ハトヤブの考察レポート

世の出来事の根本を掘り出して未来を予想する

日中関係改善は幻想

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。年の瀬も近づく中、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
 2024年11月に発足した第二次石破内閣は少数与党ということもあって前途多難であり、当面内政では国民民主党立憲民主党との駆け引きが繰り広げられると予想します。外交面においても11月15日にアルゼンチンで2日間にわたり行われたAPEC首脳会議では礼節を欠く行動が散見されるなど、まるで「地雷」というべき醜態を表しております。もともと党内野党としてブイブイ言わせてきたこともあって首相としての品格を磨くのを怠っていたと言われても仕方がないでしょう。
 一方で石破外交において日中の接近が明確になっています。10月10日のラオスで開かれたASEAN会議において中国の李強首相と会談し、APECでは晴れて習近平国家主席と会談できた石破さん。その後かねてから懸案になっていた日本人の中国短期ビザ免除が実現したこともあって、それらを「成果」を自画自賛しております。また多くの日本メディアも「今がチャンスだ!日中関係改善へ」と主張し、方や保守派は「中国がにじり寄っている、気をつけろ!」というスタンスをとっています。

懐疑的な専門家たち

 しかし私の見方は違います。あくまでイメージですが、すり寄っているのは「国家観と外交戦略が欠如した石破政権」であり、中国はそれを警戒しながらも取り込みを図っているのが実情です。はっきり言って今後の日中関係は不安定さを増すことが確実に予想されるので、この「改善空気」は早くて一か月、遅くても半年くらいで崩壊するでしょう。これは決して嫌中論ではなく、大局的な考察の結果導き出された推測です。
 それを語る前に日中関係の専門家の意見をご紹介します。それも嫌中論客ではなく、むしろ親中派と呼ばれた論客や、アメリカと距離を置く人たちです。驚くことに彼らは一句同音で日中関係が安定することに懐疑的な考えを示しており、その不穏な行く末を感じ取っているのです。
 まずは拓殖大学海外事情研究所の富坂聰教授から。一時期中国崩壊論寄りであった彼は2012年に転向し、今は欧米の没落を予想した上で対米追従の日本を批判する親中論客となっております。そんなは彼は11月のAPECでの日中首脳会談について日本のメディアを「自意識過剰」と突き放した上で、中国中央テレビでの報じられた国の順番を指摘しております。

 まず韓国の尹錫悦大統領との会談を長い時間を割いて報じた後、チリのガブリエル・ボリッチ大統領との会談が流れた。続く3番目にはタイのペートンターン・シナワット首相との会談。4番目はシンガポールのローレンス・ウォン首相。5番目にはニュージーランドのクリストファー・ラクソン首相との会談で、6番目にやっと石破首相だったのだ。
 信じられないことに最後尾だ。
(出典:富坂聰,自意識過剰の日本を尻目に、本格的ジャパン・パッシングに走る習近平政権,yahooニュース,2024.11.23., https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7f10d9b8286852c1b81db4185992a8b3cd883400)

 富坂氏によればこの順番こそが「中国が重要視している国」の順番とのこと。日本が韓国よりも後に報じられていたことに彼はショックを隠せないようです。
 次に中国問題グローバル研究所の遠藤誉教授です。彼女は親中とは違う中国観を持っておりますが、アメリカにも批判的な立場を持つ論客です。遠藤氏もまた中国メディアでの報道順番で日本の重要度が低く扱われていることを指摘した上で、習近平国家主席の表情に着目しました。

 石破首相の一貫した仏頂面は、くり返すまでもないが、当然のことながらCCTV4の報道をご覧になれば明らかなように、会談中に習主席が一度も笑みを見せなかったのは石破首相との会談の時のみである。両脇を固める中国政府高官も、険しい表情を見せたのは石破首相との会談の時のみだった。(出典:遠藤誉,習主席にとって石破首相の重要性は最下位 ペルー2国間首脳会談,中国問題グローバル研究所,2024.11.17., https://grici.or.jp/5792

 石破首相が仏頂面なのは事前の外務省のブリーフィングで笑わないように言われていたからで、それを意識しすぎた結果です。冒頭で触れた「地雷」の結果にも見えますが、問題はもっと深いところにあると思います。それを理解すればこんな扱いになるのは当然だし、むしろ今後を考えると下手に好かれるよりマシだと私は断言します。

考えなしの安請け合い

 それはラオスで行われた首脳会談にあります。この時初めて対面した石破首相に対し、中国の李強首相は日中関係について「両国の発展は互いにとって挑戦ではなく、重要なチャンスだ」と訴え、対話と協力の強化を訴えました。一見すると和気藹々に見えるかもしれませんが、笑顔の裏でキッチリとくぎを刺す姿勢を見せています。

李氏は、日中両国の戦略的互恵関係の推進を日本側に求めたほか、サプライチェーン(供給網)の安定やグローバルな自由貿易システムを「ともに守る」と意欲を示した。米国が同盟国などと半導体の輸出規制など対中圧力を強めている中で、中国側への歩み寄りを求めた形だ。(出典:中国の李強首相「両国の発展は互いにチャンス」 石破首相に対話・協力強化を呼び掛け,産経ニュース電子版,2024.10.10., https://www.sankei.com/article/20241010-36AADIRQUVL4LPLGY7EVPK63VQ/)

 前回言及したようにアメリカは中国への高精度な半導体輸出への規制を強めており、日本はそれに協調している段階です。それに乗じるように台湾の半導体メーカーTSMCの工場を熊本に誘致したり、日本独自の半導体産業の再興を目指したりしているわけですが、日中友好のためにこの流れに逆らえと言われているのです。例によって日中改善を演出したい石破首相は考えもなしにこれを受け入れていますが、とんだ安請け合いになりかねません。もうすでにアメリカ議会から半導体製造装置の対中輸出規制の強化をするように圧力がかけられています。

米国の有力議員が日本に対し、半導体製造装置の対中輸出規制の強化を求めた。日本が行動しない場合、米国は日本企業に独自の規制を課したり、中国に輸出するメーカーが米国の半導体補助金を受け取れないようにする可能性があると警告している。(出典:日本に米議員が圧力、半導体製造装置の対中輸出規制強化求める,ブルームバーグ日本語版,2024.10.19., https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-10-18/SLKLJ5DWLU6900)

 こうした状況で日本側がどれだけ抵抗できるでしょうか?ほとんど難しいのではないでしょうか?一応何社か中国企業の例外を決めるように求めているらしいですが、それはレームダックのバイデン政権のうちであって、第二次トランプ政権では反中強硬派の布陣が作られているので通用するとは思えません。となれば指導者同士の直接対話しかありませんが、石破さんではとてもじゃないけど説得はできないし、少数与党である時点で相手にもされないでしょう。
 こんな状況だから中国側がにじり寄っているとみなすのはおかしいと思います。だいたい日本側の要求である日本産牛肉や精米の輸出再開はほぼスルー、中国軍情報収集機の領空侵犯についてもゼロ回答、蘇州や深圳で日本人が襲われた事件もはぐらかし、ALPS処理水の海洋放出に対する日本産水産物輸入規制については日本の報道では「再開で一致した」ことになっていますが、中国側は「順次回復させる」と言っているだけで未だに処理水を「核汚染水」と呼んでいるのが実態です。にも拘らず「日中は改善へ向かっている」とどうして言えるのでしょうか?大本営発表の間違いではないでしょうか?

やっぱり出た台湾問題

 そして決定的なのが台湾問題です。前回石破さんにとって重い問題になると予想したのですが、案の定でした。まず、外相同士の電話会談では戦狼の名手である王毅外相が岩屋毅外相に対してはっきりと「台湾を支援するな」と突きつけました。

中国の王毅(おう・き)共産党政治局員兼外相は9日、岩屋毅外相との電話会談で「日本が台湾問題における政治的な約束を厳守することを希望する」と述べた。中国国営中央テレビ(電子版)が伝えた。台湾の頼清徳政権への支援を行わないようクギを刺した形だ。(出典:中国外相、台湾問題で日本側にクギ 「日本は政治的な約束厳守を」,産経ニュース電子版,2024.10.10., https://www.sankei.com/article/20241010-ZYYXYAQ6OFPQ7O7FXBWFGCFVGM/

 政治的な約束とは一つの中国問題について日本が中国との国交正常化時に「台湾が中国の不可分の領土であることを尊重した」というわけですが、そもそも日本は「中国の主張」は尊重しても「台湾を力づくで併合する」ことに同意したことはありません。それはアメリカも同じであり、台湾の独立を支持したことがない一方で、力による現状変更を認めない姿勢をとっています。
 しかし中国側は習近平が「必ず中台統一する」と公言しており、一つの中国イコール「中国が台湾を併合する」という認識を既成事実化して台湾周辺で軍事圧力を高めている状態です。地理的に日本はアメリカの台湾防衛、東アジアの安定維持に重要な位置にあるので、片手で経済協力を深めつつもう片方の手で「アメリカとの連携を絶て」と脅しているわけですね。
 そんな中国に対して国家観無し、戦略無しの石破政権はその場しのぎのために新しい地雷を作ってしまいました。遠藤氏によると石破首相は日本は日中共同声明で定められた立場(一つの中国政策)を堅持する」と言っただけでなく「中国とともに挑発に対抗する」と約束してしまったそうです。問題の個所を引用します。

日方在台湾问题上坚持《日中联合声明》所确定的立场没有改变。日方愿同中方加强在国际地区问题上的沟通,应对挑战。
(訳:台湾問題については、日本は日中共同声明で定められた立場を堅持しており、変更はございません。日本は国際問題や地域問題について中国との意思疎通を強化し、挑発に対処していきたい。)
(出典:中華人民共和国外務省https://www.fmprc.gov.cn/zyxw/202410/t20241010_11505060.shtmlより)

 この「挑発」とはアメリカの台湾政策であり、日中共同でそれに対処するという意味になります。つまり石破政権は事実上アメリカの反中同盟から離脱すると中国に約束したことになります。

アブナイ二枚舌

 あまりに衝撃的なこの内容は日本のメディアでは全く報じられません。それは日本外務省が伏せているからであり、その主犯は岩屋毅外相であると遠藤氏は喝破しております。

日本国民に対しては、「日本はあくまでもアメリカと台湾の側に立っている」ことを明示するために、日中首脳会談の翌日に、李強首相に対する「石破発言」を相殺すべく、特に「日本は日台関係を重視している」旨、強調して見せた。だから実際の「石破発言」を日本の外務省ウェブサイトから削除させたと推測される。
岩屋外務大臣は、そして石破首相は、日本国民を騙したのだ。
(出典:遠藤誉,犯人は日本の外相か? 日中首脳会談「石破発言」隠し,中国問題グローバル研究所,2024.10.20., https://grici.or.jp/5699)

 もはや二枚舌というのも情けない大本営発表以外の何物でもないでしょう(薄々その傾向があると思っていましたが)。日本国民は騙せても他国にはすべてお見通しです。台湾はこのことに多いに失望を表明しております。政権に上がる前と後では言っていることが変わることがあると皮肉を込めて。

对此,前立委沈富雄11日在《少康战情室》表示,政治人物上台前讲一番话,上台之后又是另外一面貌。石破茂的名字里面有「破」字,但日中关系是斗而不破,不但不破,而且非常「茂」,非常友好。
(訳:これに関連し、元立法会の沈福雄氏は11日の「少康戦争室」で、政治家は壇上に上がる前には何かを言うが、壇上に上がった後の表情は違うと述べた。石破茂氏の名前には「断絶」という言葉が入っているが、日中関係は争っていても切れていないだけでなく、非常に「高く」友好的だ。)
(出典:石破茂会李强喊坚守中日联合声明 台日关系危险了?(訳:石破茂氏と李強氏は日中共同声明の堅持を叫ぶ 台日関係は危機に瀕しているのか?),中時新聞網,2024.10.11., https://www.chinatimes.com/cn/realtimenews/20241011005009-260407?chdtv)

 何を隠そう日本国民に対しても「総裁選後すぐに解散しない」と騙しているわけですから、驚くほどのことではないですが、この二枚舌はどう考えてもうまくいかないのは明白です。遠藤氏は中国は石破政権を操り易いと思っていると考えていますが、先述の「重要度の低い」扱いから考えても慎重的姿勢、もっと言えば「全く信用していない」のが本音だと思います。だって日本がアメリカの「挑発」に対して中国と共同で対処する?なら東シナ海での日米軍事訓練を拒否しますか?ただでさえトランプさんに会えなくてあわあわしているのに、そんな日本にとってもリスクとなるような行動はできないでしょう。
 この先、日米2プラス2が開かれた折には高い確率で「台湾海峡において日米は力を背景とした現状変更に反対する」と宣言することになります。その時こそ地雷発破! 岸田政権がそうであったように「中国の顔に泥を塗った」と大いに怒られることですね。日本人の短期ビザ免除も吹き飛ぶかもしれません。考えなしの親中には良い薬です。

トランプ次期大統領は「華麗なる敗北」を演出する

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。2024年11月5日、アメリカの大統領選挙にてドナルド・トランプ前大統領が選出されました。2016年に初当選し、2020年にジョー・バイデン現政権に敗れた彼は4年ぶりの再登板に何をするのか、多くの識者が様々な視点から多様な意見を発しております。いわゆる「もしトラ」として日本でも話題になりましたが、その政策は「不確実性」という認識が大半を占めております。
 しかしアメリカの大局という視点で見れば大筋の予測はできるのではないでしょうか? 今回は第二次トランプ政権においてアメリカはどうなるのか、国際外交に焦点を当てて考察していきます。

終わったアメリカの時代

 まずアメリカの大局とは何ぞやということですが、それは過去記事で解説したように、世界へ軍事展開していたアメリカが軍事介入に消極的になり、次々と撤収していくというものです。

 

hatoyabu.hatenadiary.jp

 

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 具体的にはオバマ政権時代にアメリカは「世界の警察」を辞め、第一次トランプ政権時代に孤立主義へ回帰、バイデン政権ではアメリカが主導する世界観が崩壊し中露の影響力が拡大する「多極化」が起こっています。それを象徴するのがロシアが始めたウクライナ大規模侵略とハマースの攻撃を受けたイスラエルのガザ掃討戦です。

 2022年2月に開始されたロシアによるウクライナへの大規模な軍事侵攻。侵攻はキーフ攻撃から始まり、その後はウクライナ全土にわたる激しい戦闘へ拡大し、多くの民間人が犠牲になり、数百万の人々が避難を余儀なくされました。現在はアメリカと欧州が主導してロシアに経済制裁を課し、ウクライナへの軍事支援や人道支援を行っている状態です。

 2023年10月、ハマースが行った大規模なテロ攻撃に対し、イスラエルが開始したガザ地区への大規模な軍事作戦。掃討戦はハマースの指導者やインフラを標的にした空爆から、ガザ地区での地上戦にまで発展しました。さらにシーア派武装組織ヒズボッラーや背後のイランとの空爆の応酬までエスカレートします。ガザ地区では深刻な人道的危機を引き起こしており、国際社会からの懸念が高まっています。

 総じて言えるのは、もはや湾岸戦争の時のようにアメリカが世界をけん引する時代はすでに終わっているということです。だからこそバイデン政権は同じ価値観を有する友好国、欧州や日本と協力しながら国際的か課題に取り組もうとしてきました。しかしそれでもアメリカの負担は大きいものでした。特にウクライナ戦争では経済的負担が大きく、インフレやそれを抑えるための緊縮による景気減速が課題となっています。

