出ます。類推の対象として挙げられるのはイスラエルです。同国はイランの核武装阻止のために手段を択ばず、サイバー攻撃や原子力関係者の暗殺、直接的な武力行使まで行っております。
イスラエルと中露朝を同一視するわけではありませんが、ナショナリズム的姿勢や工作能力に優れているなど共通点は多いです。一方、スパイ天国で「専守防衛」の日本は彼らの一方的な攻撃を受けるしかなく、国内は大混乱に陥ってしまうでしょう。攻撃を抑止するための核武装が、かえって攻撃を誘発してしまうリスクを、核武装論者はリアルに認識しなければなりません。
仮にこうした危機を乗り越えて核兵器を手に入れたとしても、新たな課題として「生存性」の確保が求められます。第1章の1.2節で述べたように米ソは自国の核ミサイルが相手の先制攻撃で失われないように、核軍拡競争をしました。この生存競争は物量のみならず、領土の広さでも有利と不利が決まります。すなわち、日本と中国ならば、圧倒的に領土の広い中国のほうが核ミサイルを効果的に分散させられるのに対して、狭い日本は隠す場所が限られてしまいます。その上、「相互確証破壊(MAD)」を実現するのに、中国は少ないミサイルで済むのに対し、日本は相手の広大な領土を満遍なく狙うために多くのミサイルが必要になります。
人道を重んじる国を相手するのであれば、北朝鮮のように数十発でも事足りますが、人権を軽視できる独裁国家相手では、相応の数を揃えなければ抑止力を発揮できない可能性が高いです。実際、核武装論でよく引き合いに出される欧州の核共有も、数においてロシアに及ばない上に、核出力が小さく航空機搭載型であるため、抑止力としての有効性が疑問視されることがあります。
このように、核保有とは単なるロマンだけで追い求めるものではなく、大きなリスクを承知で挑まなければならない「狭き門」であり、持てたとしても物量と領土の広さがものをいう「修羅の国」への入り口でもあるのです。
3.「非核三原則」の虚実──逃れられないレッテルとウクライナの教訓
では非核三原則をしっかり守ってさえいれば日本は平和でいられるのでしょうか?残念ながらそうとは言えない現実があります。
3.1.「非核三原則」という空手形
核兵器をもたず、作らず、持ち込ませず。リベラル派や左派らにとってこの「非核三原則」は憲法9条に匹敵する金科玉条のルールのように認識されております。しかし実際は法律ですらなく、1967年に当時の総理大臣の佐藤栄作によって表明された政治的発言です。背景としては当時アメリカの管轄権だった小笠原諸島や沖縄に核の持ち込みがされていることを念頭に、核が配備されたまま返還されることに反対意見が多かったことがあります。1971年の沖縄返還においては衆議院で「非核三原則」の堅持が決議され、歴代政権が踏襲し続けて今に至るのです。
しかしながら実際に「非核三原則」が守られてきたのかというとそうではありません。「持たず」「作らず」はともかく、「持ち込ませず」については、アメリカの原子力潜水艦が寄港した際には、事前に日本国外で核弾頭を下す工程が課せられているはずもなく、核の傘の一環として持ち込まれているのが現状です。つまり、「非核三原則」は国内の核アレルギー対策のための空手形に過ぎないのです。
また沖縄返還においても安全保障のために、核の持ち込みを容認する「密約」が存在したことも分かっております。客観的に見れば、いざという時の「核共有」という日本側の安全保障レバレッジにもなりえたはずですが、反核イデオロギーの前には切り捨てるべきスキャンダルとなってしまいました。
その結果、「非核三原則」は単なる国内対策からイデオロギーの中核の一つとなり、核議論を二極化させる触媒の機能を果たすようになります。
3.2.レッテルという現実
ところで官邸筋の発言を受けて中国や北朝鮮が仰々しく「日本の核武装陰謀」を主張したことは序論で触れましたが、今に始まったことではないことをご存じでしょうか?実は11月の時点でIAEAの定例会議において李松・中国常駐代表が日本の核武装の潜在的可能性を指摘し「厳重に管理すべきだ」と訴えていました[16]。さらに今から10年前の2015年に国連総会第1委員会で中国代表が日本の核武装論を非難するとともに、「日本は核弾頭1000発以上の核物質を保有している」と主張しておりました[17]。
