ハトヤブの考察レポート

世の出来事の根本を掘り出して未来を予想する

台湾問題について考える(3)

前回の続きです)

 2022年8月ペロシ訪台直後、中国が対抗措置と称して実施した軍事演習について「台湾封鎖」の可能性が論じられるようになりました。武力による併合が難しいなら封鎖して屈服させるというアイデアです。強硬性を強める中国の態度故あまり注目されませんでしたが、2024年3月にアメリカンエンタープライズ研究所が「From Coercion to Capitulation HOW CHINA CAN TAKE TAIWAN WITHOUT A WAR」という論文を発表しました。内容は題名のごとく「強制から降伏へ 中国は戦争なしで台湾を奪取できるか」で、中国が大規模な戦争をすることなく台湾を攻略するものです。これに複数の日本識者が注目しました。中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏は「アメリカがやっと気づいた」という記事を出し、補足として台湾のエネルギー自給の脆さを指摘、港湾封鎖で習近平は台湾を屈服させると断言しました。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏も同様に台湾の弱点を指摘したうえで「なぜ4年もかけるのか」と疑問を呈しております。

台湾封鎖を考える

 そもそも封鎖だけで国を落とせるのでしょうか?つたない私の知識からすれば人類の歴史においてそんな例はありません。キューバ危機でアメリカは共産国化したキューバ海上封鎖しましたが、ソ連の核配備を撤回できてもカストロ政権を堕とすことはできませんでした。北朝鮮への制裁もイランへの制裁も体制転換には至っていません。独裁国家だから?その面もあるでしょうが、2022年から始まったウクライナ戦争でロシアはウクライナの電力インフラ設備の破壊を執拗に繰り返し、同国市民を極寒の地獄へ落としました。これも国民の抵抗意思を失わせる制裁の一つといえますが、西側の支援の甲斐もあって効果は見られませんでした。

 中国が台湾の飢餓を狙った完全封鎖を一方的に試みた場合どうなるでしょうか。台湾政府は非常事態宣言を出し、限られた物資や燃料を配給制などにして温存を図るでしょう。当然国民は困窮しますが中国が期待するような反政府運動は起こらず、逆に結束する事態になる可能性が高いです。例えば震災などで少ない物資を分け合うことを強いられますが、原因が天災であるとわかっている以上政府への不満へはすぐにはつながりませんよね?同様に封鎖が中国の仕業をわかってしまっている時点では国民は現政権を支持するでしょう。

 また国際法上、海上封鎖で認められるのは交戦当事者に対する戦時封鎖のみで、戦争していないのに封鎖するのは「平時封鎖」となり違反となってしまいます。中国は軍事演習を理由に封鎖でないと言い張るでしょうが、台湾国民が困窮するさまが拡散されたら国際社会は黙ってはいられません。アメリカは中国の封鎖作戦事態に直接干渉はできないものの、人権侵害であると攻勢をかけるチャンスを得ます。そして人道支援として米軍艦艇を護衛につけた米国籍の船に食料や燃料を積んで送るでしょう。中国は全力で妨害を図りますが、撃沈すれば米中戦争に発展してしまうので、臨検にて武器弾薬がないことを確認して輸送船だけ通すことになるでしょう。

 いや、アメリカなんて怖くない!いざとなったら核戦争だ!とばかりにレーダー照射・威嚇射撃を繰り返せば追い返せるかもしれません。しかし今度は内側から攻勢がかかります。台湾軍です。無論勝ち目はないのですが、物資が乏しくなっていく中で座して死を待つほど彼らはナイーブではありません(憲法9条ありませんし)。攻撃された中国軍は反撃せざるを得ませんし、それがさらなる反撃を呼んで結局武力闘争に発展する羽目になってしまうでしょう。逆を言えばこれも一つの戦略として成り立ち、封鎖で相手の抵抗力を削ぎつつ「攻撃される」ことで武力行使の正当性を得ることができます。まぁ、アメリカが介入しないことが前提ですが。

 一方シチュエーションによっては違った結末も考えられます。それは総統の「独立宣言」に端を発した場合です。「独立」とは民進党の党綱領にあり現在は棚上げにされている「台湾共和国樹立」です。前回で触れたように国民の大多数が現状維持を望んでいる状況で、イデオロギーによる「独立」は支持されません。それが原因で中国の封鎖を食らったのなら、国民の怒りは総統へ向かうでしょう。「一つの中国」を認識しているアメリカの支援も受けられません。内外の圧力のもと、「独立派」総統は膝を屈して宣言を撤回し、政治生命も終わらすことになるでしょう。こちらは中国の完勝と言えますが、逆を言えば総統が「現状維持」を表明する限り封鎖はできないことになってしまいます。

認知戦と心理戦

 前座の考察はここまでにして先述の論文「From Coercion to Capitulation HOW CHINA CAN TAKE TAIWAN WITHOUT A WAR」を詳しく見てみましょう。115頁(本文65頁)にもなるこの報告書は中国の武力併合の試みばかりに焦点を当てるアメリカ政府に提言するもので、中国が全面的な武力行使も全面封鎖も行わずに実質的な台湾統一を実現するシナリオを描いたものです。その大まかの要素は以下の通りです。

  1. 台湾現政権を「分裂主義者」と指弾して軍事演習を繰り返し、緊張の原因は台湾政権にあると周知させる。
  2. 米台間に相互不信を起こさせ、アメリカ側に「緊張の原因は台湾」台湾側には「アメリカに見捨てられる」という認識を植え付ける。
  3. 台湾国内でサイバー攻撃によるインフラの障害や強制的な海上臨検による物流の遅れで、国民の生活を脅かす。政権には解決能力がないことを印象付ける。
  4. アメリカの財界を中国側に引き入れ、経済協定を結ぶことでアメリカの台湾支持へのインセンティブを減退させる。台湾を支援する企業には制裁を科す。
  5. 海上臨検を厳しくして物流を滞らせ、国民生活を困窮させる。海外の物流会社もリスク回避のために台湾を避けさせる。台湾メディアで中国と融和すべきだという議論を行わせる。
  6. 日本などの同盟国には別途安全保障上の懸念を作り台湾問題から目をそらさせる。特に日本に対しては歴史問題や沖縄基地問題、核疑惑を仕掛けて国際的発言力を奪う。
  7. 台湾への政治的、軍事的、経済的圧力を極限まで強めて、さらにテロやフェイクニュースによって国民の恐怖と政府不信を限界まで煽り、中国と平和協定締結を掲げる新総統を誕生させる。

 少し荒いですが内容はこんなものです。先ほど杉山氏の「なんで4年もかけるのか」の答えですが、いきなり締め付けずにじわじわと苦しませるのが目的なのですね。そして国民の政府への信頼を失墜させ、中国との融和が生き残る道と思うように誘導するのです。また重要なのは工作の対象が台湾だけでなくアメリカや日本にも及んでいるということです。武力併合という一大イベントを今か今かと持っている間に、日米両政府は足元をすくわれて身動きが取れなくなっていく様が描かれています。ところどころあれ?と思うことはありましたが、中共の認知戦・心理戦としてはとても現実的にシミュレートしたシナリオだと言えます。

台湾の弱点

 自称平和…政治暴力による攻勢はターゲットの弱点を突くのが一番有効です。すでに日本の識者らが指摘しているように台湾で最も脆弱なのはエネルギー事情でしょう。台湾のエネルギー自給率はわずか1%であり、その多くを海上輸送で受け入れる化石燃料に依存しています。

台湾のエネルギー消費(出典:台湾:総統選挙とLNG拡大路線の行方 ―国民党は石炭全廃と原発回帰を提起、現政権が進める脱原発LNG拡大路線転換の可能性?LNG拡大の脅威への備えとは―,JOGMECホームページ,2023.8.21.,https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009864.html)

 蔡英文総統時代から民進党は2025年までの脱原発を推進しており、2021年にはカーボンニュートラル宣言し、再生可能エネルギーの普及促進「2050年の排出ネットゼロ目標」も明文化するなど、環境政策に力を注いでいました。頼清徳氏もこれを踏襲する方針ですが、先述の論文はエネルギー備蓄の拡充のほかに廃炉にした原発の再稼働能力の確保を提言しています。完全封鎖はなかったとしても、台湾の経済を減速させるだけの嫌がらせは確実視できるので、ここは環境派の反感を買うリスクも甘受する必要があります。ちょうど国民党は原発回帰を主張しているので、後述する与野党分断を解消する良い機会にもなります。

与野党対立

 5月28日、台湾立法府本会議で政府を監視する立法院の権限強化などを盛り込んだ立法院改革法案を多数派の野党が主導して可決しました。頼清徳政権が発足して間もない時期だっただけに与党は反発、多数の支持者らも立法府を取り囲んで抗議しました。

法案では、立法院が適切と判断した情報の開示を軍隊や民間企業、個人に求める権限が立法院に付与される。また、公務員の虚偽陳述などを処罰できる規定が創設され、総統による立法院への国政報告が義務化される。
(出典:台湾議会、政府を監視する権限強化する法案可決 市民は抗議,ロイター通信日本語版,2024.5.29.,https://jp.reuters.com/world/taiwan/7KNUEFHJMRPWHAE74GNZYOJC4Q-2024-05-29/

 抗議者の中からは「中国の政治介入を阻止せよ」という声が相次いだそうで。ただ立法院の強化だけが中国の政治干渉として叶うのでしょうか。遠藤氏によれば、同改革法案は与党である民進党が提案したものにほぼ同一だそうです。

 ところが、同じ法案を、実は民進党が過去何回にもわたって提案してきたという事実がある。
 法案が可決した翌日の5月29日、民衆党の柯文哲党首はメディアの取材に応じて、以下のように語っている。
 ●今回の国会改革法案の内、ただの一つでも、民進党がこれまで提案してこなかった法案があるだろうか?
 ●巷では「国民党と民衆党が、民進党が昔から提案してきた法案を支持し、可決させてあげたようなものだ」と皮肉っているが、全くその通りだ。
(出典:遠藤誉,台湾立法院「国会改革法案」はかつて民進党が提案していた,中国問題グローバル研究所、2024.6.7.,https://grici.or.jp/5307)

  陰謀論の話はさておき、アメリカ型大統領制を採用する国においては大統領の権限に対して国会で駆け引きが行われるのはよくある光景です。民進党が特に積極的に改革を打ち出していたのは馬英九政権時代。彼の親中路線を警戒したものであることは明らかでしょう。そして立場変われば態度変わる現象も我が国の特定機密法に対する民主党立憲民主党)の変節を見るに珍しくありません。

 ただこうした与野党分断に中国は間違いなく付け込みます。件の馬氏から浸透を図ってまた海峡両岸サービス貿易協定を発効させようとするでしょうし、さらなる台湾の泣き所を突いてくるかもしれません。

防衛事情

(令和5年版防衛白書より)

 これはここ数年の台湾の防衛予算の推移です。少しずつ増加してはいるものの中国のようなうなぎ上りではないのは一目瞭然でしょう。5月に行われた大規模演習はこれからたびたび実施される可能性が指摘されています。台湾国民は案外冷静に受け止めているのですが、国防の現場はひっ迫するでしょう。ただでさえ多数の戦闘機が中間線を超える挑発が頻発している状況ですから、装備の消耗は激しく防衛費をさらに上げる必要がでてくるかもしれません。我が国でも政府が防衛予算を上げるために「防衛増税」をしようとして、与野党から批判を浴びたは記憶に新しいところです。同じことが台湾でも起こる可能性があります。

 加えて台湾は徴兵制の国です。馬英九政権時代にいったん廃止が決定されたものの蔡英文政権において復活した過去があります。今後中国の軍事圧力に対応するために徴兵期間の延長などが検討されれば動員される若者が反発するのは想像に難くありません。そこに与野党の分断が重なれば、危機を前に台湾は結束できなくなってしまいます。中国にとってこれほど都合のいい話はないでしょう。案外過激な封鎖などするまでもなく総統府に政治危機が起きてしまうかもしれません。

他人事ではない

 重要なのは武力を使わない「平和」統一作戦であっても日本は100%巻き込まれるということです。論文中でも

  1. 靖国神社にて中国人が英霊を侮辱するトラブルを起こして怪我。反日感情が爆発する。
  2. 沖縄で反戦・反基地運動が活発化する。
  3. 核開発疑惑が持ち上がる。

 という出来事が予想されていますが、すでに靖国神社では中国人が悪質な落書き行為をして大きな話題になっております。

靖国神社(東京都千代田区)で1日、石柱に英語で「トイレ」と書かれた落書きが見つかった器物損壊事件で、中国の動画投稿アプリ「小紅書(レッド)」で、男性が、石柱に落書きしている様子が投稿されていることが分かった。(出典:靖国神社の石柱に落書き、一連の様子を中国の動画投稿アプリに投稿 放尿のような仕草も,産経新聞電子版,2024.6.1.,https://www.sankei.com/article/20240601-EICKEMCSUZN3FBSI3Q4B3AF7NM/

 まさに噴飯ものですが、もうすでに計画は始まっているとみるべきですね。なんせ5月20日の頼清徳就任と同日に在日本中国大使館で開かれた座談会で駐日大使がこんなこと言ってますから。

中国の呉江浩駐日大使は20日、台湾の総統就任式に日本から国会議員30人超が参加したことに対し、「(台湾)独立勢力に加担する誤った政治的シグナルだ」と批判した。(中略)日本が「台湾独立」や「中国分裂」に加担すれば「民衆が火の中に連れ込まれることになる」と警告した。
(出典:中国の呉駐日大使、日本が「台湾独立」加担なら「民衆が火の中に連れ込まれる」と警告,産経新聞電子版,2024.5.20.,https://www.sankei.com/article/20240520-2QALPXWBORMHZI5FZTPI3464KY/

 案の定日本政府は抗議しかしていませんがその程度だと、じきに北朝鮮のごとく「東京を火の海にする」とか「日本に人が住めないようにする」とか言うようになるでしょう。

 注意すべきなのは今回台湾攻略として考えられている認知戦・心理戦計画はそのまま日本にも適応可能というところです。台湾海峡バシー海峡は日本のシーレーンであり生命線です。ここを支配されたらエネルギーを原油の輸入に頼る日本も困窮することになります。今日の台湾、明日の日本。いえ同時に狙われても不思議はありません。尖閣諸島への度重なる海警船の侵入はその序章とも言えますし、ロシア海軍とタッグを組んでの周回も、福島第一原発からの処理水放出に対する批判と海産物の輸入禁止行為もその一環とみなすこともできます。

対抗策

 最後に中国の脅迫的な作戦にどう対処するのか考えてみましょう。大切なのは「有事になったら本気出す」のではなく普段からの備えと行動が必要など言うことです。論文では台湾へ以下のような提言を行っております。

  1. 中国の封鎖的妨害に対応できる独自の商船団を訓練し、封鎖やサイバーアタックの影響を軽減する準備をする。
  2. 中国から認知戦・心理戦に晒されている事実を国民に周知し、民間防衛を強化して分断を防ぐ。
  3. メディアにおける中国の浸透を抑制し、スパイ防止やセキュリティクリアランスを整える。
  4. 米国との防衛協力実績を開示し連帯を明確にし、平時における海上共同作戦も推進して台湾が孤立していないことを示す。

 中国が狙うのは台湾を孤立に追い込み、台湾国民に対し「分裂主義者が不安定化の原因」という物語を信じ込ませることです。これに対抗するため台湾政府は友好国と連帯していることを克明に示し、中国が統一工作を仕掛けてきている事実を暴露して国民に抵抗をつけさせ、封鎖されても混乱が起こらないように強靭な社会を構築する必要があるということです。そして友好国は以下のように他人事のふりをせず、台湾が孤立しない措置をとることです。

  1. 台湾の実質的な同盟関係として情報を共有し、台湾の防空システムの強化等に協力する。
  2. 海上警備行動も共同で実施し、中国の封鎖行為から台湾の権利を守る手助けをする。
  3. 台湾の権利を侵害しようとする中国に対し制裁を科し、威圧するほど逆効果であることを悟らせる。