トランプ次期政権がやること

 そんな中で再登板が決まったトランプ氏がすることはやはりウクライナ戦争の停戦でしょう。彼はCNNの番組にて「24時間以内に戦争を終わらせる」豪語しておりました。

来場者の女性から米国によるウクライナへの軍事支援を支持するかどうか尋ねられた中で言及した。トランプ氏は、現在自身が大統領なら「1日で戦争を終わらせるだろう」と述べた。
その上でウクライナのゼレンスキー大統領やロシアのプーチン大統領と会談するだろうと付け加えた。
「彼らは共に、弱みと強みの両方を持っている。24時間以内に戦争は解決する。完全に終わるはずだ」(トランプ氏)(出典:ウクライナでの戦争、「私が大統領なら1日で終わらせる」 トランプ氏,CNN,2023.05.11.,https://www.cnn.co.jp/usa/35203626.html

 なお彼は「自分が大統領だったか戦争は起きなかった」と主張しておりますが、その根拠はありません。ウクライナ戦争の背景にはアメリカの影響力の低下があり、それはトランプ氏も関わっているからです。そして「24時間以内に戦争を終わらせる」方法ですが、それはNATOに居ながら親ロシア寄りといわれるハンガリーのオルバン首相が簡潔に説明してくれております。

オルバン氏は10日遅くに放送されたハンガリーのテレビチャンネルM1で、「ウクライナが自力で立っていられないのは明らかだ」と述べた。
「もしアメリカが欧州諸国と並んで資金と武器を提供しなければ、この戦争は終わる。もしアメリカが資金を提供しなければ、欧州だけでこの戦争への資金をまかなうことはできない。そうすれば、この戦争は終わる」
また、ロシアとウクライナの戦争を終わらせる方法について、トランプ氏には「かなり詳細な計画」があると付け加えたが、詳しくは語らなかった。BBCはトランプ氏の陣営にコメントを求めている。(出典:トランプ氏再選なら「ウクライナに一銭も出さない」とハンガリー首相 米支援停止で戦争終結と,BBC news Japan,2024.3.12.,https://www.bbc.com/japanese/articles/cp4lzjx4w48o)

 何のことはありません。現在ウクライナがロシアと互角に戦えているのはアメリカの支援あってのことだから、それを止めれば「戦争は終わる」と言っているのです。トランプ氏は対話を重視する傾向があるため、ロシアとの直接的な交渉を提案する可能性が高いです。すでにその兆候は表れており、大統領に当選してまだ間もないうちから、当該国と「電話会談」をしています。

ワシントン・ポストによると、トランプ次期大統領は7日、当選から初めてプーチン大統領と電話で会談。フロリダ州の自宅マール・ア・ラーゴで次期大統領は、プーチン氏にウクライナでの戦争をエスカレートしないよう促し、欧州に相当な規模の米軍が配備されていることに言及したと、消息筋が話したという。
同紙によると、両氏はさらに欧州大陸での平和実現という目標について話し、トランプ氏は「ウクライナでの戦争を近いうちに解決」することについて協議するため、今後も会話を続ける意欲を示したという。
BBCはこの報道内容を独自に確認できていない。(出典:【米政権交代】 トランプ政権のウクライナ政策は…次期大統領はプーチン氏と電話会談と米紙報道,BBC news Japan,2024.11.11., https://www.bbc.com/japanese/articles/c774zxnj0k8o)

 ロシアはこの報道を否定しておりますが、ウクライナのゼレンスキー大統領とは電話会談がされていることがはっきりしていますから、信ぴょう性は高いでしょう。その背景はアメリカのウクライナ軍事支援をトランプ氏が見直す姿勢が影響しているのは言うまでもありません。

ウクライナが挑む露有利の停戦交渉

 トランプ氏がウクライナへの軍事支援を減少または停止することを表明している以上、それはロシアに対して有利な条件での停戦を促す結果になる可能性があります。ウクライナ側の防衛能力低下が予想されることで、ロシアが交渉において強い立場に立つことになるからです。
 日本では先の大戦の反動から停戦を無条件に主張する傾向がありますが、停戦交渉というものはその時の戦況が大きく影響します。戦況が有利なら有利な交渉を、不利なら交渉も不利になるのです。これが容易に戦争を辞めることができない心理をもたらしております。
 ただウクライナ側はアメリカが生殺与奪権を握れるので、それを行使することで停戦を促すことができます。一方のロシアは中国の経済協力や北朝鮮やイランの軍事協力を得ているとはいえ、戦時経済として成り立ってますから、まだまだ継続可能なのですね。だから必然的にロシア有利にならざるを得ないです。
 すでにアメリカメディアではトランプ氏が終戦案としてウクライナの領土割譲を念頭に置いていることが報じられています。

 報道によると、提案はいずれも、ウクライナにおけるロシアの占領地域は現状のまま維持し、ウクライナ北大西洋条約機構NATO)への加盟に向けた動きを停止することを推奨している。ウクライナ政府がNATOに少なくとも20年間は加盟しないと約束する見返りに、将来的なロシアの再攻撃に対する抑止力を高めるため、米政府が兵器供給を続ける案も浮上しているという。(出典:トランプ氏にウクライナ停戦への複数案 側近らが提示 米紙報道,毎日新聞電子版,2024.11.8,https://mainichi.jp/articles/20241108/k00/00m/030/097000c

 この類の報道は今後も増えることでしょう。ウクライナがロシア軍を押し返せない現状ではそうなる可能性が高いです。
 ただし、間違ってはならないのがこれをもってウクライナに対して「現実を見ろ、領土なんて諦めて降伏しろ」と言うべきではないということです。それは感情論ではなく「交渉事は話半分」であるからです。特に戦争に発展した場合、互いの要求は互いが容認できない規模に膨らんでおります。そこで片方が引き気味になったら、もう一方はさらなる要求を突き付けてくる可能性があり、かえって交渉が難航してしまう可能性があるのです。この場合、ウクライナが領土を諦める姿勢を示したら、ロシアはさらに踏み込んでくるでしょう。主要メディアは「プーチンの掲げる停戦条件はウクライナの東部4州の割譲とNATO加入の断念」としており、あたかもそれで戦争か終わるかのような表現をしていますが、あくまでこれは交渉を始めるための「条件」として出されていたものです。

プーチン大統領は「条件は非常に単純だ」と強調。ウクライナ東・南部のドネツク、ルガンスク、ヘルソン、ザポロジエ4州からのウクライナ軍の完全撤退を挙げ、「ウクライナがこうした決定の用意があると発表し、実際に撤退を開始し、NATO加盟計画を放棄すると正式に表明すれば、われわれは直ち停戦命令を出し、交渉を開始する」と通告した。(出典:プーチン氏、ウクライナに「最後通告」 NATO加盟撤回や4州割譲要求,ロイター通信日本語版,2024.6.15., https://jp.reuters.com/world/ukraine/DX5Y5FGRGJKRFG72SRH3S2SB64-2024-06-14/)

 因みにプーチン大統領が掲げているウクライナへの「特別軍事作戦」の目標は以下の三つになります。即ちこれらが終戦交渉の条件として提示されることになります。

ウクライナの非軍事化

 ウクライナの「非軍事化」とは武装解除のことであり、はっきり申せば「無条件降伏」です。こう聞くと思い浮かぶのが第二次世界大戦で負けた我が国に米国を中心とした連合国が要求したものですね。即ちすべてのウクライナ国民が武器を捨てて抵抗を止めるという意味であり、まさか自主的な努力義務で終わるわけはなく、武装解除を確認するため、一定期間は武器を持ったロシア兵の監視下に置かれることになります。つまりまんま「占領」です。
 戦争が起こった時から今も「ロシア軍によるウクライナ占領」は無理だろうと思っている識者が多いようですが、「非軍事化」は即ちそういう意味であることを理解するべきです。欧米の直接介入を絶対許さないロシアがウクライナ非軍事化を確約するのに多国籍軍を易々と受け入れますか?

ウクライナの非ナチ化

 次に「非ナチ化」ですが、識者の多くは現ウクライナ政権であるゼレンスキー大統領の退陣と考えているのが殆どです。もちろんゼレンスキー氏を戦争犯罪人として裁くつもりなのは間違いないのですが、それを「ナチス」なぞらえている点に問題があります。その意図は「ロシア国内の結束」の他に「ウクライナの非欧米化」の側面があるからです。
 ですから当然、代わりの政権は親欧米ではなくヤヌコビッチ時代のような親ロシア政権、すなわち傀儡政権にするのが狙いです。無論、すぐまたひっくり返されることがないようにロシア軍による監視が必要になると主張するでしょう。

ウクライナの中立化

 最後に「中立化」ですが、これは冷戦時代の我が国において反米を掲げる左翼が良く使う常套句で、その本質はやはり「非欧米化」です。先述の二つの要求も含めてすべて受け入れる場合、ウクライナは「武装解除」されて「非ナチ化」されなければなりませんので、スイスのような武装中立にはなりません。かといってまさか国連の平和維持軍を率先して受け入れるはずもなく、中立とは名ばかりの「ロシア化」になるでしょう。それがわかっているからウクライナ側は受け入れられなかったのです。

 とはいえロシアも全く疲弊していないと言ったら嘘になるので、ウクライナ側は不利な状態でも諦めることなくキリキリの交渉に挑むことになるでしょう。その時に最初から引け目だと交渉の幅が狭くなるので「全ウクライナからのロシア軍撤収」を第一目標に掲げる必要があるのです。

アメリカは華麗に敗北

 どんな結果になるにせよ、ただ一つ言えることはトランプ次期大統領がウクライナへの軍事支援を停止し、ロシアに有利な条件での停戦を促す場合、アメリカの同盟国やパートナー国からの信頼が低下するのは避けられないということです。アメリカの影響力が低下することで、中国やロシアがより強い影響力を持つようになり、国際的な秩序がより「多極」的な方向へ変化するでしょう。

 そして仮に停戦が実現してもロシアの目標が「ウクライナの完全支配」である場合、緊張は依然として続くことになります。そしてプーチン大統領自身が戦争によって政権を安定させている側面が強い以上、機が熟せば停戦合意を「ウクライナ側が破った」と一方的にケチをつけて戦争を再開するかもしれません。

 え?トランプさんがいれば戦争は起きないって?それは彼の濃いキャラクターに惑わされているだけです。かつて第一次トランプ政権の時にIS(自称イスラム国)を打倒したとして2019年にシリア北東部から米軍を撤収させましたが、同地域で活動するクルド人達がトルコ軍の攻撃を受けました。これは同国がクルディスタン民兵の活発化を憂慮したもので、国内で活動するテロ集団クルディスタン労働党(PKK)との結託を予防するためと言われています。その動きは事前に予測されており、トランプ氏もけん制はしていましたが防げませんでした。

 で、今となっては笑い話になるのですが、シリア北部に武力侵攻したエルドアン大統領に充てたトランプ氏の手紙が届き次第、即ごみ箱行きになっていたそうです。「エルドアン大統領、ずいぶん過激じゃないか」と思われるかもしれませんが、手紙の内容がこんな内容では相手にされなくて当然です。

トランプ大統領は書簡で、エルドアン大統領に対し、「いい取り引きをしようじゃないか! あなたは数千人の虐殺の責任を負いたくはないだろうし、こちらもトルコ経済の破壊の責任は負いたくない。でもそうする」と書いた。
「あなたが正しく人道的なやり方でこの状況を解決すれば、歴史に良い評価をしてもらえる。いい結果にならなければ、歴史は永遠にあなたを悪魔とみなすだろう。タフガイの真似はするな。馬鹿な真似はするな!(出典:トルコ大統領、トランプ氏の手紙を「ごみ箱へ」,BBC news Japan,2019.10.18.,https://www.bbc.com/japanese/50092919

 国家間の交渉は必ずしも高級な、紳士的なものを要求されるわけではありませんが、これほどまでフランクかつ独善的な内容では誰の心にも響きません。実際副大統領がアンカラでの交渉で5日間の停戦を約束させましたがエルドアン氏はクルド人の排除に妥協することはなく、結局はロシアの介入、そして国境付近からクルド人が排除されたことでようやく矛を収めました。アメリカの影響力低下はこの頃から顕著になっていたのです。
 なおシリア北東部撤収に対しての批判にはトランプ氏は「クルド人第二次世界大戦アメリカを助けなかった」と反論しております。

 トランプ大統領は10月9日、クルド人部隊を見捨て、シリア北東部に駐留する米兵を撤退させた自身の決断を改めて擁護した。クルド人第二次世界大戦アメリカを助けなかったからだという。
    (中略)
  9日の"第二次世界大戦"発言の直後、報道陣にシリアからの撤退やクルド人部隊の扱いは、他の潜在的アメリカの同盟国に対し、負のメッセージを与えたのではないかと尋ねられたトランプ大統領は、「同盟はものすごく簡単だ」と答えた。アメリカにとって、新たなパートナーシップを組むのは「難しいことではない」という。
    そして、「我々の同盟国」は「我々に大いに付け込んできた」とも述べた。
    (出典:John Haltiwanger,「同盟は簡単」「第二次世界大戦で我々を助けなかった」トランプ大統領クルド勢力を見捨てたとの批判に反論,BUSINESS INSIDER JPAN,2019.10.10.,
   https://www.businessinsider.jp/post-200340)

 実はバイデン大統領もアフガン撤退に対する批判には「自分の決定を断固として堅持する」と言って譲りませんでした。一見思想と内政では対極に位置しているトランプ氏とバイデン氏ですが、大局においては「アメリカが世界から引いていく」ことでは一致しているのです。違いがるとすればバイデン政権が人権や民主主義の価値を守ろうと訴えながらの「悲劇的な敗北」なのに対して、トランプ氏は偉大な決断によって戦争を終わらせたという「華麗なる敗北」を演出するということでしょう。

敗北を望むアメリカの事情

 なぜアメリカが「敗北」を選ぶのかについては以下の要因が考えられます。

厭戦感情

 アメリカ国内では、第二次世界停戦から長年にわたる戦争や軍事介入に対する厭戦感情が高まっていました。ベトナム戦争時代はもちろんのこと、イラク戦争アフガニスタン戦争の経験から、多くのアメリカ国民が新たな軍事介入に対して消極的な意識を持っております。このような感情が世論となり、アメリカの外交政策に影響を与え、戦争を避ける方向に働いているのです。これはトランプ氏もバイデン氏も関係ない要件です。

内向き

 トランプ氏の「アメリカ・ファースト」政策は、国際的なリーダーシップを発揮するよりも、国内問題に焦点を当てる傾向があります。よく彼が口にする「米国を再び偉大にする」というフレーズは必ずしもフランクリン・ルーズベルト政権以降の超大国アメリカの復活を指すわけでなく、モンロー主義時代のような独立性や国益を優先して繁栄することを目指しております。多くのアメリカ国民もそれを望み、アメリカの国際的地位が損なわれる可能性に無頓着になっております。

理想主義の敗北

 アメリカの外交政策は、しばしば民主主義や人権の擁護を掲げており、時にはそれを理由に軍事介入を行ったケースが少なくありません。ブッシュ・ジュニア大統領が始めた戦争も根っこには「世界を民主化する」理念があり、現場の兵士達はその理想のために戦っていました。
 しかしそれが現実に実現することはなく、逆に悪化することもあります。特に、パレスチナ問題や中東の人権状況に対するアメリカの対応が批判される中で、理想主義が挫折する様子が見られます。このような状況は、アメリカの介入への支持をさらに失わせる傾向をもたらしました。