なぜ彼らは事あるごとに日本の核武装疑惑を煽るのでしょうか?第2章の2.1節で論じた通り、日本に潜在的な核保有能力があることも背景にありますが、別の思惑が垣間見れます。それは「核武装疑惑」のレッテルを貼ることは、攻撃を正当化する理想的なナラティブになるからです。実際、イラク戦争ではブッシュ政権がイラクに大量破壊兵器があると主張して始めましたが、虚構だったことがわかってますし、ウクライナ戦争でもロシアが侵略を正当化するため「ウクライナは核武装を計画していた」という嘘を発しております。
したがって、日本にその気がなくとも彼らが武力行使を実行した時は「日本は核武装を画策している」と主張して正当化しようとするでしょう。残念ながら「原子力技術」という知恵の果実を食べた以上、日本がいくら「非核三原則」を堅持したところで、「潜在的な核保有国」のレッテルからは逃げられない宿命にあるのです。
3.3.核兵器禁止条約の幻想とウクライナの教訓
なら国内から原発を無くして、核技術も徹底的に排除すればいいと、反核思想家は考えるかもしれません。しかし、それは現実的ではなく、日本にとって良い選択とは言えません。なぜなら、原発を停止しても廃炉や核燃料の処分を長期間に渡って行わなければならず、原子力の技術は依然として必要だからです。それに原子力技術を途絶えさせるために大学の学科を閉鎖させるのは「学問の自由」の侵害になりますし、既存の技術者を政治目的で「排除」するのは人権問題に発展します。
仮にこれらのアプローチをすべて実現して完全な非核国になったとしても、第1章で解説した通り、独裁者の核恫喝を受けるリスクは依然として残ります。毎年のように左派の間で主張される「核兵器禁止条約への署名・批准」に日本政府が慎重なのは、条約が核の拡大抑止を否定しかねず、日本の安全保障に悖ると考えられるからです。

図を見てわかる通り、同条約の署名・締結国の多くが「非核兵器地帯」に属する国々である傾向が見て取れます。世界に7か所展開されている「非核兵器地帯」は、核兵器をローカルな条約により禁止した地域であり、核による攻撃・威嚇がされないことが約束された、いわば「安全圏」です。つまり、最初から核問題について蚊帳の外の国々が大部分を占める「核兵器禁止条約」は、核廃絶の実行力もなければ抑止力もないに等しい状況なのです。
ならば、日本も「非核兵器地帯」にすればいいと、考える方もいらっしゃるでしょう。残念ながら「非核兵器地帯」は当事国だけではなく、核の五大国の署名がなければ真の効力を持ちません。例えば、東南アジアを対象する「バンコク条約」はASEAN諸国が一致して実現したものの、核の使用・威嚇を禁止する議定書には未だに五大国の署名がないのが現状です。その背景には地政学的利害関係が絡んでおり、このことは空白地帯(非核兵器地帯でない地域)に中東、欧州、そして日本が含まれる東アジアが位置している理由を妙実に物語るものです。特に日本の場合、日米安保条約が懸案になるのは必至であり、安全保障政策の根本を揺るがす事態になります。
仮に署名が得られたとしても、効力が伴わない空手形になる事例も存在します。その最たる例が今まさに戦火の中にあるウクライナです。同国は1994年にブタペスト覚書を米英露と交わし、仏中とも同様の協定を結んで核兵器を放棄しましたが、約束されていた安全の保証は2014年のクリミア併合で反故にされました。過去記事で論じたように第一列島線と第二列島線の突破を目指す中国の戦略に直面する日本が、日米安保を犠牲に非核兵器地帯を名乗っても、「第二のウクライナ」のような立場に追いやられるのは火を見るよりも明らかでしょう。
「潜在的な核保有国」としての生存戦略
終わりなき「神学論争」を卒業せよ
戦略爆撃という無慈悲な軍事思想から生まれた核兵器は、第二次世界大戦後の国際秩序を形成し維持する中枢でした。しかし、今や「使われないための抑止力」は、独裁国家が侵略を完遂させるための「攻撃的なツール」へと変貌しつつあります。このような冷酷な現実を前に、情緒的な反核平和主義を主張しても、ただの自己満足に終わるばかりか、かえって核の価値を高めてしまい、独裁者の軍門に跪く結末を招くでしょう。
