ハトヤブの考察レポート

世の出来事の根本を掘り出して未来を予想する

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(4)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国が覇権主義に突き進む理由の考察。今回が最後となります。

 現在中国経済が荒れております。その象徴的な出来事は恒大集団の破綻危機から始まる中国不動産バブルの崩壊でしょう。1990年から2010年代にかけて「世界の工場」として成功した中国は高度経済成長期に入り、国内のインフラ整備も進みました。中国では国土の私有は認められてないものの「使用権」は解放されており、不動産会社は資金を集めて地方政府から使用権を買い、マンションなどの住居を立てて入居者を住まわせることができます。

 この時、資金を集める方法として銀行の融資だけでなく、事前に入居希望者を募って前金を受け取ったり、投資信託の融資を受けるといったことも行われていました。そして「買った」土地を担保にさらに融資を受けて土地使用権を買い、それに事前入居希望者と投資会社が融資して……といったように投機目的の不動産取引が過熱していったのです。その結果中国国内には入居可能な空き家が30億人分もあるという、需要と供給を完全に無視した状況になっていたのです。

 それを問題視した習近平は「三条紅線(三本のレッドライン)」政策を実施、投機目的の不動産売買を規制します。その結果不動産会社の多くが資金繰りに苦しくなり、ものによっては建設途中のまま放置されてしまい事前に前金を払った入居希望者が抗議する事例も少なくありません。しかもこの土地使用権の売買は地方政府にとって有力な財源となっていたほか、多額の投機をしていた投資信託会社も多方面への投資も担っていただけに芋づる式に苦しくなるという、もはやバブルの崩壊と評せる状況となってしまいました。

 投資しろ!だが干渉するな!

 こうした中国経済外資が反応し欧米の投資家たちは中国からの資金引き上げを始めました。2023年の外国からの対中直接投資は前年度より82%減少し1993年より30年ぶりの低水準となりました。

海外からの対中直接投資の減少(出典:中国への直接投資、23年は30年ぶり低水準-外資が資金引き揚げに動く,ブルームバーグ日本語版,2024.2.19.,https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-02-19/S92WA9T0G1KX00)

 それに危機感を持ったのか3月24日の中国国務院主催の中国発展高層フォーラムに参加したアメリカの財界人たちを27日に非公開の会合に招いて投資を促しました。アメリカが送ったメンバーには米中関係全国委員会のスティーブン・オーリンズ会長と米中ビジネス評議会のクレイグ・アレン会長のほか、半導体大手のクアルコムクリスティアーノ・アモンCEOや投資会社ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEOなどと、大物ぞろいでした。アップル社のティム・クックCEOもフォーラムに参加しましたが、会合には呼ばれなかったそうです。

 中国共産党の総書記でもある習氏は、米中両国がデカップリング(切り離し)に向かう必要はないとし、米企業が中国に投資することを望んでいると述べたと関係者は明らかにした。
 習氏はまた、国内経済の問題を認めた上で、当局はそれに対応可能で、中国経済はピークに達していないとも語ったという。この関係者は会合はオープンかつ率直な雰囲気だったとの見方を示した。
(出典:習主席、米企業経営陣に対中投資促す-中国経済のピークはまだ,ブルームバーグ日本語版)

 関連報道では一見前向きに書かれていますが、投資の回復は思うように進んでいないようで、ロイター通信も習近平の経済政策に懸念を持っているようです。

ただ、アナリストは中国が成長ペースを維持しつつ、同時に経済構造を変化させるのは不可能ではないかとみている。
ナティクシスのガルシア・エレロ氏は、中国は成長ペースがじりじりと切り下がっていく流れをほとんど止められておらず、今年序盤の好調さも新たな成長の芽吹きとは言えないと説明した上で「5.2%は(成長の)底ではなく、天井だ」と言い切った。
ロディウム・グループの見積もりでは、昨年の中国の実質的な成長率は公式統計よりずっと低い1.5%だった公算が大きい。不動産市場の低迷や消費抑制、貿易黒字縮小、地方政府の資金繰りへの打撃などが背景だ。
(出展:焦点:成長復帰へ中国の不安消えず、適切な処方箋と新エンジン不在,ロイターニュース日本語版,2024.4.2.,https://jp.reuters.com/economy/6GWEAZKRDVIFZLZYSV35SD54QY-2024-04-02/)

 懸念は当然不動産市場の低迷でしょう。他にもスパイ防止法の強化や香港への統制強化、さらに台湾侵攻の可能性など、外国の民間人が安心して投資できる環境ではなくなっています。加えて国内では「国進民退」という、国営企業を強化して民間企業の引き締めを強化するなど、欧米が求める構造改革に逆進するような動きもあり、新たな中国進出には慎重になる傾向が強まっています。

 前述の非公開の会合で習近平アメリカ財界人と何を話したのかははっきりしていませんが、一説には「仲良くしたければ、内政干渉するな。核戦争で共に滅ぶ事態は避けたい」とほとんど恫喝のような発言もあったのではないかとされており、EV過剰生産をめぐる摩擦も相まって米中間の緊張はまだまだ続くと予想されます。

 こうして見てみると外交面における中国の不器用さが目立ちます。鄧小平時代の韜光養晦戦略が嘘のようです。これまでも(1)(2)(3)の記事で考察してきたわけですけれども、あまりにも彼らは攻撃的でかつ自己中心的すぎるように感じます。なぜでしょう?「そういう民族性だから」と決めつけることはできません。中国人民に対する誤解と偏見につながります。

 ならなぜか?それは中国が覇権主義を突き進む理由は私が挙げた四つの漢字
 欲・統・怒・恐
の最後の文字、恐(恐れ)にあります。彼らは何かをとても恐れているのです。

 ~滅びの記憶

 殷・周・秦・漢・随・唐・宋・元・明・清・中華民国中華人民共和国……中国の時代区分ですね。ですが日本の時代区分と明らかに違うところがあります。それは時代ごとに国も皇帝も異なっているということです。例えば秦は紀元前221年に中国を統一してわずか15年で劉邦に滅ぼされます。その後劉邦が即位して建国された漢は四百年余り続きましたが220年に三国志で有名な曹操の子曹丕によって滅ぼされています。

 特筆すべきは歴代中国は常に異民族の脅威にさらされていたことです。漢の時代に整備された万里の長城はピラミッドのような権力の象徴などではなく北方の騎馬民族の侵入を防ぐ壁だったのです。

万里の長城(出典:星沢哲也 ビジュアル世界史 東京法令出版_p33)

 しかし歴史とは無情なもので13世紀にはモンゴル民族が中国全土を征服して元を、17世紀には後に満州人と呼ばれる女真族が明を滅ぼして清を建国しています。そうです、前回「100年の屈辱」として列強から侵略された当時の中国でさえ異民族に支配された「征服王朝」だったのです。つまり今の中国の主流である漢人にとってその屈辱は列強から受けたものだけではなかったのです。

 ここで毛沢東初代国家主席にまつわる有名な逸話を紹介します。1900年代初頭、学生だった毛氏は他の学生と示し合わせて辮髪をハサミで切り落としたという。辮髪とは清の時代の男性が結っていたお下げのようなもので女真族の支配の象徴でした。それを切り落とすことによって異民族支配からの脱却(そして拒否)を決意したのです。

 異民族に支配される恐怖と屈辱は私たち日本人にとってはいまいちピンと来ないかもしれません。何しろ我々の祖先はかの強大な元の軍隊を返り討ちにするほど強かったのですから、外国に支配されたのはつい79年前の敗戦からわずか7年の間だけです。それでも紀元節廃止など日本の文化に少なくない影響を及ぼしていますから、百年以上支配されるとなったらひとたまりもありません。

 もし、異民族に対する恐怖と毛沢東氏の遺訓(異民族支配の拒否)が中国共産党の根幹を担っているとしたら、「中華民族の偉大なる復興」が単なる大国のロマンなどでないことが予想できます。つまり彼らは「殺られる前に殺れ」という殺伐した思想でもって覇権を手にし、脅威になる異民族を支配して抑えるか、異民族そのものを抹殺することで自らの永遠の安全を手に入れようとしているのです。

 そう考えれば今日チベット人ウイグル人に対して行われる目を覆わんばかりの迫害も説明がつきます(決して正当化できませんが)。当然、脅威になる異民族には私たち日本人も含まれるので、将来日本がかの国の意のままになったら私たちは「日本族」と呼ばれて迫害されるでしょう。

 恐れる最強の指導者

 さて現在の中国を語るにおいて、最高指導者たる習近平と言う男を語らないわけにはいかないでしょう。彼は言うなれば「中国の時代が呼んだ独裁者」であり、中国共産党の歴史の集大成であると私は考えております。毛沢東が国を興し、鄧小平によって力を貯めていったとすれば、それを開放するのがこの男です。統では正当な指導者としての概念の確立として「歴史決議」の採択を取り上げましたが、その後の党大会で決まった三期目のメンツは習近平と彼のお気に入りで占められました。

 たとえば、序列2位の李強氏(63)は、習氏が、2002年から2007年まで浙江省のトップを務めた際に、省の幹部らの取りまとめを行う秘書長を務めるなど、習氏と関係が深いとされる人物です。「ゼロコロナ」政策で厳しい外出制限を上海で行ったことで、市民から直接詰め寄られるなど不満を買っていたにもかかわらず、抜てきされました。
 序列3位の趙楽際氏(65)と序列4位の王滬寧(今月末までに67)は、過去5年にわたり習近平指導部のメンバーとして、忠実に習氏を支えてきた人物です。
 序列5位の蔡奇氏(66)は、福建省浙江省で、習氏の部下として長年にわたって支え、関係が深いとされています。ことし2月と3月に開催された北京オリンピックパラリンピックでは大会組織委員会の会長として開会式であいさつし、大会の開催を主導してきた習氏のリーダーシップをたたえました。
 序列6位の丁薛祥氏(60)は、習氏の国内視察や外遊に同行するなど、最側近の1人と目されています。2007年に習氏が上海市トップの書記を務めていた際には秘書長として習氏を支えました。
 序列7位の李希氏(66)は習氏の部下で、南部の広東省トップとして、広東省と香港、それにマカオを一体的な経済圏として整備する「大湾区」計画などを推進してきました。
(出典:女性ゼロ、敵は一掃 中国共産党・異例ずくめの人事,NHK国際ニュースナビ,2022.10.24.,https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2022/10/24/26419.html)

 反面、優秀だが習氏と確執があったとされる李克強氏は引退、後継者の筆頭候補とまで言われた故春華氏は降格という扱いとなっています(その一年後に李克強は死去しました)。彼らは共産主義青年団に参加しており、胡錦涛国家主席に近いとされていました。政敵を廃し、腹心の部下のみで政権を固める様に周囲は懸念を高めております。

 しかしそれには彼の生い立ちが関係しております。中国評論家の石平さんは動画『石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説』で「習近平人間性は少年時代の人格形成から読み解ける」と指摘しています。

 実は習近平さんは、まあご存じの方も多いかと思いますけど、中国共産党の元高官の息子として生まれたんです。彼の父親が習仲勲さんと言う人であって、当時の周恩来首相の右腕として仕事した高官であって、習近平さんはそこの息子として生まれれ育って、要するに「よい所のボンボン」だったわけですね。13歳まではそういう立場だったわけです。当時の中国の高官や大臣たちはいわば「特権階級」なわけですから、すごく優越感を感じた少年時代を送ったのではないかと思うんです。まあ少年時代っていうか子供時代ですね。
 しかし13歳の時に彼の父親が毛沢東主席の粛清にあって失脚した。それに伴って習近平一家が「地獄」へ落とされた。特権も全部はく奪されて、屋敷からも追い出されて、しかも習近平さんね当時通っていた中学校からも追い出されていたんです。それで完全にいじめられっ子になって辛酸をなめたんです。というのは非常に習近平さんにとって強烈な人生体験だったわけです。
(中略)
 でまた彼が16歳の時にね、黄土高原の貧しい山村に「下放」されたんです。「下放」と言うのは当時中国共産党政権が都市部の知識人や若者たちを農村に……都市部から追い出して農村に追い込む、送り込むという政策ですわね。そこで農民と同じように肉体労働をさせられた、っていうのは習近平さんもその一人として「下放」されたんです。しかし考えてみれば16歳の少年一人が山村に下放されて、はっきり言って村人たちがだれでも彼を虐める立場になっちゃうんです。そんな中で彼が生き延びていくためには、結局ね村人たちに媚びまくって、みんなのご機嫌を取って生きていくしかないってのが彼の16歳からの「下放」生活だったんです。