 さらに全体を通して重要だと感じたのは現状変更を試みようとしているのは「中国の指導者」であることをはっきりさせ、事実の歪曲を否定することです。そして可能なら中国指導者の影響下にある中国人民に対してもそれを認知させるとさらに効果を発揮するでしょう。それには自由と民主主義のキーワードが重要な役目を果たすかもしれません。

 

台湾問題について考える(2)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。前回は台湾問題の神髄に触れたうえで、たとえ国民党政権であっても円満な統一が不可能であることを解説しました。今回は中国がどのように台湾を力を背景にして攻略していくのかを考察していきます。
 こういう話で大切なのは「守る側」でなく「攻める側」の視点に立って考えることです。「中国当局がこう主張しているから」だけでシナリオを巡らせても、守る視点ゆえのバイアスがかかりやすく、都合よく考えるか、シニカルに考えるかで結果が大きく変わってしまうのです。繰り返すように彼らはありとあらゆる可能性を模索しており、「できる」と判断すれば必ず実行します。
 それでは中国が実行しうる作戦を挙げたうえで、それを現実的にかつ客観的に考えていきましょう。

武力統一を考える

 まず中国が台湾を統一する方法として真っ先に想起させられるのが武力での統一でしょう。実際国共内戦時には武力によって国民党政権を追いやったわけですし、その後三度にもわたって台湾への攻勢を試みています。しかしその際に米国が空母を派遣して事なきを得ています。
 無論それであきらめる中国共産党ではなく、武力統合が可能になるように軍隊の近代化にいそしんでおり、近年の高度経済成長期も相まって軍事費もうなぎ上りになっております。

中国の公表国防予算の推移(出典:令和5年版防衛白書より)

 中国の軍事費増加が注目されたのはここ数年ですが、表を見ればわかる通り兆候はかなり前からありました。そして最近度々話題になっている中国空母の計画も1982年から始まったものであり、決して習近平総書記の一存だけで始められたことではありません。中国の軍拡の背景は「中国はなぜ覇権主義に突き進むか(1)」でも触れていますが、より実用的な目的で台湾攻略も含まれているとみるべきでしょう。実際2022年10月の党大会で三期目に突入した習近平総書記は台湾への武力行使について「放棄せず」と明言しています。

中国共産党の幹部人事を決める5年に1度の第20回党大会が16日、北京の人民大会堂で開幕した。習近平(シー・ジンピン)総書記は過去5年間の成果と今後の方針を示す活動報告で台湾統一方針を巡り、「決して武力行使の放棄を約束しない。必要なあらゆる措置をとる選択肢を持ち続ける」と強調した。(羽田野主,習氏、台湾問題「武力行使を放棄せず」 中国共産党大会,日経新聞電子版,2022.10.16.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM152WZ0V11C22A0000000/

 この時はまだ「平和統一」という言葉も添えられていましたが、2024年3月に開かれた全人代で李強首相が政治活動報告で言及したときは「平和」の文字も消えました。

一方で、李氏はこの日、中台の将来について、前任者の李克強氏が昨年の政府活動報告で使った「平和統一」という表現ではなく、「統一」の2文字だけ言及した。この変化について、一部の台湾メディアは「軍事侵攻を視野に入れることを示唆している」と解説している。(出典:全人代、「平和統一」の表現消える 台湾メディア警戒,産経新聞電子版,2024.3.5.,https://www.sankei.com/article/20240305-CVAAE4CTJNPZZPNJZUJBSGNU5U/

 もっともこれは政治的スタンスとしての台湾への圧力の一面が強く、平和の字がなくなったからと言って「平和統一」しないというわけではなりません。そうですね、台湾現政権が中共解釈での「92年コンセンサス」を受け入れれば、緩和するでしょう。しかしその後はより具体的な「併合」への外交攻勢が強まり、それに応じようとすれば台湾国民の反感を食らうので結果は変わらないと思いますが。

物量的には?

 では実際の武力統一は可能でしょうか?結論から申し上げると物量面においては可能性は高まっていることです。我が国の防衛白書令和5年版では中台の軍事力について評価が行われています。要約すると以下のようになります。

  • 陸戦力は中国軍が圧倒的だが、着上陸能力が不足であり現在増強中。台湾軍は対着上陸能力を中心に増強して対抗。
  • 海・空軍能力も空母や第5世代戦闘機を配備した中国軍が有利。台湾軍も米国のF-16V配備や国産潜水艦建造を急ぐ。
  • ミサイル攻撃能力に関しても多数の弾道ミサイル巡航ミサイル保有する中国軍が有利。台湾軍は米国のパトリオットミサイルを導入するが飽和攻撃への対処に不安。

 陸上兵力で比較すれば中国軍が97万人なのに対し、台湾軍は9万4千人。数だけでは全く勝ち目はありませんが、中国軍はすべてを投入できるわけではありません。現在絶賛ウクライナ侵略中のロシアと異なるのは、台湾と中国との間に台湾海峡があることです。毛沢東時代に共産党が攻めきれなかったのはこのせいなんですね。

 それゆえ中国は着上陸戦闘能力の増強に努めており、例えば5式水陸両用歩兵戦闘車は陸軍が1150両、海軍陸戦隊(海兵隊)が320両以上導入しており、揚陸能力としては1200トン以下の揚陸船が52隻、3000トン級の戦車揚陸艦が32隻、2万トン級のドック型揚陸艦が8隻、4万トン級の強襲揚陸艦が3隻(5隻予定)となっています。

 これだと一度に投入できる兵員は全艦艇総出でも2万人弱ですが、基本ピストン輸送になりますし、民間船を動員して輸送量を増やす算段ですから一概に足りないとも言い切れません。しかし輸送中は攻撃に弱いので台湾軍はそこに攻撃を加えて敵戦力を消耗させる作戦(台湾では「沿海決勝」と呼称)をとります。また上陸作業中も無防備になりがちなので狙いどころです(「海岸殲滅」と呼ぶそうです)。このままでは中国軍は全滅してしまいます。

 そこで中国軍はまずロケット軍の短距離弾道ミサイル「東風‐15」を発射して台湾の軍事施設を攻撃します。台湾はパトリオットによる迎撃を試みますが、何割かは着弾するでしょう。しかし台湾軍は掩体壕や偽装を通して被害の低減を図ります(戦力防護)。なので中国軍は空海戦力を強化して生き残った台湾空軍・海軍を撃滅する戦略を考えている……といったところでしょう。

中台両軍対峙図(参考:(令和5年版防衛白書第一部第三節 米国と中国の関係など 95頁)(中国軍事演習 中国軍が台湾周辺で大規模演習 国防部「中華民国の主権を守る」 フォーカス台湾中央社日本語版2024.5.23.)

 この図は台湾軍の配置場所と2022年と2024年の中国軍大規模演習区域を重ねたものです。ここからわかる通り、中国軍の演習は対抗する台湾軍を念頭に置いていることがわかります。特に2022年と2024年の重なる演習区域は明らかに台湾軍の陸海空司令部や陸戦隊指揮部を標的としています。同演習は「我々は台湾を攻略する能力がある」ことを内外に示す狙いがあるということです。

攻略のハードル

 物量面では台湾武力併合への可能性が高いと判定できますが、国際政治上ではどうでしょうか。これには二つの見方があります。一つは国際社会においての孤立化です。1971年に採択されたアルバニア決議で国連を脱退して以降、台湾は国際社会へのアクセスを制限されています。中国は国交を結ぶ条件として台湾(中華民国)との断交を要求し、日本や米国を始め多くの国々がそれに従って、今や台湾と国交がある国はわずかに12か国しかありません。だから仮に中国が台湾に攻め入ってもほとんどの国は台湾を国と認識していないので、中国側の「中台戦争は国内問題だ」という主張を信じて黙認する可能性が高いのです。
 ただしその一方で国交がない状態ながら台湾の安全保障にコミットしている国がいます。アメリカです。同国は日中戦争時代から中華民国にコミットしており、国共内戦時は不干渉だったものの、台湾危機では空母を出張らせて抑止してくれました。その後米華相互防衛条約を結び、断交した後も台湾関係法によって引き継がれます。中国にとってこれが大きな障害となっているのです。6月4日、アメリカのバイデン大統領は台湾有事が起こった時に際し、「軍事介入は排除しない」と発言しました。

バイデン米大統領はタイム誌(電子版)が4日に公開したインタビューで、中国が台湾に侵攻した場合の米国の対応について「軍事力の使用を排除しない」と述べ、米軍が台湾の防衛に加わる可能性を改めて示した。バイデン氏は台湾を巡り、米国の「一つの中国」政策は不変だとしつつ、習近平政権による軍事侵攻を警戒し、台湾防衛の意思についてたびたび発言している。(出典:バイデン氏が米軍による台湾防衛の可能性に再言及 「軍事力の使用を排除せず」,産経新聞電子版,2024.6.5.,https://www.sankei.com/article/20240605-V5CJ6Z2QBNPOXD2HO6YTVWSZ2E/)

 要は先述の習近平総書記の「武力行使を放棄せず」へのカウンターです。アメリカは中国を抑止するために必死です。
 2023年1月、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)は様々なシナリオで台湾有事をシミュレートしたウォーゲームの結果を「The First Battle of the Next War Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan」にて公表しました。安全保障分野でのウォーゲームは通常機密扱いされることが多いのですが、同研究所は台湾問題について広く周知させる目的で過去の戦闘データを収集し、政府や軍の出身者をプレイヤーに招いて、理論的な計算に基づいてシナリオを分析しました。

 その結果、最も想定されるシナリオにおいて中国が台湾の武力併合に乗り出した場合、失敗する確率が高いという結論が出ました。想定では中国軍は台湾軍の空軍と海軍を開始後数時間で壊滅に追い込むことができますが、着上陸時の抵抗までは阻止できず、アメリカ軍によって多くの艦艇、揚陸艦が沈められて侵攻作戦を継続できなくなります。ただし代償として日本の基地と米軍の艦艇、日米両軍の軍用機が破壊されるという「痛み分け」という結末を迎えます。

戦闘終了時における日米中の戦闘機(Conbat Aircraft)と艦艇(ship)損失(出典:Mark F. Cancian他,The First Battle of the Next War‐Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan‐,Center for Strategic and International Studies (CSIS),2023.1.)

 例によって日本のメディアや識者は被害にばかり注目しますが(そりゃそうか)これはシナリオにおいてエスカレーションを避けるために、中国本土への攻撃を控えるという、日本みたいな専守防衛での作戦を強いられたためです。この縛りは中国が核保有国であることと関係があります。最近ようやく日本が取得を決めた「反撃能力」もここでは宝の持ち腐れになってしまうかもしれません。

 さてここからは趣向を変えて中国が勝利するシナリオに焦点を当ててみましょう。
 本論文において中国が勝利できるシナリオは主に二つ。「台湾孤立無援」と「ラグナロクシナリオ」です。まず台湾孤立無援はアメリカが一切助けないシナリオで、中国はセオリー通りに台湾の空海軍を撃滅した後、随時陸上戦力を投入して着実に台湾征服を達成するというものです。敗北というだけですべてを否定的にとらえがちですが、重要なのは作戦終了までに時間がかかることです。

作戦終了時点の中国軍(PLA) の台湾上陸状況(出典:同上)PLA End Strength Ashore:中国軍の上陸状況,Territory Controlled by PLA (km2)中国軍支配域,Duration of Campaign:作戦期間,Supply Capacity at End:終了時点の戦力供給力

 攻略にかかるコストは攻略で得られる利益と天秤にかける必要があります。戦争の結果中国は中台統一の悲願を達成しますが、あまりに大きな被害が出ると共産党に威信に傷がつく可能性があります。無論中国のような極右国家ならイデオロギーのためには犠牲を厭わない側面はあり「絶対ない!」と断言することはできません。しかしハードルを上げていることは事実でしょう。
 二つ目の「ラグナロクシナリオ」は破局的展開という意味です。これはアメリカが台湾を助けようとするが中国が勝つ唯一のシナリオで、それは日本が台湾防衛に徹底して非協力的になることを条件としています。アジア区域においてアメリカが単独で運用できるのはグアム島の基地だけであり、台湾とは2750kmも離れています。

沖縄の地政学的位置と在沖米海兵隊の意義(出典:5年版防衛白書より)

 台湾有事時に日本が在日米軍基地を使用させない決断をすれば、アメリカがどんなに戦力を投入しようとも間に合わず、中国軍は台湾攻略を達成できるのです。つまり日本の態度の変節が台湾防衛はおろかアメリカのアジア政策の根幹を揺るがすことに留意する必要があります。

 同論文では中国に台湾侵攻を思いとどまらせるために以下の条件が列挙されています。

  • 台湾は断固として抵抗しなければならない
  • アメリカは侵攻開始から早期に全力介入をしなければならない
  • 日本は台湾防衛に協力しなければならない
  • アメリカは多数の長距離対艦ミサイルを保有しなければならない

 四番目は戦術的事情ですが、上三つは国民世論も関わる重大な要素です。加えて論文の筆者は「ウクライナ式は適応できない」とも明言しています。それはウクライナポーランドと陸続きだから支援ができたためであり、中国海軍に包囲された台湾に同じ手法はとれないということです。
 以上のように中国の武力による台湾併合は非常に困難であることがわかります。しかしながら特定条件では勝機はあり、その突破口が中国の軍備強化の指針となっていることがうかがえます。
 次回は別のアプローチで台湾攻略を考えてみます。

(6/13 本文中引用になっていない部分等を修正)

台湾問題について考える(1)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。2024年5月23日中国の人民解放軍が台湾周辺で二日間にわたる大規模な軍事演習を実施しました。中国軍の報道官は台湾の分離主義勢力に対する「強力な懲罰」だとして語気を強めております。

 台湾を担当する中国軍の「東部戦区」報道官は声明で、今回の軍事演習の目的について、「『台湾独立』分裂勢力を懲らしめ、外部勢力の干渉や挑発に対して厳重に警告するものだ」と主張した。中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の報道官は23日、頼氏の演説について、「『一つの中国』原則に挑み、台湾を袋小路に導こうとしている」と反発した。
(出典:中国「台湾独立勢力を懲らしめる」…大規模軍事演習、台湾国防部「不合理な挑発行為」,読売新聞電子版,2024.5.23.,https://www.yomiuri.co.jp/world/20240523-OYT1T50176/

 その背景として指摘されているのが20日に就任した台湾民進党の頼清徳新総統を念頭に置いたもので、彼の就任演説において「中華民国」という国名をはっきりと呼び、中国に対し対等な立場で対話するように求めたことです。

 従って、私は中国が中華民国の存在事実を直視し、台湾人民の選択を尊重することを望みます。また、誠意をもって民主選挙で選ばれた台湾の合法的な政府と対等、尊厳の原則の下で、対抗ではなく対話を、封じ込めではなく交流を進め、協力し合うことを望みます。
(出典:「台湾を民主主義世界のMVPに」…頼清徳・台湾総統の就任演説全文 ,読売新聞電子版,2024.5.21.,https://www.yomiuri.co.jp/world/20240520-OYT1T50209/6/

 これは中国と台湾国民党が「一つの中国」を堅持することで合意したといわれる「92コンセサンス」に挑戦するものだとして反発しているのですね。「一つの中国」問題は中国共産党にとって特に重要であり、決して譲ることのできない案件です。その理由は「なぜ中国は覇権主義に突き進むのか(2)」で解説しております。つまり頼清徳総統は「中国」を非常に怒らせてしまったわけですが、今後はどうなるのでしょうか。中国はどのように攻勢をかけてくるのでしょうか。今回は台湾有事について考察していきます。

「平和」か「武力」かという不毛な議論

 2022年秋、習近平の台湾政策について二人の中国専門家の意見が衝突しました。発端は中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏が『中国は台湾「平和統一」を狙い、アメリカは「武力攻撃」を願っている』という記事において「中国は平和統一しか望んでない」と強調したことです。これに中国問題を研究し評論している石平氏が「全くの妄想」とかみつきました。