一方で核武装も安易に実行できる解決策とは言えず、技術的・政治的な障壁を超えても、より攻撃的な妨害に直面し、かえって日本の安全保障を危機に晒すリスクをもたらします。そして「非核兵器地帯」への憧憬も地政学的リスクの前には幻想にすぎず、日本の核をめぐる安全保障環境は「想像していた以上に厳しい」ということが、お判りいただけたと思います。
こういった状況の中で、核をめぐる議論において「絶対悪としての忌避」と「特効薬としてのロマン」という二極化は、いずれも国際政治のリアリズムから目をそらした、もしくは一部の都合のいい所のみを搔い摘んだ「神学論争」でしかないと言わざるを得ません。これからの日本に求められる議論は「是か非か」という二元論から脱却したものにしなければなりません。
「透明(クリーン)な潜在力」による抑止力の強化
日本が歩むべき道は、不毛な「神学論争」を超えた先にある、地に足をつけた「泥臭いリアリズム」です。具体的には「非核三原則」がイデオロギーの象徴ではなく、単なる国内政治の産物であるという歴史的事実を明確に発信します。その一方で「核の平和利用」という方針は堅持し、国際協調の中での原子力政策の透明性を維持することで、中露朝の付け入る隙を阻み続ける必要があります。つまり核政策は現状維持しつつ、まずはイデオロギー論争をフェードアウトさせるのです。
次に核に対するレジリエンスの強化を行います。ウクライナ戦争においてウクライナ人がプーチン氏の核恫喝に臆せず戦い続けられるのは、国際社会からの支援や愛国心だけでなく、冷戦時代の名残である多くのシェルターのおかげです[18]。一方、日本は冷戦時代に国内のイデオロギー合戦があったために、シェルターが全く普及していな状況にあります。まず手始めに地下鉄や地下街を活用[19]するなど、シェルター整備へ向けて一歩ずつ前進していくことが大切です。識者によっては「意味がない」と主張する声もありますが、これは核を振りかざす独裁者に抗うための心理戦です。長年ロシアの脅威にさらされているフィンランドには、平時と有事で両用可能な地下施設が建設されており[20]、日常生活の中に溶け込ませております。
また中国の軍拡に対抗するように、非核関連装備品を整えるアプローチをとります。これは核心となる核兵器に手を出すのではなく、それ以外の分野の装備を整えるもので、「台湾有事は日本の宿命(2)」で提言した巡航ミサイルなどの「反撃能力」がその一例に相当します。特に巡航ミサイルの一つであるトマホークはかつて核弾頭を搭載できる機種が存在しており、アメリカの核戦略の一角として機能しておりました。これらを通常兵器として充実させることで、「潜在的な能力」に箔をつけ、東アジアでの軍事バランスの偏りを調整するのです。
そして配備した「反撃能力」が先制攻撃によって失われない状態に置いておくことも必要です。第2章の2.3節で触れた通り、領土と物量において日本は不利な立場にあるので、地上の基地に配備するのではなく、潜水艦のような隠密と移動性に優れた装備に搭載させるのが有効です。韓国も北朝鮮に対抗するように、通常弾頭のミサイルを搭載した潜水艦を取得しております[21]。
加えてサイバー攻撃やスパイ工作に対するレジリエンスも構築する必要があります。以上のような装備品は高い技術力を伴うので、その奪取を狙ったり、妨害工作を試みられる可能性があるためです。日本の軍事機密が筒抜けにされるような状況では、どんなに優秀な装備を配備しても意味がないし、国家間の安全保障協力さえ滞る恐れがあります。
「持たざる核保有国」というカード
前節の取り組みを推進しつつも、外交の世界では依然として「日本は核不拡散や核軍備管理の国際的なリーダー」という立場を維持します。そして、アメリカとの同盟関係を密にしつつ、欧州など価値観を共有する国々と連帯し「権威主義の拡張戦略」に対抗する中核に自らを位置付けるのです。こうすることにより、日本の「潜在的核保有能力」を呪いではなく、外交カードとして活用することができます。
第3章の3.2節で論じたように中露朝にとって、日本は「その気になれば短期間で核武装しうる国」として認識されており、国際社会で積極的にレッテルを貼ろうとしてきます。これを逆手に取って利用することによって彼らに対する静かな、しかし確かな牽制(バ-ゲニング・チップ)にするのです。彼らがレッテルを口実に日本を攻撃しようにも、IAEAへ積極的に協力している限り、「狼少年」のような立ち位置へ追いやられるでしょう。実際、福島第一原発から出た処理水の海洋放出を、中国が政治的意図で国際問題化したことは過去記事で解説した通りですが、中国が狙っていたような日本の孤立化には失敗しており、原子力政策の透明性が「カウンターバリュー」としても機能していることを物語っております。