(出典:石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説「習近平独裁の研究その2、少年時代らの辛い体験から形成された傲慢と独善の政治人格。人徳と能力のない彼はどうやって最高権力の座に上り詰めたのか」)

 良い所のボンボンから一転して村人以下の存在に……なかなか壮絶な人生ですね。その後20代の習近平文革終焉による父の復権により政界入りし、後に江沢民派の幹部になる賈慶林張徳江の知遇を得たこともあって、福建省省長、浙江省党委員会書記、中央政治局常務委員と出世街道を上り詰めていきました。かなりのジェットコースター人生です。

 こういった波乱万丈な人生を歩んできたためか、今の習近平と言う人物は強い権力志向を持っていると石平さんは分析しております。これは逆を言えば権力失墜への恐怖と鏡合わせであるとも言えます。噂では暗殺未遂も何度か起きていることですし、周囲を自分の子飼いで固め、優秀な李克強と故春華を排除したのは彼の恐怖の表れなのかもしれません。そしてそれが対外政策に強硬化をもたらし、覇権主義に突き進む要因にもなっているのです。

 欲・統・怒・恐の国

 ここまで四つの漢字をキーワードに中国の覇権主義について考察してきましたが、いかがでしたでしょうか?香港での自由の消失、ウイグル人チベット人内モンゴル人への迫害、これを中国の内政問題として無視するか、1930年代のドイツのような動乱の兆しと注視するかは皆さんの判断です。なおも「中国の脅威などない!」と強弁する人はそれでもかまいません。自由です。

 しかし私が言いたいのは中国の望む世界と私たちの望む世界が異なっているということです。われわれ日本人はここ数十年の世界秩序の現状維持を求めていますが、中国はさらなる発展のため、政権維持のため、歴史の清算のため、彼らの恐怖払拭のための変更を求めています。それはすなわち勢力図の変更であり、地域覇権、ゆくゆくは世界覇権の奪取に到達します。中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏は中国と世界の将来について次のように危惧しています。

 アメリカに追いつき追い越そうとしている中国は、今や世界を二極化しながら世界の頂点に立とうとしている。
 世界の二極化だけならまだしも、極端なことを言えば、中国が頂点に立ち制度だけが異なる「世界二制度時代」が来る危険性は否定できない。それだけは何としても避けなければならないのである。(出典:遠藤誉,香港は最後の砦――「世界二制度」への危機,中国問題グローバル研究所,2019年7月31日)

「世界二制度時代」とありますが香港の実態を見る限り、中国一極の支配下に置かれた国が制度的に不変でいられる可能性は皆無です。ソ連の衛星国がソ連と同じ体制であったように、中国政治を参考にした体制へと変容していくことでしょう。当然そんな状況下では自由も民主主義もあったものではありません。

 もしあなたの今の価値観が向こう数十年、孫子の世代まで続いて欲しいと願うなら中国による支配を拒絶するしかありません。当然それは最悪戦争を意味することになります。歴史は繰り返さないが韻を踏むのです。

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(3)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国はなぜ覇権主義に突き進むか、その考察をしてまいります。
 前回は中国にとっての国の正当性に着眼して考察してまいりました。君主も大統領もいないかの国では実力と愛国心がものを言う異形な世界となっているようで、そのためには覇権主義は大きな要素となっているようです。それでもなお「多少の譲歩はしてでも、仲良くした方がいいんじゃね?」とおっしゃる方もいるでしょう。日中友好のために台湾を見捨てるかは物議をかもしそうですが、「仲良くしたほうがいい」という点については皆さんの一致した見解でしょう。別にそれは間違っていないのですが、もし相手に「仲良くする気がない」場合、とんでもない番狂わせを食らうことになるのです。

 それを世界が認識させられたのが2020年から非常に顕著となった強硬外交「戦狼外交」です。多くは記者会見の時に記者の質問に食って掛かったり、SNSでネトウヨ如き敵対的な表現をポストしたりしたのですが、ついに国相手に攻撃的な対応をするまでになりました。その被害者の一つがオーストラリアでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、独立機関による中国での調査を求めるオーストラリアが、中国の対抗措置とみられる動きに揺れている。豪州産の大麦に高関税が課される可能性が出ているのに加え、豪政府は12日、中国が豪州の食肉処理大手4社に対し、輸入停止措置を取ったと明らかにした。

(出典:中国が豪州に「報復」連発…コロナ発生源の調査求められ、食肉輸入停止で対抗か,読売新聞電子版,2020.5.13.,https://www.yomiuri.co.jp/world/20200513-OYT1T50065/)

 2019年の暮れから発生した新型コロナウイルス武漢熱」によるパンデミックを受けて、その発生源について第三者機関による調査を求めたところ、逆切れとばかりに報復を仕掛けました。その結果、長いこと親中寄りだったオーストラリアはアメリカの対中包囲網に加わることになります。

 こう言っては何ですが親中とは利権そのものであり、実害が生じると案外あっけなく揺らぐものです。日本も戦狼外交の洗礼はきっちり受けており、2020年11月24日に訪日して日中外相会談に臨んだ王毅国務委員兼外相は茂木外相の隣で堂々と「尖閣に漁船を入れるな」と恫喝しました。

王氏は来日中の24日、日中外相会談後の共同記者発表で「日本の漁船が絶えず釣魚島(尖閣諸島の中国名)周辺の敏感な水域に入っている」と述べた。日本側が「事態を複雑にする行動」を避けるべきだとも主張した。
(出典:自民部会「中国外相の尖閣発言に反論を」,日経新聞電子版,2020.https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66673840W0A121C2PP8000/)

 厳密には「正体不明の漁船が釣魚島(中国が勝手につけた名前)周辺に侵入している」ですが、相手が当事者なだけにわかってて言ってますし、露骨に「お前らは不法行為をしている」とが鳴りつけている状態です。なお会談では武漢熱で滞っていたビジネス関係者の往来を一刻も早く再開する話だったそうなのですが、最後の最後で「あんた喧嘩売りに来たんか?」的な結果になってしまいました。

 これは習近平政権特有のものと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。米国の政治学者マイケル・ピルズベリーは著作「China2049」で中国の外交方針と国家戦略について次のように書いています。

  やがて見えてきたのは、タカ派が、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定権を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきたというシナリオだった。(中略)それは「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。(中略)そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味合わせた過去の屈辱を「清算」することだ。(出典:マイケル・ピルズベリー、 野中香方子、 森本敏,China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」,2015,日経BP社,p30-31)

  つまり「仲良くする」のはアジアや世界の覇権を手に入れるために力を蓄えるためであり、最終的に復讐するためであるというのです。ここからは中国の覇権主義を理解する四つの漢字

 欲・統・怒・恐

のうちの三番目、怒について考察していきます。

  ~微笑みの裏の顔

 韜光養晦(とうこうようかい)と言う言葉をご存じでしょうか?「韜光」は才能や能力を隠す事、「養晦」は隠居を意味します。それをつなげて「能力を隠して隠居する」となりますが、一般では「爪を隠して機会をうかがう」戦略として知られています。

 1978年に国の最高指導者になった鄧小平は、それまでの計画経済を改め「改革開放」路線へ転換します。ソビエト連邦発祥の共産党政権の正統性としての共産イデオロギーが空虚な幻想であることがバレ始めてしまっていたからです。資本主義に代わる平等な経済の在り方を示すのが共産主義の根幹であり、計画経済こそが独裁体制を正当化する根拠でした。しかしその実態は理想と大きくかけ離れ、人民から搾取した富で党の上層部が贅沢三昧という前近代の寡頭政治に過ぎませんでした。それが明るみになったことでソビエトをはじめとした多くの東側諸国は正統性を失って民主化したのです。

 これを防ぐため鄧小平は資本主義を部分的に取り入れることにしました。当時勢いのあった米国と日本に目を付け、国交を結び、自国への投資を呼びかけます。冷戦でソ連と睨み合っていた米国は仲間欲しさにその手を握り、日本もまた飛びつきました。しかし共産党独裁を堅持したい自国と民主国家である日米は相いれません。これを解決するために彼がとったのが韜光養晦、所謂「ほほえみ外交」と呼ばれる戦略です。おとなしい猫のふりをして西側世界に溶け込み、じっと機会を伺うのです。日本の武将に例えれば「鳴かぬなら、鳴くまで待とう時鳥」と歌った徳川家康と同じやり方でした。

 鄧小平の戦略はその後の江沢民胡錦濤国家主席にも受け継がれ、騙された西側諸国は中国はいずれ民主化するという甘い認識のもと、安い労働力と巨大な市場目当てに投資と技術移転を繰り返しました。おかげでかの国は「世界の工場」として確固たる地位を固め、バブル崩壊以降失われた20年に陥っていた我が国は停滞し、アメリカに次ぐ経済大国の座を明け渡すことになります。

 この間も中国の政治体制は相変わらずで、党は集まった外貨と技術でもって人民解放軍(実態は人民抑圧軍)の近代化を進めますが、欧米も日本もこの時は全く意に介していませんでした。これが韜光養晦の真の狙いでした。

 受難の中国近代史

  前回の統で申したように中国共産党は時代と共に正統性を変節させてきました。そして「民族精神の継承者と創造者」として名乗り上げた以上、過去の中国の歴史を無視できなくなりました。華夷思想はどちらかというと明るい歴史ですが、同時に「負の歴史」も背負うことになります。

 少し古い話ですが2015年10月に習近平国家主席が訪英した時(この頃は中国主導のアジアインフラ投資銀行に英国も参加し、中英蜜月が謳われていました)に晩さん会で彼が言った言葉に反応した英国人ジャーナリストがいるのです。

 習氏は、晩餐会で「中国の茶は英国人の生活に雅趣を添え、英国人が丹精を凝らして英国式の紅茶とした」とスピーチした。私はこのシーンをテレビで見て、「これは復讐だ」と直感した。
 (中略)大英帝国の「負の遺産」を女王陛下の前で持ち出して、「新中国」と称する中華帝国の皇帝を演じて、英国への復讐開始を淡々と述べたといえる。(出典:藤田裕行,習主席の晩餐会スピーチは英への「復讐開始」宣言 H・S・ストークス氏,zakzak,2015.10.27)

 歴史を学んでいる人なら100年前の19世紀後半から20世紀前半は中国にとって受難の連続であることを知らない人はいないでしょう。上記事で言う「負の遺産」とは当時の中国清にインドで栽培された大量のアヘンが流れ込んだ三角貿易を指しています。そして清の官僚がアヘンを焼却したことがきっかけで起きたのがアヘン戦争です。この戦争で清は香港を失い、以降列強諸国による中国の半植民地化が進みます。そして1895年日清戦争で我が国が勝利を収めてからは列強による本格的な分割が始まってしまいます。

Chinaと書かれたケーキを切り分ける列強と何もできない中国皇帝の風刺画(出典:星沢哲也,ビジュアル世界史,東京法令出版,p124)

 そして20世紀中盤は我が国が西洋諸国に対抗するために満州国を建国し、さらなる中国大陸への権益を求めた末に日中戦争(シナ事変。これが遠因で我が国は国際社会から孤立し、ナチスドイツと同盟、対米戦へと向かっていきます)へ突入します。皆さん十分存じ上げていることと思います。