平氏のツイート

 これに対し遠藤氏は「誤解」としつつ「武力併合したら一党支配体制が崩壊する」と反論し、香港のような一国二制度による統一を中国は目指していると主張し「平和という言葉に騙されるな」と締めくくっています。彼女の作風は一般的な中国論調に対する「逆張り」風なものが多く、決して親中論客ではありません(少し反米的な気質がありますが)。つまり石平氏と遠藤氏の向いている方向性は同じであり、台湾の早期統一を目指す習体制への警戒感では一致しています。ただ「武力統一」か「平和統一」かで揉めているだけです。
 私に言わせればこの議論に意味はないと思います。習近平総書記(というか中国共産党自体)は国威と自らの権威を賭けて台湾統一を目指しているのであり、あらゆる選択肢を常に担保していると見るべきだからです。ここ十数年拡大させた軍備がすべて台湾攻略のためではありませんし、全部が全部「張子の虎」ぞろいというわけでもありません。絶対これだと決めてかかるのは視野を狭めます。習近平は機が熟せば、いや「できる」と判断すればプーチン大統領のように必ず「特別軍事作戦」を実行します。この時もあくまで体裁は「分離主義と外国勢力の排除」であり、投入する兵力は「平和維持軍」なので「平和統一」と言うこともできます。

台湾事情は複雑怪奇

 よく報道では単純に「中国から独立志向のある政党」として民進党が表現され、逆に「中国との統一を目指す政党」として国民党が説明されることがありますが、ここには少し誤解があります。それは台湾の歴史を見ればわかります。

 日清戦争で勝利した日本は1895年に清国から台湾の割譲を得て統治下におきます。しかしWW2で我が国が敗北すると同時に蒋介石率いる中華民国の国民党軍が台湾に進軍し支配下に置きました。その後間もなく中国で国共内戦が再発し、敗れた国民党は台湾に拠点を移しました。アメリカの介入によって共産党は台湾征服を一旦断念するも、中原を支配下に置いたことから自らが正統な「中国」であると主張し、アルバニア決議で中華民国を追い出し、同国が得ていた常任理事国の席を手に入れました。

 このことからわかるように台湾は中国共産党の施政下に入ったことは一度もありません。国名としては中華民国であり、既に独立した政府です。1971年に国連を脱退して以降、日本をはじめとする多くの国から断交されて現在国交があるのはわずかに13か国(2024年5月時点)。これは台湾との断交が国交の条件とする共産党政府の陰湿な外交工作の結果です。そして隙あらば「台湾は中華人民共和国の領土」という文言を相手国に受け入れさせています。

 一方台湾は1988年に死去した蒋経国氏に代わって総統になった李登輝氏が台湾移転前より滞っていた立法院総改選を実施し、1996年に初の台湾総統直接選挙を行ったことで民主化を達成しました。彼が志向したのは「台湾本土化」であり、従来中国大陸の主権を主張してきた国民党政府の方針を転換し、台湾と周辺離島のみを国土としたものです。これは共産党政府と共存を謳う一方、主権国家としての台湾を主張する二国論に発展し、中国共産党の反発を招きました。

 李登輝氏の退任後、政権が陳水扁氏に移行しますが、彼の所属する民主進歩党民進党)は戒厳体制時代の国民党政権に反抗して結集された団体で、台湾の国民党支配からの脱却を目指していました。その象徴として台湾正名運動があります。この運動は母国を中華民国でなく「台湾」と主張するものであり、李氏の二国論の影響もあって民進党を中心に広まり、党綱領に台湾共和国樹立を掲げるに至ります(しかし後に1999年に台湾前途決議文によって棚上げにされています)。つまり、民進党の「台湾独立」というのは中華民国からの独立であり、即ち台湾の非中国化なのです。

 一方、李氏が退いた国民党では彼の二国論により中華民国としてのアイデンティティを毀損されたことに不満を持つ者がいました。彼らは李登輝政権以前に立法府で長期にわたって席を有していた万年議員とその価値観を引き継ぐ人たちで、遠い将来台湾は大陸と統一すべきとする「終極統一」を掲げていました。これは中華民国としての地位を復権させる保守的なもので、先述の「92年コンセンサス」も一つの「中国」で中国共産党と合意しつつも、その「中国」は中華民国であるという、当然中国とは異なる解釈を持っていました。それゆえ中国の攻勢に譲歩しながら、民進党の非中国化に反抗する現在の党方針に行きつきます。これが現在につながる台湾の政治対立の本質なのです。

 したがって前述の頼清徳さんの演説で「中華民国」とはっきり言ったのは、中国に対して二国論を再提示して強く出る一方、過半数を取れなかった立法府で国民党のコアな支持層に配慮した結果とも解釈できるのです。中国にとっても最も困るのは「台湾は中華人民共和国の領土」の根底を揺るがす台湾正名化なので、激しい口調で罵りつつも実際は内心でほくそ笑んでいるのかもしれません。

ほぼ破綻している「一国二制度

 これは私の考察ですが、共産党……習近平は所謂一国二制度による円満な台湾統一を7割方諦めていると考えます。もちろんできるに越したことない(むしろ対日戦や対米戦へ向けて戦力を温存したいでしょうし)のですが、香港政策の顛末や台湾の現状を見る限り「絶望的」なのですね。

 ここで香港の歴史をおさらいしておきましょう。1839年に勃発したアヘン戦争の結果、香港は清国からイギリスに割譲されて150年に渡り統治されることになります(途中日本が3年ほど占領下に置きましたが)。WW2後多くの植民地を失ったイギリスは没落し、1960年から70年代は特に「英国病」と言われるほど顕著になりました。方や中国も文革の影響で経済状況は最悪でしたが78年の「改革開放」によって急成長し、香港は西側との窓口として大いに発展しました。

 1980年代に香港の帰属について中英で交渉が始まります。香港の統治を継続したいサッチャー政権に対して共産党政権は「港人治港(香港人による香港の統治)」を要求し、応じない場合は武力でもって解決すると脅しました。奇しくも同じ時期にフォークランド紛争を経験していたイギリスは腰砕けになり、中国の要求に応じることになります。この時、鄧小平が提示したのが「一国二制度」で主権移譲後50年間にわたり香港で「社会主義政策」を実施しないことを約束しました。そして1997年に正式に香港は中国に帰属します。

 しかしこの「一国二制度」ですが、香港の自由を守るものではありませんでした。イギリス統治下では言論や報道、表現の自由が保障されていましたが、中国統治下に入るや否や圧力がかかり、言論統制が始まります。選挙への干渉も行われ、首長である行政長官は職能代表が票を投じる制限選挙となっております。たびたび普通選挙を求める香港市民に対して、共産党政権は「愛国者」のみの立候補を優遇しようとするなど、軋轢が広がっていました。

 2014年、ついに香港市民の不満が爆発しました。当時2017年の行政長官選普通選挙が実施される方針が決まりましたが、その候補は共産党政府の息のかかった指名委員会の支持が必須で、かつ2~3人に限定するというものでした。共産党の意に沿わない候補を排除するやり方に学生たち(2011年からの愛国教育に反発していた)が立ち上がり、授業をボイコットしデモ活動を始めます。雨傘運動です。デモ隊は最終的に排除されましたがこの活動は当時世界で注目されました。

 そして2019年、再び大きな運動が巻き起こります。逃亡犯条例改正案です。同法案は台湾で起こった事件について犯人の引き渡しと起訴ができなかったことを背景としていますが、法案には共産党政権の要請に応じて政治犯の引き渡しの他、資産凍結や差し押さえも可能とするなど香港の司法を脅かすとして反対運動が起こります。運動は普通選挙の要望へエスカレートし、何人もの死傷者を出しながら当局に弾圧されます。そして共産党政府は2020年5月に「香港国家安全維持法(通称国家安全法)」を制定して即日施行、事実上の香港政治への干渉を行ってこれを鎮圧しました。

 この香港で起こった事件が台湾政局に影響を与えます。当時、民進党蔡英文総統は地方選での敗北を受けて、党首の座を降りていました。中国と距離を置く政策が台湾経済を悪化させていたのです(これが中国に経済でからめとられた影響です)。しかし香港動乱が彼女らに大きな追い風を起こし、「一国二制度」は中国の騙しの手口と批判することで2020年の総統選では、歴代最多の得票数で再選と至りました。

台湾の蔡英文総統は10日、台北の総統府前で行われた建国記念日に当たる「双十節」の式典で演説し、香港情勢について「『一国二制度』の失敗により、秩序崩壊の瀬戸際にある」と指摘した。「『一国二制度』の拒絶は、党派や立場を問わない2300万人の台湾人民の最大の共通認識だ」と述べ、中国の習近平国家主席が受け入れを迫る同制度による「中台統一」を拒否する姿勢を、改めて示した。(田中靖人,「一国二制度は拒絶」 蔡総統、双十節で演説,産経新聞電子版,2019.10.10.,https://www.sankei.com/article/20191010-KFZM7OVDUVMVVF5HE7GPVNJFPA/

 その後も蔡英文政権は中国の一国二制度を批判し、野党の国民党でさえも表立って中台融和を掲げることができなくなりました。先日の2024年1月の総統選挙戦でも蔡氏前任の馬英九元総統が「習近平を信用しなけらばならない」と発言したことが物議をかもし、同党所属の侯友宜候補は「自分の考え方と違う。私が総統になったら任期中に統一問題に触れるつもりはない」と火消しに追われることになりました。事実上、台湾の一国二制度による平和統一計画は破綻してしまったと言えるでしょう。

経済だけでは……

 ここまで見ると習近平の香港政策の失敗のように映ると思います。まぁ、実際そうなのでしょうが、先述の通り7割方諦めて割り切っている節もあると思うのですよね。というのも如何に経済成長して「台湾を経済でからめとる」ことができても、安直に統一とはいかない経緯があります。

 改めて台湾の歴史、今度は近年の出来事について振り返ってみましょう。李登輝氏によって民主化された台湾ですが、その後の中国の外交工作によって孤立し、同国の急速な経済成長に依存するようになります。先述の馬英九元総統は民進党から政権を奪取すると、先述の「92年コンセンサス」を前提にして中台融和を進め、中華民国としての国際的地位の復権を図ります。歴史教育を中国寄りにするなど親中政策を進め、WHOのオブザーバー参加を実現したりしました。

 しかし2010年に結んだ経済協力枠組み協定(ECFA)に基づき、2014年に向けて交渉を始めたある協定が台湾に波紋を広げます。海峡両岸サービス協定です。中台両国におけるサービス貿易の制限を撤廃し、マーケットを開放することを謳った協定ですが、台湾の中小企業へのダメージや人材流出、そして言論や情報統制が危惧されたことから反対論が吹き出し、これまた学生が台湾立法院を占拠する運動へ発展します。ひまわり学生運動です。この結果、協定はお流れとなり国民党は支持を失って下野、現在まで続く民進党政権が誕生します。

 勘の良い方ならお分かりになられるでしょうか?そう、まるまま展開が香港と似ています。そして香港と違って台湾は政権が変わってしまったのですね。例によって中国は「米国の陰謀」と決めつけていますが、背景は李登輝さんの民主化のおかげで自由と民主主義が根付き、台湾人のアイデンティティが構築された結果です。

台湾国民における台湾人・中国人アイデンティティの分布(1992年06月~2023年12月)
緑線:台湾人紫線:両方青線:中国人黒線:無回答
(出典:國立政治大學選舉研究中心重要政治態度分佈趨勢圖
政治大学選挙研究センターHPより)

 これは台湾の政治大学選挙研究センター(https://esc.nccu.edu.tw/)が作成した台湾全国民を対象にした世論分布図です。自分は「台湾人」か「中国人」かを問う調査ですが、その結果「自分は台湾人である」と答えた割合(緑線)が60%まで増えており、「自分は中国人である」と答えた人(青線)は2%、「自分は中国人であるが台湾人でもある」と答えた人(紫線)は30%台となっております。そして台湾は将来どうすすべきかと問う調査では「永遠に現状維持(黒線)」「とりあえず現状維持(青線)」が半数以上に伸びており、独立も統一も望まない勢力が大多数を占めていることがわかります(独立とは台湾共和国樹立という意味です)。

台湾の人民統一独立分野の動向分布(1994年12月~2023年12月)
赤線:すぐ統一濃い赤線:統一志向黒線:とりあえず現状維持青線:永遠に現状維持緑線:独立志向濃い緑線:すぐ独立紫線:無回答
(出典:國立政治大學選舉研究中心重要政治態度分佈趨勢圖
政治大学選挙研究センターHPより)

 さて、中国の戦略家になった気分で香港と台湾を見てみましょう。どんなに経済で豊かになっても、最初から自由と民主主義を知らない中国人民と違って、香港人民や台湾人は自由と民主主義を容易には放棄しないとわかります。やはり力でもって支配するしかない。さもなければ香港や台湾を起点にして国内に民主化運動が波及するかもしれないのです。だから国際社会の批判を浴びてでも香港に干渉する必要があったし、台湾統一に対しても暴力的手段が必要であると判断し得るのです。

 その兆候をご覧に入れましょう。2022年8月10日、中国は最新の台湾白書において台湾統一後に軍や行政官を派遣しないという記述が削除されました。

1993年と2000年の過去2回の白書は、統一後に「台湾に駐留軍や行政官を派遣しない」とし、台湾が中国の特別行政区となった後も自治を認める方針を示していたが、最新の白書にはそのような文章はない。
また2000年の白書は、台湾が一つの中国の概念を受け入れ独立を追求しない限り「何でも交渉できる」としていたが、今回の白書からはそれも消えている。(ロイタースタッフ,中国、最新白書で「一国二制度」方針撤回を示唆 台湾は非難,ロイター電子版,2022.8.10.,https://jp.reuters.com/article/asia-pelosi-taiwan-china-idJPKBN2PG0TH

 折しもペロシ氏ら米議員が訪台した時期ですが、白書作成にはある程度時間がかかるでしょうし、元からその方針だった可能性が高いです。国民党に対して「平和統一」を促す甘言だったのでしょう。経済だけで引き付けるのは難しいのです。

実はあの国も同じ

 8月3日、先述の台湾白書が公表されるのに先立って、盧沙野・駐フランス中国大使が台湾統一後に言及し、愛国心を植え付けるために台湾人を「再教育する」と発言しました。

在フランス中国大使館によると、盧氏は今月3日にフランスメディアの取材に応じ、「10年、20年前は大多数の台湾人が統一を支持していた」と主張。台湾独立志向の民主進歩党民進党)の「反中宣伝」により、台湾の民意が変化したと指摘し、「再教育を行えば、台湾人はまた愛国者となる」と強調した。(台湾統一後に「再教育を」 中国大使発言で反発,産経ニュース電子版,2022.8.11.,https://www.sankei.com/article/20220811-U3AW45OECRPSZBEWBI76RFR6B4/

 10年は馬英九政権、20年は李登輝政権時代を念頭に置いていますが、自由と民主主義に慣れ親しみ、自分を「中国じゃない台湾だ!」と意識するようになった台湾の人々を平和裏に支配下に置くのは難しいのは事実でしょう。「再教育」とは即ち思想統制であり、文化的ジェノサイドであり、絶滅政策です。ウイグルで起こっていることもそうですし、今世間を騒がしているウクライナ戦争でもロシアが実施していることです。

 ロシアが少なくとも6000人のウクライナの子どもを政治的再教育を主目的として、ロシアやクリミアの施設に拘束してきたことが米国の報告書で分かった。実際にはさらに多数の可能性が高いという。
 報告書はロシアによる人権侵害や戦争犯罪の疑惑を調査する米国務省支援のプロジェクトの一環でエール大学がまとめた。(出典:ロ、ウクライナの子ども6000人以上拘束 「再教育」目的=米報告書,ロイター通信日本語版,2023.2.15.,https://jp.reuters.com/article/idUSKBN2UO22K/

 ロシアのプーチン大統領ウクライナへの攻撃を開始したのは2014年にヤヌコヴィッチ大統領が失脚したことを発端としています。2010年に政権の座に就いた彼は親露政策を進め、ロシア語を第二公用語とし、ユーラシア経済連合への加入を志向し、ウクライナ国民が求める欧州連合への加入を見送ります。これに反発した野党と国民が大規模なデモを実施。ヤヌコヴィッチは力で鎮圧を図りますが失敗しロシアへ亡命します。

 わかります?経緯が香港や台湾と一緒なんです。ロシアはヤヌコビッチを強く推しており、2004年の大統領選挙ではあからさまな介入をしたとされています(ロシアに亡命している点からもわかりやすいですね)。それが叶わなかったことから力による解決に乗り出したわけですね。丁度2014年付近ですし、「米国の陰謀だ」と主張するのも同じです。ウクライナ戦争について中国は表向き「中立」を標榜していますが、全体を俯瞰して見れば、大局において中国とロシアは境遇が極めてよく似ていることがわかります。

 もしもこれから先、国民党が政権を再び取ることがあっても、中台の円満統一は不可能でしょう。海峡両岸サービス貿易協定の段階で躓いているのですから、仮に総統が「中台統一」を宣言しようものなら国民の大反発を食らい、即座に失脚してしまうでしょう。中国としてはむしろこれをきっかけとして力による「平和統一作戦」を決行するのではないかというのが筆者の予想です。彼らはあらゆるシナリオを留保しており、より確実に統一できるシナリオを常に探っているのです。次回は習近平政権が考えているであろう統一作戦について具体的に考察していきます。

オバマ・トランプ・バイデン3代政権が飾る超大国の終焉(2)

(1)の続きとなります。今回はオバマ・トランプ・バイデンの三政権が飾る超大国としてのアメリカの終焉について考察しております。オバマ政権とトランプ政権、政党も異なるし一見対極のような印象を受けますが、戦争には消極的で中東からの撤収傾向が強いことがわかります。その次のバイデン大統領はどうでしょうか?

