※この作品は2019年の過去ブログに掲載された作者の独断と偏見による戦争シミュレーションです。史実と異なる上、実際の人物、国、民族は関係ありません。
■205×年~ 中印戦争
南シナ海、東シナ海を内海とした中国は海軍を増強しつつあるインドを警戒し、航路の完全なる安全を確保するためインド洋へ進出した。最新式の原子力空母を完成させた中国海軍は同艦を含める新設艦隊(南西海艦隊)をスリランカとパキスタンの中国海軍基地に配属することを決定する。これにインド政府が抗議の声を上げ両海軍がインド洋で睨みあいになった。
ある日、中国イージス艦がインドのフリゲート艦を沈めたことをきっかけとしてアンダマン海で海戦が勃発。当初両国の戦力差は拮抗していたが、インド側の軍人の間で謎の感染症が拡散し、戦力低下に陥ったところへ中国軍が攻勢を強めアンダマン・ニコバル諸島を占領してしまう。同じ病気がデリーを中心にインド全体に広がり、インド政府は中国側が提示した停戦案を受け入れるしかなかった。一方、インド海軍を壊滅させた中国海軍はウイルス拡散防止を口実に、インド洋で厳しい海上臨検を繰り返して国籍を問わずインドとの交易を寸断させた(インドを封じ込めて弱体化させる狙いがあった)。
当初、中国皇帝はインド洋を征服した時点でインドと講和を結ぶつもりだった。しかし、迎えたインド特使との会談中に中印国境線に予め控えていた西部戦区の中国陸軍が独断で進軍を開始、破竹の勢いでアルナーチャル・プラデーシュ州を占領していく。これに激怒した特使は「明確な侵略行為、断じて許されず、徹底抗戦する」との声明を発表、停戦の合意は事実上破棄された。
始まってしまったものはどうしようもないと皇帝は対印戦の継続を宣言。中国空軍のH-20が爆撃を行うためインド領空に侵入しようとする。これに対しインド軍は対ステルスレーダー網とロシアと共同開発した第五世代戦闘機によってこれを捕らえ迎撃を成し遂げた(中国ステルス機撃墜事件)。以降、中印両陸軍が一進一退の攻防を繰り広げ、戦いは長期化する。これが後の中国衰退の原因の一つになる。
21世紀始まって以来の核保有国同士の戦争となったが中国は勿論、インドも原子力潜水艦による報復核を保有している影響で両者核攻撃は控える形になった。その代わり宇宙戦争や熾烈なサイバー戦争が数カ月にわたって繰り広げられ、ケスラーシンドローム(増えすぎた宇宙ごみ同士の衝突によって連鎖的に宇宙ごみが増えること)やIT産業の崩壊が世界経済に大打撃を与える。
なお、係争地区に隣接していたブータン王国は中国軍に占領された後、略奪と殺戮の嵐に見舞われる(かつて国民の幸福度指数が高かったことから世界一幸福な国から世界一不幸な国になった悲劇として、チベット、ウイグル、内モンゴル、天安門、香港、台北事件、ベトナム、琉球動乱同様に語り継がれる)。この様子はインドの情報機関によって世界中に余すところなく暴露され、多くの対中非難を誘う結果をもたらした。
その頃、世界は──
●米国
東西内戦は意外な展開を迎えていた。アメリカ人民共和国では共和国大統領以下重要なポストは全て中国系が独占し、他の民族は支配対象として差別と監視を受けていた。住民が不満を言えば罰せられ、合衆国側へ逃げようものなら裁判もなしに射殺される(東西国境キャラバン虐殺事件)。アメリカ版中華帝国というべき恐怖政治を目の当たりにしたことで米国人の自由を求める民族を越えたアイデンティティに火を点けた。
その勢いに押されるように連邦政府はついに大規模攻勢を決意、米軍の総力を挙げて共和国攻撃を開始した。しかし海外駐屯を撤退させて以降、軍の装備は陳腐化が進んでおり、かつての3分の1の規模にまで縮小していた(一方の共和国は中国と関係を深め大量の兵器を輸入していた)。