 100年の屈辱を継承

 こういった「負の歴史」は見方を変えれば、中国の指導者にとって国家目標上の重要なファクターになりえます。スポーツの世界でも雪辱を果たすために努力できることが経験則で理解されてますね。実際、南京にしろ慰安婦にしろ彼らの主張が激しくなったのは1990年代後半からです。折しも江沢民氏が国家主席の座にいた時期です。

 つまり、中国共産党は国を挙げて日本を含めた西欧列強からの侵略の歴史を怒りの力にすることで今日の急進的な台頭を実現したのです。2018年3月に開かれた全国人民代表大会で習主席は演説で次のように発言しています。

中国人民は(アヘン戦争から)170年余りにわたり奮闘を続けてきた。
(中略)
  歴史が証明するように、社会主義だけが中国を救うことができ、「中国の特色ある社会主義」を堅持、発展することだけが中華民族の偉大な復興を実現できる。(中略)この青写真の実現は新たな長征である。(出典:習氏「中華民族復興に自信」 全人代での演説要旨,日本経済新聞,2018/3/20)

 170年から戦後70年を引けば100年の屈辱となります。そして新たな長征の「長征」とは1930年代、国民党軍に敗れた共産党軍が当時の本拠地を放棄して1万2500キロ行軍した時のことを指します。つまり今は「中国を救う」ために「長征」しているのであって、社会主義共産党の独裁)はそのために必要なものなのだと謳っているのです。当然、「長征」というからには国共内戦の結果からわかる通り、かつての列強に反転攻勢をかけて100年の屈辱を晴らす意味もあるのでしょう。

 経済成長だけでなく復讐のために富国強兵を目指しつつ共産党独裁も正当化する。これぞまさしく「中華民族の偉大なる復興」というように一石三鳥の戦略であり、かの国を覇権主義に駆り立てる動機となるのです。

 まさに国策として中国が取り組んでいる復讐志向ですが、その最たるターゲットは当然ながら我が国です。第二次世界大戦の敗戦国ですし、当初はアメリカこそが率先して日本人に贖罪意識を植え付けるWar Guilt Information Program(通称WGIP)を実行していたわけですからそれに乗っかったわけです。気前よく謝罪する日本は中国共産党にとっては都合よく、人民に教育を通して日本への憎悪を煽り、自身を抗日戦争の英雄と祀り建てていました。

 実害が日本に振りかかったのは2010年9月7日の尖閣諸島中国漁船衝突事件でしょう。尖閣諸島沖に侵入した中国漁船に海保が退去を通告したところ、漁船が巡視船に衝突してきたので公務執行妨害で逮捕した事件です。あの時、中国が盛んに騒ぎ立て、希土類などレアアースの輸出を制限する行動に出ました。

大畠経産相は「中国商務省から『輸出禁止の事実はない』と聞いている」としたうえで、新規の輸出契約や船積み手続き、発給システムなどが停止されたとの報告を複数の商社から受けたと説明した。ただ、いずれも断片的な情報にすぎず、経産省として事実関係を把握し、日本企業などへの影響を調べる方針。禁輸が事実であれば世界貿易機関WTO)への提訴も検討する構えだ。(出典:中国がレアアース輸出枠「発給停止の情報」経産相日経新聞電子版,2010.9.24.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS24012_U0A920C1NNC000/

 折しも現在中国が行っている経済的威圧の先駆けであり、対中依存の危険性を教えてくれた出来事であります。また、2年後に政府が尖閣諸島を国有化したときは中国全土で反日デモが行われ、日本企業を対象に破壊行為が行われました。

 日本政府による沖縄県尖閣諸島の国有化に抗議する中国の反日デモは15日、北京、重慶など少なくとも十数カ所の主要な都市で発生し、1972年の日中国交正常化以来、最大級の規模となった。一部は暴徒化し、パナソニックなど日系企業の工場で出火。トヨタ自動車の販売店が放火されたほか、各地の日系百貨店やスーパーなども破壊や略奪に遭った。16日以降も各地で反日デモの呼びかけがあり、日本企業の中国事業に悪影響が広がるのは必至だ。
(出典:日系企業を放火・破壊 トヨタパナソニック 標的に,日経新聞電子版,2012.9.15.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1505E_V10C12A9000000/)

 例によって日本メディアは「政府不満のガス抜き」と軽く見ていましたが、あれこそ歴史的恨みを党と人民で共有した一大事業と言えます。つい最近も福島第一原発からの処理水海洋放水に反発し、日本の水産物輸入禁止にしたうえ人民を上げた苦情電話無差別攻撃を仕掛けてきました。

 日本政府関係者によると、日本の一部施設などに中国の国番号「86」で始まる番号からの着信が相次いだ。東京都江戸川区の区総合文化センターのほか、医療機関、飲食店など放出とは無関係な施設などに電話が掛かってきていることが確認されている。海洋放出への抗議とみられる。
(出典:国番号「86」から迷惑電話相次ぐ…処理水放出とは無関係の個人・団体に 中国の抗議か,産経新聞電子版,2023.8.26.https://www.sankei.com/article/20230826-EVYUM6MSR5OTNKT4BAC6DLZ6QA/)

 記事によると中国のSNSでは抗議を煽る投稿も見られたとのことで、まるで現代の紅衛兵です。我が国の親中専門家の方々は国内の嫌中感情をモンスターのようにならないか心配しているようですが、中国人民の反日イデオロギーこそ危険なモンスターであり、中国共産党は嬉々としてそれを利用し煽り続けているのです。

(2024/5/11 誤字修正)

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(2)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国はなぜ覇権主義に突き進むか、その考察をしてまいります。

 前回は主に資源や経済的事情を中心に考えてみました。14億人を食わせるのだから何かと大変なのは想像できます。それを知った皆さんの中は「石油のために喧嘩するくらいならあげちゃったらいい」とか「中国製は安いんだし、むしろ物が安く買えて便利だ」と考える方もいるでしょう。実際日本は自国周辺で資源開発することに消極的で、遠く中東から買ってきた石油に執着しています。また欧米も初めは中国の製造大国としての台頭に寛容でした。

 それは彼らにとって中国市場こそがすべてであり、日本を含めた自動車メーカーも中国市場中心に動いていたのです。急速な発展を遂げた中国ですがまだ富裕層と中間層は14億のうち3億人と呼ばれ、これから先さらに成長すればより大きな需要が見込める「金の生る木」だったのです。軍事転用可能な産業でさえ、かつてのアメリカは惜しげなく資金と技術を提供していました。

 しかし中国のとある特徴が欧米を常に悩ませます。中国共産党一党独裁です。ソビエト連邦のそれに影響を受けた同党は社会主義イデオロギーによる統治をおこなうために「党の指導性」を憲法に明記しています。これは憲法の上に党が存在する状態で「法の支配」を掲げる西洋の価値観と隔たりがあります。国内事情はさることながら国家間でもその影響が出ていました。

 中国の戴秉国・元国務委員は米ワシントンで5日講演し、フィリピンが南シナ海の領有権問題を巡り国連海洋法条約に基づき申し立てた仲裁手続きで、仲裁裁判所が12日に示す判断は「ただの紙くずだ」と批判、中国は受け入れないとの姿勢を強調した。
(出典:仲裁判断「ただの紙くず」 中国元外交トップ、南シナ海巡り,日経新聞電子版,2016.7.7.,https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM06H6N_W6A700C1FF1000/)

 中国が南シナ海において主張している「赤い舌」は国際法上の根拠がないと突きつけられた判決ですが、不服ならともかく「紙くず」と言って切り捨てるのは「法の支配」を拒絶すると言っているようなものです。5年後も同じことを繰り返し述べているので、これが公式見解なのでしょう。

 欧米は当初、中国も豊かになれば民主化へ向かうだろうという期待を抱いておりました。しかしその期待は裏切られ、習近平政権は逆に統制を強める方にアクセルを踏んでおります。特に2019年逃亡犯条例改正に端を発した香港の民主化運動には警察力で弾圧、2020年5月に「香港国家安全維持法」を制定して事実上の香港政治への干渉を行いました。香港には返還後50年の間は高度な自治を維持する中英共同宣言がありましたが、イギリス政府は同法案が香港の自由を大きく制限しており、宣言が反故にされていると報告書をまとめました。

 ラーブ氏は10日の声明で「われわれは中国が共同宣言を順守していない状態にあると結論付けた」と述べ、国安法は中国政府が主張しているように一部の犯罪者を対象としたものではなく、「異なる政治的見解を示す場を大幅に減らし、表現の自由と正当な政治的議論を抑え込むために利用されている」と指摘した。
(出典:国安法、香港の自由を大きく制限 中英共同宣言に違反=英政府,ロイターニュース日本語版,2021.6.11.,https://jp.reuters.com/article/hongkong-security-britain-idJPKCN2DN06J/)

 前回は経済的台頭による競争に覇権主義を見出しましたが、こうした政治的台頭も覇権的な側面があることは否めません。けれどなぜ彼らは共産党と強権体制にこだわるのでしょうか?それにもちゃんと理由があるのです。前回私が表現した四つの漢字
     欲・統・怒・恐
の二番目の統が関係しています。

 ~国が国である理由

 時に皆さんは国が国であることに必要な三大要素を考えたことがありますか?国家論によって様々ですが、基本的には領土、国民、権力の三つが国の要素であるとされています。では権力についてこれを裏付けるのは何でしょうか?それは正当性です。

 正当性には武力による暴力的なものや選挙による民主的なもの、歴史的継続性によるものがあります。簡単に言うと国民が「納得する」または「納得せざるを終えない」形で個人や集団が政治的な力を得る方法です。国の正当性がなければ国民が納得できないため国の体をなさなくなります。

 例えば米国では四年に一度の大統領選挙によって国民に選ばれた者が大統領として正当性を得ています。欧州やアフリカ、南米の共産国でない共和国はほとんどがこの制度を採用しています。一方、イギリスなど王が存在する国家は王族の世襲による歴史的継続性が正統性になっています。

 因みに皆さんは普段意識したことはないでしょうが、日本の正統性は建国以来天皇による歴史的継続性で成り立っています。当然現在もそれは日本国憲法によって裏付けられており、国会の召集や内閣の任命、法律の施行も天皇がそれを行うことによってはじめて効力を持ちます。

 なら中国はどうでしょうか?かの国では選挙も行われず、世襲する王族も居ません。辛亥革命で1912年に清王朝が滅んで中華民国が、国共内戦で1949年に中華民国が台湾に追いやられて中華人民共和国が成立した経緯を考えれば、その正当性は武力による暴力的なものであるとわかります。他でもない共産党の初代指導者毛沢東が「政権は銃口から生まれる」とおっしゃってますからね。

 とはいえ常に暴力のみで支配し続けるのは無理があります。北朝鮮のような小国程度ならともかく中国のような広い領土に多様な民族が存在する国家では強大な軍事力が必要となります。しかし強大な軍事力は国民の協力があってこそ成り立つので、暴力以外の方法で正当性を得る必要があります。

 正当性が変節する国

 これは私の考察ですが中華人民共和国という国は時代に応じて正当性を変化させています。

 まず建国の父毛沢東は暴力的な正当性を確立することに腐心しました。「政権は銃口から生まれる」を実行したのです。最初は国民党軍に劣勢に立たされていたものの長期戦に持ち込み、我ら日本軍との戦争では国共合作を持ち掛けて裏では国民党内に浸透工作を進めていました。そして第二次世界大戦後に国民党を台湾へ追いやって天下を取るに至ります。

 この暴力的な正当性の補強として彼は共産主義を用いました。これはソ連をはじめとした東側諸国に多く見られた政治手法で、「革新的な経済政策」による平等で豊かな国を理想として掲げて大衆を味方につけ、その過渡期たる政府の独裁的権力を正当化していたのです。

 しかし現実は経済力で資本主義陣営に水をあけられ、国内では生産性も品質も退廃し一部の人だけが富と権力を握る前近代的専制政治に成り下がってしまいます。その結果ソ連を含めた多くの東側諸国の共産党政権の正当性は揺らいでいき、1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけに次々と崩壊・民主化していきました。当然、大躍進政策で大失策を犯した中国共産党も例外ではありませんでした。