バイデン大統領

アフガン「夜逃げ」大作戦

 バイデン大統領がやった大転換はずばりアメリカの時代を終わらすことでした。勿論御本人にそのつもりはないのですが、オバマ・トランプの二代で世界の警察を辞め、孤立主義に回帰したことで、ドミノ倒しのようにならざるを得なかったのです。

 まず大きな出来事は就任一年目の2021年5月から始めたアフガニスタンからの米軍撤退でしょう。ブッシュ・ジュニアが侵攻を開始して20年以上にもなる長期の紛争を終わらせることは長男を戦地に送ったことがある彼の悲願でした。

 しかし悲願の撤収は波乱に満ちた展開となりました。当初はタリバーンアフガニスタンを支配することはないと思われていましたが、撤収の穴埋めをする形でテロリストたちはカーブル(日本のメディアでは“カブール”と呼ばれますが正しくはこれ)を制圧し、ガニ大統領の国外脱出をもってしてアフガン民主政府は崩壊となりました。奇しくも日本敗戦の日である8月15日です。

 こうした事態に米国国内外から批判が相次ぎましたが、当のバイデン大統領は撤退の方針を崩さず「アメリカにとって正しい」と言ってはばかりませんでした。

  駐留米軍アフガニスタン撤収後、武装勢力タリバンアフガニスタンを瞬く間に制圧した事態に、内外から厳しい批判を浴びているジョー・バイデン米大統領は16日、ホワイトハウスで演説し、「自分の決定を断固として堅持する」と述べた。(出典:バイデン米大統領アフガニスタン撤収は「アメリカにとって正しい」 批判は承知と,BBC,2021.8.17.,https://www.bbc.com/japanese/video-58239136)

「批判は全て自分が受ける」と言っている辺り、誠実な彼らしさが出ていますが、主張はともかく撤収後どうなろうと構わない頑固一徹な様は先代のトランプ前大統領を想起させられます。当のトランプさんは自分が再選されていればアフガンの民主政権崩壊はなかったと主張していますが、そもそもの発端は2020年2月に彼がターリバーンと交渉し米軍撤収の約束(ドーハ合意)したことにあります。

2001年に始まったアフガニスタン戦争をめぐり、米国とアフガンの反政府武装勢力タリバンは29日、カタールの首都ドーハで和平合意に署名した。米軍は21年春にもアフガンから完全撤収し、タリバンは国際テロ組織の活動拠点としてアフガンを利用させないと確約した。約18年に及んだ戦争の終結へ歴史的な転換点となるがアフガンの治安維持や国家再建の道筋は見えない。
(出典:米とタリバン、アフガン和平合意に署名,日経新聞電子版,2020.2.29.,https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56243340Z20C20A2MM8000/

 しかもこの合意、アフガン民主政府抜きで行われてたんです。そして肝心の政府とターリバーンの和平交渉は難航しますが、トランプは我関せずとばかりに米軍を段階的に引き上げていきました。バイデンさんはその仕上げをしたということです。これはどちらが悪いかではなく、アフガン撤収で両氏が一致して実現した堂々たる「夜逃げ」大作戦だったと言えるでしょう。

振るわぬ外交ボイコット

 今からは想像できないでしょうが、かつてバイデン氏は親中として有名な人でした。その一つの事例として、2013年冬に中国が尖閣上空に一方的に防空識別圏を設定した時の対応があげられます。この時副大統領だった彼が訪日し安倍晋三首相と会談するのですが、日米共同での撤回声明を拒否したのです。それだけなら世界の警察を止めたオバマ政権の外交政策に従ったとも取れますが、当時日本の野党党首の海江田氏と会談した際に「習近平に迷惑はかけられない」と漏らしたのです。以下は中国の報道です。

    なぜ米国は安倍首相の要求を拒んだのか。その理由については会談で明かされることはなかったが、3日午前に海江田万里民主党党首と会談したバイデン副大統領は本心を漏らしていた。「習近平国家主席は事業を始めた苦しい時期にある。彼に面倒をかけられない」、と。どうやら米国人は口では日米同盟を高らかに歌いながら、心ではひそかに中国に配慮しているらしい。(出典:「習近平に迷惑はかけられない」とバイデン副大統領、米国の日本支持は口だけだった―中国メディア,Record China.,2013.12.5.,
    https://www.recordchina.co.jp/b80065-s0-c10-d0042.html)

 日本の野党も基本的に親中ぞろいですから、仲間意識のようなものを感じてつい口を滑らせたのでしょう。しかも次男のハンター氏が中国とのビジネスに関わっていることも取りざたされ、日本では大騒ぎになっておりました。

 もっとも親中であることが有名だったために対中強硬になったといえます。就任早々WHOやパリ条約からの脱退を撤回するなど、トランプ政権時代の否定から入ったのですが、中国に対する制裁は継続されました。そもそも5G関連に対する締め付けはGAFAMを主力経済とするアメリカの国益を守る一面もあるので、政権変わっても揺らがないんですね。また米国民主党は人権に重きを置きます(というか党としての一致点がそこしかありません)から中国の人権問題にも妥協できなかったんです。

 その象徴が2022年2月に開催された北京冬季五輪に選手以外の外交使節団を派遣しない「外交ボイコット」です。ウイグル自治区や香港での人権侵害に抗議の意を示したものでしたが、同様のボイコットを表明した国は米国の他にはオーストラリア、英国、カナダ、リトアニアラトビアエストニア、ベルギー、コソボ、そして2020年の中印国境紛争に抗議するインドの10か国に留まりました。それ以外はニュージーランドやスイスなど武漢熱を理由に出席を見合わせた国はありましたが、中国の盟友ロシアのプーチン大統領をはじめ、ポーランド、韓国、タイ、カンボジアサウジアラビア、アルゼンチンなど32か国は出席し、バイデンの思惑があまり振るわない結果となりました。これもアメリカの影響力が減衰した一つの指標になるのではないでしょうか?

ロシアが堂々と侵略

 その北京五輪直後に起こった大事件は何といっても、ロシアが戦争を始めたことでしょう。相手はウクライナ。2022年2月21日、プーチン大統領はかねてから問題となっていたドネツク・ルガンスク両地域の自称国家を「正式」な国家として承認し、その両“国”とロシアの「安全保障」のために派兵を指示しました。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は21日、ウクライナ東部の独立派の反政府勢力が掌握している地域を独立国家と承認した。また、ロシア軍に両地域で「平和維持活動」につくよう命じる文書に署名した。
 ロシア軍による平和維持活動の範囲は不明。部隊が国境を越えれば、ロシア軍として初めて正式にウクライナ東部に入ることになる。
 プーチン氏が独立を承認したのは、「ドネツク民共和国」と「ルガンスク人民共和国」。ロシアの支援を受けた反政府勢力の拠点地域で、名前は同勢力の自称。2014年以降、同勢力とウクライナ軍は戦闘を続けている。
(出典:プーチン氏、ウクライナ東部の独立を承認 ロシア軍派遣と「平和維持」を命令,BBCニュース日本語版,2022.2.22.,https://www.bbc.com/japanese/60473353

 まさに大手を振っての侵略行為ですが、これに先立つ10日にバイデン大統領が危機状態にあるウクライナからのアメリカ国民の退避のために米軍を出さないことを明言していました。

 バイデン米大統領は10日、ロシアがウクライナに侵攻した場合、同国内にとどまる米国民の退避のために米軍を派遣する考えはないと言明した。その理由として「米国とロシアが互いに発砲を始めれば世界戦争になる」と述べ、何らかの形で米露の衝突に発展するリスクを避ける考えを強調。ウクライナ国内の米国人はすみやかに退避するよう求めた。米NBCテレビのインタビューで語った。
(出典:バイデン氏、ウクライナ退避で「軍派遣しない」明言,産経新聞電子版,2022.2.11.,https://www.sankei.com/article/20220211-QGJPCNL4QNMMFBF6MMRZDGISSM/

 前述と並べるとまるで「どうぞ侵略してください」とでもいうような誘い言葉の印象を受けますが、記事にある通り、派兵すればロシア軍と衝突して核戦争にエスカレートしかねないゆえにこういった発言になったのです。ウクライナは同盟国でなく、NATOにも加盟してませんから、集団的自衛権を行使する法的裏付けがないのです。一応国連という大きな枠組みはありますが、ロシアが常任理事国の一員なので拒否権によって無効化されてしまいます。

 国連安全保障理事会は25日、ロシアによるウクライナへの侵攻は「国連憲章違反であり、最も強い言葉で遺憾の意を表する」とする決議案を否決した。非難決議案は賛成多数を確保したが、常任理事国のロシアによる拒否権発動で採択できなかった。
(出典:安保理、非難決議採択できず ロシアが拒否権発動,日経新聞電子版,2022.2.26.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN25EX50V20C22A2000000/

 それゆえプーチンは我関せずとばかりに軍事作戦を継続させ、同年9月30日に件のドネツク・ルガンスクに加えて、ロシア軍支配下に置いたヘルソン、ザポリージャの四州を一方的にロシア連邦に「編入」しました。戦争は現在も続いており、まだ予断を許さない状況です。

 湾岸戦争の時もイラククウェートに侵攻し、あわや併合というところまで来ましたが、アメリカを筆頭とした多国籍軍により、侵攻以前に戻すことができました。しかし今はそれができる状態ではありません。つまり、ことごとくアメリカ主導の世界が音を立てて崩れ去っているのです。

同盟国へ直接攻撃したイラン

 ウクライナ戦争と並んで問題になっているのはイスラエルで起こっているガザ地区をめぐる紛争でしょう。2023年10月7日、イスラエルパレスチナ自治区ガザ地区から大規模な襲撃を受けました。襲撃を主導したのはハマース。それまでパレスチナの代表を担っていたパレスチナ解放機構(PLO)に代わり、ガザ地区を実効支配していたテロ集団です。

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが7日に行ったイスラエルへの大規模攻撃で、イスラエル側の死者は250人を超えた。ガザ地区でもイスラエルによる報復攻撃で230人余りが死亡した。
イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスが残酷で邪悪な戦争を仕掛けた」として、強力な報復措置を取ると表明。ハマスの指導者イスマイル・ハニヤ氏は、「パレスチナの人々はこの75年、難民キャンプ暮らしを強いられている」と述べ、攻撃がヨルダン川西岸とエルサレムにも広がるとの見方を示した。
(出典:ハマスイスラエルの大規模衝突、死者480人以上 米は襲撃非難,ロイター通信日本語版,2023.10.8.,https://jp.reuters.com/world/mideast/PJLXDNODUFKBHM4FF5CJTEIHXM-2023-10-07/

 彼らのモットーは「イスラエルの破壊」であり、これを脅威とみなしたイスラエルは2008年にガザへの攻撃を行っていました。そのため、今回の大襲撃でイスラエルは本格的なハマース打倒を目指して大規模な攻撃を開始します。その被害は民間にも及び、アラブ諸国はもちろんのことアメリカを含めた西側の非難を受けるようになりました。

 その裏で暗躍していると囁かれているのがイラン。かねてからイスラエルに敵対的だったレバノンシーア派武装組織ヒズボッラー(アラビア語で「神の党」の意)がハマスとの連帯を表明しイスラエルへの攻撃を開始します。またイエメンの反政府武装集団であるフーシ派もイスラエルに関係する船舶を攻撃しました。両組織はイランの革命防衛隊の支援を受けており、いわば野戦部隊です。イスラエルは支援を阻止するためにシリア内に駐留するイランの革命防衛隊を空爆、今年2024年4月1日にイラン大使館を破壊し上級司令官数人を殺害しました。それにイランは報復として13日にイスラエルにドローンとミサイルによる大規模な攻撃を仕掛けます。

 イラン革命防衛隊は13日、イスラエルの特定の標的に対して無人機(ドローン)とミサイルを発射したと発表した。イラン国営メディアが革命防衛隊の声明を伝えた。バイデン米大統領は、イスラエルと「揺るぎない」連帯を表明した。
 シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館周辺がイスラエルによるとみられる攻撃を受けたことを巡り、イランは報復を行うと表明していた。
(出典:イランがイスラエル報復攻撃、200超の無人機とミサイル 安保理開催へ,ロイター通信日本語版,2024.4.14.,https://jp.reuters.com/world/mideast/2XVNTKAJZNKW7KWV5C5DXDGNUY-2024-04-13/

 イスラエルの高度な迎撃システムと友好国の連携でそのほとんどを迎撃できたとは言え、イランが同盟国であるイスラエルに直接攻撃を行ったことにアメリカ当局は衝撃を受けていました。

 しかしイランには勝算がありました。思い出してください。トランプ政権が空爆で革命防衛隊の司令官ソレイマニ氏を殺害した時もイランは報復し、イラクの米軍基地で被害が出ました。しかしトランプは死者が出なかったことを理由に幕引きを図ったのです。このためイランは「報復としての攻撃なら反撃してこない」と踏んで直接攻撃を仕掛けてきたのです。実際、バイデン政権もイスラエルの報復には支援しない意向を示しました。

 バイデン米大統領イスラエルのネタニヤフ首相に対し、イランに対するいかなる対抗措置にも米国は参加しないと伝えた。ホワイトハウス当局者が14日に述べた。
(出典:米、対イラン報復に参加しない意向 大統領がイスラエル首相に伝達,ロイター通信日本語版,2024.4.15.,https://jp.reuters.com/world/security/2O6V5PMFBJPDRM6LHENXC5JOM4-2024-04-14/

 トランプ時代のシリア撤収後のトルコ軍のクルド人攻撃、そしてアフガニスタンからの「夜逃げ」のごとき撤収とまとめて見れば、大局的に中東においてアメリカの関与が消極的になっていることがわかるでしょう。

高まる台湾危機

 そして現在最も心配されているのが台湾有事です。最近の2024年5月22日、台湾で頼清徳 新総統が就任し三期目の民進党政権が発足しました。就任演説で彼は「民主と自由は台湾が譲歩できず堅持するものだ」と中国の要求する一国二制度(実質香港化)を拒否したうえで「平和こそが唯一の選択肢だ」と強調し、中国に対して「武力での威嚇や言論での攻撃」を辞めるように言いました。これに対して中国はわかりやすくエキサイトしています。