そこで合衆国大統領はワン元大統領の発令した武装禁止令を撤回、民兵や民間船を率先して投入することを決定した。最新兵器と旧式兵器の戦いとなったが士気の高さの違いから合衆国側が徐々に押していき、共和国支配下の地域が次々と解放されていく。数カ月がたった時にはサンフランシスコ周辺を包囲するまでになっていた。
これに焦った共和国大統領はサンフランシスコを捨ててハワイに逃れホノルルを新たな首都とした。そして急ぎ北京に飛び、移設されたばかりの国連本部で自国の正統性を主張する。しかし、安保理事会では中印戦争で持ちきりであり、頼みの綱の中国は孤立していた。それでも中国代表と会談し内戦支援の約束を取り付けるが、その時にはハワイ島を合衆国軍が包囲していた。
結局、ハワイ島に残っていた共和国幹部の降伏宣言をもって内戦は終結した。その後北京に居た共和国大統領は中国に亡命を図るが、連合情報局(旧CIA)に拘束され国家反逆罪の無期懲役に処される。
●日本
中印開戦時、日本のメディアは中国政府に配慮してインド政府を批判的に報じた。これに乗じて東亜総連が全国規模で反インドデモを実行し、カースト制や女性差別を引き合いに出して反インドキャンペーンを打ち立てる。これに反発したインド国籍住民も反中デモを決行し、一部の保守団体や旧沖縄団体、台湾亡命政府、ベトナム臨時政府、ついには保守系野党や日本共産党の一部党員をも巻き込んだ全国運動を引き起こした(全国中印合戦事件)。
この騒動に中国政府が強く反発したため、日本政府は急ぎヘイトスピーチ禁止法を改正し特定ヘイトクライム禁止法案(通称特ヘイ禁。政府が指定したヘイトクライムに関する団体を非合法化できるもので後に21世紀版治安維持法と揶揄される)を制定する。そして、反中運動をヘイトクライムとして禁止すると共にその運動に関わったすべての団体を非合法扱いとした。それによって旧沖縄団体をはじめとした多くの団体が解散に追い込まれた他、デモに関わった野党も国政から追放された。その一方で東亜総連は被害者として特別扱いされ、日本社会で支配的な地位に登りつめると共に天皇制廃止へ向けた政治運動を活発化させる。
国政では勢力を増した東連党が弱体化した日建党と連立し政権与党の座を手にする。そして全国中印合戦事件後、野党を非合化して以降は東亜総連の影響力を武器にして政治の主導権を握っていく(後に大東亜翼賛体制と揶揄される。因みに日本共産党は一部党員を処断することで非合法化を免れたが東連党の指導下に置かれて衛星政党化した)。かくしてオール与党体制となった国会では中国の対印戦を支持する決議がスムーズに採択され、インド洋海戦で中国軍が損害を受けたことから自衛隊による支援が前向きに議論される。
ある年、今上天皇の娘内親王と中国籍代議士との婚姻が成立。この時同議員が天皇制廃止に言及し「結婚後は妻やその家族と一緒に一般のごく普通の生活を送りたい」と発言。このことがきっかけで天皇制廃止が国会の議題に上がり、憲法改正を含めた議論が本格化する。
インド洋への海上交通が先細りになる一方、ロシアとの間にパイプラインが設置され、石油供給が安定する。国内景気は中国軍兵器の下請けになってからわずかに好転し琉球・高麗に対する賠償金の支払いをついに終える(米国ドルの信用が落ちていたので人民元での支払いになっていた)。また自動化による雇用の先細りの対策として、配給制が実施されようになる(メディアでは遅きに失したと叩かれる)。そして中国本土の鉄不足を受けて鍋や包丁などの金属製品が値上がりし、代わりにセラミック製の鍋と包丁がブームになる。また、鉄筋コンクリートの代わりに東南アジアから輸入した木材を使用した建造物が積極的に作られた。
なお、貿易企業に勤めていたとある日本人は、東亜総連に迫害されていたインド国籍団体、台湾亡命政府、ベトナム臨時政府の関係者を密かに匿いインドへの亡命を手引きした。後に彼も同国へ亡命し重大な役割を果たすことになる。また、中国企業に買収されなかった一部の田舎では米国の内戦を逃れた日系人たちが迫害されていたインド国籍住民らと一緒にAIに頼らない農業やものづくりに勤しんでいた(これが後の反中団体の基礎となる)。