 そこで時の指導者鄧小平は共産党体制を守るために新たな正当性に鞍替えしました。それが「経済成長」です。共産党の名前はそのままに西側の膨大な投資と技術支援を呼び込み、形式的な市場経済を導入したのです(改革開放政策)。豊かになれば民主化すると甘い期待を抱かせて。これが今日につながる空前の高度経済成長をもたらしました。その反面、中国の民主化運動は徹底的に弾圧しています(六四天安門事件)。 

 しかし、高度経済成長は永遠に続くものではありません。それに西側に門戸を空ける以上、どんなに情報統制しても自由や民主主義といった思想が入り込んできます。そこで1993年に就任した江沢民国家主席は学校教育を通して愛国心、つまりナショナリズムを強化することにしました。

    (前略)2002年の中国共産党第16期全国代表大会(16大)は 、愛国主義を中心とする中華民族の民族精神の発揚と育成を国民教育全体に取 り入れるこ と、ならびに中華民族の復興が中国共産党の使命であることを確認した。(中略)注 目すべ きは、中国共産党が 「民族精神の継承者と創造者」として位置づけられ、また革命伝統教育では、社会主義共産主義を象徴す るプロレタリア闘士よりも、中華民族の独立解放と発展をもたらした民族 英雄のイメージが前面に押し出されていることである。(出典:武 小燕,中国における愛国主義教育の展開,此較教育学研究第36号,2008年,p25-38)

 上文の引用元は名古屋経営短期大学准教授の武 小燕氏の大学院生の時の論文です。教育論を志すだけあって中国の学校で行われる「愛国教育」を端的に示しています。つまり中国の指導者たちは自分を”「民族精神の継承者と創造者」として位置づけ”ることで歴史的継続性による正当性を得ようとしたのです。

 なお、愛国といえば現在香港では「愛国者」重視の選挙制度が既に成立しています。中国政府寄りの委員会が「愛国者」と認めた者しか立候補が認められない制度です。

条例案によると、香港では今後、選挙委員会によって指名を受けた人だけが立法会の選挙に立候補できる。選挙委員会は現在、行政長官の選出が主な役割。
議員のほか選挙委員、行政長官などについても、委員会が候補者を事前審査することになったため、中国政府に批判的な人物を簡単に排除できるようになる。
さらに、立法会自体のあり方も変わる。選挙で選ばれる議員は35人から20人に減る一方、立法会の議席数は70から90に増えるため、民主的に選ばれた議員の影響力は薄まる見込みだ。
(出典:香港議会、「愛国者」重視の選挙制度改正案を可決,BBCニュース日本語版,2021.5.28.,https://www.bbc.com/japanese/57277972)

 同条例に先立って民主派議員は4名資格をはく奪され、残りも抗議の意を込めて辞職しているのでスムーズに可決されたとか。そして半年後の議会選挙ではみごと親中が圧勝したようです。まさに翼賛選挙極まれり。

 ここで習近平にとっての「理想的な愛国者」をご紹介しましょう。香港の衣料品会社員、朱偉強さんです。一時期「嫌中」だった彼は「祖国」の目覚ましい発展に魅了されて「愛国者」になります。記事は有料記事ですが前文で十分です。

 香港の衣料品会社員、朱偉強さん(57)は、かばんにいつも中国国旗「五星紅旗」を入れている。「どこにいても掲げられるように」との思いからだ。

(出典:「嫌中」捨て愛国者に 繁栄に魅了され 「香港国安法は必要」,毎日新聞,2020.7.25.,https://mainichi.jp/articles/20200725/ddm/012/030/125000c

 いかがです?これ日本人なら日章旗旭日旗をカバンに入れて「どこにいても掲げられるように」しているような人ですよ。「うわっ、やべぇ右翼じゃん。近寄らんとこ」と誰もが思うでしょう。これが中国共産党が人民に求めている「愛国者」です。もう、こんな国は極右国家以外の何物でもないでしょう。

 皇帝になる習近平

 国家主席である習近平もまた国の正当性を強く意識しています。彼は自分を毛沢東と重ね合わせ鄧小平路線からの回帰を図っているのです。政策もそうですが、中でも活発なのは自身の概念の確立です。2021年11月11日、彼は第19期中央委員会第6回全体会議で40年ぶりとなる「歴史決議」を採択しました。

 この歴史決議は、共産党の100年間の歴史を統括するもので、主要な成果や今後の方向性を示している。党の創立以降、歴史決議が採択されたのは1945年の中国建国の父・毛沢東氏、1981年の鄧小平氏以来3度目。今回の採択は、習氏に毛氏と鄧氏に並ぶ地位を確立するためのもの。
 今回の動きをめぐっては、鄧時代に始まり、江沢民氏らほかの指導者に引き継がれてきた、数十年に及ぶ地方分権化を覆そうとする習氏の新たな試みで、中国がいわゆる個人崇拝へと逆行しつつある表れだとの見方もある。
(出典:習主席の地位、毛沢東らと同列に 中国共産党が歴史決議を採択,BBCニュース日本語版,2021.11.12.,https://www.bbc.com/japanese/59244715

 これに先立った2018年に2期10年としていた国家主席の任期を撤廃していたことから、西側では3期目続投へつなげた地盤固めと分析されました。実際3期目に無事(?)突入したわけですが、正当性という観点で見ればむしろこれは必然の流れといえるでしょう。経済成長頼みから愛国主義を盛り立てて国家元首をやっていくのですから、毛沢東から続く中国指導者の正統な後継者を名乗るのが一番有効なのです。無論習近平個人の自己掲示欲もあるでしょうが。

 なお彼の自己掲示欲の強さは宗教にも及んでおります。中国国内の各種宗教は基本的に共産党の管理下にあるのですが、習近平体制になってからこれが過激なものになっております。

 中国の国政助言機関、人民政治協商会議(政協)の委員で、中国仏教協会会長の演覚氏は9日、政協の全体会議で、習近平国家主席が掲げる「宗教の中国化」を推進することは「主要な任務だ」と述べ、宗教界は自覚を高めるべきだと訴えた。経典や思想、儀礼の中国化で「社会主義に適応した中国の宗教を建設すべきだ」と強調した。
(出典:「宗教の中国化は主要任務」,47NEWS,2024.3.9.,https://www.47news.jp/10631156.html)

 宗教の中国化とは信仰よりも共産党政府への忠誠、厳密には習近平への忠誠を優先させるというものです。ぶっとんだ発想ですが何と7年前からこうした動きがありました。評論家の石平氏は2017年10月に開かれた中国共産党第19回全国代表大会(19大)に乗じて中国全土で「19大精神を学ぶ」なるキャンペーンが展開されていたといいます。産官学を巻き込んだ一大ブームは宗教界にも及びました。

例えば中国仏教協会は10月29日、会長である北京龍泉寺住職・学誠法師の下で「拡大会議」を開き、「19大精神」の学習を協会第一の活動方針と決めた。そして11月、協会は北京で「19大精神研修会」を開催し、全国の有名寺院の住職や協会の地方幹部を集めて「19大精神」を徹底的に叩(たた)き込んだと報じられている。
(出典:共産党に媚びる宗教界 大和尚の発言に筆者は吐き気を催した,産経新聞電子版,2017.12.28.,https://www.sankei.com/article/20171228-3YUXIAQ4QZMDTJ3M5IKAWJDG3Q/)

 19大といえば習近平政権が二期目に突入した大会です。中国の仏教といえば教科書では日本伝来に関わったとされていますが、今は政権に媚びを売る利権団体となり果ててようです。そんな仏教界に触発されてか中国土着の伝統的宗教である道教も研修会を開いて「19大精神」を学び、習近平が党大会で行った「政治報告」を絶賛し、党への忠誠を誓いました。

 共産党支配ではこうするのも仕方ないかと一見思われますが、彼らの媚び入りようは度を越えていました。特に海南省仏教協会を率いる深セン弘法寺住職の印順大和尚の演説には石平さんも吐き気を催したそうです。

 習主席が19回党大会で行った「政治報告」、それはすなわち現代版の仏経であり、中国共産党は現代における生きた菩薩である。大和尚はさらに、自分はすでに習主席の「政治報告」を3度も「写経」したと告白した上、全国の僧侶と信徒に対し「政治報告の写経」を呼びかけたのである。(同上)

 ここまで来たらもはや習近平の神格化です。こういった宗教改革は異教にも及びキリスト教に対しては聖書の書き換え、十字架の撤去を強制する事例が報告されています。「歴史決議」よりも前に起こっていることです。極めつけは礼拝堂に据えたあった聖母マリアと幼子キリストの像が撤去されて習近平本人の肖像画がかけられています。

(出典:Xi Jinping Portraits Replace Catholic Symbols in Churches,BITTER WINTER,2019.11.25.,https://bitterwinter.org/xi-jinping-portraits-replace-catholic-symbols/)

 実はこうした動きは毛沢東が引き起こした文化大革命でも行われていたそうですが、あの時は学生主体の紅衛兵だったのに対し、今実行しているのはれっきとした行政官という違いがあります。文革は味噌もくそもみんな壊していましたが、今回は国家統制の強化として進められているので、最悪、中国内の宗教はすべて「中国教」ないし「習近平教」となり果てるかもしれません。

 台湾統一に執着

 そんな国内では神のごとき存在感を持ちつつある習近平ですが、一つだけ致命的な欠点があります。毛沢東にあって彼にはないもの。それは「戦績」です。国民党軍に打ち勝って国を建てた国父に比肩する実績が彼にはないのです。これは愛国心をよりどころにした新中国の元首としては立つ瀬がない。彼が事あるごとに台湾統一に言及する理由の一つがこれです。最近も1月に行われた総統選に先立って「再統一」は「不可避」と演説しました。

中華人民共和国を建国した毛沢東の生誕130周年を記念する演説の中で述べた。習氏は「母なる国との完全な再統一の実現は、発展に向けた不可避の道筋であり、正しい流れだ。人民が望んでいることでもある。母なる国は再統一しなくてはならず、またそうなるだろう」と強調した。
習氏はこれまでにも同様の発言を通じ、台湾の掌握を土台として中国の「活力を取り戻す」とする自らの目標を明らかにしている。
(出典:習氏、台湾の「再統一」は「不可避」 総統選迫る中で主張,CNNニュース日本語版,2023.12.27.,https://www.cnn.co.jp/world/35213297.html)

 雄弁なのは結構ですが肝心の総統選では推しの国民党がみごとに敗れて、民進党新総統を迎えての3期目に突入してしまいました。

 ここで台湾の歴史をざっとおさらいしておきます。日清戦争で勝利した日本は1895年に清国から台湾の割譲を得て統治下におきます。しかしWW2で我が国が敗北すると同時に蒋介石率いる中華民国の国民党軍が支配下に置きました。その後間もなく中国で国共内戦が再発し、敗れた国民党は台湾に拠点を移しました。アメリカの介入によって共産党は台湾征服を一旦断念するも、中原を支配下に置いたことから自らが正統な「中国」であると主張し、アルバニア決議で中華民国を追い出し、同国が得ていた常任理事国の席を手に入れました。その後、李登輝氏が初の総統選を実施して台湾を民主化して今に至ります。

 普段中国のプロパガンダを聞いていると勘違いする人が多いのですが、台湾は中国共産党の施政下に入ったことは一度もありません。国名としては中華民国であり、辛亥革命以降ずっと自立した政府です。それゆえ共産党にしてみれば国の正当性を争った相手がいまだに存在しているようなものなので、是が非でも潰そうとしてきました。1971年に国連を脱退して以降、日本をはじめとする多くの国から断交されて現在国交があるのはわずかに13か国。これは台湾との断交が国交の条件とする共産党政府の陰湿な外交工作の結果です。そして隙あらば「台湾は我が国の領土」という文言を相手国に受け入れさせます。