こうした泥臭いリアリズムを実施していけば、彼らはいずれ拡張戦略に行き詰り、軍縮会議の席に座らせることができるかもしれません。そして、リベラル派が希求する「核廃絶」への道が切り開かれる可能性もあるでしょう。
核に屈しない強い日本へ
以上に提示したのはあくまで一例であり、他にも色々なアイデアが見いだせる可能性があります。今、私たちに求められているのは、日本が核の傘に守られているという現実と、攻撃的な核戦略の萌芽が現れている危機、「潜在的核保有国」というレッテルから逃れられない宿命、といった核をめぐる現実を正しく理解した上での「泥臭い生存戦略」を編み出す議論です。それらのアイデアは当然、一朝一夕にできるものではなく、少子高齢化という難題を抱えた日本には少し荷が重いかもしれません。しかし、将来の日本の子供たちが平和で自由に暮らすためには、理想やロマンではなく、冷徹な計算と覚悟が必要なのです。
これを読んでいる読者の方には被爆者の方や、被爆者に心を寄せる方もいらっしゃるでしょう。筆者の論説を「冷徹で心がない」と感じるかもしれません。しかし、私たちが向き合っているのは高貴なイデオロギーで処せる「悪魔」ではなく、ただの強力な爆弾です。「必要は発明の母」と呼ばれるように、それらは冷酷な目的をもって生まれており、今も必要とされているのです。それを無くすには感情ではなく、その価値そのものを無力化していかなければなりません。
そのためにこそ、単に核を忌避して「神学論争」に明け暮れるのではなく、核に屈しない強い日本を目指す必要があるのです。繰り返すように核兵器は「悲惨さ」を糧としており、恐怖がその存在価値を高める効果を持っております。核に屈しない国を作れば、侵略を試みようとする独裁者にとって核の価値は大きく減退します。真の悲劇を繰り返さないためにこそ、核という「戦略思想」を、対抗する戦略思想によって封じ込める必要があるのです。
参考情報
[1]:首相官邸筋「核持つべきだ」 安保担当、非公式取材で,47News,2025.12.18., https://www.47news.jp/13614806.html
[2]:公明・斉藤代表「罷免に値する発言で適格性を欠く」 核保有発言の官邸筋を批判, 産経新聞,2025.12.19., https://www.sankei.com/article/20251219-PYR2BP4ME5OI5HCFCX6P3JELKM/
[3]:「深刻な事態」 中国、日本官邸筋の核保有発言に「警戒」を国際社会に呼びかけ, 産経新聞,2025.12.19., https://www.sankei.com/article/20251219-JTAW6VZXTJKBDB5BJLC5H6YSBA/
[4]:核保有「断固阻止すべき」北朝鮮、官邸筋の核保有論を批判 「極めて挑発的な妄言」, 産経新聞,2025.12.21., https://www.sankei.com/article/20251221-4KVQW5HILFKPHJICMCBQG6WOYQ/
[5]:米、日本の核保有論けん制か 「不拡散の国際的なリーダー」,47News,2025.12.20., https://www.47news.jp/13621603.html
[6]:プーチン大統領、核兵器の行使を再び示唆「邪魔する者は歴史上で類を見ないほど大きな結果に直面するだろう」,中日スポーツ電子版,2022.2.24.,https://www.chunichi.co.jp/article/424053
[7]:中国軍事評論家、日本を「核の先制不使用」の例外にせよと主張──いったん削除された動画が再浮上,ニューズウィーク日本版,2021.7.15., https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/07/post-96706.php