国力のリソース配分

 超大国といえどもアメリカの国力は限られており、リソースの配分が重要です。軍事的な支援や気候問題などの国際的な支援に多くのリソースを割くことが強いられる中、国内の問題や経済的な課題への対処がおろそかになっている傾向があります。それは想像以上に多くのアメリカ国民の不満をもたらしていました。
 だからこそ今回の選挙ではトランプ氏に票が集まったのです。アメリカファーストを掲げている彼なら、国内の問題や経済的な課題にリソースを集中させることが期待でき、経済の再生や移民問題などに取り組んでくれるという期待が高まっております。

 アメリカはロシアや中国と違って「国家の権威」というものに強く依存しない傾向があります(全くないわけではなりません)。それゆえ従来の政策を覆しかねない「敗北」であっても、アメリカの繁栄のためになるのであれば、割と素直に受け入れる傾向にあるのです。

戦いはこれからです

 誤解してはならないのはこの「敗北」をもって終わりではないことです。むしろこれからが始まりといえるでしょう。繰り返すようにウクライナ戦争が停戦してもプーチン大統領が諦めない限り緊張は続きます。そして力を背景とした領土変更が公然と認められることで、冷戦以降の国際秩序が揺らぎ、他の地域でも戦争の危機が高まることになるのです。
 危機が高まる筆頭候補はやはり東アジアになるでしょう。2024年11月11日、ロシアと北朝鮮が同年6月に締結されていた「包括的戦略パートナーシップ条約」の批准手続きを完了させて正式な軍事同盟が成立しました。

 条約は6月に訪朝したプーチン氏と金氏との間で結ばれ、計23条からなる。第4条で、一方が武力侵攻を受けて戦争状態になった場合、「遅滞なく、保有するすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」と定めている。(出典:ロシアとの条約を北朝鮮が批准、発効へ 有事の際の相互支援定める,朝日新聞デジタル,2024.11.12.,https://www.asahi.com/articles/ASSCD003FSCDUHBI005M.html)

 現在北朝鮮の兵士がロシア兵に扮して露宇国境付近に集結しているという報道があり、本格的な軍事協力関係が成立したといえるでしょう。ウクライナ戦争が停戦になってもこれが解消されることはなく、ロシアからミサイル技術と戦闘技術、いくばくかの実勢経験を手に入れた北朝鮮がイキり倒すのは目に見えており、朝鮮半島有事の危機が急激に高まる可能性が高いです。
 台湾有事の危機も見過ごせません。つい先月の10月14日にも中国は台湾周辺で大規模な軍事演習を敢行しました。

中国人民解放軍で台湾方面を管轄する東部戦区は14日、台湾の周辺で軍事演習を同日実施すると発表した。台湾を取り囲む形となる海空域で、陸海空軍と戦略ミサイルを運用するロケット軍の兵力を動員する。
東部戦区の報道官は談話で、今回の軍事演習により「『台湾独立』分裂勢力」を「震え上がらせる」と表明。その上で「国家の主権を守り抜き、国家の統一を守る正当で必要な行動だ」と強調した。台湾の頼清徳総統が10日の演説で「国家の主権を堅持し、侵略と併呑を許さない」と述べたことに対する対抗措置とみられる。(出典:中国、台湾包囲し軍事演習 頼総統演説に対抗措置 「独立勢力を震え上がらせる」,産経ニュース電子版,2024.10.14., https://www.sankei.com/article/20241014-MHOPVZQLFBO6VGCTUWM5ON7ABM/)

 例によって日本のメディアは頼清徳総統の演説が気に入らなかったなどと書いていましたが、これほど大規模な演習を一人の人間の演説の内容の是非で決定することはありません。すでに2024年5月にも大規模な演習をしており、これを「連合利剣2024A」と称していました。で今回の演習は「連合利剣2024B」と称しており、もともと定期的にやる意思を示しているのです。いずれCもするでしょう。
 

2024年10月台湾周辺の中国軍軍事演習(報道資料を基に作成)

 その意図はけん制などというような生易しいものではなく、具体的に台湾の軍事的要所を念頭に置いた威圧演習であることがわかります。「いつでも武力併合できるんだぞ」と台湾国民に心理的圧力をかけるとともに、現政権に対して防衛上の負担をかけ続けるのが目的です。そして圧力に耐えかねた台湾国民が中国に宥和的な次期候補に投票するように仕向けるのです(詳細は過去記事にて)。
 日本も他人事ではありません。既に2021年には中露合同艦隊が日本周辺を周回し、その後も度々合同で演習を繰り返しております。そして最近は中国軍機とロシア軍機がそれぞれ日本列島の南と北で領空侵犯を敢行しました。

防衛省の発表によると、中国軍のY9情報収集機1機は26日午前11時29分ごろ、長崎県五島市男女群島沖で日本の領空内を飛行。これを受け、航空自衛隊が戦闘機を緊急発進させた。
領空侵犯は2分にわたり、空自が「通告と警告」を行った。NHKによると、信号弾の射撃など、航自による武器の使用は行っていないという。(出典:中国軍機による日本の領空侵犯を初確認 空自が「通告と警告」,BBC News 日本語版,2024.8.27., https://www.bbc.com/japanese/articles/c7v5mgl9pd1o)

 中国軍機の狙いは長崎県五島列島の一つ福江島にあるレーダーサイトだと予想されています。日本のレーダーの追跡能力、電波強度、有事に対レーダーミサイルで破壊する演習など、集められる情報を好きなだけ集めていったといったところでしょう。
 一方、ロシア軍機は三回にもわたって領空への出入りを繰り返しており、自衛隊機がフレアを発したのだとか。こちらはソビエト時代に沖縄上空、それも在日米軍基地上空を悠々と偵察しただけに大胆です。

木原稔防衛相は23日夜、北海道礼文島の北方上空を領空侵犯したロシア軍の哨戒機に対し、緊急発進した航空自衛隊機がフレアを発射して警告したと発表した。自衛隊がこれまで40件以上の領空侵犯措置をしてきた中で、フレアを発射したのは初めて。
木原防衛相によると、同日午後1時台から3時台にかけてロシア軍のIL─38哨戒機1機が3回にわたり領空侵犯した。航空自衛隊はF15、F35戦闘機を緊急発進し、無線で通告と警告をしたほか、3回目の侵犯時にフレアを発射した。(出典:ロシア軍機が3回領空侵犯、自衛隊機が初のフレア発射=木原防衛相,ロイター通信日本語版,2024.9.23.,https://jp.reuters.com/world/security/ADXMIIICCNOTXAK77XHRWKVICA-2024-09-23/

 同日に中露両軍の神庭関が航行していたことと夜間であったこと、そしてジグザク飛行していたことから対潜哨戒訓練をしていたと予想されております。自民党総裁選によって生じた政治的空白を狙ったと言われていますが、中露にとって日本の政治など蟻の一噛み程度にも感じられないので、今後も同じようなことは続くでしょう。

 今、私たちが見ているのはカッコつけながら萎んでいく「頼りないアメリカ」です。遠からず伝統的反米左派だけでなく保守派からも「離米」を主張する人が出てくると予想します。それが日本の自立に繋がるかどうかは、私たち次第ということになるでしょう。

石破外交を待ち受ける地雷原(2)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。2024年10月27日の衆院選により、自民公明の与党は大敗し過半数割れとなりました。躍進したのは国民民主党立憲民主党ですが、野党連立が組めないために石破政権が少数与党として続投する見通しです。いずれにしてもリベラル親中親韓よりが優勢であり、その価値観が外交に影響することは避けられないと考えるのが一般的です。

日韓関係も地雷原

 さて複雑化する国内政局は置いておいて、今回は日韓関係について触れていきましょう。岸田外交の成果の一つとして日韓関係改善がありますが、これは実のところ薄氷の関係であり、再び悪化に(しかもよりひどく)転じる可能性を秘めているのです。
 前回指摘させていただいたように石破政権は親中親韓と目されており、過去に韓国メディアに対し「納得するまで謝り続ける必要がある」と発言したことから韓国側では期待値が非常に高いです。

来年は1965年に韓国と日本が国交正常化に合意してから60周年となる。石破氏は「小渕・金大中(キム・デジュン)時代のような良い関係に戻ればよい」と述べたことがある。石破氏が望むように尹錫悦-石破体制で韓日関係をより一層強める未来志向的な里程標をどう提示するかに関心が集まる。尹錫悦-岸田体制で半分ほど入れたコップの水の残りを共に満たすことを期待する。(出典:【社説】石破新首相が「コップの半分」満たすことを期待する=韓国,中央日報/中央日報日本語版,2024.09.30,https://japanese.joins.com/JArticle/324339

 肝心なのはこの記事にも書かれている「コップの半分を満たす」というものです。その要望の成り行き次第で日韓関係が大きく揺さぶられることになるのです。

 日韓関係問題史

 ここで日韓問題についてざっと歴史をおさらいしてみましょう。
 1965年に国交正常化した日韓は日韓基本条約を結ぶとともに、日韓請求権協定を締結し、日本が無償3億ドル・有償2億ドルの経済協力資金を提供することで日本統治時代における保障と請求権問題を「完全かつ最終的に解決」としました。それには個人の請求権も含まれているとされていましたが、個別の問題について明確な取り決めがなく、特に慰安婦に関してはその範囲外であるという主張が1980年後半から出始め、日韓問題に発展します。その際は河野談話で謝罪するとともにアジア女性基金を設立して元慰安婦への補償と尊厳の回復が図られました。
 しかし朴槿恵政権において慰安婦問題は蒸し返され、再び日韓関係は悪くなります。韓国は少女像を各国へ設置し、慰安婦問題の国際的周知と日本への圧力を高めました。これに日本は反発するも、2015年には安倍政権が朴政権と慰安婦合意を結び、10億円を拠出することで「最終的かつ完全に解決」することとなりました。だが、朴大統領が失脚して成立した文在寅政権は再び慰安婦問題を蒸し返すとともに、2018年は所謂元徴用工に対する賠償を求める判決が出て日本企業へ賠償要求が突き付けられました。加えて韓国艦艇による自衛隊哨戒機への火器管制レーダーの照射事件が発生、日韓の信頼関係が失墜します。その後日本政府が韓国の輸入管理体制の不備を理由にホワイト国から韓国を外すと、韓国が対抗してGSOMIA破棄をしようとするなど、日韓関係は最悪の状態へ陥りました。
 その後、日米との関係を重視する尹錫悦政権が発足するとともに小康状態になりましたが、依然として問題は継続しておりました。日本としては所謂元徴用工の請求権は請求権協定によって「解決済み」であり、これを認めると協定の空文化をもたらし、両国の信頼関係が損なわれる危険があったのです。そこで尹政権は韓国企業による第三者弁済で解決金を元徴用工に支払うことを提案、岸田政権が輸出管理体制のホワイト国に韓国を戻し、日韓スワップを再開することで日韓関係は安定化しました。

 そして今年2024年10月末には判決が確定した15人のうち、所謂元徴用工の生存者13人全員が受け取ったそうです。しかしこれでは終わらないようなのです。なくなった2人について遺族が受け取りを拒否しているという問題もあるのですが、それだけじゃないようなのです。

 何が何でも日本から賠償を引き出したい韓国

 先ほど韓国紙が言及した「コップ半分の水」というのは第三者弁済法による韓国側の解決金のことを指しており、韓国側は日本に残りの半分を出すべきと主張しているのです。というのも所謂徴用工の13人は解決金は受け取りましたが、判決で出た賠償金について債権が依然として残っているというのです。

피해자 유족이 작성한 배상금 수령 동의서엔 당초 예상과 달리 ‘채권 소멸’에 관한 내용은 포함되지 않은 것으로 알려졌다. 재단 측은 “’채권 포기’를 명시할 경우 유족들에게 압박이 될 수 있다”는 점을 고려했다고 한다. 외교부 당국자는 “이번 해법은 대법원 판결에 따른 피해자·유가족 분들의 법적 권리를 실현시켜 드리는 것으로서, 채권 소멸과는 무관하다”고 밝혔다.

(訳:被害者の家族が準備した補償金を受け取る合意には、当初の予想に反して「保証金の消滅」が含まれていなかったことがわかっています。財団は「『保証金の放棄』を明記することで遺族に圧力がかかる可能性がある」という事実を考慮したとされる。外務省の関係者は、「この解決策は、最高裁判所の判決に従って被害者とその家族の法的権利を実現するものであり、債券の消滅とは関係ない」と述べた。)(出典:징용피해 유족 2명, 정부 '제3자 변제' 배상금 첫 수령,朝鮮日報、2023.4.13.,https://www.chosun.com/politics/politics_general/2023/04/13/ONIPPSLYY5ERFD6L5ODS2YA364/)

 原告側遺族への配慮を理由としておりますが、これでは法的な解決がされたことにはなりません。当然後で蒸し返されるのは間違いないでしょう。韓国側のいう残り半分は「こちらが誠意を出してやってるんだからお前も誠意を見せろ」という主張であり、請求権協定を理由に賠償金拠出を渋る日本への圧力です。もともと尹政権は第三者弁済の前には「基金」設立により日本企業からの拠出を促していましたから、何が何でも日本から賠償を引き出したい意思をありありと感じます。

 日韓は戦争していたことにされる!?