 他方で台湾はアメリカや日本との非公式の交流は継続してきました。自由と民主主義もすっかり定着し、既に国民の多くは台湾人としてのアイデンティティを意識するようになっております。近年急成長した中国の経済的影響下にあることは事実ですが、2014年当時政権を担っていた国民党の馬英九元総統が中台両国におけるサービス貿易の制限撤廃を謳った協定を発効しようとしたところ国民の反対にあっています(ひまわり学生運動)。その後は二期にわたる蔡英文政権、そして間もなく発足する頼清徳政権へとつながります。

5月20日に発足する台湾の頼清徳新政権の主要メンバーが25日固まった。蔡英文政権を支えた中核メンバーが外交・安全保障部門を担うことが決まり、中台関係を巡り独立も統一も求めない「現状維持」を基本とする蔡路線の継承を鮮明にした。
頼氏は台北市内で25日記者会見し、外交・安全保障部門の閣僚などを発表。中国に対し「自信を持って台湾人民の付託を受けた合法政府に向き合うことを望む」と述べ、民主進歩党民進党)政権との対話に応じるよう求めた。
(出典:外交安保で蔡英文路線継承 台湾の頼清徳新政権メンバー固まる 外交部長に林佳竜氏,産経新聞電子版,2024.4.25.,https://www.sankei.com/article/20240425-LMEBZM23S5M6RKLU5BG3UNW6RM/)

 以上から見るによく言われている「中国が経済で台湾を絡めとる」平和統一は著しく困難であると考えられます。無論懲りることなく国民党ら親中派を駆使して引き込みを図るでしょうが、それで台湾が自ら中国の手に堕ちてくるのを待っているほど習近平は気長ではありません。中国の正当性がかかっている戦いですから「いける!」と思った瞬間を見逃さずに最終手段に打って出るでしょう。それは彼らが南シナ海東シナ海で主張する支配圏を見てもわかります。

(出典:GoogleEarthより)

 勘がいい人ならもう気付いていると思いますが、南シナ海東シナ海支配下に置けば台湾を南北から包囲することができるのです。尖閣諸島は彼らにとって東シナ海の要所の一つなのです。ここを完全に抑えれば南シナ海のように瞬く間に要塞化して、有事に米軍が近寄らせないように対空・対艦火器を配備するでしょう。

  自己目的化による覇権主義

 以上、国の正当性という着眼点で中国の覇権主義を解剖してみました。共産党=共産イデオロギーだけで見るとかの国を理解することは難しくなります。歴史的継続性に正当性を見出す以上、中国の指導者たちは共和国設立以前の歴史を無視することができないからです。その歴史として最も注目されるのが華夷秩序による中華圏の存在です。

(歴代中国王朝に引き継がれてきた世界観)

 実はこうした華夷思想そのものは愛国教育ではあまり触れられていないそうです。しかし、過去に強大な国として君臨していた歴史があるならば、その「継承者」と称する中国の指導者たちもそれに準拠すべしとなるのは容易に想像できます。

 だからこそ習近平国家主席は「中華民族の偉大なる復興」を掲げたのです。そしてその政策は国内的にも対外的にも大国的ないし高圧的にならざるを得ません。当然軍拡を推し進めますし、グローバルな投資や支援も植民地政策のような強引なものになってしまいます(一帯一路政策)。そしてアメリカ一極体制を突き崩した暁は、自国を中心とした新たな一極を形成することでしょう。国の正統性を維持するための覇権主義が自己目的化した姿が今の中国なのです。

中国はなぜ覇権主義に突き進むか(1)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。本日は最近覇権主義色を強める中国について考察していきたいと思います。
 2024年4月11日、国賓待遇として訪米していた岸田総理が米上下両院議会で演説をしました。そこでは中国の対外的な姿勢や軍事動向を国際社会の平和と安定に対する挑戦であると言及し、国際秩序を護ることに奔走してきた米国に我が国が「グローバルパートナー」として寄り添うことを宣言しました。
 10年前でしたらこのようなことは考えられなかったでしょう。当時は「中国脅威論」としてネトウヨの妄言としかとらえてもらえませんでしたから。学校では今も「戦争はもうしない=もう起きない」という価値観で教えていますし、日本共産党の先生なんか「中国に脅威はない」とのたまっていました。

  共産党志位和夫委員長は7日のテレビ東京番組で、核・ミサイル開発を進める北朝鮮南シナ海で軍事的挑発を続ける中国について「北朝鮮、中国にリアルの危険があるのではなく、実際の危険は中東・アフリカにまで自衛隊が出て行き一緒に戦争をやることだ」と述べた。(出典:産経ニュース,共産・志位委員長「中国、北朝鮮にリアルな危険ない」,2015.11.7)

  記事は2015年の安保法制論争当時のものですが、この時すでに中国は南シナ海に九段線を引いて支配権を主張し、実効支配している岩礁の一つに軍事目的の人工島を建設しています。また東シナ海にも食指を伸ばし、沖縄県石垣市尖閣諸島に日夜領海・領空侵犯を繰り返していました。その状況下での発言ですから先見の明がないか、安全保障に関心がないかのどちらかでしょう。まぁ、晩年野党ですし。

 例に挙げたのは日本共産党ですが、自民党を含めた他の政党も例外ではありません。安全保障に造詣の深い一部の議員を除いた大部分は日本の安全保障に対し他人事で、右翼などと吹聴される安倍政権ですら中国の脅威に直接言及することは稀でした。

 しかし2022年の11月13日、カンボジアプノンペンで開かれた東アジアサミットで岸田首相は「東アジアで日本の主権を侵害している」と中国を名指しで批判しました。相手がすでに退任の決まっていた李克強なのは締まりませんが。

岸田文雄首相は13日(日本時間同)、カンボジアの首都プノンペンで開かれた東アジアサミット(EAS)で「東シナ海では中国による日本の主権を侵害する活動が継続、強化されている」と訴え、中国を名指しする形で覇権主義的な行動を批判した。(田中一世,岸田首相、中国名指しで批判 尖閣念頭に「日本の主権を侵害」 東アジアサミット,産経ニュース電子版,2022/11/13,https://www.sankei.com/article/20221113-4P7DI4PQT5KILBX4PSMQVATCOU/

 本来ハト派であり親中であるはずの宏池会の岸田さんがこのようになったのは、中国の覇権主義が誰の目にも明らかになったからでしょう。最近でも米国国防長官のオースティン氏がハワイで開かれたインド太平洋司令官の交代式にてはっきり名指しで指摘しているくらいです。

 オースティン氏は中国に関し「ますます威圧的な行動をとり続けている」と指摘。具体的な場所として、台湾海峡や東・南シナ海に加え、太平洋島嶼(とうしょ)国やインドと軍事衝突を起こしている係争地を挙げた。
 中国は「インド太平洋を支配し、世界秩序を作り替える意思を持つ」などと述べ、同国の軍事力強化に対する強い懸念を示した。
(出典:米国防長官「中国はインド太平洋を支配する意思を持つ」 軍事力強化へ強い懸念,産経新聞電子版,2024.5.4.,
https://www.sankei.com/article/20240504-OM7XIKSRXJKDRNLCISETRWGEKY/

 それではなぜ中国は覇権主義に傾倒するのでしょうか?「中国はナチス」とか感情論を言っても何もわかりません。彼らが何を思い、何を求め、何を目指しているのかを考えなければ、敵対するにしろ歩み寄るにしろ、ただ相手側に振り回されるだけになるでしょう。今の岸田政権が実はそうなっているように。

 ではこれから中国は覇権主義を突き進むことになる理由を客観的に考察していきたいと思います。差し当たって私はわかりやすいように四つの漢字で表しました。

   欲・統・怒・恐

 四つあることからわかる通り中国が覇権主義をひた走る理由は一つでなく、複数の背景が複雑に絡み合っているのです。では右から一文字ずつ考えていきましょう。

 ~14億人を満たすために

 まず最初の欲は読んで字のごとく欲望という意味です。近年急速な経済発展を遂げた中国は急激な石油需要の増加に見舞われています。1994年以前は輸出していた石油を1995年以降は輸入しなければならなくなったのです。

(出典:郭 四志,中国の石油需給動向について,2004,日本エネルギー経済研究所より,https://eneken.ieej.or.jp/report_detail.php?article_info__id=1061

 現在は世界一の石油輸入国で今後も需要は増えると予想されます。これは我が国にも言えることですが、輸入するということはそれだけ国内の資産を他国へ流出させることになり、地域紛争が起これは供給がストップするリスクが生じます。だから国産で石油を生産する手段を欲するのです。

ジャイアン式資源開発

 先ほど冒頭で触れた南シナ海東シナ海の支配権主張ですが、まず中国が主張している南シナ海の支配域が以下の通りです。

(中国の主張する南シナ海の支配領域 出典:Google Earthより筆者作成)

 まさに「舌を伸ばす」がごとく南シナ海を覆いつくし、ベトナム沿岸沖とフィリピン諸島の西側沖を総なめしていることがわかります。米エネルギー調査局(EIA)によるとこの海域では未発見の石油埋蔵量が112億バレル、天然ガス埋蔵量が190兆立方フィート存在すると見積もられています。このことに中国の国営石油会社が目を付けており、既に数年の海洋調査をした末に採掘を開始しています。

    4月8日、中国最大の国営オフショア石油生産国・中国海洋石油集団有限公司(China National Offshore Oil Corporation、CNOOC)は、公式サイトで、南シナ海東部に位置する中国初の建深海掘削開発井戸の完成を発表した。井戸は、4月1日に完成したという。
 (中略)
    公式発表によると、北京がハイテク経済の中心地になることを期待して中国南部の広東省・香港・マカオベイエリア液化天然ガスLNG)と原油を供給する。井戸の長さは4660メートル、垂直方向の深さは2529メートル、水深は680メートル。(出典:ニコール・ハオ,佐渡道世,中国、南シナ海で初のエネルギー深海坑井完成 新たな火種か,大紀元時報,2019年04月17日)

 そして今では話題の尽きない尖閣諸島についても同じことが起こっています。尖閣諸島は日本が1885年に調査し、無主の島々であることを確認した後に1985年沖縄県編入閣議決定しました。その後敗戦に伴って一時的に米国に統治されましたが、1972年の沖縄返還と共に日本の施政下に収まりました。これに先立って1968年に国連機関の調査で尖閣周辺に石油と天然ガスがあると発覚した途端、1970年代に突如中国は領有権を主張し始めたのです。資源については共同開発することが2008年に合意されたものの、2010年にあの尖閣諸島沖の事件が起こって以降は交渉がストップしており、中国が一方的に開発をしている状況です。

 日本は13年6月、新たな施設が建設されていることを確認。昨年11月と今年4月の日中首脳会談の場を含め、中国側に抗議をしてきた。菅官房長官は、写真の公表に踏み切った理由について、「中国側の開発行為が一向に止まらないことや、中国によるさまざまな一方的な現状変更に対する内外の関心が高まっていることを踏まえた」と述べた。
中国外務省は日本の抗議に対し、「領有権争いのない海域で中国の権限のもとで行っている石油とガスの開発は正当で妥当、合法だ」としている。
(出典:日本政府、東シナ海の中国ガス田開発の写真公表 16施設を確認,ロイターニュース,2015.7.22.,https://www.reuters.com/article/idUSKCN0PW0RD/)

 日本の場合、なぜかコストだのなんだのと理由をつけて開発をためらっていることが問題なのですが、南シナ海の方では他の国が資源開発しようとするのを妨害する暴挙に出ています。例えば2017年7月にベトナム南シナ海で石油掘削を開始しましたが、同月中に中国の圧力によって掘削を中止に追い込まれています。

    東南アジアの石油産業の情報筋はBBCに対し、ベトナム政府が掘削に関わるスペイン・レプソル社の関係者に現場を離れるよう命令したと話した。(中略)
   業界筋によると、ベトナム政府は先週、レプソル幹部に対し、中国が掘削を続けるならベトナム軍が駐留する南沙(スプラトリー)諸島を攻撃すると脅したためだと説明したという。(出典:ベトナム南シナ海での石油掘削を停止 中国から脅しと業界筋,BBC,2017年07月24日)