政府から中国の対印戦への支持表明が行われ、反インドデモも盛んに行われる。この運動は国内の中華ナショナリズムを醸成することになり、琉球族の若年層と中国移民を中心に祖国復帰運動(中国編入)を盛り立てる事に繋がった。
経済はインド洋封鎖の影響で急速に低迷。日本からの賠償が終わったこともあって中国政府に度々援助を依頼していた。また、森を切り開いたことにより水不足が深刻化し日本から水を輸入するようになる。中国軍基地の増築も行われ、対米戦を想定した軍事訓練が年に数回行われた。この時訓練に参加した中国人将官の中には、後に日本の海自を指揮下に置く連合艦隊の政治委員となる人物が含まれており、ここで培われた対米認識が中国と日本の運命を大きく揺るがすことになる。
●中国
地方党員から始め、国家主席を経て皇帝に就任した慣遠鋭氏が亡くなった。国中が悲しみに暮れ記念日(本来ならば中国建国100周年が祝われる予定だった)が制定され日本をはじめ中国支配下にある国々から哀悼の意が伝えられる。毛沢東の末裔が後を継ぐが皇帝としての資質に欠け、海軍贔屓に不満を持つ陸軍を抑えられなかった。また、後阮自治区での暴動を抑えるのに警備ロボットの数が足りず(鉄不足で生産が追い付かなかった)、陸軍の力を借りるためその要求を丸呑みにする。結果それが陸軍の大幅な予算増大を招くことになり、陸海両面の軍拡で中国を泥沼の戦争へと導く結果をもたらした。
経済は計画経済で一応の安定はしているが年々増大する軍事費にAIが度々警鐘を鳴らしていた。だが、オペレーターはこの不都合な警鐘を握りつぶし、中央政府には常に「健常」と報告していた。石油資源や核燃料資源は月面基地や極地開発によって潤っていたが、水不足は海水淡水化事業でも追い付かず日本の水源に依存するようになる。鉄不足も深刻化し鉄筋のないコンクリート建築が横行した結果、わずかな地震での倒壊事故が多発する。これに政府は一人あたりの居住空間を細かく取り決めることで強引に解決した(地域によっては一人一畳なところもあり、人民の不満が募っていった)。
対印戦開戦時、インド側に「神眼」を数機撃ち落とされたことを受けて中国政府は宇宙条約からの脱退を宣言、中国ロケット軍が報復としてインドの衛星を手当たり次第に破壊していく(中印宇宙戦争)。この戦いは数年にわたり続けられ、その結果軌道上がデブリで溢れてケスラーシンドロームが起きる。その影響で計画されていた軌道エレベーターは中止に追い込まれた他、宇宙大国中国の象徴である「天宮」も致命的な被害を被ってしまう(ただ、通信に関しては欧米で開発されていたニュートリノによる革新的な通信技術を買収したので問題なかった)。
なおインドで流行った謎の感染症は中国軍が開発した「改造ウイルス」であり、東南アジアにおいて実験が繰り返されていた生物兵器である。高熱にうなされた末重度の障害を残す凶悪なウイルスで、解析したインドの研究者が報告書を無料で拡散することで暴露された(サイバー攻撃はその仕返しとも言われている)。
米国の内乱を受けて北京に移設された国連本部での記念すべき第一回目の安保理は本件と対印戦争に関する中国非難決議だった。決議そのものは中国の拒否権によって退けられるも、メンツをつぶされた形になった中国代表は本部の使用を無期限停止とした。これによって国際連合は事実上活動停止に追い込まれるが、国際社会での中国の孤立は決定的なものへとなっていった(北京、幻の国連本部)。
●統一高麗
アジアにおける天然ガス需要の好調と弾薬生産量の向上により好景気になるが利益は全て高麗元首とその取り巻きの懐に入るので庶民の生活は全く好転しない。欲をかいた高麗元首は日本に対しまたしても賠償要求を繰り返したが今度という今度は相手にされなかった(核恫喝も試みたが東連党の告げ口で中国政府から圧力を受けて断念)。