中国の王毅(おう・き)共産党政治局員兼外相は21日、台湾の総統に就任した頼清徳氏について「民族と祖先に背く恥ずべき行為」をしていると名指しで非難した。中国外務省が同日発表した。改めて頼氏を「台湾独立」派とみなして、対話を拒む構えを示した形だ。
(出典:中国外相が台湾の頼新総統を名指しで非難 「民族と祖先に背く恥ずべき行為」,産経新聞電子版,2024.5.21.,https://www.sankei.com/article/20240521-SN5QMHH43JJD5ECTDWLJTIBJIY/)

 平和と語りかけた頼清徳さんに対して対照的です。中国経済が不安定という内実もあるのでしょう。戦狼外交はまだまだ健在です。実際就任式に日本の議員が参加したことにも反発し「民衆が火の中に連れ込まれる」と恫喝しました。絶好調ですね。今後こうした恫喝は台湾問題のみならず、尖閣諸島問題、ゆくゆくは「琉球帰属問題」でも繰り返されるのでビビってはいけません。

 今は亡き安倍元総理も「台湾有事は日本有事」と発言しましたが、そもそも台湾危機が日本メディアで話題に上ったのが2021年3月にアメリカインド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソンが「中国は6年以内に台湾侵攻する」可能性を上院軍事委員会で証言した時でした。

 デービッドソン司令官は「彼ら(中国)は米国、つまりルールにのっとった国際秩序におけるわが国のリーダーとしての役割に取って代わろうという野心を強めていると私は憂慮している…2050年までにだ」と発言。「その前に、台湾がその野心の目標の一つであることは間違いない。その脅威は向こう10年、実際には今後6年で明らかになると思う」と語った。
(出典:「中国、6年以内に台湾侵攻の恐れ」 米インド太平洋軍司令官,AFP通信日本語版,2021.3.10.,https://www.afpbb.com/articles/-/3335866)

 これをもってして一部の中国専門家は「アメリカが台湾有事を煽っている」と主張していますが、もっと詳しく経緯を調べてみます。司令官の証言に先立つ2020年の12月、バイデン大統領が就任する前に中国は多数の軍用機を台湾の防空識別圏に侵入させています。

 習近平国家主席率いる中国軍は23、24日、台湾の防空識別圏(ADIZ)に戦闘機や爆撃機など計28機を進入させた。対中融和派との指摘を払拭するように「米台連携」を打ち出したジョー・バイデン米新政権を挑発し、値踏みした可能性がある。これに対し、米国務省は、中国共産党政権に、台湾への軍事、外交、経済的な圧力を停止するよう求める声明を発表した。(出典:中国、「米台連携」のバイデン新政権を値踏みか 台湾の防空識別圏に戦闘機など28機進入、併合のチャンス見極めか,ZAKZAK,2021.1.25.,
 https://www.zakzak.co.jp/soc/news/210125/for2101250003-n1.html)

 このように中国が挑発を高める要因として前政権トランプ大統領が台湾旅行法や台湾保障法を制定したことがあげられます。この台湾旅行法を根拠として2022年8月のペロシ下院議長の訪台が実現し、中国が大規模軍事演習をしてエスカレートしていきます。「やっぱアメリカのせいじゃん」と思われるかもしれませんが、さらに元をたどれば、2020年から世界に拡散した武漢熱において中国の圧力を受けた世界保健機構(WHO)が台湾の参加を拒否したことから始まっております。人の命が掛かった非常事態に付け込んだら、人権を重んじるアメリカは対応せざる負えないでしょう(香港での騒動もありますし)。また中国はこのエスカレーションを利用して東アジアでの軍事バランスの新常態を狙っているとの指摘もあります。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)安全保障研究プログラムの責任者、テイラー・フレイベル教授は「中国による今週の行動のこれまでと異なる要素が、恐らく一層日常的になるだろう。台湾周辺における中国の軍事的プレゼンスの性質という意味で、ニューノーマル(新常態)ないし新たな現状が存在する」と指摘した。
 そのような中国の戦略は、緊張をさらに高めることなく中国に自制を促す対応を練るよう米国側に迫る一層大きな圧力となる。
(出典:ペロシ氏訪台は口実、台湾海峡の「新たな現状」構築か-中国演習,ブルームバーグ日本語版,2022.8.9.,https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-08-09/RGBEZMT1UM0W01)

 これを裏付ける証拠があります。2023年10月にアメリ国防省東シナ海南シナ海を飛行する米軍機に対して中国軍機が「威圧的で危険な行動」を繰り返す映像を15件公開しました。

 15件の資料は2022年1月~23年9月に起きたもので、今年9月21日の映像では南シナ海上空を飛行していた米軍機にわずか50フィート(約15メートル)まで接近し、飛行を妨害した中国軍の戦闘機が映っている。
(出典:米、中国軍の危険行為急増で機密解除の映像公開 わずか50フィートまで接近も,産経新聞電子版,2023.10.18.,https://www.sankei.com/article/20231018-MQH3D22B4BP6HOEWKC4KX27XYE/

 インド太平洋安全保障担当のラトナー国防次官補は似たような事例が過去2年間で180件を超えているとして「このような行動はやめるべきだ」と中国を批判しました。ペロシ訪台以前から現場ではエスカレーションは始まっていたのです。

 つまり中国はこの緊張を利用してアメリカに心理戦を仕掛け、緊張緩和のために米軍を東シナ海南シナ海から遠ざけようとしているのですね。それがうまくいけば東アジア、ゆくゆくは西太平洋からも撤収させようとしてくるでしょう。こういう戦略を「サラミスライス戦略」といいます。先述のアフガン撤収やウクライナ侵略、イランの直接攻撃を想起すれば、これも弱体化するアメリカに対する挑戦といえるでしょう。なお中国がなぜ西太平洋の支配を狙っているかは「中国はなぜ覇権主義に突き進むか」で解説しています。

悪いことばかりではない?

 これから私たちが見るのは世界をけん引できない頼りないアメリカです。それによって左翼は勿論、保守派の中にもアメリカを見限る者が必ず出てくるでしょう。  
 ただアメリカの影響力が落ちていくことは必ずしも日本にとって悪いことばかりではありません。それまで日本を属国のように国家方針を押し付けるだけだったアメリカが、逆に日本の国家戦略に影響されるようになったのですから。

インド太平洋戦略

 その最たるものが現在アメリカの主要な対中戦略であるインド太平洋戦略でしょう。これは安部元総理の「自由で開かれたインド太平洋戦略」を下地にしており、アジアで存在感を高める中国に対抗するため、太平洋とインド洋を繋げて、成長著しいインドを引き入れる戦略でした。さらに日本、アメリカ、インド、オーストラリアの四つの国を連携させて貿易ルートと法の支配を守る「セキュリティダイアモンド構想」も取り入れられ、こちらは日米豪印戦略対話(Quad)として結実しております。

Quad構成国(東京、ホノルル、デリー、キャンベラを繋いだ線がセキュリティダイアモンド構想である)

 このように日本の首相のアイデアが生かされたのも、本人のカリスマ性はもちろんのこと、アメリカがアジア戦略で迷走し、弱くなっていたからこそだと考えられます。

 この戦略と安部さんの「地球儀を俯瞰した外交」のおかげで日本の安全保障は大きく変わりました。2015年5月には自衛隊集団的自衛権の行使を可能にする平和安保法制が可決されましたが、日本の一部政治団体中韓朝以外の国々には肯定的に受け入れられました。そしてこの法案が日米安保にとって極めて重要な存在となっております。

増える訓練、求められる負担

 平和安保法制の影響が顕著に表れたうちの一つが日米共同訓練でしょう。同法案成立以前は年間二十数回程度だった訓練が、一時減少した時はあれど増加傾向にあることがわかります。

防衛白書平成25年度から令和5年度までを参考に作成)

 中東から引いていくのに反比例して日本及びアジアへのコミットメントが増加している証拠です。むろんアメリカの方針といえばそれまでですが、そのおぜん立てに安部さんの「自由で開かれたインド太平洋戦略」があるのは間違いありません。前回、トランプ大統領が同盟に対して不満を呈していたのを覚えているでしょうか?これまでのような「アメリカ任せ」では基地周辺の住民よりも先に米国民が音を上げて撤収を要望する可能性が高まるのです。最近でもこういった主張が出ています。

 米外交誌フォーリン・アフェアーズ(電子版)は、「東アジアに迫る人口崩壊」と題した寄稿を掲載した。
(中略)
 中国は兵力として動員できる男子が減り、経済を支える優秀な人材調達にも影響が出るとして、米国には「ライバル弱体化という恩恵をもたらす」と指摘した。日韓については、人口減少により安全保障と経済で対米依存を強めながら、同盟国として現状レベルの貢献を維持するのが難しくなると予想。米国で防衛負担をめぐる不満が強まる可能性があると指摘した。
(出典:日韓は「徐々に米国の重荷に」、対中では有利 東アジア人口減少を米外交誌が分析,産経新聞電子版,2024.5.15.,https://www.sankei.com/article/20240515-YSBWNOF2KZGSHLFBI5TUS7XBSA/

 同誌の分析では日韓で深刻化している少子化による人口減少が同盟国であるアメリカにとって「重荷」になるという懸念です。一応中国の少子化は有利になるとしていますが、かの国は現状人口過多にあるので、重荷の方がクローズアップされていくことが予想されます。大局的に世界から引いていくアメリカに見限られないためにも、我が国は自国を守るための役割を増やしていく必要があるのです。

真の独立への道

 安部さんの残した安保戦略のおかげで日米の連携はかつてないほどに深まりました。2024年4月11日に訪米した岸田総理は米上下両院議会で日本はアメリカの「グローバルパートナー」となると演説して大いに反響を呼びました。

 首相の演説は英語で約35分間行われた。議場が最も沸いたのは、日本が米国と共に、国際秩序を守る決意を語った時だった。「日本はすでに、米国と肩を組んで共に立ち上がっている。米国は独りではない。日本は米国と共にある」と語りかけると、議場は大きな拍手に包まれた。(出典:岸田首相演説「日本は米国と共にある」、十数回のスタンディングオベーション…米議会分断もチラリ,読売新聞電子版,2024.4.12.,https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240412-OYT1T50080/)

 その真意は世界の警察を辞めたアメリカがその負担を日本も背負ってくれると提案されて勇気づけられたからです。そして自衛隊の陸海空軍を一元的に指揮する統合作戦司令部が創設されるのを機に、アメリカは在日米軍の機能強化を行い、自衛隊の連携能力を高める方針です。

 米政府は、2023年1月の外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、日本の統合作戦司令部設置を歓迎。「同盟におけるより効果的な指揮・統制関係を検討する」とし、在日米軍の機能強化などを議論している。
 米軍側の部隊指揮を巡り自衛隊との連携を強化する統合任務部隊を日本に設けることや、在日米軍司令官の階級を現在の中将から大将に格上げするなどして在日米軍の機能を強化することが検討されている。
(出典:米国、在日米軍の機能強化へ指揮統制見直し 自衛隊と連携する統合任務部隊を設置,産経新聞電子版,2024.4.7., https://www.sankei.com/article/20240407-WRATAN7AVNP25G46AJQGQOIQOY/)

 こういう動きに対し「アメリカへの依存が深まる」という懸念を主張する方がいらっしゃいますが、それは話が逆さまです。もともと自衛隊警察予備隊を起源としており、憲法上は軍隊ではありません。そのため日米安保体制72年一貫して日本の安全保障は自己完結したアメリカ軍が担い、自衛隊はその補完組織という役割のままにされていたのです。

 例えば横須賀にある海軍施設は日米地位協定により在日米軍が運用しております。一部は日米共用らしいですが、端っこを使わせていただいているだけで、メインで運用しているのは米軍です。

(横須賀海軍施設 GoogleEarthより)

 また同施設には旧海軍時代から使用されている歴史ある6基のドライドックがあるのですが、比較的小さな1号から3号ドックは日米共用なのに対し、4号と5号は当初米軍と住友重機械工業の共用とされ、最後の一基、かつて信濃を建造していた6号ドックは原子力空母も入ることから米軍専用となっております(現在は住友重機械は撤退し海自の護衛艦大型化に伴い4号・5号も日米共用となっております)。

 そもそも平和安保法制以前の自衛隊は能力が極端に制限されていました。俗に「米国は矛、日本は盾」と言われますが、騎兵隊が廃れて久しい現代戦に防御オンリーなど無力に近く、せいぜい侵略してきた敵相手に遅延作戦を仕掛けて米軍が駆けつけるのを待つか、あとはアメリカ艦隊を守るために対潜哨戒や掃海能力に突出してきたくらいです。

 それが今ではいずも型護衛艦が空母としての能力を獲得することが予定されており、陸自では米軍の海兵隊に相当する水陸機動団も設立されるなど、「軍隊」としての能力を獲得しつつあります。そして2022年に安保3文章の改定でようやく「反撃能力」を持てることになりました。

 政府は16日、国家安全保障戦略など新たな防衛3文書を閣議決定した。相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」を保有し、防衛費を国内総生産GDP)比で2%に倍増する方針を打ち出した。国際情勢はウクライナ侵攻や台湾有事のリスクで急変した。戦後の安保政策を転換し自立した防衛体制を構築する。米国との統合抑止で東アジアの脅威への対処力を高める。
(出典:反撃能力保有閣議決定 防衛3文書、戦後安保を転換,日経新聞電子版,2022.12.16.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA146QM0U2A211C2000000/)

 こうしたことが可能になったのもアメリカが弱体化し、安部さんのインド太平洋戦略が彼らを導いたからといえるでしょう。もっともただ空母やミサイルを持っただけでは自力で国を守れるわけではありません。だからこそ実戦経験豊富な米軍と一体化し、ノウハウを吸収することで一人前の「軍隊」へ成長する必要があるのです。そしていつか米軍が撤収した時、日本には立派に戦える自衛隊、いえ日本軍がいることでしょう。

「戦える国」になることにいまだ抵抗感を持つ方も多いと存じます。しかし自立した国になるには、時に血みどろな側面も覚悟しなければなりません。世界はまだまだ無法地帯です。アメリカは世界の警察になれず、中国とロシアは18世紀時代のようなパワーポリティックスに従って動いています。こんな世界で生きていくには自立するか、「帝国」の属国になるしかないのです。

アメリカの属国だったんだから、中国の属国になってもいいだろう」という考え方もあります。しかし敗戦後79年間、日本はアメリカの影響を多分に受けてきました。それが自由と民主主義だったからよかったものの、自由も民主主義も認めない中国の属国になったら、今あなた方が思い思いに発言していることも、政治家をけちょんけちょんに批判することも、できなくなる可能性をお考え下さい。そして、あなたの孫やひ孫が「人民解放軍日本族部隊」としてアメリカと戦う悲劇を想像してください。アメリカにとって日本は対中最前線ですが、中国にとっても日本(中国化)は対米最前線になるのですよ。

(2024/5/24 高まる台湾危機の項目に加筆)

オバマ・トランプ・バイデン3代政権が飾る超大国の終焉(1)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。ウクライナ戦争、ガザ戦争、台湾危機など何かと不安定な国際情勢ですが、その裏でアメリカの時代が終わるという言説があちらこちらで語られるようになりました。
 いや、あのアメリカが終わるとか有り得へんだろと思ったそこのあなた、学生の頃国語の授業で平家物語祇園精舎を読んだことがあるでしょう?

  祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の断りをあらはす。驕れるものも久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛きものもつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。(平家物語より)

 この言葉のように覇者は必ず失墜するのが日本史だけでなく、人類史の宿命となっています。地中海をまたにかけたローマ帝国も今は跡形もなく、日の沈まぬ帝国と呼ばれたスペイン帝国大英帝国も今は一中堅国家に納まっています。これらと同じように超大国アメリカもいつかは普通の国に戻る日が来ると考えるのは自然なことです。

 巷での識者たちは今の混乱は「バイデン大統領のせい」とか「トランプ前大統領のせい」などという主張に発展し、一方はトランプ再選待望論へ、もう一方は「もしトラ」恐怖論に発展した論調がほとんどです。しかし深く考察してみれば大局として先々代のオバマ大統領の時からアメリカ時代の終わりが始まっていることがわかります。

 今回はオバマ・トランプ・バイデンの三政権が飾る超大国としてのアメリカの終焉について考察していきましょう。

オバマ大統領

世界の警察辞めるってよ

 1945年に第二次世界大戦で日本に勝利したアメリカは太平洋の覇権を手に入れ、世界を主導する国の一つになります。その後のソビエト連邦とのイデオロギーをめぐる冷戦において、西側のリーダーとして関与を一層深め、冷戦終結後は唯一の超大国として世界に君臨することとなりました。湾岸戦争などはその典型で、世界の紛争あるところにアメリカ軍あり、まさに「世界の警察」として振舞っていたのです。

 綻びの発端は2001年ブッシュ・ジュニア時代の9.11同時多発テロから始まり、アフガニスタン戦争、イラク戦争と中東への軍事介入が続きます。タリバン政権やフセイン政権は難なく倒せましたが、国の体をなしてないテロリスト集団との戦いは困難を極め、米軍の疲弊をもたらしました。2008年、そこへ追い打ちをかけるようにリーマン・ショックが起こり、世界同時不況に見舞われます。その時に世界経済を牽引したのが中国です。まるで世界恐慌を回避したソ連みたいですね。

 その後現れた大統領はこれまでのアメリカの常識を逸脱し、大きな路線変更を象徴する者でした。お分かりの通り、オバマ大統領です。米国史上初の黒人大統領である彼はブッシュ・ジュニアを批判して選挙に勝った背景から、軍事介入に消極的になりました。果ては核なき世界の演説を行い、ノーベル平和賞を受賞するまでになりました(ここよく覚えといてください!)。印象的だったのは「アメリカは世界の警察ではない」と謳った演説です。

  オバマ大統領は、シリア内戦に関するテレビ演説で、退役軍人などから、「米国は世界の警察官でなければいけないのか」という書簡を受け取ったことを明らかにし、次のように述べた。
   「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」。
    (出典:惠谷 治,「世界の警察官をやめる」と宣言したオバマ大統領,ダイアモンドオンライン,2015.8.5,https://diamond.jp/articles/-/75884)

 実際のところイラク戦争は終わらせましたが、中東への駐留は続き、ビンラディン氏殺害やリビア内戦介入、IS(自称イスラム国)への攻撃は行っております。それでも空爆無人機の運用だけに留まり、地上軍の派遣には消極的でした。ISとの戦いではイランの協力を借り、それが核合意に結びつきました(現在機能不全に陥っていますが)。

警察なき世界で暴れる中露

 この消極的なアメリカを見て増長したのがロシアと中国です。ロシアはウクライナの政変に反発してクリミアへ武力侵攻し、住民投票を演出して自国に編入しました(事実上の国境書き換え)。

ロシアはウクライナで2月22日に起きた政変で、親欧米派の新政権が発足したことに強く反発してきた。「ロシア系住民の保護」を理由に、3月初めまでにクリミア半島全域に軍を展開。9割以上が編入に賛成した16日のクリミア自治共和国セバストポリ住民投票を誘導した。
ロシアが同半島を編入すれば、第2次世界大戦後の欧州で初めて武力を背景にした「併合」の事例となる。ロシアは住民の「自決権」を認めた国連憲章に従って合法性を主張するが、日米欧は戦後秩序を形成してきた「領土保全」の原則が侵害されたと批判する。
(出典:ロシア大統領、クリミア編入を表明 欧米が追加制裁へ,日経新聞電子版,2014.3.18.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1803U_Y4A310C1MM8000/)

 さらにはウクライナ東部への侵略も内乱を装って行い、ドネツク・ルガンスクの自称国家を建国させました(後にウクライナ戦争で併合)。これにオバマ政権は強い態度は示したものの、湾岸戦争のような介入は行わず経済制裁に留めました。

 これよりもっと酷いのがアジア政策で、就任初期はアジアリバランスを掲げ、中国市場目当てに米中蜜月を演出します(G2)。この結果起こったのは日本の尖閣諸島への挑発、南シナ海での人工島の建設です。

中国の造成した人工島(GoogleEarthより作成)

 そして覇権主義に燃える習近平総書記から太平洋を米中で二分割する提案をされます(後のトランプ政権も同じ提案をされています)。

    これを端的に表現したのが習主席がオバマ大統領に言い渡した「広く大きな太平洋には米中の両大国を受け入れる十分な空間がある」という言葉だ。習発言からは、中国海軍にとって西太平洋への入り口に位置する尖閣諸島の重要性も見えてくる。当然、オバマ大統領は簡単には乗れない。(出典:中沢克二,米中、緊張含みの緊密化 首脳会談、異例の8時間,日経経済新聞電子版,2013.6.10,
   https://www.nikkei.com/article/DGXDASGM0900Z_Q3A610C1EB1000)

 要はアジアから米軍が出ていき、中国の人民解放軍に委ねよといっているのです。日本を含めたアジア諸国を国とも思わない身勝手な発言です。

裏切ったイギリス

 また習政権は中国主導の巨大経済圏「一帯一路」を提唱し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立しました。

AIIB参加国(緑は域内の批准国、薄緑は域内の署名国、青は域外の批准国、薄青は域外の署名国)

 この国際金融事業は出資率の高い中国のみが拒否権を行使でき、融資審査やガバナンスが不透明であることが指摘されていました。しかしアメリカと日本を除く西側諸国の多くがこれに参加し、2016年の開業時には57か国、現在は92か国の大所帯となっています。特にアメリカにとって伝統的な友好国であるはずのイギリスの参加はかなりの衝撃だったでしょう。

 終盤のオバマ政権は対中強硬姿勢に転じたものの、米海軍の軍艦を中国の人工島が建設された南シナ海へ送るだけの「自由の航行作戦」しかできませんでした。ブッシュ大統領イラク戦争を批判した都合上それ以上の戦闘に踏み込むことができないのです。中国が核保有国であることもあるでしょう。アメリカの弱体化はこの時から始まっていたのです。

トランプ大統領

21世紀孤立主義アメリカファースト」

 次に大きな方針転換を図ったのが強烈なキャラクター性でおなじみのトランプ大統領です。忘れもしない彼が就任して一番初めにしたことは日本やシンガポールニュージーランド、オーストラリアなど12か国の太平洋諸国ですり合わせていた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの脱退です。

  トランプ大統領は23日、ホワイトハウス内で「TPPから永久に離脱する」とした大統領令に署名し、再交渉などの可能性も明確に打ち消した。12カ国で大筋合意したTPPは、米国の批准に向けた行政手続きが完全に止まった。トランプ氏は「(TPP離脱は)米労働者に素晴らしいことだ」と述べた。(出典:トランプ氏、TPP「永久に離脱」 大統領令に署名,日本経済新聞電子版,2017.1.24,
    https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM24H1X_U7A120C1MM0000)

 シンガポールブルネイニュージーランド、チリから始まったこの協定はアメリカと日本の傘下によって巨大な経済圏となって増長する中国に対抗する象徴になるはずでした。国内ではアメリカ主導で日本経済と雇用に悪影響があると異論が相次ぎ、当時参入を決めた民主党政権の崩壊を早める遠因にもなったほどです。それを引き継いだ安倍政権は甘利氏による懸命な交渉の末、日本にも受け入れられる条件にすり合わせるに至っていたのです。それをトランプさんは自国の都合だけでちゃぶ台返しにし、アメリカの都合のいい形で自由貿易協定(FTA)を結ばせたのです。これが彼が大統領就任時に公約したアメリカファーストです。

 彼はその後続々と国家間の取り決めから離脱していきました。地球温暖化対策を地球規模で取り決めるパリ協定、イランの核開発を期限付きで制限するイラン核合意、米ソで核弾頭を搭載した中距離ミサイルの全廃を実現した中距離核戦力全廃条約(INF)、非武装での偵察機の運用を認めるオープンスカイ協定、そして世界規模の感染症対策に取り組む世界保健機構(WHO)からも脱退する方針を示しています。それぞれの背景を見れば納得できるものもあるものの、その稚拙で無遠慮なやり方は世界のリーダーとしてのアメリカの地位を大きく貶めるものでした。まさしく21世紀の孤立主義モンロー主義の再来と言えるでしょう。

日米同盟に不満

 挙句の果てはアメリカが長年継続してきた安全保障戦略にも物申し始めます。大統領選の時からトランプさんは世界に駐留する米軍の撤収を公言しており、日本が在日米軍の駐留費を全て負担しないなら撤収するぞと就任前から発言しています。幸い安倍前首相との個人的な信頼関係ができたことで日米関係が揺らぐことはありませんでしたが、日米同盟の片務性には度々苦言を呈しておりました。

    トランプ氏は「日本が攻撃されれば米国は第三次世界大戦を戦う。私たちはいかなる犠牲を払ってでも日本を守る。だが、米国が攻撃されても日本はそれをソニー製のテレビで見ていればいいのだ」と語った。(出典:トランプ氏「日本は米国を守らない」 米FOXビジネスのインタビューで,産経新聞電子版,2019.6.27.,
    https://www.sankei.com/world/news/190627/wor1906270050-n1.html)

 これを左翼は全く重く見ず、保守も「日本も負担を負っている」と反論するだけでしょうが、私は深刻な事態と受け止めます。なぜならこれまでアメリカは我が国を軍事強国にさせない瓶のふたと世界覇権を維持する重要拠点と成す為に同盟を維持しており、我が国も低コストで世界4位の海洋資源シーレーンの恩恵にあずかるために同盟の継続を望んでいるのです。それを彼は完膚なきまでに否定したのです。それがドナルド・トランプ個人の考えならともかく、彼を支持する7300万人の米国有権者の総意だとしたら笑ってはいられません。

動揺する韓国とNATO

 彼の安保戦略見直しはそれに留まらず、在韓米軍、NATO、中東に駐留している米軍にも及びます。まず在韓米軍に関しては2018年6月12日、北朝鮮金正恩委員長とシンガポールで会談した後、米韓合同演習の中止を表明し撤退も視野に入れていました。

 トランプ大統領シンガポールでの米朝首脳会談後に開いた記者会見で、米国が北朝鮮との包括的な合意の具体化に向け取り組む中で、定例の米韓合同軍事演習を継続することは「不適切」だと発言し、観測筋らを驚かせた。大統領はさらに、韓国から米軍を「いつか」撤退させたいとの意向も示した。(出典:トランプ氏、米韓合同演習の中止表明 国防総省は寝耳に水,AFP通信日本語版,2018.6.13.,https://www.afpbb.com/articles/-/3178292)

 発表された米朝共同声明には演習の中止がなかっただけに「寝耳に水」としていますが、これは読解力不足であり、声明には「朝鮮半島の非核化」が明記されています。それが意味することは北朝鮮が核を手放すのみならず、核を保有したアメリカが韓国から撤収することも含んでいたのです。後日ハノイでの二回目の交渉で物別れに終わり事なきを得ましたが、今から考えると韓国の人は空恐ろしく感じるのではないでしょうか。

 NATOに関してはより刺激的で、彼は加盟国の義務であるGDP比2%の国防費が護られていないことを理由に米国をNATOから脱退させると表明しました。当然NATO諸国は動揺するわけで、フランス大統領のマクロン氏はNATOが「脳死」に至っていると発言し、さらに物議をかもしました。

【11月8日 AFP】エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領は7日、英週刊誌エコノミスト(Economist)が掲載したインタビューで、北大西洋条約機構NATO)が「脳死」に至っていると発言した。これを受け、加盟国の間ではNATOの真価をめぐる議論が勃発。独米はNATOを強く擁護したのに対し、非加盟国のロシアはマクロン氏の発言を称賛した。(出典:NATOは「脳死」とマクロン氏 加盟各国が反論、ロシアは称賛,AFP通信日本語版,2019.11.8.,https://www.afpbb.com/articles/-/3253705

 記事にもありますがこの時、ロシア外務省の報道官が「最高の言葉だ」なんて言っているのが印象的です。トランプによってNATOが弱体化したことを心から喜んでいるのです。

第二次世界大戦で助けなかった

 そして2019年にはIS(自称イスラム国)を打倒したとしてシリア北東部から米軍を撤収させましたが、同地域で活動するクルド人達がトルコの攻撃を受けました。これは同国がクルディスタン民兵の活発化を憂慮したもので、国内で活動するテロ集団クルディスタン労働党(PKK)との結託を予防するためでした。かなりグレー寄りのグレーな行動であり、アメリカ国内では米軍に協力してくれたクルド人を見捨てるのかと批判が上がりましたが、トランプ氏は撤退の方針を崩さず、逆にこう開き直りました。

 トランプ大統領は10月9日、クルド人部隊を見捨て、シリア北東部に駐留する米兵を撤退させた自身の決断を改めて擁護した。クルド人第二次世界大戦アメリカを助けなかったからだという。
    (中略)
  9日の"第二次世界大戦"発言の直後、報道陣にシリアからの撤退やクルド人部隊の扱いは、他の潜在的アメリカの同盟国に対し、負のメッセージを与えたのではないかと尋ねられたトランプ大統領は、「同盟はものすごく簡単だ」と答えた。アメリカにとって、新たなパートナーシップを組むのは「難しいことではない」という。
    そして、「我々の同盟国」は「我々に大いに付け込んできた」とも述べた。
    (出典:John Haltiwanger,「同盟は簡単」「第二次世界大戦で我々を助けなかった」トランプ大統領クルド勢力を見捨てたとの批判に反論,BUSINESS INSIDER JPAN,2019.10.10., https://www.businessinsider.jp/post-200340)

 このロジックに従えば日本はアメリカを助けるどころか敵だったので見捨てていいことになります。さすがにそれは冗談だとしても“「我々の同盟国」は「我々に大いに付け込んできた」”という発言は日米同盟の片務性への苦言と根っこは同じです。「同盟は簡単」と言う当たり、世界展開はアメリカの国益に基づくものであって、決して慈善事業でないことを印象付けた出来事です。

攻撃されても大丈夫

 極めつけは対イランでしょう。外交面では核合意を「ろくでもない代物」と言って離脱し制裁を復活させるなど、タカ派のイメージがありますが、いざ攻撃を受けるとそうでないことがわかります。例えば2019年6月20日に米軍のドローンがイランに撃墜されますが、報復措置として軍事攻撃を一旦承認したものの撤回する出来事がありました。

 トランプ大統領は「昨晩、3カ所に対する報復攻撃を実施する準備を整えていたが、(イラン側で)何人が死亡する可能性があるのかと質問したところ、150人との答えが返ってきた」とし、「攻撃開始の10分前に中止を決めた。無人偵察機の撃墜に対する報復措置として(軍事攻撃は)不釣合いだ。急ぐことはない」とツイッターに投稿した。
(出典:イラン攻撃承認、10分前に撤回 米大統領「人的被害を考慮」,ロイター通信日本語版,2019.6.22.,https://jp.reuters.com/article/idUSKCN1TM2AU/)

 また2020年1月3日に中東地域の親イラン派武装集団を支援しているイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を空爆で殺害し、イランから報復としてイラクの米軍基地に弾道ミサイル攻撃を受けますが、制裁を追加するだけで武力による反撃を行いませんでした。

 トランプ米大統領は8日、米軍による革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害に対するイランの報復攻撃で米国人の死傷者は出なかったと明らかにした。また必ずしも軍事力を行使する必要はないと述べ、危機打開に向けた姿勢をにじませた。
 米国は(軍事力の)行使を望んでいない。米国が持つ軍事面と経済面における双方の力こそが最大の抑止力になる」と語り、イランへの軍事行動を巡って直接的な警告を避けた。
 (出典:トランプ氏、イランへの反撃明言せず 軍事力行使「望まない」,ロイター通信日本版,2020/1/9,https://jp.reuters.com/article/iraq-security-trump-idJPKBN1Z72KV