「でも第三者弁済が進んでいるし、日本が賠償するのは請求権協定に反するから大丈夫でしょう」と思われるかもしれませんが、韓国側はこれを掻い潜る妙策を既に考案し実行しています。それは所謂徴用工判決を下した韓国大法院が「日本の不法性」を強調していることです。
 客観的事実において日韓併合とその後の日本統治は国際条約によるものでした。しかし韓国ではナショナリズムの高揚とともに、これを不法行為であるとみなす動きが強まり、それが判決に反映されたのです。この主張は左派が強いのですが、尹政権の「解決策」もまたその影響の範囲内であるというのです。韓国史に詳しい宇山 卓栄氏は以下のように指摘しています。

 大法院は元徴用工の賠償権を認めるとともに、「日本の朝鮮統治が不法であった」とする「歴史に対する弾劾」を行いました。
 この「統治の不法」という論理をベースにすれば、慰安婦などの諸問題を「不法行為に対する慰謝料」という形で裁くことができるようになってしまいます。
 今日、尹政権は「代位弁済方式」と言っていますが、その前提にあるのは「不法行為に対する慰謝料」という概念であり、これ自体、文在寅政権時のスタンスと何も変わっていないのです。(出典:元徴用工問題、韓国が提案する賠償肩代わり方式の裏にある「落とし穴」,JBpress,2023.3.16.,https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74366)

 この「不法性」について日本が認める事態になれば請求権協定などもはや紙くずに等しく、韓国側はいくらでも慰謝料という名の賠償要求ができるということになります。というのも1968年に国連で「戦争犯罪及び人道に反する罪に対する時効不適用に関する条約」が採択され、人道犯罪には時効がないと取り決められました。だから韓国は慰安婦問題をSex slave(性奴隷)と主張していましたし、徴用工も「強制連行された労働」とすることで人道犯罪へ仕立てようといており、ほぼ成功を収めているのです。

 そしてこれにダメ押しをするべく尹政権が画策しているのが、新たな日韓の宣言だというのです。日韓関係に詳しい鈴置 高史氏は以下のように指摘しております。

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は新宣言について「仏独が1963年に結んだエリゼ条約のような不戦の誓い」と説明しています。日本が「韓日版エリゼ条約」に応じれば1910年から1945年までの間、法的には日韓両国は交戦国の関係にあり、併合ではなかったと認めることになります。つまり、「韓国は植民地になったことなどなかった」と日本も認定したことになるのです。(出典:「韓国が納得するまで謝る」イシバは“第2のハトヤマ政権”だ… 尹錫悦が期待する根拠,デイリー新潮,https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10151700/?all=1&page=2)

 実は文在寅政権ではそれまで韓国建国の日を李承晩が大韓民国政府樹立を宣言した1948年だったのを1919年に変更しました。これは1910年の日韓併合に反発して上海で結成された「大韓民国臨時政府」という抗日団体で中国国民党の傘下に属しており、国際的な承認は得られていませんでした。しかし文氏はこれを韓国の始まりとすることで日本統治時代を不法統治とし、日韓が「戦争状態」だったことにしようとしたのです。それを実質尹政権が引き継いで実現しようとしているのが実態であり、一つ踏めば仕掛けられた「爆弾」がすべて爆発する「地雷原」なのです。

 氷河期へ突入する日韓関係

 今後確実に石破政権は文氏と尹氏の仕掛けた地雷を踏みに行くでしょう。そしたら最後、日本は韓国と戦争状態だったことになり、請求権協定はおろか基本条約さえ塗り替えられて、際限なく賠償責任を追及されるようになるでしょう。しかも今度は日本側が国際法に則って韓国に賠償し続けなければならないというおまけ付きです。ことあるごとに韓国からの賠償要求が繰り返される場合、日本企業は、韓国におけるリスクを再評価し、事業戦略を見直す必要が生じるでしょう。これにより、韓国市場からの撤退や縮小が進む可能性があります。。
 一方韓国側は日本側に合法的に賠償と謝罪を要求できる関係に満足し、関係継続を望むかもしれません。しかし韓国の左派は、日本の譲歩を受けて、さらなる歴史的な謝罪や賠償を求める声が強まるかもしれません。譲歩が続くことで、左派の中には「日本はまだ十分ではない」とする意見が出てくる可能性があります。ついには日本海呼称や領土問題へとエスカレートしていく可能性があります。
 こうなると日本側は韓国との信頼関係が損なわれたと感じ国民の韓国へ対する感情も悪くなるでしょう。嫌韓は言うに及ばず、親韓の人たちでさえ失望するでしょう。「これさえすれば日韓関係はよくなる!」と言い続けて数十年、それが叶わないと悟った彼らの心情はいかほどのものでしょうか?
 ちょっと古い記事になりますが、2014年の産経新聞の記事でアジア女性基金に携わった故大沼 保昭教授が、慰安婦問題を蒸し返す朴槿恵時代の韓国を見て思わず漏らした感想です。

     ちょっと前の話だが、産経新聞の1日付朝刊政治面に「アジア女性基金の元理事『韓国に絶望』」という小さな記事が載っていた。元慰安婦に一時金(償い金)を支給したアジア女性基金の理事だった大沼保昭明治大特任教授が、慰安婦問題に関して韓国の報道陣にこう語ったとの内容だ。 「(強硬な姿勢を示す韓国に)失望し、ひいては絶望している」 大沼氏は、朴槿恵(パククネ)大統領がこれまで以上の謝罪要求を続ければ、日本社会で受け入れられる解決策を日本政府が提示するのは難しいとの認識も示したという。(出典:アジア女性基金元幹部の韓国への絶望、その元にまた朝日新聞,産経ニュース,2014.9.11,https://www.sankei.com/politics/news/140911/plt1409110007-n1.html

 念のために付け加えると大沼氏は保守に転向したわけでも嫌韓になったわけでもありません。安倍首相に「被害者のところに行って深々と頭を下げるよう」に提言したり他の左派政治学者と共に過去の政治談話を継承するように共同声明を出すほどのバリバリの親韓派です。そんな彼さえも韓国に対して「絶望」と言う言葉が出てしまったのです。
 2024年4月の韓国総選挙では革新系の「共に民主党過半数を上回る議席を獲得しております。その党首李在明代表(国会で逮捕同意案が可決されたそうですが)は反日強硬派として有名であり、彼が大統領になれば間違いなく日韓関係は氷河期に突入するでしょう。

父系一系は女性差別ではありません

※現在石破政権がどうなるかわかりかねるので、外交関連の話は保留にして皇室に関する私の考察と意見を述べさせていただきます。

 父系一系の天皇家

 現代日本天皇神武天皇から連なる男系一系とされています。"万年"一系や初代神武天皇のご存在に疑義を唱える者はいますが、王朝交代という大事件が明確に記録に残っているわけではなりません。百歩譲って継体天皇以降から数えても天皇家は人類史上最長の王朝と言えるでしょう。
 皇位継承が男系の男子とする今日の皇室典範を批判する者がいます。彼らが言うには過去に推古天皇など女性天皇が居たのに、現在の皇室で女系継承の余地を入れないのはおかしいという。しかしこれは歴史を知らぬ安直な思考と言わざるを得ません。
 これまでの歴史上女性天皇は確かに存在しました。しかし彼女らはいずれも皇族を父とする男系であり、その背景も天皇である夫の崩御や男系親族の継承までの中継ぎとしての役割を担っていました。一部の専門家は女性天皇の御子が即位した例を根拠に「女系継承はあった」と主張していますが、夫も皇族であり「父方を辿ればご先祖の天皇に行き着く」ために男系で一貫しています。というより局所的な継承ではなく、全体的な皇統を俯瞰して見るべきで、呼び方も男系ではなく父系と呼んだ方がわかりやすいでしょう。

 女性差別という勘違い

 日本皇室が何故男系に拘るのか? 現代は男女平等の潮流の中にあり、日本も女系を認めるべきだという女系推進論者もいます。2024年10月29日、国連女性差別撤廃委員会が日本に対して皇位継承に関わる皇室典範の改定を勧告しました。

国連の女性差別撤廃委員会は29日公表した日本の女性政策についての最終見解で、皇位継承を男系男子に限る皇室典範の規定にも言及。女性差別撤廃条約の理念と「相いれない」と指摘し、皇室典範の改正を勧告した。(出典:「男系男子、理念相いれない」 国連女性差別撤廃委、皇室典範改正も日本に勧告,産経ニュース電子版,2024.10.29.,https://www.sankei.com/article/20241029-MZID7BPSIBOEXC775G2L2NPRE4/)

 頭に国連とありますが、外部委託された専門家からなる委員会であって国際機関ではありません。そんなものが日本の根幹にケチつけること自体噴飯ものですが、そもそも彼らには重大な勘違いがあります。それは「女系容認イコール男女平等なのだろうか?」ということです。

 女系継承でよく引き合いに出されるのが欧州の王室です。例えば20世紀初頭のイギリスで、ビクトリア女王アルバートが結婚して次代の王エドワード7世が生まれており、オランダでもウィルヘルミナ女王がハインリヒと結婚して次代の女王ユリアナを産んでおります。これをもってして欧州で男女平等が進んでいると主張したいのでしょうが、この二例はいずれも女性解放が謳われた1960年代よりずっと前の出来事です。

 そもそも欧州の王室の婚姻事情は複雑であり、傍系を認めなかったり、王家同士や名門貴族との縁組(政略結婚)が多かったことも考慮に入れるべきでしょう。実際先述のアルバートもドイツの名門貴族であり、ハインリヒも大公家の出身でした。これは現代においても同じであり、前イギリス国王のエリザベス2世の王配フィリップもギリシャ王家の出身です(同時にビクトリア英女王の玄孫だったりします)。現スウェーデン王太子ヴィクトリアの配偶者のダニエルは純粋な平民出身ですが、結婚式時にわざわざ公爵の爵位を与えられております。

 もし日本がヨーロッパ流の皇位継承法を取り入れる場合、敗戦後廃止された華族制度を復活させることになり、憲法第14条の2の「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」を改正しなければなりません。それは旧宮家復権どころではない大議論を引き起こすことになるでしょう。なお旧宮家復帰についても同14条の「門地による差別」に抵触するという主張がありますが、それについてはブロガーのNathan様が詳細な考察と反論をしてくれております。

www.jijitsu.net

 男性版シンデレラが受け入れられない理由

 もっとも女系継承を主張している人はそこまでヨーロッパ式を求めているのではなく、女性皇族と民間男性の結婚を想定しているのでしょう。民間女性が男性皇族と婚姻したらその御子は皇位継承者になるのだから、逆も行けるだろうと。

 しかしそれは難しいでしょう。というのも現状女性皇族が婚姻後も皇籍に残るようにしても、慣習上男性が皇籍に入らないからです(特に最近は選択的夫婦別姓に前のめりですから余計に変わりません)。その場合、子供も皇籍に入らない可能性が高く、皇位継承権を得るには別途民間から皇籍に変えなければなりません。旧宮家復帰と変わらない議論が始まります。

 生まれたときに自動的に皇籍に入れられないのかって?言うのは簡単ですが実際は厳しいでしょう。保守派が反対するのは言うまでもありませんが、母が皇族という理由だけで子を皇籍に入れれば、事実上皇位継承のために民間人の父親から親権を奪ったような形となり、それはリベラルの立場からも受け入れられないでしょう。

 それを回避するには慣習に逆らってでも民間男性を美智子皇太后陛下や雅子皇后陛下のように皇籍に入れるしかありません。いわゆる婿入りというやつですが、民法上可能でも国民の理解を得られないでしょう。先ほど例に挙げたスウェーデン王室のヴィクトリア王女とダニエルの婚姻も当初は国王と国民の反発を呼んでいました。

 なぜでしょうか?その理由をおとぎ話を例に説明しましょう。一つ目は眠れる森の美女、二つ目は勇ましいチビの仕立て屋です。どちらも有名な物語であり詳細は割愛しますが、この二つの話は王家への婿入りの例として考察できる恰好の教材です。

 一つ目の眠れる森の美女は魔女に呪われた一人っ子の王女が他国から来た王子に見染められる話です。この場合、婿が王子なので国王夫妻は喜んで結婚を受け入れます。二つ目はチビと嘲笑される仕立て屋が、ハエを7匹殺した事がきっかけで召し抱えられて巨人を倒す話です。召し抱えられた経緯はただの勘違いでしたが、その後の努力と機転で王女との結婚を勝ち取りました。

 なぜおとぎ話と思われるかもしれませんが、それは女性が次世代を生む神聖な立場であるのに対して、男は地位と経歴の大きさが庶民の視点であっても重視されることを示唆しているからです。民間出身のお妃で形容される「シンデレラ」が男性に適応されない理由はここにあります。王子はただ百年の呪いが解けた城に入っただけなのに対しちびの仕立て屋は巨人を倒す必要がありました。
 実際に王となった平民の話を紹介しましょう。何を隠そう度々引き合いに出したスウェーデン王室のベルナドッテ朝の祖、ジャン=バティスト・ジュール・ベルナドッテです。18世紀から19世紀にかけてフランス革命ナポレオン戦争で軍人・政治家として活躍した彼は平民出身でしたが軍事と政治の手腕を買われ、当時後継者のいないスウェーデン国王カール13世の王位継承候補者の一人となりました。

 傾国の最中にあったスウェーデン人達にとってそれは期待を集める出来事であり、議会採決時はストックホルム中を巻き込む狂騒だったそうです。そうして摂政王太子となった彼は国民の期待に応えるようにスウェーデンを立て直し、ノルウェーを獲得するなど王国に大きく貢献しました。そして1818年のカール13世の死去と共に晴れてスウェーデン国王に即位するに至ったのです。

 もし仮に日本で女系継承が容認され、勇ましいチビの仕立て屋のように民間人が皇配(女性天皇の配偶者)として選ばれるようなことになったら、その男性や親族に英雄とまではいかずとも立派な経歴が求められるのは想像に難くありません。その証拠に2021年10月に小室圭氏と婚姻した眞子様の時も小室家の金銭問題が問題視されました。皇籍を離脱される前提の彼女でさえこうならば、逆に皇室に受け入れる皇配選定はそれ以上の騒ぎになるのは確実です。

 女系論争の末路

 女系論者の問題点は女系と女性天皇を混同していることです。「女性天皇は存在したが女系はない」という歴史的事実をありとあらゆるロジックでぶち壊そうとしているのです。その背景は愛子内親王殿下の人気でしょう。一日本国民として殿下が多くの国民に慕われておられることはとても素晴らしいことだと思います。しかしその人気にあやかって、一部の人たちが政治的な主張を通そうとするのは姑息と言わざるを得ません。
 これから彼女の婚姻が近づけば主張も騒ぎも大きくなるでしょう。本人たちにとっては「愛子天皇」実現のために必死なのでしょうが、日本の象徴としての役目を背負う殿下から見ればどう思われるか、彼らは考えたことがあるでしょうか?

 眞子様は小室家の金銭問題から波及した国民の反発を鑑みて、皇籍を出た皇女に渡される一時金を辞退し、宮内庁も「多くの人が納得し、喜んでくれる状況」でないことを理由に納采の儀などの儀式婚も執り行わない決定を下しました。この例を見れば、女系論争で加熱する国民を見る愛子内親王殿下がどんなご決断を下されるか、想像できます。国論を二分しかねない騒動を収めるべく前例に従って皇籍を離脱されるご決断をなさられるでしょう。「新しい家族との時間を大切にしたい」というお気持ちを述べられたら、もう誰も引き留めることはできません。

 だいたい眞子様のフィアンセ、小室氏のアメリカ留学費用や滞在費が「国民の血税から出されるのでは?」と週刊誌がスキャンダラスに躍っている時点で、もう駄目だと思いますよ。なんせヴィクトリア王女はダニエルを国王と国民に受け入れさせるために7年も王室に相応しい教養を身に着けるために勉強させたのです。 一流の教師陣を取り揃えて、外務大臣に歴史の授業を担当させて、当然費用はすべて国民の血税です!日本でやったら大炎上間違いなしです。

 伝統を守りつつ大らかなアイデア

 普段私たちは軽視しがちですが伝統って継続すればするだけ大きな価値を持つのです。一般人でさえ百年近く絵日記を書けば本として売れちゃいます。そして伝統は一度絶たれたら簡単には元に戻りません。無理くり女系継承を実現しても、それはもう神武天皇(もしくは継体天皇)から連なる天皇家ではなくなります。歴史の重みがなくなれば権威は徐々に薄れ、何のためにいるのかさえ怪しくなるでしょう(日本の左翼、特に日本共産党あたりはこれを狙って女系を主張しているに違いありません)。「象徴としての存在」「権力なき権威」を守ることが日本のアイデンティティーと民主主義を守ることになると私は強く主張します。
 旧宮家復帰に反対する人の主張としては「一度民間におりた彼らはいくら旧宮家でも民間人に過ぎず、皇族としての地位に相応しい立ち振る舞いができない」というのがありますが、彼らは菊栄親睦会という団体に属し、天皇皇后陛下ら皇族とも交流を続けているそうです。それに復帰といってもそのまま皇位を継承するわけではなく、継承権は次世代に譲り、生涯影ながら皇室を支える立場になる可能性が高いです。当然それは彼らの意思によるものです。自由で自己主張の強い民間男性には少々荷が重い使命だと思いませんか?
 他方で女性天皇自体の可能性はあっていいと思います。今上陛下や皇嗣殿下に何かあったときに皇后陛下が御譲位を受けられたり、宮内の皇女が次の天皇へ繋ぐために即位するのもありだと思います。男だ女だという議論ではなく「父方を辿ればご先祖の天皇に行き着く」を守りつつ、大らかなアイデアを出したらいいのです。