[8]:中国「国連安保理の許可なしに日本攻撃可能」 Xで旧敵国条項に言及, 日経新聞,2025.11.21., https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM21AXC0R21C25A1000000/
[9]:中国保有の核弾頭、1年で100発増え「600発」に…推計の研究所「どの国よりも速いペースで増加」,読売新聞,2025.6.16., https://www.yomiuri.co.jp/world/20250616-OYT1T50054/
[10]:「日本は一晩で核保有可能」 米バイデン副大統領が習近平国家主席に発言,産経新聞,2016.6.24., https://www.sankei.com/article/20160624-K6GZNXDJM5IKVNWYNHN73SGAHQ/
[11]:北朝鮮「NPT外の核保有国」と主張 欧米から核開発批判,日経新聞,2022.8.4., https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0402S0U2A800C2000000/
[12]:イランの高濃縮ウラン貯蔵量、過去最大の増加-IAEA報告書, Bloomberg, 2025.6.1., https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2025-06-01/SX5BK9T1UM0W00
[13]:鈴置高史,結局「おあずけ」でがっかり…韓国の原潜計画 合意文書の“誤訳”に見る李在明の苦しい現実,デイリー新潮,2025.11.17., https://www.dailyshincho.jp/article/2025/11171701/?all=1
[14]:トランプ氏、日本の核兵器保有を容認 米紙に語る,日経新聞,2016.3.27., https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM27H0S_X20C16A3FF8000/
[15]:安倍氏、「核共有」政策に言及 議論の必要性提起, 日経新聞,2022.2.27., https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA270SX0X20C22A2000000/
[16]:IAEA中国常駐代表「日本の厳重管理を」 非核三原則を巡り批判,産経新聞,2025.11.29., https://www.sankei.com/article/20251129-4PFAUIB4QFLHFLQNSORIO7TTFM/
[17]:「日本保有の核物質は弾頭1000発超に相当」 中国大使が国連で「日本核武装論」非難…反論に次ぐ反論, 産経新聞,2015.10.21., https://www.sankei.com/article/20151021-K5KJMQ7YNVK25DX4COKADC3DTA/
[18]:憩いの場は冷戦時代の核シェルター ウクライナ中部クリビーリフ,AFP BB News,2022.10.29., https://www.afpbb.com/articles/-/3430955
[19]:日本の地下駅300超、有事の避難施設に指定…地上から浅くミサイルには弱く,読売新聞,2022.4.21., https://www.yomiuri.co.jp/national/20220421-OYT1T50219/
[20]:フィンランドの巨大地下シェルター、ロシアの脅威に備える欧州のモデルケースに, AFP BB News, 2025.5.7., https://www.afpbb.com/articles/-/3576520
[21]:韓国海軍の新型潜水艦は弾道ミサイル10基搭載可能、リチウム電池で潜航時間も大幅向上,朝鮮日報日本語版,2025.10.23., https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2025/10/23/2025102380054.html
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