 自国は開発・採掘を推し進め他国のそれは妨害する。まるでドラえもんで登場するガキ大将、ジャイアンの決まり台詞「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」を体現したような行動です。

 中国製造2025

 中国では選挙がありませんから共産党政権が統治者として正当性を得るためにひたすら14億人の人民を満足させようと躍起になっているのです。それは資源だけに留まらず、産業構造にも及んでおりその一環として2015年からかの国が取り組んでいるのが中国製造2025です。

(出典:中国製造2025とは 重点10分野と23品目に力,日経新聞電子版より作成,https://www.nikkei.com/article/DGXKZO38656320X01C18A2EA2000/

 今皆さんが使っているスマホの通信規格5Gの通信設備を中国国内シェア80%、世界シェア40%目指すとしたものです。他にも産業用ロボットの自社ブランド化、原子力発電の輸出、そして今話題の電気自動車製造も国策として進められたのです。

 これには合理的な理由があり国の産業と経済成長に関係があるからです。有史以来、人間の基本的な産業は農業でした。それが18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命によって大きく変貌を遂げます。これが国家経済の成長と大きくかかわっており、一次産業の農業国は最も貧しく、二次産業の工業国で急成長し、三次産業・ハイテク産業が発達した国は先進国の仲間入りを果たします。

 この産業構造の改革が国家経済成長の肝となっており、欧米も我が国日本もこれを踏襲しております。1990年代に急成長した中国は工業国として発展してきたので、これ以上成長するには先進国になる必要があります。ゆえに自動車をはじめとしたハイテク産業に力を注いでいるのです。

 それだけならいいのですが、実は産業の高度化は世界市場での寡占力が肝となってくるのです。少し考えればわかりますが毎日のように消費する食品や石油と違って自動車などはそう頻繁に買い替えませんし、重工業で作られる船舶や航空機に至っては数十年も運用されます。つまりこの分野は国内市場だけではやっていけず、海外にも積極的に売り込む必要があるのです。

 当然それは競争となり負けた側は衰退します。1965年から起こった日米貿易摩擦自動車産業を急成長させた日本にアメリカが脅かされて起こったものです。結果は日本が譲歩しアメリカ国内に工場を建てることでアメリカの雇用を守りました(ただしそれでもGMは倒産に追い込まれて一時国営化、自動車製造中心地だったデトロイトも没落してしまいました)。一方、コンピューター分野では日本が半導体で譲歩した結果没落し、IT産業もアメリカの大企業群GAFAMに制圧されてしまいました。

 こうした事情から中国製造2025は欧米、そして日本を警戒させました。中国政府は関連分野に大規模な投資を行い、積極的な人材育成に努め、海外からの有力な人材をヘッドハンティングしました。それだけに飽き足らず、海外に留学し先端企業に勤めた自国民を使って機密技術を盗み出すこともしました。これが問題視されアメリカとの関係が悪くなり始めます。そして今のアメリカの成長産業であるIT、いわゆるGAFAMに成り代わる国内IT産業を世界進出させたことでついに堪忍袋の緒が切れ、激しい貿易摩擦に発展したのです。例えばTikTokは今や世界ユーザー数10億人の中国製動画共有アプリですが、アメリカでは3月に同アプリの国内利用を事実上禁止する法案が可決されました。

米連邦下院は13日、動画投稿アプリ「TikTok」のアメリカ国内での利用を禁止できる法案を可決した。中国の親会社バイトダンスに対し、6カ月以内にTikTokの議決権株式を売却しなければ、アメリカでのアプリ販売を禁止するとしている。(出典:米下院、TikTokアメリカでの利用禁止できる法案を可決,BBCニュース日本語版,2024.3.24.,https://www.bbc.com/japanese/articles/c3gjdj1n85yo)

 TikTok禁止の理由を米議会は安全保障上の理由、つまり中国政府に国民の情報が収集されるリスクを述べていますが、根っこの理由はアメリカの成長産業の脅威になるからです。もちろん中国系の企業は西側の民間企業と違って中国共産党の指導から逃れることはできませんから安全保障上の懸念があることも事実です。何せ世界中に「秘密警察」を作っているくらいですから。

 ITではアメリカに後塵を拝した(もしくは譲った)日本はこうした強硬な手段はとらないと考えられますが、自動車市場では中国EVが日本車に取って代わろうと攻勢を強めているので競争は激しくなることが予想されます。

【補足】AIIBと一帯一路

 習近平肝いりの政策といえばアジアインフラ投資銀行(AIIB)も外せません。政権発足の2013年に提唱された国際金融事業は当時多くの注目を浴び、イギリスをはじめとした西側諸国も次々と参加を表明し2016年の開業時には57か国、現在は92か国の大所帯になっています。ただし融資審査やガバナンスが不透明であることや最大出資国の中国の発言権が強すぎることを理由にアメリカは参加を拒否、日本もそれに倣って参加を見送りました(この時、国内の経済学者たちが「バスに乗り遅れるな」とばかりに騒いでいましたね)。

 これもまた中国が先進国になるための重要かつ合理的な政策の一つです。というのも高度経済成長期は国内のインフラ整備が活発になり、それがさらなる成長の原動力になるのですが、いったんインフラが出来上がってしまえばやはり数十年は使い続けるために開発熱が冷めてしまい、成長が滞ってしまいます。そこで未開発の国にインフラを“輸出”することで事業を発展させているのですね。先進国を支える産業として第三次産業がありますが、その中でも金融は大きなウェイトを占めています。外ならぬアメリカや我が国もそれぞれ世界銀行アジア開発銀行(ADB)を通して途上国にインフラを提供しています。

 AIIBが世界銀行やADBと違うのは、より戦略的で野心的であることです。習政権はAIIBと同時に「一帯一路」という広域経済圏構想も提唱し、現在まで推進しております。これは中国主要都市がある中原から東南アジア、中央アジア、中東、東欧そして欧州までをつなぐ21世紀のシルクロードというべき巨大回廊であり、世界戦略そのものです。

一帯一路(白地図専門店https://www.freemap.jp/様より頂いた地図を著者が加工。参考:中国「一帯一路」会議から見えてきたもの,読売新聞電子版,2017.5.29., https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20170525-OYT8T50024/2/

 これは中国の資源戦略とも密接に関わっており、中東やアフリカへのアクセスを結ぶシーレーンを現在のアメリカ主導から中国主導に変える意図があります。それに欧州を巻き込むことでポストアメリカの地位を確たるものにしようとしているのです。

 世界一の軍隊を作る

 中国の覇権主義を語るうえで欠かせないのが軍拡でしょう。中国政府は過去十数年にわたって経済成長で得た外貨と技術でもって党の軍隊である人民解放軍(実態は人民抑圧軍)の近代化を進めてきました。

中国の公表国防予算の推移(出典:令和三年版防衛白書より)

 中国の軍事費増加が注目されたのはここ数年ですが、表を見ればわかる通り兆候はかなり前からあったのです。よく朝日新聞などが「日本の防衛費過去最大」といつも大騒ぎしていますが、もっと視野を広げてみなさいな。また最近度々話題になっている中国空母の計画も1982年から始まったものであり、決して習近平総書記の一存だけで始められたことではありません。最も習近平が軍拡を加速させているのは事実ですが。

 中国の特色ある社会主義は新時代に入り、国防・軍隊建設も新時代に入った。人民の軍隊は初心を忘れず、使命を銘記し、第19回党大会の精神を真剣に学習・貫徹し、新時代の党の軍事力強化思想を深く学習・貫徹し、揺るぐことなく中国の特色ある軍事力強化の道を歩み、国防と軍隊の現代化を全面的に推し進め、新時代の党の軍事力強化目標を実現し、今世紀半ばまでに人民の軍隊を世界一流の軍隊へと全面的に完成させ、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するために努力奮闘する必要がある。
(出典:習近平総書記「人民の軍隊を世界一流の軍隊に」,人民網日本語版,2017.10.27.,http://j.people.com.cn/n3/2017/1027/c94474-9285700.html)

「世界一流の軍隊」ですって!絵にかいたような「軍国主義」丸出しです。引用している分の中にも「軍事力強化」が三回も出てきます。中国はもはや軍国主義の「極右国家」と言って間違いないでしょう。

 なお、こうした軍拡思想にも経済的意味があったりします。先ほどの中国製造2025で出てきた重工業ですが、この分野は国内需要だけではやっていけないので、国外にも版図を拡大しなきゃいけないのは触れました。しかし、重工業としてはもう一つのアプローチがあります。それは民間と違ってすぐに商品を消耗してくれて、経済性を気にせずに次々と商品を買ってくれる太っ腹な顧客です。

 それは軍隊です。彼らは戦えるように日々訓練を重ねているため、機体や装備にかなりの負担をかけます。実戦に至ってはより顕著な損耗が発生し、しかも作戦を完了するまでは補填しなければなりません。ここまで説明すればお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、アメリカの軍産複合体はこうした利害関係が結びついて出来上がったものです。日本に自動車産業を奪われた分、余計にそれが重要になっていました。

 中国が目指しているのはまさにその軍産複合体の中国版です。アメリカはこれを潰すべく該当企業への投資を禁止する大統領令を出しております。

 国防総省の投資禁止リストに掲載されていた主要企業は、新たなリストにも掲載。国航空工業集団(AVIC)、中国移動(チャイナモバイル)、中国海洋石油集団(CNOOC)のほか、監視カメラ大手の杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ) 、半導体メーカーの中芯国際集成電路製造(SMIC)などが引き続き対象となった。
(出典:バイデン氏、中国59社への投資禁止 前政権の大統領令修正,ロイターニュース日本語版,2021.6.4.,https://jp.reuters.com/article/idUSKCN2DF25V/)

 国航空工業集団は何を隠そう中国ステルス戦闘機「殲20」や「殲31」を開発した会社です。監視カメラばかりが注目されてますが、アメリカの標的は中国の軍事産業とIT産業の要となる情報通信インフラの会社です。理由は説明する必要はないでしょう。

 太平洋二分割提案

 識者の中には「中国の軍拡は近代化のためだ」と主張する人がいます。むろん近代化はされるでしょうが、それで終わるとは限りません。なぜなら一度作った生産ラインはどんどん製品を作り続けないと維持できませんから、兵器がみんな新しくなって「ハイ終わり」なんてしたら、せっかく築き上げた軍事産業が崩壊してしまいます。だから軍隊は何としても取得した兵器を消耗させて更新を続けないといけません。そのためには現在の限られた作戦空間では狭すぎます。

 近年中国軍が南シナ海東シナ海で活動を活発化させていますが、これはアメリカをけん制するだけでなく、成長する軍産複合体を支えるためなのです。中国軍が求める行動範囲はずばり全アジア、西太平洋丸ごとです。これは私の妄想で言っているのではなく、2013年に国家主席になったばかりの習近平が当時のオバマ政権に対して太平洋を米中で二分割するという堂々たる提案をしているのです。

  これを端的に表現したのが習主席がオバマ大統領に言い渡した「広く大きな太平洋には米中の両大国を受け入れる十分な空間がある」という言葉だ。習発言からは、中国海軍にとって西太平洋への入り口に位置する尖閣諸島の重要性も見えてくる。当然、オバマ大統領は簡単には乗れない。(出典:中沢克二,米中、緊張含みの緊密化 首脳会談、異例の8時間,日経経済新聞電子版,2013.6.10,
   https://www.nikkei.com/article/DGXDASGM0900Z_Q3A610C1EB1000)

 要はアジアから米軍が出ていき、中国の人民解放軍の支配に委ねよといっているのです。日本を含めたアジア諸国を国とも思わない身勝手な発言です。しかしこれは先ほどまでの海洋資源戦略、中国製造2025、一帯一路、そして軍事戦略を踏まえて考えると、極めて合理的なものであり、決して妄言やロマンでないことがわかります。

 2021年10月、中国海軍はロシア軍と10隻の大艦隊を組み、日本列島と堂々と一周するという示威行為に踏み切りました。

 中ロ海軍による初の合同パトロールと称する今回の航行では、艦隊が本州と北海道を隔てる津軽海峡を通過した後、日本の東の沖合を南下し、九州沖の大隅海峡を抜けて中国に戻った。
 大隅海峡津軽海峡はどちらも「公海」とみなされ、外国船の通過は許可されているものの、この動きは日本国内で注視された。
(出典:中ロ合同艦隊が日本を「一周」、これが大きな出来事である理由,CNN日本語版,2021.10.27.,https://www.cnn.co.jp/world/35178591.html)

 これの言外の主張を書き起こすと「俺たちは極東アジアを管理する実力を持っているし、する権利がある」といったところです。噴飯ものですがパワーポリティクスの観点で言えば、これも合理的な主張です。そして中国の軍産複合体はこれを実現するために作られており、それを維持するために今後も示威行動を活発化させるのです。

 ハト派で親中な岸田首相が変わったのはこう言った事情があったのです。今までの親中派日本人の理解を超えたところに彼らは進んでいるのです。

(2024/5/6 大見出し修正、2024/5/16 AIIBや一帯一路、太平洋二分割案について加筆)

変革の時が来た: 本当の平和憲法を作ろう!