石破外交を待ち受ける地雷原(1)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。2024年9月27日の総裁選を制した石破茂氏が10月1日に第102代目内閣総理大臣に就任しました。兼ねてから「もっとも首相に望ましい自民党議員」として長年首位にいた人物ですから、宿願がかなったと思う人も多いのではないでしょうか? 彼は「安全保障通」を標榜しておりますが、政治信条的にはリベラルなものが多く、また緊縮派ということで高市氏を支持していた保守層からは悲嘆の声が上がっていたりしてます。

 空前絶後の親中親韓政権

 中でも対中国や対韓国に対しては宥和姿勢が強いとされ、彼が総裁に決まった瞬間から歓迎ムードだったりします。まず韓国から

聯合ニュースは、石破氏が日韓の歴史問題で「右翼勢力とは違う」認識を示してきたと指摘し、石破氏が過去に「日本は敗戦後、戦争責任問題を直視してこなかった」などと言及したことを紹介。(出典:韓国は石破茂新総裁を歓迎「歴史問題で関係こじらせない」 関係改善の流れ続くと評価,産経ニュース電子版,2024.9.27., https://www.sankei.com/article/20240927-QUI2IML27ZPUPFH6T2U2QIU33I/)

  中国も露骨に喜んで祝電まで送っております。高市氏なら送らなかったんでしょうね。その上でこう言っています。

習氏は、日中両国が平和共存や友好、相互利益の協力を進めることは、「両国人民の根本利益に符合している」と訴えた。昨年11月に習氏と岸田文雄前首相が合意した「戦略的互恵関係の包括的な推進」や、「新時代の要求に合致した建設的で安定した日中関係の構築」を進めることを日本側に呼び掛けた。(習近平氏が石破氏に祝電 「中国と歩み寄ることを希望」 日本との関係安定化継続の意向,産経ニュース電子版、2024.10.2., https://www.sankei.com/article/20241002-HBECKS46RZLPBJH7UVLMIQGBSI/)

 この「新時代の要求に合致した建設的で安定した日中関係の構築」というのが結構な曲者なのですが、それは後で触れます。因みに彼らの期待を認識してかどうかわかりませんが、組閣のメンバーも親中・親韓・親北朝鮮派で占められています。特に外相の岩屋毅氏は親中であり親韓を自任して記者の質問にこのように答えています。

 岩屋毅外相は2日の会見で、石破内閣が「中国、韓国寄り」との指摘が自民党内にあると記者団から問われ、「『嫌韓・嫌中』などと言っていたのでは日本外交は成り立たない」と述べた。(出典:日本外交「嫌韓嫌中では成り立たない」 中韓寄りとの指摘に岩屋外相,産経ニュース電子版,2024.10.2., https://www.asahi.com/articles/ASSB23G0FSB2UTFK01DM.html)

 岸田政権の時は林芳正氏が外相になって物議をかもしましたが、一応表向きは日中友好議連会長をやめるなどアクションをしていました。しかしこの岩屋氏は清々しいまでの開き直りっぷりです。彼のやばさは外国人パーティ券購入問題でも出ており、参議院議員青山繁晴氏が今年1月に開かれた政治刷新本部で外国人のパーティ券購入を禁止すべきだと提案したときにこんな反論をされたそうです。

その発言の中身は『私は逆です』と『むしろ例えば外国人にパーティー権を積極的に買って貰う方がいい』と『その方が開かれた党、開かれた日本になる』と(出典:【ぼくらの国会・第812回】ニュースの尻尾「空前の親中親韓内閣」,青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会,2024.10.1., 3:51-4:05,https://www.youtube.com/watch?v=Cot3pNZ-8Ow

 パーティ券は事実上の議員の資金源ですから、献金にも等しいわけで、外国人が買えば外国人献金と変わらなくなります。外国人献金が禁止されていますから、ガッツリ抜け道です。それを「開かれた日本になるため」と言ったら何のための法律かわからなくなります。こんなことを言った人が日本の外交を担うようになったのです。

 岸田政権も親中親韓

 保守派にとっては「絶望」という言葉も聞こえてきそうであり、不詳私も似たような感情を持ったりしましたが、考察を重ねると「絶望」するのは我々ではないかもしれません。まぁ、その前に衆議院選挙があるわけですが、それを無事乗り切った前提で石破外交がどんな「末路」をたどるのか一緒に考えていきましょう。
 まず多くの人が忘れていることがあります。それは岸田前政権も「親中親韓」だったという事実です。先ほど触れたように岸田首相は日中友好議連会長の林芳正氏を外相に起用しました。

 首相は茂木氏が幹事長に就任した翌日の5日夕には、さっそく安倍、麻生両氏に電話で林氏の起用案を伝え、理解を求めた。ただ、2人とも林氏が2017年12月から日中友好議員連盟の会長を務めていることなどを問題視し、「対中関係で国際社会に間違ったメッセージを与えかねない」と慎重な意見だった。(出典:「林外相」に理解求める首相、安倍・麻生氏は「対中関係で間違ったメッセージ」と難色 ,産経ニュース電子版,2021.11.11., https://www.yomiuri.co.jp/politics/20211110-OYT1T50207/)

 今は亡き安部さんが指摘した通り、国際社会では宥和と受け取られ、中国外相との電話会談では訪中の打診を受け、ご本人は得意げにそれをテレビで話しておりました。

 林芳正外相は21日、フジテレビの番組で、18日の日中外相による電話協議の際、王毅(ワンイー)国務委員兼外相から訪中要請があったことを明らかにした。応じるかどうかについては、「現段階で何も決まっていない」と述べるにとどめた。(出典:林芳正外相「中国側から訪中招待」 日中電話協議で 応じるかは未定,朝日新聞電子版,2021.11.21.,https://www.asahi.com/articles/ASPCP4W02PCPUTFK002.html)

 後述しますが当時は中国の香港国家安全法の施行やウイグル人に対する人権侵害が国際的非難を浴びていて、2022年2月に行われる北京冬季五輪に政府関係者を送らない「外交ボイコット」が計画されていた状況です。
 一方、韓国側も当時は反日文在寅政権ですが、歓迎の祝賀メッセージを送ってきています。

 岸田文雄氏の首相選出を受け、韓国の主要メディアは4日、「韓日慰安婦合意の当事者である自民党総裁が、日本の新首相に選ばれた」(中央日報)などと速報した。また文在寅(ムンジェイン)大統領は「韓日関係を未来志向的に発展させるために共に努力しよう」との祝賀メッセージを送った。(出典:文在寅氏「日韓関係を未来志向に、共に努力しよう」 岸田首相選出に,毎日新聞電子版, 2021.10.4., https://mainichi.jp/articles/20211004/k00/00m/030/110000c)

 御覧のように最近では一部の保守派にも評価されている岸田政権も元々は親中親韓政権だったことがわかります。ではその顛末はどうなったのか?これから見ていきましょう。まずは対中外交についてです。

 

 地雷だらけの対中外交

 北京五輪の裏で

 岸田外交について一番最初に何をしていたのか、覚えている人はあまりいないと思います。それは先ほど触れた2022年北京冬季五輪への対応です。習近平国家主席の威信をかけて進められていた一大事業ですが、香港で起きた民主化デモの弾圧やウイグル人に対する人権侵害が国際的非難を浴びており、平和の祭典を開くのにふさわしくないと異議が上がっていました。

     160を超える世界中の人権団体が連名で国際オリンピック委員会(IOC)に書簡を送り、2022年冬季五輪の北京開催を撤回するよう訴えていたことが11日までに分かった。中国政府による大規模な人権侵害が疑われる現状を撤回の理由に挙げている。
    IOCのバッハ会長あての書簡では、新疆ウイグル自治区チベット、香港、内モンゴルにおける中国政府の活動に言及。冬季五輪の開催国としてふさわしくない状況が確認されているとの認識を示した。(出典:22年冬季五輪、中国開催の撤回を 160超の人権団体がIOCに訴え,CNN電子版(CNN香港),2020.09.11,
   https://www.cnn.co.jp/showbiz/35159444.html

 これを受けてアメリカのバイデン政権は選手団は送りつつも政府関係者は出席させない「外交ボイコット」で対応します。これは1980年のモスクワボイコットのように五輪へ向けて日々練習に励んでいる選手たちの気持ちを尊重しつつも、中国の人権問題は座視しないという意思表示でした。それに対し中国側は「断固した措置をとる」と反発し、日本に対しては以下のような圧力をかけてきたそうです。

     まず、ぼくの責任で申しますけど、ぼくなりの情報活動でぼくは確認できていると思っているのは、中国からすさまじい圧力がかかっている。水面下で。その圧力が、中国はしたたかだから、非常にシンプルに圧力をかけていて、一言で言うと「アメリカを取るのか中国を取るのか、決めろ!」と。もう、曖昧は許さないと。その象徴として「北京五輪を支持」して、「支持」をはっきり言えと。それでアメリカやイギリスが匂わせているような「外交ボイコット」は絶対するなと、ちゃんと地位の高い外交使節団を送って来いと。つまり開会式閉会式に合わせてですね。特に開会式に合わせて。それでそれを通じて中国共産党としては日本がアメリカを取るのか中国を取るのかどっちの決断をしたのか判断すると。(出典:【ぼくらの国会・第251回】ニュースの尻尾「対中宥和はダメっ!」,青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会,2021.12.04.,1:20-2:21,
   https://www.youtube.com/watch?v=YMXH5kRfXec

 こうした情勢に対し、岸田政権は「外交ボイコットはするか」というメディアの質問に「日本の国益に照らして考える」として明言しませんでした。そして最終的に決定されたのは、閣僚からなる外交団の派遣は見送るも、日本オリンピック委員会JOC)会長の山下泰裕氏に東京五輪組織委員会会長である橋本聖子氏、そして日本パラリンピック委員会(JPC)会長の森和之氏を派遣することにしました。

 政府は24日、来年2月から中国で開かれる北京冬季五輪パラリンピックへの政府代表団の派遣を見送ると発表した。事実上の「外交的ボイコット」で米国などと足並みをそろえる。東京五輪パラリンピック組織委員会橋本聖子会長と日本オリンピック委員会山下泰裕会長、日本パラリンピック委員会の森和之会長が出席する。(出典:首相「自ら判断」 政府代表団派遣見送り,産経ニュース電子版,2021/12/24,https://www.sankei.com/article/20211224-C3ECY52AJJILVIW6JZZ5VYCOHM/

 国内メディアは「事実上の外交的ボイコット」と書き、安倍さんも「中国の人権状況に懸念を表明する同志国の戦列に加わることができた」と評価いらしていましたが、実態は少し違います。というのも派遣したメンバーのうち橋本聖子氏は閣外の人間ではあるものの国民の選挙で選ばれた国会議員であり、2021年に開催された東京五輪に出席した中国の苟仲文氏は閣僚級と呼ばれていますが、それは日本における「閣僚」とは異なり、国務院(日本でいう内閣)の直下に属する国家体育総局の局長でした。そして彼は中国オリンピック委員会主席を兼任しており、事実上五輪開催の責任者としてカウンターパートが成立してたんです。

 破綻した米中等距離外交

 こうした姑息な等距離外交をしていた岸田総理ですが、中国は喜ぶ一方でアメリカは不信を募らせました。その背景について青山さんはこのようにおっしゃっていました。

 でもっと具体的に言うと、これは誠に申し訳ないけど、林芳正日中友好議連会長を外務大臣にしたことについてアメリカが納得してないんですよ。それで僕はですね、例えば総理経験者と話していても「あの人事は間違いだ」と言う人はいてですね。で、一応岸田総理とも議論はしますから、これはもう言ってしまってますけど、やっぱり岸田総理は人と議論することもやぶさかでないのは本当ですよ。
 したがって日中友好議連の会長を任命したに等しいけど、それは会長は止めてもらっているし、中国と非常に林さん親しいのは事実だけど、アメリカの人脈もあるっということを少なくとも岸田総理は期待して、で岸田総理の本音は……これは僕は勝手に言いますけど、明らかに米中の間の仲介役になりたいんです。(出典:【ぼくらの国会・第264回】ニュースの尻尾「岸田総理、バイデン大統領はなぜ会わないか」,青山繁晴チャンネル「ぼくらの国会」,2022.1.11.,8:13-9-20, https://www.youtube.com/watch?v=ISyYOjkgKms

 岸田さんは宏池会の領袖でしたからハト派と呼ばれ、故加藤紘一氏の掲げた「日米中等距離外交」を志向していたということになります。マスコミからも「安部路線からの転換」と期待を込めて囃し立てられていただけに結構やる気だったんですね。しかし緊迫化していく国際情勢の中ではこうした「二股外交」は外交上の立場を悪くするリスクがありました。
 それは意外な形で表面化することになりました。2022年1月7日、仕事始めとともに開かれた日米2プラス2の閣僚会談において、両国の共同作戦の指針を確認した他、軍事研究への協力も確約し、近年中国やロシアが開発し配備した極超音速滑空飛翔体(HGV)に対抗する方針も明らかにしたうえで、中国の人権問題に懸念を表明し、台湾海峡の平和と安定を訴えました。

4閣僚は声明で、中国の新疆ウイグル自治区と香港における人権問題について「深刻な」懸念を示したほか、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した。(出典:日米2プラス2共同声明、中国の動きに懸念表明 台湾海峡の安定強調,ロイター通信電子版,2022.1.7.,
https://jp.reuters.com/article/idJPL4N2TN0FM

 これに対して中国は烈火のごとく反発し、担当の報道官が「中国の顔に泥を塗った」と口汚く罵りました。それもそのはず、見せかけの「外交ボイコット」で中国の顔を立て、中国の人権問題に対する懸念を表明する決議も散々先延ばしにして名指しも避けていたのに、アメリカとの閣僚会談で名指しで批判してしまったのですから。岸田さんとしてはバランスをとったつもりでしょうが、中国側にとってはアウトだったということです。
 さらにこの後はロシアのウクライナ侵略が始まり、日本はアメリカとともにウクライナを支持し、中国は中立を標榜しつつもロシアを支援したことで分断が加速しました。結果アメリカの不信は解消されたものの、中国との緊張は岸田さんの意に反して高まることになります。

 中国が求めていること

 ウクライナ戦争とともに分断化していく世界で岸田さんは日米関係を強化しつつも日中改善のアプローチを諦めませんでした。それが結実した唯一の例が2022年11月17日、APECが開催されたタイのバンコクで3年ぶりに行われた日中首脳会談です。日中友好50周年などという美辞麗句に支えられたこの会談では、一度は外された日中の戦略的互恵関係の推進で一致、「日中安定へ向けて」などという表記が新聞を賑わせました。

首相は会談で「日中関係はさまざまな協力の可能性とともに多くの課題、懸案にも直面している」と指摘した。香港メディアによると、習氏は「現在、世界は新たな不安定、変革期に入った。中国と日本は近隣、アジアと世界の重要国として、多くの共通利益と協力空間がある」と日本側に協力強化を呼び掛けた。(田中一世,3年ぶり日中首脳会談 尖閣・台湾で習氏に懸念伝達 建設的関係へ対話,産経ニュース電子版,2022/11/17,https://www.sankei.com/article/20221117-3FEAOWUE65IRVBQVDZFEZZZBMA/