 実際は死者は出ていませんが負傷者は出ており、脳を損傷した人もいたのですがトランプさんは深刻に受け止めませんでした。結構な平和主義者ですね。エスカレーションさせないという面においては適切な判断ですが、こうした抑制的な態度は相手から付け入る隙と見られる可能性があります。日本が中韓朝露になめられるのも同じ理由です。

平和主義国家アメリ

 こう書くと日本のトランプ支持者(?)の方々から「お前、トランプが反中だって知らねぇのか?」と抗議されますね。はい、就任初期、対北朝鮮政策で中国に協力を求め、習近平総書記と「馬が合う」と言ったトランプさんですが、貿易交渉の拗れと米国国内への工作の深刻さから「アンチ・チャイナ」へと転じました。2018年10月にはペンス副大統領が中国共産党政権への強硬姿勢を示す演説をし、昨年7月がポンペオ国務長官自由主義共産主義との対決を説きました。そして香港人権法をはじめ台湾旅行法や台湾保障法を制定し、ウイグル人権法やチベット支援法までできました。

ホワイトハウスによるとトランプ大統領は16日、米国と台湾の閣僚や政府高官の相互訪問の活発化を目的とした超党派の「台湾旅行法案」に署名し、同法は成立した。
 同法は、閣僚級の安全保障関連の高官や将官、行政機関職員など全ての地位の米政府当局者が台湾に渡航し、台湾側の同等の役職の者と会談することや、台湾高官が米国に入国し、国防総省国務省を含む当局者と会談することを認めることを定めている。
(出典:米で「台湾旅行法」成立、政府高官らの相互訪問に道 中国の反発必至,産経新聞電子版,2018.3.17.,https://www.sankei.com/article/20180317-J4GEFPTJLZOM5GBWLADMKQ33BA/)

 でもそれだけです。要は中国の暴虐に対してアメリカ一国が制裁をするのみです。オバマ政権の対ロシア制裁と何が違うのでしょうか?それに対中国に関する諸法案は議会が決定し、トランプさんは署名しただけに過ぎません。香港動乱の際にも「私は習近平国家主席と友人だ」と言っていた有様で、本格的に強硬になったのは2020年の武漢熱でアメリカ経済がダメージを負った後であり、この時からファーウェイなどの5G通信関連への本格的な締め付けを行いました。

 他方でトランプさんは任期中ノーベル平和賞を受賞することに腐心しておられました。そうです。オバマ大統領も受賞していたあれです。2019年は北朝鮮問題で安倍さんから推薦してもらい、2020年は中東アラブ諸国イスラエルの国交正常化の仲介として推薦されました。平和賞受賞を望む人が中国と本気で戦うと思いますか?

 次回に続きます。

(2024/5/22 中国人工島の写真を縮小版に差し替えました。目付けられるかもしれないので(笑))

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(4)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国が覇権主義に突き進む理由の考察。今回が最後となります。

中国の不動産不況

 現在中国経済が荒れております。その象徴的な出来事は恒大集団の破綻危機から始まる中国不動産バブルの崩壊でしょう。1990年から2010年代にかけて「世界の工場」として成功した中国は高度経済成長期に入り、国内のインフラ整備も進みました。中国では国土の私有は認められてないものの「使用権」は解放されており、不動産会社は資金を集めて地方政府から使用権を買い、マンションなどの住居を立てて入居者を住まわせることができます。

 この時、資金を集める方法として銀行の融資だけでなく、事前に入居希望者を募って前金を受け取ったり、投資信託の融資を受けるといったことも行われていました。そして「買った」土地を担保にさらに融資を受けて土地使用権を買い、それに事前入居希望者と投資会社が融資して……といったように投機目的の不動産取引が過熱していったのです。その結果中国国内には入居可能な空き家が30億人分もあるという、需要と供給を完全に無視した状況になっていたのです。

 それを問題視した習近平は「三条紅線(三本のレッドライン)」政策を実施、投機目的の不動産売買を規制します。その結果不動産会社の多くが資金繰りに苦しくなり、ものによっては建設途中のまま放置されてしまい事前に前金を払った入居希望者が抗議する事例も少なくありません。しかもこの土地使用権の売買は地方政府にとって有力な財源となっていたほか、多額の投機をしていた投資信託会社も多方面への投資も担っていただけに芋づる式に苦しくなるという、もはやバブルの崩壊と評せる状況となってしまいました。

 投資しろ!だが干渉するな!

 こうした中国経済外資が反応し欧米の投資家たちは中国からの資金引き上げを始めました。2023年の外国からの対中直接投資は前年度より82%減少し1993年より30年ぶりの低水準となりました。

海外からの対中直接投資の減少(出典:中国への直接投資、23年は30年ぶり低水準-外資が資金引き揚げに動く,ブルームバーグ日本語版,2024.2.19.,https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-02-19/S92WA9T0G1KX00)

 それに危機感を持ったのか3月24日の中国国務院主催の中国発展高層フォーラムに参加したアメリカの財界人たちを27日に非公開の会合に招いて投資を促しました。アメリカが送ったメンバーには米中関係全国委員会のスティーブン・オーリンズ会長と米中ビジネス評議会のクレイグ・アレン会長のほか、半導体大手のクアルコムクリスティアーノ・アモンCEOや投資会社ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEOなどと、大物ぞろいでした。アップル社のティム・クックCEOもフォーラムに参加しましたが、会合には呼ばれなかったそうです。

 中国共産党の総書記でもある習氏は、米中両国がデカップリング(切り離し)に向かう必要はないとし、米企業が中国に投資することを望んでいると述べたと関係者は明らかにした。
 習氏はまた、国内経済の問題を認めた上で、当局はそれに対応可能で、中国経済はピークに達していないとも語ったという。この関係者は会合はオープンかつ率直な雰囲気だったとの見方を示した。
(出典:習主席、米企業経営陣に対中投資促す-中国経済のピークはまだ,ブルームバーグ日本語版)

 関連報道では一見前向きに書かれていますが、投資の回復は思うように進んでいないようで、ロイター通信も習近平の経済政策に懸念を持っているようです。

ただ、アナリストは中国が成長ペースを維持しつつ、同時に経済構造を変化させるのは不可能ではないかとみている。
ナティクシスのガルシア・エレロ氏は、中国は成長ペースがじりじりと切り下がっていく流れをほとんど止められておらず、今年序盤の好調さも新たな成長の芽吹きとは言えないと説明した上で「5.2%は(成長の)底ではなく、天井だ」と言い切った。
ロディウム・グループの見積もりでは、昨年の中国の実質的な成長率は公式統計よりずっと低い1.5%だった公算が大きい。不動産市場の低迷や消費抑制、貿易黒字縮小、地方政府の資金繰りへの打撃などが背景だ。
(出展:焦点:成長復帰へ中国の不安消えず、適切な処方箋と新エンジン不在,ロイターニュース日本語版,2024.4.2.,https://jp.reuters.com/economy/6GWEAZKRDVIFZLZYSV35SD54QY-2024-04-02/)

 懸念は当然不動産市場の低迷でしょう。他にもスパイ防止法の強化や香港への統制強化、さらに台湾侵攻の可能性など、外国の民間人が安心して投資できる環境ではなくなっています。加えて国内では「国進民退」という、国営企業を強化して民間企業の引き締めを強化するなど、欧米が求める構造改革に逆進するような動きもあり、新たな中国進出には慎重になる傾向が強まっています。

 前述の非公開の会合で習近平アメリカ財界人と何を話したのかははっきりしていませんが、一説には「仲良くしたければ、内政干渉するな。核戦争で共に滅ぶ事態は避けたい」とほとんど恫喝のような発言もあったのではないかとされており、EV過剰生産をめぐる摩擦も相まって米中間の緊張はまだまだ続くと予想されます。

 こうして見てみると外交面における中国の不器用さが目立ちます。鄧小平時代の韜光養晦戦略が嘘のようです。これまでも(1)(2)(3)の記事で考察してきたわけですけれども、あまりにも彼らは攻撃的でかつ自己中心的すぎるように感じます。なぜでしょう?「そういう民族性だから」と決めつけることはできません。中国人民に対する誤解と偏見につながります。

 ならなぜか?それは中国が覇権主義を突き進む理由は私が挙げた四つの漢字
 欲・統・怒・恐
の最後の文字、恐(恐れ)にあります。彼らは何かをとても恐れているのです。

 ~滅びの記憶

 殷・周・秦・漢・随・唐・宋・元・明・清・中華民国中華人民共和国……中国の時代区分ですね。ですが日本の時代区分と明らかに違うところがあります。それは時代ごとに国も皇帝も異なっているということです。例えば秦は紀元前221年に中国を統一してわずか15年で劉邦に滅ぼされます。その後劉邦が即位して建国された漢は四百年余り続きましたが220年に三国志で有名な曹操の子曹丕によって滅ぼされています。

 特筆すべきは歴代中国は常に異民族の脅威にさらされていたことです。漢の時代に整備された万里の長城はピラミッドのような権力の象徴などではなく北方の騎馬民族の侵入を防ぐ壁だったのです。

万里の長城(出典:星沢哲也 ビジュアル世界史 東京法令出版_p33)

 しかし歴史とは無情なもので13世紀にはモンゴル民族が中国全土を征服して元を、17世紀には後に満州人と呼ばれる女真族が明を滅ぼして清を建国しています。そうです、前回「100年の屈辱」として列強から侵略された当時の中国でさえ異民族に支配された「征服王朝」だったのです。つまり今の中国の主流である漢人にとってその屈辱は列強から受けたものだけではなかったのです。

 ここで毛沢東初代国家主席にまつわる有名な逸話を紹介します。1900年代初頭、学生だった毛氏は他の学生と示し合わせて辮髪をハサミで切り落としたという。辮髪とは清の時代の男性が結っていたお下げのようなもので女真族の支配の象徴でした。それを切り落とすことによって異民族支配からの脱却(そして拒否)を決意したのです。

 異民族に支配される恐怖と屈辱は私たち日本人にとってはいまいちピンと来ないかもしれません。何しろ我々の祖先はかの強大な元の軍隊を返り討ちにするほど強かったのですから、外国に支配されたのはつい79年前の敗戦からわずか7年の間だけです。それでも紀元節廃止など日本の文化に少なくない影響を及ぼしていますから、百年以上支配されるとなったらひとたまりもありません。

 もし、異民族に対する恐怖と毛沢東氏の遺訓(異民族支配の拒否)が中国共産党の根幹を担っているとしたら、「中華民族の偉大なる復興」が単なる大国のロマンなどでないことが予想できます。つまり彼らは「殺られる前に殺れ」という殺伐した思想でもって覇権を手にし、脅威になる異民族を支配して抑えるか、異民族そのものを抹殺することで自らの永遠の安全を手に入れようとしているのです。

 そう考えれば今日チベット人ウイグル人に対して行われる目を覆わんばかりの迫害も説明がつきます(決して正当化できませんが)。当然、脅威になる異民族には私たち日本人も含まれるので、将来日本がかの国の意のままになったら私たちは「日本族」と呼ばれて迫害されるでしょう。

 恐れる最強の指導者

 さて現在の中国を語るにおいて、最高指導者たる習近平と言う男を語らないわけにはいかないでしょう。彼は言うなれば「中国の時代が呼んだ独裁者」であり、中国共産党の歴史の集大成であると私は考えております。毛沢東が国を興し、鄧小平によって力を貯めていったとすれば、それを開放するのがこの男です。統では正当な指導者としての概念の確立として「歴史決議」の採択を取り上げましたが、その後の党大会で決まった三期目のメンツは習近平と彼のお気に入りで占められました。

 たとえば、序列2位の李強氏(63)は、習氏が、2002年から2007年まで浙江省のトップを務めた際に、省の幹部らの取りまとめを行う秘書長を務めるなど、習氏と関係が深いとされる人物です。「ゼロコロナ」政策で厳しい外出制限を上海で行ったことで、市民から直接詰め寄られるなど不満を買っていたにもかかわらず、抜てきされました。
 序列3位の趙楽際氏(65)と序列4位の王滬寧(今月末までに67)は、過去5年にわたり習近平指導部のメンバーとして、忠実に習氏を支えてきた人物です。
 序列5位の蔡奇氏(66)は、福建省浙江省で、習氏の部下として長年にわたって支え、関係が深いとされています。ことし2月と3月に開催された北京オリンピックパラリンピックでは大会組織委員会の会長として開会式であいさつし、大会の開催を主導してきた習氏のリーダーシップをたたえました。
 序列6位の丁薛祥氏(60)は、習氏の国内視察や外遊に同行するなど、最側近の1人と目されています。2007年に習氏が上海市トップの書記を務めていた際には秘書長として習氏を支えました。
 序列7位の李希氏(66)は習氏の部下で、南部の広東省トップとして、広東省と香港、それにマカオを一体的な経済圏として整備する「大湾区」計画などを推進してきました。
(出典:女性ゼロ、敵は一掃 中国共産党・異例ずくめの人事,NHK国際ニュースナビ,2022.10.24.,https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2022/10/24/26419.html)

 反面、優秀だが習氏と確執があったとされる李克強氏は引退、後継者の筆頭候補とまで言われた故春華氏は降格という扱いとなっています(その一年後に李克強は死去しました)。彼らは共産主義青年団に参加しており、胡錦涛国家主席に近いとされていました。政敵を廃し、腹心の部下のみで政権を固める様に周囲は懸念を高めております。

 しかしそれには彼の生い立ちが関係しております。中国評論家の石平さんは動画『石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説』で「習近平人間性は少年時代の人格形成から読み解ける」と指摘しています。

 実は習近平さんは、まあご存じの方も多いかと思いますけど、中国共産党の元高官の息子として生まれたんです。彼の父親が習仲勲さんと言う人であって、当時の周恩来首相の右腕として仕事した高官であって、習近平さんはそこの息子として生まれれ育って、要するに「よい所のボンボン」だったわけですね。13歳まではそういう立場だったわけです。当時の中国の高官や大臣たちはいわば「特権階級」なわけですから、すごく優越感を感じた少年時代を送ったのではないかと思うんです。まあ少年時代っていうか子供時代ですね。
 しかし13歳の時に彼の父親が毛沢東主席の粛清にあって失脚した。それに伴って習近平一家が「地獄」へ落とされた。特権も全部はく奪されて、屋敷からも追い出されて、しかも習近平さんね当時通っていた中学校からも追い出されていたんです。それで完全にいじめられっ子になって辛酸をなめたんです。というのは非常に習近平さんにとって強烈な人生体験だったわけです。
(中略)
 でまた彼が16歳の時にね、黄土高原の貧しい山村に「下放」されたんです。「下放」と言うのは当時中国共産党政権が都市部の知識人や若者たちを農村に……都市部から追い出して農村に追い込む、送り込むという政策ですわね。そこで農民と同じように肉体労働をさせられた、っていうのは習近平さんもその一人として「下放」されたんです。しかし考えてみれば16歳の少年一人が山村に下放されて、はっきり言って村人たちがだれでも彼を虐める立場になっちゃうんです。そんな中で彼が生き延びていくためには、結局ね村人たちに媚びまくって、みんなのご機嫌を取って生きていくしかないってのが彼の16歳からの「下放」生活だったんです。

(出典:石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説「習近平独裁の研究その2、少年時代らの辛い体験から形成された傲慢と独善の政治人格。人徳と能力のない彼はどうやって最高権力の座に上り詰めたのか」)

 良い所のボンボンから一転して村人以下の存在に……なかなか壮絶な人生ですね。その後20代の習近平文革終焉による父の復権により政界入りし、後に江沢民派の幹部になる賈慶林張徳江の知遇を得たこともあって、福建省省長、浙江省党委員会書記、中央政治局常務委員と出世街道を上り詰めていきました。かなりのジェットコースター人生です。