これは大丈夫、ここは平和です

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。今日は憲法記念日ですね。日本国憲法が施行されて77年です。時は移ろい、変わらないものもありますが、変わるものもあり、変えねばならぬものもあるのが世の中です。時には常識を疑う勇気も必要です。

 日本国憲法が「平和憲法」であるということは日本国民の誰もが信じて疑わない事であり、それを改めることを頑なに拒否する人が左翼だけでなく「保守派」にも多いです。その心髄とも呼ばれるのがお馴染みの第9条です。

    第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 彼らは言います「平和憲法こそが日本の平和を守ってきた」のだと(これを本気で主張する人が自民党の中にもいます)。最近はそれに疑義を唱える者も出てきてはいますが、せいぜい「変えたほうが良い」程度にしか発信できないのが現状です。

 けれどまさか「日本国憲法」こそが近未来に戦争を引き起こす「呼び水」になっているとしたらいかがでしょう?それでも守り通しますか?今回はそれについて考察していきましょう。

 マッカーサーノートの真意

 最初に日本国憲法の成立過程からおさらいしていきましょう。

 戦争で敗北した私たちは主権を失い、アメリカを主体とする連合国軍総司令部GHQ)の統治下に置かれることとなりました。GHQは我が国を“民主化”すると称して陸海軍の解体、財閥の解体、皇室宮家の削減、行政機構と諸制度の改革ないし破壊を行いました。その集大成としてGHQが力を入れたのが大日本帝国憲法の改正でした。

    Failing voluntary action by the Japanese to this end the supreme commander should indeicate to the japanese suthorities his desire that japanese constitution be amended to provide(出典:Politico-Military Problems in the Far East: Reform of the Japanese Governmental System (PR-32),1945.10.8.,日本国立国会図書館HPより)

 これは1945年10月8日、合衆国の国務・陸軍。海軍調査委員会の下部組織である極東委員会で出された資料の一文で「日本の自発的な改革が望めない場合に最高司令官が憲法改正によってこれを行う」という意味です。これの何が問題かというと、ハーグ陸戦条約違反であることが挙げられます。

    ハーグ陸戦条約
    第43条:国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない。

 なお、本条約の主語が「交戦当事国」とあることから戦後は含まれないという主張があるようですが、これは間違いです。なぜなら戦闘が終わっていても当事国間が平和になっているとは限らず、それを明確にするのが「講和条約」だからです。つまり、日本とアメリカは1951年9月8日に署名され、1952年4月28日に発行されたサンフランシスコ講和条約が出るまでは「交戦当事国」ということになり、ハーグ陸戦条約の適応対象となるのです。そうでなければ敵国を征服しさえすれば勝った側はやりたい放題となってしまいます。もともとそれを防ぐための条約です。まあ、守れてませんが。

 それはともかく、アメリカが日本の憲法を変えるにあたって、日本側が出した草案をすべて蹴って押し付けたのがマッカーサー草案です。その条文の一つを見ればなぜアメリカが条約違反を犯してでも憲法改正を断行したかがわかります。

    War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.
    No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.

(筆者訳:国家の主権としての戦争は廃止される。日本は、紛争を解決や自らの安全を守るための手段としてもそれを放棄する。それは今、安全保障において世界の潮流にある崇高な理想に基づいています。
日本陸軍、海軍、空軍は決して認可されず、日本軍に交戦権は与えないだろう)

(出典:   [Three basic points stated by Supreme Commander to be "musts" in constitutional revision],1946.2.4.,日本国立国会図書館HPより)

 これこそが日本国憲法第9条の原点であり、GHQの本当の狙いです。内容は現在の9条と同様に「国際紛争の解決のための戦争放棄」と「戦力不保持」が謳われていますが、それに加えて”even for preserving its own security”「自らの安全を護る目的でさえも」と書かれています。つまりアメリカは日本に自衛もできない国になって欲しかったのです。その理由は極めて単純で「二度と日本がアメリカや西欧諸国の脅威にならないようにするため」でした。戦争に勝ったとはいえ対日戦でアメリカは大きな犠牲を払っていましたから、脅威を永久に取り除いておきたかったのでしょう。日本が有色人種の国だったこともあります(合衆国で公民権運動が本格化するのは1950年代になってからです)。

 それを踏まえたうえで、第三国の視点になったつもりで9条を読んでみてください。

    第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 はい、これを見てわかることは「日本だけが戦争をすることは禁止」ということです。つまり日本との戦争を想定している国にとっては、日本人が憲法を護る限り自分たちは絶対に安全で、やりたい放題できるということになります。また、最初の攻撃は必ず自分たちから打てますから、いざ日本が気に入らないと思えばいつでもタコ殴りにすることができます。かつてのアメリカは日本に対してそういう関係を求めており、それが日本国憲法第9条の本質なのです。

 マッカーサーの呪い

 さて、憲法について少しでも詳しい方(保守派限定)なら「ド素人が、重要な点を見落としているだろ」と突っ込んでいることでしょう。その通りです。今の9条とマッカーサーノートには重大な違いがあります。二つを並べてみてみましょう。

    War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.
    No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
    (訳:国家の主権としての戦争は廃止される。日本は、紛争を解決や自らの安全を守るための手段としてもそれを放棄する。それは今、安全保障において世界の潮流にある崇高な理想に基づいています。
    日本陸軍、海軍、空軍は決して認可されず、日本軍に交戦権は与えないだろう)

 
    第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「理想」云々は戦後当初湧きあがった世界政府思想によるものですから置いときます。重要なのは「自らの安全を守るため」の部分が9条に引き継がれていないことです。そもそも「国際紛争を解決する手段としての戦争放棄」自体は1929年7月24日発行の「不戦条約」を引用したものです。そして第二項冒頭に「前項の目的を達するため、」を追加したことにより、自衛のためであれば最低限の戦力を持つことができる余地を与えました(芦田修正)。これが今日自衛隊が存在できる根拠となっております。

 ならええやないかそのままでもと言いたくなりますが、現実は甘くありません。確かに政府の公式解釈では「自衛は否定されていない」として自衛隊を合憲としていますが、憲法学者や左翼のみならず日本国民の中には「自衛隊違憲」と認識している人がかなりいます。

    産経新聞社とFNNの合同世論調査では、現行憲法下で自衛隊違憲だと考えている人が、実に4人に1人もいることが分かった。憲法学者の世界ほどではないにしても、世論にも「自衛隊違憲論」が根強いことを裏付けたといえそうだ。主要野党は「自衛隊が合憲という認識は広く認知されている」として、安倍晋三首相(自民党総裁)が提案する憲法9条への自衛隊明記案に反対するが、改めて提案の意義が再確認されたといえる。

(出典:【産経・FNN合同世論調査】4人に1人が「自衛隊違憲」,産経新聞電子版,2018.5.21.、

https://www.sankei.com/politics/news/180521/plt1805210024-n1.html)

 アンケートが保守系産経新聞ですから、朝日新聞ともなれば半数以上にはなりそうです。まるでマッカーサーノートの消された言葉を霊視しているかのようです。元帥本人にとっては不本意でしょうが「マッカーサーの呪い」と名付けさせていただきます。
 こうなってしまった理由は戦後教育や左翼メディアなどいろいろ考えられるのですが、知日派アメリカ人弁護士ケント・ギルバート氏は、日本人の憲法に対する認識に原因があると指摘しています。

 1947年5月3日に施行された日本国憲法は、主権者である国民が、直接または代表者を通じて間接に制定した「民定憲法」と位置付けられている。前提として、憲法のすべては法規範で規定されたり、判例憲法慣習によって補充されていくのである。また、民定憲法には「禁止されていないものは許可される」という考え方がある。
    民定憲法の対義が、大日本帝国憲法が属する「欽定憲法」だが、この憲法は「許可が明記されていない限り、禁止」を前提としている。
   (中略)
    日本の憲法学者の多くは、前出の欽定憲法のように日本国憲法を解釈し、「戦争のすべてが禁止されている」と論じる。もちろん、民定憲法であっても侵略戦争は認められないが、防衛戦争や米国がイスラム過激派組織「イスラム国」に行った制裁戦争は必ずしも禁止されるものではない。日本国憲法は民定憲法だが、多くの憲法学者は前提が誤っている。(出典:“限界”を迎えた日本国憲法 「戦争はすべて罪」という誤った教育…堂々巡りする議論に終止符を,zakzak,2021.4.9.,
    https://www.zakzak.co.jp/soc/news/210409/pol2104090002-n1.html)

 アメリカの不当な干渉があったとはいえ、名目上は日本国民の手による改正となっていますから、日本国憲法は「民定憲法」であり、禁止されている事(侵略戦争)以外はできることになっています。しかし「自衛隊違憲」「PKO派遣は違憲」「集団的自衛権違憲」と主張する憲法学者たちは、君主によって制定された「欽定憲法」のように、許可されてない物はすべて禁止と解釈しているというのです。
 それを裏付ける証拠としてアメリカを含め、多くの国々が憲法の修正・改正をしているのに対し、我が国の憲法は1947年に施行されて以降、一度も改正されていません。「不磨の大典」として一切の手を付けられない様は、1890年に施行されて以降敗戦まで一度も手を付けられることのなかった大日本帝国憲法に通じるものがあります。左翼思想を掲げる護憲派たちがそれを後押ししているのですから、何とも皮肉なものです。

 こうした状況を打開するために6年前から「日本の国益と尊厳を護る会」代表の参議院議員青山繁晴氏は「自衛の措置は妨げない」条文の追加を提案しています。これは9条第二項の「陸海空軍その他の戦力」の「その他の戦力」に自衛隊が含まれると拡大解釈できる事と、「国の交戦権はこれを認めない」が自衛戦争も否定しかねない事を念頭に置いたものです。

    自民党青山繁晴参院議員ら有志は1日夕、憲法9条に関する勉強会を国会内で開き、1、2項を維持した上で、3項を新設し「自衛権」と明記する案について「前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない」とすることで一致した。(出典:自民党有志勉強会、「自衛権」明記案で一致,産経新聞電子版,2018.2.1.,
    https://www.sankei.com/article/20180201-RUNN7JVMNZOVXPEN7QIA5UF2LU/)

 例によって野党も公明党も反発しておりますが(自民党にも反対者がいます)、それは先ほどのケントさんの言う通り「欽定憲法憲法」であると共に、自衛を否定した「マッカーサーの呪い」に憑りつかれている状態です。いつまで「昔のアメリカ」の願望に従っているのでしょうね?