 この時誰もが「日中関係は正常化する」と思ったことでしょう。しかし違いました。それを解くカギは岸田首相が「安定化」を強調しているのに対し、習近平国家主席は「変革」という言葉を使っていたことです。冒頭で石破新総理に祝電を送った時も「新時代の要求に合致した建設的で安定した日中関係の構築」と言っておりますね。岸田さんや石破さん、そして日本のメディアが「安倍政権以前の日中関係」に戻すことを目指しているのに対し、習近平は違ったヴィジョンを持っていることがわかります。日本のメディアだとここまでが限界なので日本語版中国メディア『人民網』での彼の発言を引用してその真意に迫ります。

 習主席はまた「中日両国は社会制度や国情が異なる。双方は互いに尊重し合い、相互信頼を深め、疑念を解消するべきだ。海洋や領土の紛争問題においては、これまでの原則的合意を厳守し、政治的な知恵と責任感をもって、溝を適切に管理・コントロールする必要がある」と指摘。
「両国の経済は相互依存性が高い。デジタル経済、グリーン発展、財政・金融、医療・高齢者ケア、産業チェーンとサプライチェーンの安定性及び円滑性の維持などの面で対話と協力を強化し、より高水準の強みによる相互補完と互恵・ウィンウィンを実現する必要がある。両国は各々の長期的な利益と地域の共通利益に着眼し、戦略的自律性と善隣を堅持し、衝突や対立を拒絶し、真の多国間主義を実践し、地域統合を推進し、共同でアジアをしっかりと発展させ、建設し、グローバルな課題に対処するべきだ」と強調した。(習近平国家主席が日本の岸田文雄首相と会談,人民網日本語版,2022/11/18,http://j.people.com.cn/n3/2022/1118/c94474-10173295.html

 翻訳ということもあり少し意味がずれる可能性もあり得ますが、原文のまま正確な訳であると仮定して解釈を試みた結果、かなり踏み込んだ要求が盛り込まれていることがわかります。
 それは三つの奇妙な言い回しにあります。一つ目は「溝を適切に管理・コントロール」という言葉です。普通、単に友好を語るなら「溝を無くす」と言うはずです。二つ目は「衝突や対立を拒絶」です。ここも友好を語るなら「衝突や対立を回避」もしくは「解消」になります。三つ目の「真の多国間主義」は日中関係との関連が一見不明です。
 しかしここ最近の中国のふるまいや不詳私が分析してきた中国論に基づけば、これを明確に説明することができます。
 まず、一つ目の「溝を適切に管理・コントロール」という言葉ですが、これは日中の互いに譲れない対立は継続していくことを示唆しており、主に日本に対して管理・コントロールを要求しています。わかりやすく言えば「(尖閣や台湾について)中国は譲らない、お前(岸田)は日本の右翼どもを抑えてコントロールしろ!」ということです。ストレートに言えば「俺様(中国)にあまりたてつくな」ということですね。
 次に二つ目の「衝突や対立を拒絶」ですが、これは「拒絶」とある通り日本にある事を拒絶するように求めているのです。それはアメリカとの連携です。トランプ前政権の時代にようやく中国の野心的な国家戦略に気づいて、バイデンの時代では人権問題に言及、習近平の強硬姿勢で本格的な対立になります。この時、習政権は国内ではひたすらアメリカとの対決姿勢を見せる一方で、国際社会では厚顔にも「アメリカが対立を作っている」と主張しています。これを勘案すれば、岸田さんに対し「アメリカの反中同盟を拒絶しろ」と言っていると解釈できるのです。
 そして三つ目の「真の多国間主義」ですが、これもアメリカと袂を切れと言う趣旨で共通しています。中国の弁においては今の世界はアメリカの「覇権主義」による一極主義であり、これを打開して「多極化」するべきだと主張しています。これが即ち「真の多国間主義」と言われるもので、要は民主国家であるアメリカを中心としない、非民主的なグローバル世界を創るということです。

 メッセージを聞き流す岸田政権

「そんなの拡大解釈じゃ」と思われたそこのあなた。中国側は新時代の世界へ向けた準備を着々と進めております。まず習体制以前の1990年から世界の「多極化」の重要性を強調し、アメリカ一極体制からの脱却を主張しております。習近平時代においても2015年の国連総会の場で「真の多国間主義」に言及したのち、一帯一路やアジアインフラ投資銀行(AIIB)など世界への影響力を広げる活動を行っております。
 そしてそれは経済のみに限らず軍事面での影響力拡大も進めており、目まぐるしい軍拡の他、南シナ海で活動の活発化、太平洋の国々との軍事協力を進めております。最近もはっきりとアメリカに対抗する軍事協力を提案するようになっています。

中国の董軍国防相は13日、多国間や2国間の防衛協力協定の締結に意欲を示した。米欧主導の国際秩序から脱却する「多極化世界」の実現を提唱した。米国に対抗する勢力づくりにつなげる狙いがある。(出典:中国国防相「防衛協定の締結を」 対米連携を呼びかけ,日経新聞電子版、2024.9.13., https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM1286X0S4A910C2000000/?msockid=05400b4f918d66c10fe31e5c90ff67ec)

 こうした中国の世界戦略を念頭にしてみれば「真の多国間主義」の意味が理解できると思います。従来は経済大国の日本と経済成長を優先する中国との互恵関係が成り立っていましたが、中国が経済力で日本を抜き、技術面でも凌駕しつつある今日では経済協力以外でのパートナーシップも求めようとしているのです。それこそが習近平の言う「新時代の要求に合致した建設的で安定した日中関係の構築」なわけです。
 しかし岸田政権はこのメッセージをすべて聞き流しました。日米同盟を強化してアジアと台湾周辺の安定を維持するために貢献しました。また経済安全保障という概念を持ち出し、アメリカの実施する対中国半導体輸出規制にも協調しております。そして台湾との非公式の関係も強化しております。会談ではヘコヘコするくせに、アメリカ一辺倒を変えないその姿勢は、中国にしてみれば童話で人を化かす「狸」のように見えるでしょう。だからこそ福島原発の処理水で経済制裁を課したり、日本周辺の軍事圧力を強化したりしているのです。
 当然これは日本側の立場を考慮しない独善的な考え方です。日本にとって日米同盟は安全保障上重要なものと位置付けており、地域が不安定になるほどそれを強化する必要に迫られます。これは自民党政権に限ったことではなく、あの民主党政権でも鳩山時代に日米関係が極端に冷却した反動で、今立憲の新代表に就任した野田佳彦元首相はアメリカの提案する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を「聖域なし」で丸呑みしようとしていましたからね。

 地雷だらけの石破外交

 こんないろいろと不安定な中で党内野党としてブイブイ言わせてきた石破さんがカジ取りするのですから相当に大変です。まず最初の山場は半導体関連です。すでにアメリカは高度な半導体素子やその製造に必須の工作機械の輸出に規制をかけており、日本やオランダが協調状態にあります。それに加えて半導体材料の輸出も規制する方針のようです。

米国が、中国に対する、先端半導体向け材料の輸出規制が日本にも及びそうだ。対象は、露光に用いるフォトレジストとフォトマスクである。2024年11月の米大統領選後に、米政府が日本に協力を要請するもようだ。(出典:半導体材料の対中規制、日本も対象へ 米大統領選後に,日経テックフォーサイト,2024.10.2.,https://www.nikkei.com/prime/tech-foresight/article/DGXZQOUC01CXK0R01C24A0000000)

 当然中国の反発は必至です。すでに工作機械の輸出制限に対しても「続ければ経済的報復措置をとる」と脅しており、さらなる圧力が予想されています。このアメリカが進める対中半導体規制。高度な半導体技術やそれを土台とするAI技術による兵器開発の抑止が目的とされていますが、大本はかつての日米の貿易摩擦同様、アメリカの主力産業が脅かされることが理由だったりします。むろん中国の経済規模を武器にした圧力工作への対策でもあるので、その主要な被害者でもある日本としては願ったり叶ったりの側面もあります。また半導体サプライチェーンの再構築に便乗して台湾の半導体メーカーTSMCの工場を熊本に誘致したり、日本独自の半導体産業の再興を目指したりもしていますから、中国の要求を優先したらこれらがどうなることやら。さぁて、石破さんはどうするでしょうか?
 台湾問題も見過ごせません。というより石破さんにとってかなり重い問題です。というのも総裁選前の8月13日に彼は台湾を訪問して頼清徳総統と会談しちゃってるんです(だから首相就任時には祝電を送ってきています)。

 自民党石破茂元幹事長ら超党派の国会議員団は13日、訪問先の台北で頼清徳(ライチントー)総統と会談した。台湾総統府によると、石破氏は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」とした上で、「民主主義陣営が共に抑止力を発揮してこそ、地域の平和と安定を維持できる」と語った。(出典:石破氏、台湾の頼総統と会談 中国念頭、「民主主義陣営」結束で一致,朝日新聞電子版、2024.8.13., https://www.asahi.com/articles/ASS8F2WDCS8FUHBI00SM.html)

 どこぞの回顧録では「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と言った岸田さんの言葉を批判していたそうですが、今は自分の言葉にしちゃっております。石破さんとしては外交を親中路線にするからバランスをとったつもりでしょうが、中国としては限りなく赤に近いイエローカードです。本日10月10日にASEAN首脳会議で中国と首脳会談するそうですが、相手からは「二度と台湾を訪問するな」「一つの中国政策を堅持しろ」「アメリカの台湾政策に組しないと誓え」と要求されるでしょう。首を縦に振れば台湾から「失望」表明がでて、アメリカとの連携にもひびが入ります。しかし首を横に振れば中国からは「反中」のレッテルを貼られることでしょう。まさに地雷原という言葉がふさわしい状況に立たされていることに石破さん自身が気付く日はそう遠くありません。

 次回は日韓問題について触れていきます。

日中関係の現状と将来(3)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。今回も前回の続きで日中関係の現状と将来について考察していきましょう。これまで経済界、学界、政界での親中派の例を取り上げ、彼らの思うようにいかなくなっていることを指摘してきました。では今後どのように展開していくのか?親中の言論者に着目して考察していきましょう。

 

親中論客の言い分

 では早速親中と目される論客たちの吊し上げ……いえ対中認識と価値観について著作を引用しつつ触れていきましょう。中国に良くない印象を持っている日本国民の中には彼らに対して「中国のスパイ」「売国奴」と呼ぶ方がいらっしゃいます。もちろん本物の工作員もいるかもしれませんが、実際のところほとんどは「利害関係によって惑わされた」被害者に過ぎないと私は考えています。これは前々回の孔子学院と同じく、彼らと中国の関係はフレンドリーから始まっていると考えられるからです。基本的に中国は都合のいい相手のみを重宝するため、中国関係で仕事をするとなったら「嫌われてはいけない」というのが最重要事項となるのですね。

 ただ彼らが中国に都合のいい情報を発信することが日本の国益のためになると信じ切っている人が多いのは見過ごせません。そこで彼らの中国観や世界観について検証するために、その言い分をツッコミも交えつつ紹介していきましょう。

 憂鬱な中国専門家

 まずウォーミングアップとして小原雅博氏の著作「東アジア共同体(2005年)」を取り上げます。外務省入省後、アジア局地域政策課長から在上海総領事まで様々な役職を経験している彼の主張は日中の経済関係を深めるというオーソドックスな日中友好論者です。そして強大化する中国でナショナリズムが盛り上がり「偉大なる中華民族の復興」を成し遂げつつあると認め、周辺国に中国脅威論が高まっていると認識した上で次のように書いていました。

    日本の基本戦略は、中国が国際社会の平和と繁栄に責任を担う大国となるよう慫慂し、中国が建設的に関与する形で透明で開かれた地域的枠組みの構築に努力することである。(出典:小原雅博,東アジア共同体,2005年,291頁)

 要は日本が中国を指南して日本側の価値観に基づく地域秩序のリーダーに仕立て上げよと言っているのです。こう言っては何ですがかなり上から目線ですね。強大化する中国に対し、図々しくも大国としての立ち振る舞いを教えてやると言っているわけですから。先進国としての意地ということでしょうか?その後、2018年の日経ビジネスでの小平和良のインタビューにおいて「中国は聞き耳持たない」と弱気になっちゃってます(後述)。

 超有名な元中国大使

 続いては民主党政権時代に在中国特命全権大使として有名になった丹羽宇一郎氏の著作です。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件で対中国の交渉役として活躍し、その後野田政権の尖閣諸島国有化に強硬に反対し、国民の顰蹙を買いました。その尖閣諸島問題の解決策として「中国の大問題(2014年)」で次のように書いています。

    私はまず「尖閣諸島不戦の誓い」を両国首脳が話し合えばいいと思う。ほかのテーマに踏み込めば、まとまるものもまたまらない。「不戦の誓い」だけをやる。つまり、この件については決して武器を取らないことを約束する。(出典:丹羽宇一郎,中国の大問題,2014.6.27,163頁)

 ここでもまた日本側の価値観の押し付けです。日本が憲法九条で戦えない事情を中国側に押し付けて「不戦を誓え」というのです。恐らく丹羽氏の意図は中国ーインド国境間で40年以上武器が使用されていなかったことを念頭に置いているのでしょう。しかしそれは両国が核保有国である都合上、無暗に紛争をエスカレートしたくない思惑が一致したからにすぎません。日中の場合エスカレートしたくないのは日本だけであり、中国は積極的ですからまとまる以前に一致することもできないでしょう。
 また、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、2020年6月に中印国境で両国兵士同士の「非武装的」な小競り合いで死者が出ました。

    インド当局は16日、中国と国境を争うヒマラヤ山脈地帯で両国軍が衝突し、インド兵が少なくとも20人死亡したと発表した。
    両国軍の衝突で死者が出たのは、過去45年以上で初めて。このところ両国の緊張が高まっていた。
    (中略)
    インドと中国の双方とも、40年間というもの銃弾が使われたことはないと主張。インド軍は16日、今回の衝突においても「発砲はなかった」と述べた。
    銃撃戦以外でどうやってこれほどの死者が出たのかは不明だが、戦闘には石とこん棒が使われたとの報道も出ている。(出典:インドと中国、国境付近で衝突 インド兵20人以上死亡か,BBC news Japan,2020.6.17,https://www.bbc.com/japanese/53074215

 人間というものは銃火器を使わなくとも戦争できるんです。付け加えて言えば尖閣諸島沖で中国漁船が日本の巡視船に衝突したのも銃火器を使わない「戦争行為」と呼ぶこともできます。したがって、丹羽氏の言う「不戦の誓い」なんて中国に受け入れられるわけがないんです。
 丹羽氏の日本本位の中国観は留まることを知らず、今世界を騒がせている習近平総書記については「北京烈日(2013年)」で次のように書いています。

    習近平新主席は、今のところ、「中華民族の偉大な復興の実現=中国の夢がいったい何を意味するものなのか」、その言動が気になるものの、将来は、私の知る限りにおいては信頼しうるリーダーになるのではないでしょうか。言動があまりにも飛び跳ねれば、それは世界中から顰蹙を買い、評価を失うでしょうが、それほど愚かでないことを私は願っています。(出典:丹羽宇一郎,北京烈日,2013.5.30,208-209頁)