 こういった波乱万丈な人生を歩んできたためか、今の習近平と言う人物は強い権力志向を持っていると石平さんは分析しております。これは逆を言えば権力失墜への恐怖と鏡合わせであるとも言えます。噂では暗殺未遂も何度か起きていることですし、周囲を自分の子飼いで固め、優秀な李克強と故春華を排除したのは彼の恐怖の表れなのかもしれません。そしてそれが対外政策に強硬化をもたらし、覇権主義に突き進む要因にもなっているのです。

 欲・統・怒・恐の国

 ここまで四つの漢字をキーワードに中国の覇権主義について考察してきましたが、いかがでしたでしょうか?香港での自由の消失、ウイグル人チベット人内モンゴル人への迫害、これを中国の内政問題として無視するか、1930年代のドイツのような動乱の兆しと注視するかは皆さんの判断です。なおも「中国の脅威などない!」と強弁する人はそれでもかまいません。自由です。

 しかし私が言いたいのは中国の望む世界と私たちの望む世界が異なっているということです。われわれ日本人はここ数十年の世界秩序の現状維持を求めていますが、中国はさらなる発展のため、政権維持のため、歴史の清算のため、彼らの恐怖払拭のための変更を求めています。それはすなわち勢力図の変更であり、地域覇権、ゆくゆくは世界覇権の奪取に到達します。中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏は中国と世界の将来について次のように危惧しています。

 アメリカに追いつき追い越そうとしている中国は、今や世界を二極化しながら世界の頂点に立とうとしている。
 世界の二極化だけならまだしも、極端なことを言えば、中国が頂点に立ち制度だけが異なる「世界二制度時代」が来る危険性は否定できない。それだけは何としても避けなければならないのである。(出典:遠藤誉,香港は最後の砦――「世界二制度」への危機,中国問題グローバル研究所,2019年7月31日)

「世界二制度時代」とありますが香港の実態を見る限り、中国一極の支配下に置かれた国が制度的に不変でいられる可能性は皆無です。ソ連の衛星国がソ連と同じ体制であったように、中国政治を参考にした体制へと変容していくことでしょう。当然そんな状況下では自由も民主主義もあったものではありません。

 もしあなたの今の価値観が向こう数十年、孫子の世代まで続いて欲しいと願うなら中国による支配を拒絶するしかありません。当然それは最悪戦争を意味することになります。歴史は繰り返さないが韻を踏むのです。

(2024/5/22 目次、導入見出し追加)

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(3)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国はなぜ覇権主義に突き進むか、その考察をしてまいります。
 前回は中国にとっての国の正当性に着眼して考察してまいりました。君主も大統領もいないかの国では実力と愛国心がものを言う異形な世界となっているようで、そのためには覇権主義は大きな要素となっているようです。それでもなお「多少の譲歩はしてでも、仲良くした方がいいんじゃね?」とおっしゃる方もいるでしょう。日中友好のために台湾を見捨てるかは物議をかもしそうですが、「仲良くしたほうがいい」という点については皆さんの一致した見解でしょう。別にそれは間違っていないのですが、もし相手に「仲良くする気がない」場合、とんでもない番狂わせを食らうことになるのです。

敵を作る外交

 それを世界が認識させられたのが2020年から非常に顕著となった強硬外交「戦狼外交」です。多くは記者会見の時に記者の質問に食って掛かったり、SNSでネトウヨ如き敵対的な表現をポストしたりしたのですが、ついに国相手に攻撃的な対応をするまでになりました。その被害者の一つがオーストラリアでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、独立機関による中国での調査を求めるオーストラリアが、中国の対抗措置とみられる動きに揺れている。豪州産の大麦に高関税が課される可能性が出ているのに加え、豪政府は12日、中国が豪州の食肉処理大手4社に対し、輸入停止措置を取ったと明らかにした。

(出典:中国が豪州に「報復」連発…コロナ発生源の調査求められ、食肉輸入停止で対抗か,読売新聞電子版,2020.5.13.,https://www.yomiuri.co.jp/world/20200513-OYT1T50065/)

 2019年の暮れから発生した新型コロナウイルス武漢熱」によるパンデミックを受けて、その発生源について第三者機関による調査を求めたところ、逆切れとばかりに報復を仕掛けました。その結果、長いこと親中寄りだったオーストラリアはアメリカの対中包囲網に加わることになります。

 こう言っては何ですが親中とは利権そのものであり、実害が生じると案外あっけなく揺らぐものです。日本も戦狼外交の洗礼はきっちり受けており、2020年11月24日に訪日して日中外相会談に臨んだ王毅国務委員兼外相は茂木外相の隣で堂々と「尖閣に漁船を入れるな」と恫喝しました。

王氏は来日中の24日、日中外相会談後の共同記者発表で「日本の漁船が絶えず釣魚島(尖閣諸島の中国名)周辺の敏感な水域に入っている」と述べた。日本側が「事態を複雑にする行動」を避けるべきだとも主張した。
(出典:自民部会「中国外相の尖閣発言に反論を」,日経新聞電子版,2020.https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66673840W0A121C2PP8000/)

 厳密には「正体不明の漁船が釣魚島(中国が勝手につけた名前)周辺に侵入している」ですが、相手が当事者なだけにわかってて言ってますし、露骨に「お前らは不法行為をしている」とが鳴りつけている状態です。なお会談では武漢熱で滞っていたビジネス関係者の往来を一刻も早く再開する話だったそうなのですが、最後の最後で「あんた喧嘩売りに来たんか?」的な結果になってしまいました。

 これは習近平政権特有のものと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。米国の政治学者マイケル・ピルズベリーは著作「China2049」で中国の外交方針と国家戦略について次のように書いています。

  やがて見えてきたのは、タカ派が、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定権を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきたというシナリオだった。(中略)それは「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。(中略)そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味合わせた過去の屈辱を「清算」することだ。(出典:マイケル・ピルズベリー、 野中香方子、 森本敏,China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」,2015,日経BP社,p30-31)

  つまり「仲良くする」のはアジアや世界の覇権を手に入れるために力を蓄えるためであり、最終的に復讐するためであるというのです。ここからは中国の覇権主義を理解する四つの漢字

 欲・統・怒・恐

のうちの三番目、怒について考察していきます。

  ~微笑みの裏の顔

 韜光養晦(とうこうようかい)と言う言葉をご存じでしょうか?「韜光」は才能や能力を隠す事、「養晦」は隠居を意味します。それをつなげて「能力を隠して隠居する」となりますが、一般では「爪を隠して機会をうかがう」戦略として知られています。

 1978年に国の最高指導者になった鄧小平は、それまでの計画経済を改め「改革開放」路線へ転換します。ソビエト連邦発祥の共産党政権の正統性としての共産イデオロギーが空虚な幻想であることがバレ始めてしまっていたからです。資本主義に代わる平等な経済の在り方を示すのが共産主義の根幹であり、計画経済こそが独裁体制を正当化する根拠でした。しかしその実態は理想と大きくかけ離れ、人民から搾取した富で党の上層部が贅沢三昧という前近代の寡頭政治に過ぎませんでした。それが明るみになったことでソビエトをはじめとした多くの東側諸国は正統性を失って民主化したのです。

 これを防ぐため鄧小平は資本主義を部分的に取り入れることにしました。当時勢いのあった米国と日本に目を付け、国交を結び、自国への投資を呼びかけます。冷戦でソ連と睨み合っていた米国は仲間欲しさにその手を握り、日本もまた飛びつきました。しかし共産党独裁を堅持したい自国と民主国家である日米は相いれません。これを解決するために彼がとったのが韜光養晦、所謂「ほほえみ外交」と呼ばれる戦略です。おとなしい猫のふりをして西側世界に溶け込み、じっと機会を伺うのです。日本の武将に例えれば「鳴かぬなら、鳴くまで待とう時鳥」と歌った徳川家康と同じやり方でした。

 鄧小平の戦略はその後の江沢民胡錦濤国家主席にも受け継がれ、騙された西側諸国は中国はいずれ民主化するという甘い認識のもと、安い労働力と巨大な市場目当てに投資と技術移転を繰り返しました。おかげでかの国は「世界の工場」として確固たる地位を固め、バブル崩壊以降失われた20年に陥っていた我が国は停滞し、アメリカに次ぐ経済大国の座を明け渡すことになります。

 この間も中国の政治体制は相変わらずで、党は集まった外貨と技術でもって人民解放軍(実態は人民抑圧軍)の近代化を進めますが、欧米も日本もこの時は全く意に介していませんでした。これが韜光養晦の真の狙いでした。

 受難の中国近代史

  前回の統で申したように中国共産党は時代と共に正統性を変節させてきました。そして「民族精神の継承者と創造者」として名乗り上げた以上、過去の中国の歴史を無視できなくなりました。華夷思想はどちらかというと明るい歴史ですが、同時に「負の歴史」も背負うことになります。

 少し古い話ですが2015年10月に習近平国家主席が訪英した時(この頃は中国主導のアジアインフラ投資銀行に英国も参加し、中英蜜月が謳われていました)に晩さん会で彼が言った言葉に反応した英国人ジャーナリストがいるのです。

 習氏は、晩餐会で「中国の茶は英国人の生活に雅趣を添え、英国人が丹精を凝らして英国式の紅茶とした」とスピーチした。私はこのシーンをテレビで見て、「これは復讐だ」と直感した。
 (中略)大英帝国の「負の遺産」を女王陛下の前で持ち出して、「新中国」と称する中華帝国の皇帝を演じて、英国への復讐開始を淡々と述べたといえる。(出典:藤田裕行,習主席の晩餐会スピーチは英への「復讐開始」宣言 H・S・ストークス氏,zakzak,2015.10.27)

 歴史を学んでいる人なら100年前の19世紀後半から20世紀前半は中国にとって受難の連続であることを知らない人はいないでしょう。上記事で言う「負の遺産」とは当時の中国清にインドで栽培された大量のアヘンが流れ込んだ三角貿易を指しています。そして清の官僚がアヘンを焼却したことがきっかけで起きたのがアヘン戦争です。この戦争で清は香港を失い、以降列強諸国による中国の半植民地化が進みます。そして1895年日清戦争で我が国が勝利を収めてからは列強による本格的な分割が始まってしまいます。

Chinaと書かれたケーキを切り分ける列強と何もできない中国皇帝の風刺画(出典:星沢哲也,ビジュアル世界史,東京法令出版,p124)

 そして20世紀中盤は我が国が西洋諸国に対抗するために満州国を建国し、さらなる中国大陸への権益を求めた末に日中戦争(シナ事変。これが遠因で我が国は国際社会から孤立し、ナチスドイツと同盟、対米戦へと向かっていきます)へ突入します。皆さん十分存じ上げていることと思います。

 100年の屈辱を継承

 こういった「負の歴史」は見方を変えれば、中国の指導者にとって国家目標上の重要なファクターになりえます。スポーツの世界でも雪辱を果たすために努力できることが経験則で理解されてますね。実際、南京にしろ慰安婦にしろ彼らの主張が激しくなったのは1990年代後半からです。折しも江沢民氏が国家主席の座にいた時期です。

 つまり、中国共産党は国を挙げて日本を含めた西欧列強からの侵略の歴史を怒りの力にすることで今日の急進的な台頭を実現したのです。2018年3月に開かれた全国人民代表大会で習主席は演説で次のように発言しています。

中国人民は(アヘン戦争から)170年余りにわたり奮闘を続けてきた。
(中略)
  歴史が証明するように、社会主義だけが中国を救うことができ、「中国の特色ある社会主義」を堅持、発展することだけが中華民族の偉大な復興を実現できる。(中略)この青写真の実現は新たな長征である。(出典:習氏「中華民族復興に自信」 全人代での演説要旨,日本経済新聞,2018/3/20)

 170年から戦後70年を引けば100年の屈辱となります。そして新たな長征の「長征」とは1930年代、国民党軍に敗れた共産党軍が当時の本拠地を放棄して1万2500キロ行軍した時のことを指します。つまり今は「中国を救う」ために「長征」しているのであって、社会主義共産党の独裁)はそのために必要なものなのだと謳っているのです。当然、「長征」というからには国共内戦の結果からわかる通り、かつての列強に反転攻勢をかけて100年の屈辱を晴らす意味もあるのでしょう。

 経済成長だけでなく復讐のために富国強兵を目指しつつ共産党独裁も正当化する。これぞまさしく「中華民族の偉大なる復興」というように一石三鳥の戦略であり、かの国を覇権主義に駆り立てる動機となるのです。

 まさに国策として中国が取り組んでいる復讐志向ですが、その最たるターゲットは当然ながら我が国です。第二次世界大戦の敗戦国ですし、当初はアメリカこそが率先して日本人に贖罪意識を植え付けるWar Guilt Information Program(通称WGIP)を実行していたわけですからそれに乗っかったわけです。気前よく謝罪する日本は中国共産党にとっては都合よく、人民に教育を通して日本への憎悪を煽り、自身を抗日戦争の英雄と祀り建てていました。

 実害が日本に振りかかったのは2010年9月7日の尖閣諸島中国漁船衝突事件でしょう。尖閣諸島沖に侵入した中国漁船に海保が退去を通告したところ、漁船が巡視船に衝突してきたので公務執行妨害で逮捕した事件です。あの時、中国が盛んに騒ぎ立て、希土類などレアアースの輸出を制限する行動に出ました。

大畠経産相は「中国商務省から『輸出禁止の事実はない』と聞いている」としたうえで、新規の輸出契約や船積み手続き、発給システムなどが停止されたとの報告を複数の商社から受けたと説明した。ただ、いずれも断片的な情報にすぎず、経産省として事実関係を把握し、日本企業などへの影響を調べる方針。禁輸が事実であれば世界貿易機関WTO)への提訴も検討する構えだ。(出典:中国がレアアース輸出枠「発給停止の情報」経産相日経新聞電子版,2010.9.24.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS24012_U0A920C1NNC000/

 折しも現在中国が行っている経済的威圧の先駆けであり、対中依存の危険性を教えてくれた出来事であります。また、2年後に政府が尖閣諸島を国有化したときは中国全土で反日デモが行われ、日本企業を対象に破壊行為が行われました。

 日本政府による沖縄県尖閣諸島の国有化に抗議する中国の反日デモは15日、北京、重慶など少なくとも十数カ所の主要な都市で発生し、1972年の日中国交正常化以来、最大級の規模となった。一部は暴徒化し、パナソニックなど日系企業の工場で出火。トヨタ自動車の販売店が放火されたほか、各地の日系百貨店やスーパーなども破壊や略奪に遭った。16日以降も各地で反日デモの呼びかけがあり、日本企業の中国事業に悪影響が広がるのは必至だ。
(出典:日系企業を放火・破壊 トヨタパナソニック 標的に,日経新聞電子版,2012.9.15.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1505E_V10C12A9000000/)

 例によって日本メディアは「政府不満のガス抜き」と軽く見ていましたが、あれこそ歴史的恨みを党と人民で共有した一大事業と言えます。つい最近も福島第一原発からの処理水海洋放水に反発し、日本の水産物輸入禁止にしたうえ人民を上げた苦情電話無差別攻撃を仕掛けてきました。

 日本政府関係者によると、日本の一部施設などに中国の国番号「86」で始まる番号からの着信が相次いだ。東京都江戸川区の区総合文化センターのほか、医療機関、飲食店など放出とは無関係な施設などに電話が掛かってきていることが確認されている。海洋放出への抗議とみられる。
(出典:国番号「86」から迷惑電話相次ぐ…処理水放出とは無関係の個人・団体に 中国の抗議か,産経新聞電子版,2023.8.26.https://www.sankei.com/article/20230826-EVYUM6MSR5OTNKT4BAC6DLZ6QA/)

 記事によると中国のSNSでは抗議を煽る投稿も見られたとのことで、まるで現代の紅衛兵です。我が国の親中専門家の方々は国内の嫌中感情をモンスターのようにならないか心配しているようですが、中国人民の反日イデオロギーこそ危険なモンスターであり、中国共産党は嬉々としてそれを利用し煽り続けているのです。

(2024/5/11 誤字修正、2024/5/22 目次、見出し追加)