 9条に護られるならず者国家たち

 ここまで記事を読んでくださった方の中には「この記事は反米ブログか」と思われる方が出てくるかもしれません。私が右か左か、親米か否かは皆さんのご想像に任せます。しかし、今私が声を大にして言いたいのは「今9条の恩恵に最もあずかっているのは中国と北朝鮮、韓国、ロシア」であるということです。
 もっとはっきり申せば今や日本国憲法第9条は平和どころか、新たな戦争を招き寄せつつある危険な条項となりつつあるのです。
「そんな、まさか」と思われるかもしれませんが、前に指摘したマッカーサーノートの真意を思い出してください。「日本だけが戦争をすることは禁止」とあり、どこにも「日本と戦争してはいけない」という規定はありません。日本人は例によって「許可されてないから」禁止されていると思い込んでいますが、向こうにとっては別に日本の憲法に縛られる道理などなく、力さえ伴えばいつでも戦争を仕掛けることができるのです。
 今までは「世界の警察」アメリカがにらみを利かせており、戦力もはるかに及ばなかったので平和でしたが、これからはどうでしょうか?
 昨年の暮れに中国の現役将校がついに日本との「戦争」に言及しました。

 中国軍のシンクタンク軍事科学院の何雷・元副院長(中将)が9日までに共同通信の単独インタビューに応じ、沖縄県尖閣諸島を巡り「戦争を望まないが恐れない」と明言した。台湾武力統一に踏み切った場合、尖閣を同時に作戦対象とする可能性にも含みを持たせた。軍関係者が尖閣を巡り「戦争」に言及するのは異例だ。将来的な領有権奪取の強い意志が鮮明になった。(出典:尖閣諸島で「戦争恐れず」 中国軍中将、異例の言及,共同通信47NEWS,2023.12.9.,https://www.47news.jp/10243504.html

 台湾統一を掲げている習近平政権ですが、近年はさらに苛烈さを増しております。その勢いで日本に対して「(統一を)邪魔するなら戦争だぞ」と恫喝し、さらに日本の沖縄県石垣島尖閣諸島を「俺のだから戦争してでも取り戻す」と宣言しているのです。この発言に日本は騒然となっていますが、私の見立てではまだまだ抑制的です。彼らは「日本の沖縄領有権」も認めていないので、主張と恫喝は今後エスカレートするでしょう。彼らは9条を日本をフルボッコにするチャンスとしかとらえていないのです。
 他ならぬアメリカの専門家でさえも、日本に9条を制定させたことを「先見性がなかった」と評しています。

    長らく日本社会は米国の安全保障の傘下に置かれ、73年の平和を享受してきた。このため、自国防衛能力を刷新する必要性をまだ認識できていないかもしれない。平和主義の深化により、日本の一部世論は、日本が海外における戦争に巻き込まれることに反対している。
    しかし、この平和は、日米安全保障条約の下で保障されている。米軍には日本をあらゆる状況下で保護する義務があるが、日本は同じことをする義務はない。
    1947年当時、マッカーサー元帥と日本政策担当者たちは、日本が現在見るようなアジアの安定を確保する上で重要なパートナーになることを予見していなかった。このため、9条は近視眼的だったと言える。(出典:憲法9条には先見性がなかった 日本には正規軍が必要=米専門家,大紀元電子版,2019.7.3.,
    https://www.epochtimes.jp/p/2019/07/44452.html)

 この「アメリカは日本を護るが日本はアメリカを護る義務がない」という片務性は「もしトラ」で話題沸騰のトランプ前大統領も指摘していたことであり、多くのアメリカ国民が同じ考えを抱えているならば日本の安全保障は根底から覆ることになります。何せ在日米軍の補完としての活動を前提に自衛隊は組織されているわけです。巷でも増長する中国に関して「米中戦争の危機」などと他人事で、日本はそれに巻き込まれないようにすべきという主張さえあります。実際はアメリカが「日本と中国の戦争に巻き込まれる」ことに戦々恐々としており、抑止のために日本の防衛力向上に期待をかけているのが「現在のアメリカ」なのです。

 所々に影を落とす9条被害

 以上の話を聞いても「そもそも何が問題なの?」と疑問に思われる方がおられるでしょう。「いざというときは自衛隊ちゃんと戦うっしょ」と嗤う人もいるかもしれません。なら9条による具体的な弊害をご紹介していきます。
 まず、最も弊害を被っているのは自衛隊です。自衛隊自衛隊法を根拠に活動をしている訳ですが、その内容は「できる事」を細かく羅列したポジティブリストとなっております。一方、米軍をはじめとした海外の軍事組織は全てネガティブリストで動いています。ネガティブって言葉は悪いイメージをしてしまいそうですが、その肝は「やってはいけない事」を単純明快に並べ、それ以外はすべてやって防衛に当たれというスマートさにあります。
 例えば敵のミサイル一発飛んできただけでも、海外の軍は探知次第即撃ち落とせますが、わが自衛隊は「防衛大臣内閣総理大臣の承認を得て……」などと行政手順を踏まなければならず、その間に着弾☆というコントみたいな状況にあるのです。それも自衛隊が「警察予備隊」をルーツとして警察に倣った法体系を採用したためです。変えようにもそれが自衛隊を「軍」と認めることになるため「マッカーサーの呪い」にかかった人たちが頑固として阻止してくるのです。

 また尖閣諸島問題においても、自衛隊法第80条の「必要とあれば海上保安庁防衛大臣統制下における」も、海上保安庁法第25条の「海保は軍に属さない」によって妨げられる状況にあります。これを改善しようと一昨年に安保三文章改定で有事において海保を防衛相の統制下に置くことが明文化されました。

 3文書のうち最上位に当たる「国家安全保障戦略」は、「安全保障において、海上法執行機関である海上保安庁が担う役割は不可欠」「海上保安能力を大幅に強化し、体制を拡充する」とした上で、自衛隊との「連携・協力を不断に強化する」と明記した。防衛の目標と達成手段・方法を記した「国家防衛戦略」では、有事の際に防衛相が海保を統制下に置く「統制要領」の必要性に触れ「連携要領を確立する」と踏み込んだ。(出典:自衛隊、海保との連携「非軍事性」ハードル,産経新聞電子版,2022.12.21.,https://www.sankei.com/article/20221221-MYBZHNNQVZN6TOXFXAUTSFBNPE/)

 引用元の産経新聞の記事では25条の影響で「掛け声倒れ」の懸念が指摘されています。同条文は「海保の9条」とも言われ、それを守る強い抵抗勢力が伺えます。これも「マッカーサーの呪い」の最たるものでしょう。

「困るのは自衛隊じゃん。外交で解決すれば」と思ったそこのあなた!はい、手を挙げて!そう、あなたですよ?怒らないから。

 実は外交にも9条の弊害はしっかり表れております。ただニコニコして仲良くして日本が支援金を出して……と言ったことはできても、ロシアに北方領土を、韓国に竹島を不法占拠されたまま進展がありません。それどころか中国に尖閣を狙われる有様です。さらに北朝鮮に拉致された横田めぐみさん達をいまだに取り戻せず、被害者家族の方々が会えぬまま老いていくばかりです。国の領土と国民の命がかかっているのに「外交で解決」できないのです。
「これらは難しい問題だから仕方がない」と思われますか?いいでしょう。これはどうですか?2021年、アメリカやイギリスが中国のウイグル人への人権侵害について「ジェノサイド」認定しましたが、日本政府は「認定しない」発言をして物議をかもしました。

 米国務省が中国による新疆ウイグル自治区での行動を「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定したことを巡り、外務省の担当者は26日の自民党外交部会で「日本として『ジェノサイド』とは認めていない」との認識を示した。出席した自民党議員からは「日本の姿勢は弱い」などの指摘が相次いだが、外務省側は「人権問題で後ろ向きという批判は当たらない。関係国と連携しながら対応していく」と理解を求めた。(出典:政府、中国のウイグル弾圧を「ジェノサイドとは認めず」 米国務省認定と相違,毎日新聞電子版,2021.1.26.,   https://mainichi.jp/articles/20210126/k00/00m/010/145000c

 その根拠として当局が主張しているのは「ジェノサイド条約に入ってない」であり、その理由が憲法9条です。いかがです?日本の「平和憲法」が弾圧されるウイグル人を見て見ぬふりさせるのです。それって本当に「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」してるんですかね?

 本当の平和憲法を目指して

 敗戦直後、9条が重要な役目を果たしたのは否定しません。当時日本は世界の孤児であり、力による現状変更を試みる「ならず者国家」だったのですから。周辺地域は強い日本を恐れ、何よりもアメリカ自身もその復活を何が何でも阻止することに血道を注いでいたのです。そんな中では「私はあなたの脅威にはなりません」という明確なメッセージが必要であり、そんでなければ天皇制廃止や本土分割という要求を押し付けられる可能性がありました。アメリカも日本には戦闘機開発はさせず、軽工業までに留めた弱小国にするつもりでしたが、朝鮮戦争での需要の高まりから工業化を許します。その背景に憲法9条が重要な働きをしたともいえるでしょう。よく日本共産党が主張する「憲法9条の活用」はすでに行われていたのです。
 しかし時は移ろいゆき、情勢は変わります。もはや日本に軍国主義の面影はなく、アメリカも世界を管理し続けるのも限界が訪れました。それに乗じて中国とロシアが台頭し、新たな覇権主義を振りかざしています。中露が中長期的に画策しているのは両国の生存圏拡大であり、ユーラシアとアジアにおける勢力図の変更です。もっと具体的に申し上げればアジア太平洋から米軍が出ていき中露両軍がそれに取って代わり、最終的には両軍が「日本に駐留」することになります。日本が9条を堅持するならば、それを受け入れることになり、それはアジアにおける「民主主義の完全なる死」を意味します。
 4月11日、国賓待遇として訪米していた岸田総理が米上下両院議会で演説をしました。9年前の安倍総理以来でその時がスタンディングオベーションの大盛況だっただけに個人的に不安でしたが、見事大成功を収めたようです。

 首相の演説は英語で約35分間行われた。議場が最も沸いたのは、日本が米国と共に、国際秩序を守る決意を語った時だった。「日本はすでに、米国と肩を組んで共に立ち上がっている。米国は独りではない。日本は米国と共にある」と語りかけると、議場は大きな拍手に包まれた。(出典:岸田首相演説「日本は米国と共にある」、十数回のスタンディングオベーション…米議会分断もチラリ,読売新聞電子版,2024.4.12.,https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240412-OYT1T50080/)

 岸田総理と安倍総理の演説内容をそれぞれ読んでみれば「これはアメリカの心を掴みに来ているな」とはっきり伝わってきます。安部さんが「希望の同盟」で日米の未来を提唱し、岸田さんは共に世界の秩序を護る「グローバルパートナー」へ昇華させました。この両演説は日米同盟の深化で一貫しており、中露の望む勢力図の変更に抗するものです。今後中露両国との外交は厳しいものになると予想できます。

 最後に彼らの演説を読んで気が付いたことがあります。演説の内容はアメリカの役割を日本も担うことが言及されており、護憲派に言わせれば「9条精神に反する」ように見えますが、語られている理念はむしろ日本国憲法前文の精神を代弁していることです。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」の下りは保守派にはお馴染みのなじりネタですが、その次の「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」の部分は今の中露に真っ向から刃向かう動機付けになり、「名誉ある地位を占めたい」はまさにそれを主導するアメリカのグローバルパートナーそのものです。さらに「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」は積極的平和主義であり、左翼が違憲と主張する集団的自衛権に該当するのではないでしょうか?そして我々国民は「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する」ことを誓わされているのです。こう考えれば「日本を戦争に巻き込む」などと批判される安部・岸田両政権で進められる全力をあげた日米一体化も憲法に従った結果といえます。
 しかしこのままでは77年越しに残された「マッカーサーの呪い」によって、日本の安全保障政策は深刻な自己矛盾に陥ってしまいます。憲法前文の「崇高な理想」のために足かせとなる9条を死文化するか、9条を守るために中露の「専制と隷従、圧迫と偏狭」に屈するかのどちらかを選ばなければならなくなるのです。このパラドックスをクリアするためにも、変えるべきところは変えて「本当の平和憲法」を作りませんか。