 ……恐らくご本人が今この文章を見返したら恥ずかしくて赤面するでしょう。習近平総書記は「中華民族の偉大なる復興」として台湾併合を掲げ、今や世界覇権に堂々と名乗りを上げるようになっております。2019年暮れから始まった武漢熱騒動においても「世界は中国に感謝するべき」と宣い顰蹙を買っています。また香港に至っては「50年高度の自治を維持する」約束を無効だと言い放ち、香港国家安全法を定めて統制を強めるなど欧米の評価を大いに失っております。では彼は愚かなのかと問われれば丹羽氏は苦笑するしかないでしょう。「絶対有り得ない」という日本本位の考えを無意識に押し付けていたんですから。

 反米親中の元レバノン大使

 最後に親中論客というよりは反米論客に近い天木直人氏の著作「さらば日米同盟!(2010年)」から引用していきましょう。小原氏と同じく外務省経験者である彼は対米追従の日本外交のあり方に疑問を持ち、日米同盟を否定する論客として言論界に旅立ちました。そして「アメリカは日本を護らない」とした上でこのように書いています。

    中国の軍事力増強に対しては憲法九条を掲げて正面から言えばいい。何のための軍事力増強なのか、と。憲法九条を掲げた日本を攻撃できるのか、と。それを世界に堂々と主張するのだ。もっと国民生活の向上に予算を使った方が中国国民のためではないか、と。中国は返す言葉を失うであろう。(出典:天木直人,さらば日米同盟!,2010.6.21,224頁)

憲法九条が日本を守っている」と本気で信じている人ならではの典型的な発想です。保守派なら「お花畑」だと呆れるかもしれませんが、私に言わせればもはやエスノセントニズム(自民族中心主義)で自己中心的な記述です。なぜなら憲法はその国のあり方を決める法規でしかなく、他国がそれに配慮する義理は1ミリもないからです。中国側にしてみれば憲法九条はチャンスであり、動けない日本から思う存分資源を搾取した末にタコ殴りにしたとしても、誰からも咎められないし、罰せられる道理もないのです(日米同盟が生きていれば米国がアクションを起こしますが天木氏はそれを否定しています)。後半の「予算」云々に至っては公人からドロップアウトした彼だから許されるのであって、現役の外交官として公の場で発言したら先方から「内政干渉だ!」とブチギレられますよ。
 以上のように親中論客と目される方々は中国側の言い分を主張する一方、中国に対しては日本本位(自分本位)の価値観を一方的に押し付けて満足している裸の王様であることがわかります。これは中国側にしてみれば相手が独り相撲して勝手に後ろへひっくり返っているようにしか見えないのでさぞかし滑稽でしょう。

 変容する中国論

 先ほど親中論客の著作を引用して批評しましたが、その中国観は驚くほど日本中心的過ぎることがわかりました(てっきり身も心も中国に捧げていると勘違いされがちだからです)。けれど彼らの主張は時代と共に少しずつ変化しており、その行き着く先を見れば、日中の将来像が予測できるようになります。

  •  第一段階(1980年代):中国は発展途上国だ。支援し育てなければならない
  •  第二段階(2000年代):中国は大国になる。正しい方向へ導かなければならない
  •  第三段階(2015年以降):中国は大国だ。無益な衝突を避けながら共存共栄すべきだ
  •  第四段階(2020年以降):中国は超大国だ。日本は属国にされる

 第一段階の解説は割愛するとして本記事で紹介したのは時系列的に第二段階の「中国は大国になる。正しい方向へ導かなければならない」という主張になります。大国になる中国がどのような行動に出るのか? 多くの親中論客は日本にとって都合のいいように成長すると考え、そうなるように導くべしと対中連携を訴えていました。

 中国論者の憂鬱

 その当てが外れて弱気になっているのが第三段階「中国は大国だ。無益な衝突を避けながら共存共栄すべきだ」です。以下は先述した小平和良氏が2018年に日経ビジネスでのインタビューで語った見解です。

     中国がさらに力をつけ、自らルールを作るようになると、当然、自国の利益に反するようなルールは作りませんし、そのようなルールがもしあったとしても従いません。南シナ海の問題でも中国は常設仲裁裁判所の裁定に従っていません。ですから先ほど申し上げたようにTPPなどで周囲の国が結束して、みんなが守るべきルールを作らなければいけません。
    米国は中国の封じ込めに動き出していますが、日本が同じことをやろうとしても難しい。日本は中国も入ることができるような枠組みの構築に力を入れていくべきでしょう。(出典:小平和良,勢力均衡崩れれば中国は聞く耳を持たなくなる,日経ビジネス電子版,2018.7.6)

 彼の著作にあった「中国が国際社会の平和と繁栄に責任を担う大国となるよう慫慂」という主張がすっかり消え去り、日本は中国も入れる枠組みを構築せよとなっております。何のことはない、中国に勝ち目がないからルールを守らせることができない現実を見始めたというわけです。「みんなが守るべきルールを作らなければいけません」の言葉に哀愁を感じるのは私だけでしょうか?
 このように日本中心からいつの間にか中国中心になっていく論調に私たちは気を付けなければなりません。なおも「価値観が合わずとも経済で連携を」と彼らは言いますが、前々回申し上げた通り、将来的に中国は製造大国として日本のライバル的存在になります。そして中国はその製造力をてこに軍拡を推し進め、その圧力によってさらなる譲歩を日本に強い、自国にとって都合のいい地域秩序の枠組みへ変えていこうとするでしょう。その行き着く先が第四段階「中国は超大国だ。日本は属国にされる」です。

 ついに出始めた属国論

 その兆候を御覧に入れましょう。経済学者の加谷 珪一氏は今の製造上中心の産業構造に頼る日本は中国経済の取り込まれるとして次のように主張しています。

ここでは人民元経済圏に取り込まれるという穏やかな表現にしましたが、現実はもっと厳しいものとなるでしょう。日本が人民元経済圏に取り込まれてしまった場合、日本は経済活動の多くを中国にコントロールされてしまいますから、場合によっては中国の属国のような地位に転落してしまう可能性も否定できないのです。(加谷 珪一,「このままでは中国の属国になる」最悪シナリオ回避のため日本に残された"唯一の選択肢" ,プレジデントオンライン,2021.7.23., https://president.jp/articles/-/48073)

 記事で加谷氏は日本を消費主体にし高付加価値の製造業以外を他の産業(サービス業)へ誘導することによってこの問題を解決できるとしています。中国に対しては輸入主体になることでその干渉を抑えることができるとしています。
 一見論理的に通っているように見えますが、彼は輸出と輸入の二元論にこだわっており、中国企業の国内進出における安全保障上のリスクを考えていません(アメリカの対応はそこにあります)。また輸入主体であっても中国経済に依存していることには変わりなく、貿易赤字は国富の流出を意味するので、最悪日本人が中国へ出稼ぎするシナリオも考えられます。それを防ぐには国内産業の保護、新規産業分野への参入推進、中国以外の国との多角的な経済協力も考慮に入れるべきです。

 したり顔な敗北主義

 次にご紹介するのは解剖学者の養老孟司氏と脳科学者の茂木健一郎氏、批評家の東 浩紀の鼎談で親中論客とは少々異なりますが、災害に見舞われる日本の将来について養老氏から「中国の属国として生まれ変わる」という極論が出ています。

養老 そうですね。食料がない、エネルギーがない、となったら買わなければなりません。それが今年のように食糧難だ、エネルギー不足だ、円安だというときだと余計にお金がかかる。そのときに大きな額を日本に投資してくれる国があるとすれば、アメリカは時間がかかるでしょうから、おそらく中国です。
東 つまり、すごく要約すると、日本は天災によって実質壊滅し、中国の属国になることによって新しく生まれ変わるしかないのではないか、というのが養老さんのお考えでしょうか。
養老 そうですね。つまり属国とはなにかという問題です。中国の辺境は昔からたくさんあったわけで、今でも中国がないと成り立たないという状況を作ってしまえば、それは中国の一部であるのと同じことですから。政治的にどうレッテルを貼るかの話でしかない。(養老孟司茂木健一郎,東 浩紀,災害国ニッポンの末路は中国の「属国化」だ!【養老孟司×茂木健一郎×東浩紀鼎談】,ダイアモンドオンライン,2024.5.15., https://diamond.jp/articles/-/341607)

 文面からしてしたり顔で語る男たちの顔が浮かびますが、言っていることは完全な「敗北主義」です。なぜ震災後の日本経済が崩壊するのか、なぜアメリカの支援に時間がかかるのか、なぜ中国が都合よく太っ腹な支援をくれるのか、根拠がまるでありませんが、震災への不安を煽ったうえで強大化した中国の「属国になるしかない」という論調は多くの読者の目を引き付けるでしょう。

 首をもたげる反米

 最後にご紹介するのは元通産・経産官僚で政治経済評論家の古賀 茂明氏です。彼は中国の強大化とその脅威を認識しつつも、沖縄基地問題などアメリカの理不尽にも触れつつこう述べています。

 日本は米国一辺倒の政策を採るが、その米国は、沖縄を事実上の植民地として、治外法権をいいことにやりたい放題だ。今も沖縄にオミクロン株をばらまき、基地の騒音や米兵の犯罪などで生活を脅かす。世界遺産やんばるの森の自然と環境を破壊しても何のおとがめもなしだ。中東などで戦争を起こすたびに日本に巨額の資金拠出を強要してきた。終戦直前に広島と長崎で原爆の人体実験を行ったことも忘れてはならない。
 それでも、日本は、米国は戦勝国であるし、超大国だから仕方ないということで、その言いなりになってきた。そのおかげで、生存を維持し、経済的にも何とかウィンウィンの関係を築いてきたと言われている。
 この例にならえば、中国に対しても、大国であることを認めて、無理な注文にも応じながら、全体としてウィンウィンの関係を築くことも可能なのではないか。(古賀茂明,日本はアメリカに逆らえるのか,AERAdot.週刊朝日,2022.1.11., https://dot.asahi.com/articles/-/43089)

 古賀氏はわかってて言ってるのでしょうか?もしその「無理な注文」が日本の主権を侵害するものだったり、日米安保など日本の安全保障に悖るものであった場合、どうなるのか。すでに一部ではそれが始まっているから日中関係は不安定になり始めているのです。そして彼はその状況で「日本はアメリカに逆らえるのか」という焚きつけるような文句で締めくくっております。おそらく官僚時代にアメリカの圧力を経験したのでしょう。反米にこじれて中国に走ることのリスクを考えるべきです。

 持続不能になる日中関係

 以上のように日本での中国論は変容し、行き着くところまで来ています。こうなると今までの対中政策はまもなく行き詰まるでしょう。日本の国論は漂流し、国内不安が増大する可能性が高いです。これまで三回に分けて日中の現状と将来を考察してきましたが、以下のようにまとめられます。

  1.  経済協力の限界:現在の日中関係は経済協力の互恵関係で成り立っていますが、中国が経済力で日本を超えたことで力関係が逆転し、製造業では競争関係へと変わっている。
  2.  独自外交の限界:経済のアドバンテージを失ったことで二階氏らによる議員外交も有力な成果を出せなくなりつつある。
  3.  属国論の台頭:強大化する中国に対して属国化への不安とともに敗北主義が萬栄し、対等な関係を築くことを諦めつつある。

 以上から結論付けられることは日中関係が日本の自立や尊厳に大きなリスクをもたらしているということです。この辺をよく理解しないで日中友好に拘っていると、中国からとんでもない要求を突き付けられたときに国家国民ともに思考停止に陥り、より混とんとした状況に陥る可能性が高いのです。
 日中関係はもはや「持続不能」と言っていい状態になりつつあります。

 

(2024/9/26本文修正,2024/12/4 本文中一部変更)

日中関係の現状と将来(2)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。今回も前回の続きで日中関係の現状と将来について考察していきましょう。前回は経済界や学会などの民間交流に着目してきましたが、今回は一般人からもわかりやすく、なおかつ保守派の批判も浴びやすい親中政治家に着目してみようと思います。


中国と馬が合った男

 親中政治家といえば鳩山由紀夫氏のような野党政治家もいますが、圧倒的に数も影響力も大きいのが与党の親中政治家です。2024年8月下旬、自民党二階俊博氏が2019年以来5年ぶりの訪中を果たし、日中改善の「使命」を果たしに行きました。

 自民党二階俊博元幹事長が会長を務める超党派の「日中友好議員連盟」は19日、中国・北京を27~29日の日程で訪問すると発表した。訪問団は習近平(シーチンピン)国家主席との面会を求めており、水面下の調整が続く。東京電力福島第一原発の処理水放出を巡る対立など懸案が残る中、関係改善に向けた環境整備を目指す。(出典:二階氏ら日中友好議連が訪中へ 習近平国家主席との面会を模索,朝日新聞電子版,2024.8.19., https://www.asahi.com/articles/ASS8M31Q0S8MUTFK00QM.html?ref=tw_asahi

 その結果は後述するとして、二階氏の中国の「パイプ」としての役割に期待する声はよく聞きます。なんせ過去には千人規模の訪中団を従えて中国詣でをしていた人ですから。

私は、二階氏の外国訪問にたびたび同行取材してきた。その中でも記憶に残っているのは、2015年5月の中国訪問だ。当時、尖閣諸島の国有化などの影響でさまざまな交流が途絶え、日中関係が凍てつく中、二階氏はあえて3000人を連れて北京の人民大会堂で開かれた交流会に参加した。習近平国家主席はスピーチで、両国の友好協力を進める姿勢を表明し、その後の関係改善の流れが作られることになった。(出典:なぜ“二階” 存在感の理由,NHK特集 政治マガジン,2018.6.13., https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/5377.html)

 私的に言わせれば2015年の「関係改善」もかりそめのものでしかなかったと思うんですがね。しかし、数というインパクトは中国相手には最も有効なのは事実です。もともと広い領土、多すぎる人口、長い歴史を自任する彼らは大きなスケールをステータスとしております。例えば珠海には世界一大きな水族館「チャイムロング・オーシャン・キングダム」があるし、貴州省では500mの電波望遠鏡が建設され、最近は1000トン級の世界一のクレーンで世界一の風力発電を建設しているとのこと。つまるところそれが二階氏のやり方と「馬が合った」というわけですね。
 そんな彼は習近平の日本への国賓招聘に積極的でした。折しも世界ではウイグル人迫害の疑惑が高まり、香港では民主化デモが弾圧されている時期にです。

 自民党二階俊博幹事長は17日、石破派のパーティーの講演で、延期されている中国の習近平(シーチンピン)国家主席国賓訪日について「中国とは長い冬の時代もあったが、今や誰が考えても春。訪問を穏やかな雰囲気の中で実現できることを、心から願っている」と述べた。(出典:二階氏、日中関係「誰が考えても春」 習氏訪日に期待感,朝日新聞電子版,2020.9.18., https://www.asahi.com/articles/ASN9L567BN9KUTFK017.html)

 国賓ということは天皇陛下と会食し会談することを意味します。つまりそれは香港問題や人権侵害によって国際的非難にさらされている中国を日本が認めることになります。自由と人道主義を擁護する民主国家としてそれは果たして責任ある行動でしょうか。

 中国に尽くす平和の党

 また親中で有名なのは連立与党である公明党も無視できません。平和の党を自任する彼らは防衛力強化にはたびたび否定的な立場をとる一方、中国に対しては一環として融和的姿勢を貫いていました。例えば中国の新疆ウイグル自治区でのウイグル人迫害についてアメリカをはじめとした各国が非難決議を採択する中、日本では公明党が常に足を引っ張ってきました。

公明党山口那津男代表は30日の記者会見で、中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害をめぐり、日本が対中制裁に踏み切る欧米諸国と足並みをそろえるべきかについて慎重な考えを示した。「わが国が制裁措置を発動するとすれば、(中国当局の)人権侵害を根拠を持って認定できるという基礎がなければ、いたずらに外交問題を招きかねない」と述べた。(出典:公明・山口代表「根拠なければ」 ウイグル対中制裁に慎重姿勢,産経新聞電子版,2021.3.30., https://www.sankei.com/article/20210330-4S3MHJ7UANI2TIW37BYZJ6CNSU/)

 結局、2022年2月1日に衆院で、同年12月5日に参院で人権決議を採択しましたが、いずれも「人権侵害」の文言はなく、中国を名指ししてもいませんでした。日中友好のためにはウイグル人チベット人らがどうなろうと知ったことではないというのはなかなかの「平和の党」ですねぇ?

 アメリカはお見通し 

 昔であれば以上のような批判は主に「保守派」や「ネトウヨ」の専売特許でしたが、近年はアメリカのシンクタンクも大真面目に日本の親中を研究しております。米国シンクタンク戦略国際研究所(CSIS)はアメリカを代表するシンクタンクですが、その報告書「China’s Influence in Japan」では日本に中国の影響力がどのように浸透しているのか、前述の孔子学院の他、NPO法人、中国人留学生、民主党公明党、そして自民党二階派について言及されています。

    Akimoto belongs to the LDP’s powerful Nikai faction (named for LDP Secretary-General Toshihiro Nikai of Wakayama Prefecture), which is the LDP’s pro-China group.74,75 This group is also referred to as the “Nikai-Imai faction.” Takaya Imai, a senior adviser to Abe and former METI bureaucrat, has persuaded the prime minister to take a softer approach toward China and its infrastructure projects on business grounds.76 Nikai, who has brought five pandas from China to a zoo in his hometown Wakayama, served as the prime minister’s special envoy to China to meet Xi Jinping in April 2019 and advocated for Japan’s cooperation on the BRI, regardless of the United States’ opinion.77 He has also advocated for Xi’s state visit to Japan.
    (訳)秋元氏は自民党の強力な二階派和歌山県自民党幹事長である二階俊博氏)に所属し、これは自民党の親中国グループです。このグループは「二階今井派」とも呼ばれます。安倍首相と元経済産業省の官僚である今井貴也は首相に中国とそのインフラプロジェクトに向けてよりソフトなアプローチをとるよう説得した。地元の和歌山の動物園に中国から5匹のパンダを連れてきた二階は、2019年4月に習近平に会うための中国への首相特別特使を務め、米国の意見に関係なく、BRIに関する日本の協力を提唱した。彼はまた、Xi(習)の訪日を提唱した。(出典:Devin Stewart,China’s Influence in Japan,Center for Strategic and International Studies,2020.7,
 https://www.csis.org/analysis/chinas-influence-japan-everywhere-yet-nowhere-particular

 なお民主党と言えばあの鳩山由紀夫氏もきっちりと報告書で言及されており、「不正や賄賂の記録がないことから本気で中国の意に沿うことが正しいと信じ切っている」とされています。やはり「宇宙人」と呼ばれるだけのことはありますね。私は彼のことを21世紀のピエール・ラヴァルと呼んでいますが。

 錆びて詰りしパイプ

 さてその中国とトモダチな政治家ですが、最近は様子がおかしいようです。冒頭の二階氏の訪中ですが、訪中するその前日の8月26日に中国軍機が日本の領空を飛行するという暴虐をしでかしました。

中国軍機Y-9情報収集機 防衛省HPより

防衛省の発表によると、中国軍のY9情報収集機1機は26日午前11時29分ごろ、長崎県五島市男女群島沖で日本の領空内を飛行。これを受け、航空自衛隊が戦闘機を緊急発進させた。
領空侵犯は2分にわたり、空自が「通告と警告」を行った。NHKによると、信号弾の射撃など、航自による武器の使用は行っていないという。(出典:中国軍機による日本の領空侵犯を初確認 空自が「通告と警告」,BBC News 日本語版,2024.8.27., https://www.bbc.com/japanese/articles/c7v5mgl9pd1o)

 よく中国を擁護する人が「パイロットのミスかもしれない」とおっしゃりますが、領空は近づかれる前に空自がクスランブル発進して通告と警告を発するので、よほどの視界不良の悪天候か通信機が壊れていない限り2分間も領空を飛ぶことはあり得ません(当時は天候は晴れで中国軍機は領空を出た後も規則正しく周回して去ったそうです)。また機体が情報収取機であることを踏まえても戦術的な偵察か日本の出方を見る挑発行為と言えましょう。
 いずれにしてもこうした主権侵害行為を受けたら訪中どころでないように感じますが、二階氏らは訪問を断行します。で、その結果はなんと成果どころか習近平国家主席にすら会えず終わったようです。

 だが、今回、趙楽際全国人民代表大会常務委員長や、王毅共産党政治局員兼外相らと会談したものの、習近平主席との面会は実現しなかった。しかも、王毅外相が会談に40分も遅刻するという “仕打ち” まで受けた。
 そして、水産物の輸入停止など日中間の懸案事項に目立った進展はなく、日中間の修学旅行の推進やパンダ貸与について前向きな話があったくらいだった。(出典:見た目 “激変” の二階元幹事長、訪中成果はパンダだけ!?「もう使い道がない」影響力低下を専門家が指摘,SmartFLASH,2024.9.4., https://smart-flash.jp/sociopolitics/304290/1/1/)

 会談に遅刻するのはロシアのプーチン大統領が相手を格下扱いにする時によく使う手法ですが、趙楽際氏にその意図がなかったとしても日本当局や日本の識者はひどく落胆させたのは言うまでもありません。件の領空侵犯に対しても言及したそうですが、返答は「侵犯の意図はなかった」という外交官の対外発信とまるで同じ内容。これでは何のために老体に鞭打って中国詣でしたのやら。これが「親中のドン」二階俊博の最後の訪中なのです。

 中国の要求とは

 こうした結果について専門家の間では「日本の対米追従外交へのいら立ち」という指摘があります。間違ってはいないのですが、じゃあ日中関係が良好だったときは対米追従じゃなかったのかと問われれば、そうとは言い切れないでしょう(天安門事件後の独自外交はあるにしても)。これは従来、経済成長を何よりの優先事項としてきた中国と関与策をとってきたアメリカの狭間でうまくいっていただけにすぎず、それが崩れたことによって日本の対中外交が根底から覆ってしまっている表れなのです。
 1978年から高度経済成長期に入った中国は2012年ごろには成長に陰りが見え始め、2020年には国家として成熟しました。そこから世界へ影響力を広げる「覇権国家」としての色を帯び始めます。国外へ経済圏を広げることでより持続的な成長を図るためです。その第一歩が台湾統一であり、民進党への圧力でした。それに気づいたアメリカは従来の関与策「豊かになれば民主化するんじゃね?」を転換して半導体など戦略製品を規制し、アメリカの主要産業であるITやAI(人工知能)の分野で先を越されないように抑えることにしました。
 つまりそれまで「軍事はアメリカ、経済は中国」でやってきた日本のスタイルが合わなくなってしまったのです。アメリカは半導体規制で日本に協力を求め、アジア太平洋地域の安定のためにも日本の協力を求めています。一方、中国は経済だけでなく軍事面においても日本にアメリカと連携しないように求めるようになったのです。昨年、2023年3月、北京で全国人民代表大会が開かれるに合わせて秦剛外相(当時)は日米同盟の強化を「冷戦思考」と言って批判しました。

秦氏は「中国は一貫して世界平和の建設者だ」と主張。中国やロシアへの圧力を強める米国を念頭に、「冷戦思考や陣営同士の対抗、抑圧に断固として反対する」と牽制(けんせい)した。(出典:〈速報〉中国外相が初会見「冷戦思考に反対」 米を牽制,産経新聞電子版,2023.3.7., https://www.sankei.com/article/20230307-GMMZBB2SHBJW7LEGRE2ISV5DHM/)

 目覚ましい軍拡政策に国の指導者が「戦争に備えよ」といきり立つお国柄で「世界平和の建設者」なんて悪い冗談みたいですが、中国の関心事がそれまで黙認されてきた日米安保に向いていることは明らかでしょう。その第一の要件は「台湾問題」であり、はっきり申せば「台湾を見捨てろ」と圧力をかけて来ているのです。

 日本は台湾防衛の要

 いきなり「台湾を見捨てろ」と言われてなんのこっちゃと思っているそこのあなた。はい、そこのあなたです。お存じの通り日本と台湾は公式な国交はなく、日本は「台湾は中国の領土」という中国側の主張を理解し尊重している立場です。しかし、台湾は国共内戦以降一度も中国共産党の施政下に入ったことはなく、自立した政府機関を擁しております。これを破壊して中国共産党の支配を広げることは日本はもちろんアメリカも了承していません。アメリカは台湾関係法によってその安全を保障し、日本は非政府での交流を続けております。日米はただ中台が平和裏に対話して解決していくことを望んでいるのです。
 その上で台湾地域の安定には日本が重要な立場にあります。過去記事に「台湾問題について考える(2)」で言及しているのですが、先ほど登場したアメリカのシンクタンクCSISでは中国が台湾を武力併合しようとした場合のシナリオを報告書でまとめており、そこでは日本が台湾防衛に協力しない場合、いかに米軍が奮闘しようにも間に合わずに中国が台湾を征服する結果となるのです。

沖縄の地政学的位置と在沖米海兵隊の意義(出典:5年版防衛白書より)

 

 御覧のように沖縄からなら650kmなのが、米国領グアムからだと2750kmにもなってしまいます。逆を言えば中国は日本にプレッシャーを与えて台湾有事での協力を拒むように確約させれば、アメリカは台湾政策を見直さなければならず、台湾も中国の圧力に負けて統一に応じざるを得なくなるということです。
 だから「民衆を火の中に連れ込まれる」なんて恫喝するんですよ。戦わずして勝つのが中国のやり方ですからね。

 強い国(俺)に従え!

 ここまで書いてもまだ「アメリカが不当に中国の発展を阻害している」とか「台湾問題に日米が踏み込みすぎている」と言って中国を擁護する方もいらっしゃると思います。こちらが敵対するから向こうも敵対すると。むろんその一面もなくはないのですが、大国意識を強める中国の態度はたとえ日本が台湾を見捨てても、それだけでは済まない事態にまで発展しているのです。
 それをうかがわせる事例を紹介します。まず中国駐大阪総領事館の「戦狼」で名高い薛剑総領事がウクライナ戦争勃発当日、Twitterにて「弱い人は絶対に強い人に喧嘩を売る様な愚かをしては行けない」とツイートしました。軍事強国となった自国を笠に着た明確な台湾への恫喝です。同時に「火中の栗を拾うな」とも付け加えており、日本へも恫喝していることがわかります。

薛剑総領事の刺激的なツイート

 これは決して彼個人の跳ねっ返りではありません。その後、3月5日から開かれた全国人民代表大会では王毅外相(当時)が日本に「三つの忠告」を出してこれまた露骨な恫喝を行っております。

王毅外相は記者会見で、共同通信の記者から日中関係について質問を受けると、2022年が国交正常化から50年の節目にあたることに言及したうえで、「日中関係は依然として分岐と挑戦に直面している」との認識を示した。
そのうえで日本に対し「3つの忠告」と銘打ち、▽両国関係の方向について初心を忘れないこと▽台湾問題や歴史問題で両国関係に大きな衝撃を与えないこと、そして▽時代の潮流に沿って行動することなどを求めた。(出典:中国・王毅外相が日本に対して「3つの忠告」。「火中の栗を拾いに行くな」と日米同盟も牽制,ハフィントンポスト日本語版,2022.3.7.,https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6225c512e4b042f866f06623

 意訳すると「日中関係を優先しろ」「台湾を見捨てろ」「新たな世界秩序に従え」です。記事では国際関係の民主化などと言っていますが、その民主化は我々の考える民主主義でないことは香港を見るからに明らかです。中国の民主主義は共産党支配であり、究極的には中国皇帝習近平圧政下の華夷秩序でしょう。
 つまり台湾統一を果たした後は日本を中国の影響下へ置く流れになるのです。こんな地政学的ダイナミックな要件に現代の親中政治家が答えられるはずがありません。親中と呼ばれる岸田政権さえ米国重視になるのはこうしたプレッシャーがあるからなのです。

 殺られてから文句を言えばいいby鳩山

 実のところ現在中国側の主張を二つ返事で受け止めて発信している政治家(元)は鳩山由紀夫氏だけという状況だったりします。「(日本の)民衆が火の中に連れ込まれる」と言う呉江浩駐日大使に対し、「基本的に同意する」と発言したのはそういう意味なのですね。そのことについては産経新聞のインタビューにて詳しく話しております。

「日本は台湾に関し、1972年の日中国交正常化で中国の一部との立場を尊重するとした。その部分は曲げずに付き合うべきだ。心配なのが立民の野田佳彦元首相や自民党石破茂元幹事長らが訪台し、頼清徳総統と会談したこと。訪台自体を禁止する必要はないが、いざというとき台湾を応援するなら非常に危うい。頼氏は就任演説でも台湾と中国は対等な関係だと主張しており、中国政府とすれば緊張するわけだ。本当に台湾が独立すれば、中国政府の革新的利益にもとる話になる」(出典:「LGBTQの時代、男系男子でなくても」「台湾独立は中国の利益にもとる」鳩山由紀夫氏,産経新聞電子版,2024.9.6., https://www.sankei.com/article/20240906-AZPND6FGFZDAVPDQLS6OKAOSAI/)

 誤解なきように日本もアメリカも「一つの中国」の方針は一切変えていません。ただし、「力を背景とした現状の変更」に反対しているのです。鳩山氏のスタンスが中国側の認知戦……台湾現政権を『分裂主義者』と指弾して軍事演習を繰り返し、緊張の原因は台湾政権にあると周知させるものに沿っている以上、その論の行き着く先は「台湾を見捨てろ」にたどり着くものです。実際に日本がそれをした結果、アメリカをはじめとした国際社会からの信頼を失ってしまう可能性があり、それが影響力を広げたい中国のさらなる強硬姿勢を誘う可能性があるのです。
 そして中国の日本に対する攻撃についてはこんなことを言っております。

「中国はかつて日本が行ったような他国を軍事力で侵略していくことはやらないと表向きは宣言している。もし破れば『この原則をどうしたんだ』と言えばいい。(8月26日の)中国軍機による日本の領空侵犯もけしからんと思う。ただ(パイロットの)個人プレーみたいな所があったのかもしれない。少なくとも原則の順守を互いに確認していくべきだろう。例えば尖閣諸島沖縄県石垣市)の問題も中国が領海侵入するなら『けしからん』と言うべきだ。基本的には棚上げの状況をお互いに認めるべきだろう」(同上)

 攻撃されてから文句を言えとのことです。暢気ですね。しかも今更「棚上げ」などという話をしていますが、すでに中国側は尖閣諸島を中国固有の領土と定めており、領海侵入は日本の方だと言ってくるでしょう。領空侵犯も「けしからん」と言ったところで馬耳東風なのは二階氏の顛末を見ても明らかです。

 残念ながら日中関係の先行きは非常に厳しいものであると言わざるを得ません。