そこで高麗政府はアラブ諸国への核弾頭の密輸計画を実行に移し、モンゴルにも核密売の話を持ち掛ける。これが後の中蒙戦争を引き起こす元凶となる。
●東南アジア
戦争でインド洋上の航路が一部制限されたことが影響してどの国も深刻な経済難に陥る。そこで少しでも外貨を得るため森の木々を切り倒し大量の木材として中国や日本へ輸出した。しかしこれがもとで砂漠化が進行し、後の大干ばつにて日本産の水需要を引き上げる遠因になった。
イスラム原理主義の活動が活発化し中国軍へのゲリラが多発する。中国政府は大幅な人員の増加と装備投入を強いられ、対印戦と合わせて軍事費が青天井となっていた。
●インド
対中戦争と謎の感染症でインド国内の経済成長は低迷するが、むしろ同国民のナショナリズムに火をつけた。海軍が半壊しインド洋が中国海軍に封鎖されてしまうが、多数配備された対艦兵器のお陰で海岸への接近は阻止している。また、対衛星兵器で「神眼」やGPS衛星「北斗」を機能停止に追いやり、それらに誘導を任せた対艦弾道ミサイルを封じることにも成功する(だが報復として自国の衛星を破壊された)。これ以降衛星を打ち上げては撃墜しあう「宇宙戦争」が勃発し、数年後ケスラーシンドロームによって殆どの衛星軌道が使用不能になるまで続いた。そして研究者たちは謎の感染症の正体を突き止め、世界中に暴露すると共にワクチン開発へ力を注ぐのだった。
一方、民間レベルでは多くの勇敢なインド人が小型船でインド洋に繰り出して密輸をしたり、東アジア新秩序管理下の船(中国共産党支部を社内に設置し東シナ海及び南シナ海の通行を許された交易船の事)を襲ったりと草の根の抵抗を続けていた。また、台湾やベトナムの政治団体も受け入れ、インドは「アジア最後の砦」と呼ばれるようになる。そして、ロシアやオーストラリアの支援を秘密裏に受け続け、再起へ向けた準備を着々と続けていく。
そんな中、とある亡命日本人の計らいで長年対立が続いていたパキスタン(中国軍基地での中国人の振舞いに国民の不満が爆発し親中を貫いていた政権が倒された)との関係改善が実現し、これが後に対中戦の切り札になる。
●オーストラリア
政府は中国軍のインド洋支配に懸念を表明し、中国政府に同海域の自由な航行の保障を求めるが無視される。政府は同国のオセアニア進出を警戒し水面下でインドへの支援を行う他、国軍にはインド洋にて航行の自由作戦を実行させる。この時、米国は内戦の最中だったため、できる事に限界があったのである。
一方、国内では長年続く干ばつにより水不足が慢性化し、日本からの水資源輸入が畜産業にとって死活問題になりつつあった。また、地方行政や企業において主要ポストを手に入れた中国移民が、母国の影響力を笠に着て傍若無人に振舞ったので、国民や他の国籍住民の不評を買っていた。
●中東
アラブ諸国は大国イランに対する対抗と、中国の資源開拓による石油需要量減少に伴う体制維持の策として、必要最小限の核保有(統一高麗から密輸)が相次ぐ。これによって体制保証を口実に軍を中東に駐留(米国の中央軍に対抗してシルクロード軍と名付ける予定だった)させ、一帯一路で形成した影響力を確固たるものにするという中国の世界覇権戦略が暗礁に乗り上げてしまう。
●ロシア
政府は中国の領土拡張政策を警戒しその緩衝国としてモンゴル国を支援した。また、中国と戦争状態にあるインドにも支援を行った。この時、中国が作った改造ウイルスのサンプルを密かに入手していた。
●モンゴル
モンゴル政府は長年、北朝鮮時代から交流のある統一高麗と良好関係にあり、年々増大する中国の覇権主義に警戒感を抱き、独立を守るためのパートナーシップを結んでいた。ある年、高麗政府から核密売の提案を受けるも、モンゴル非核地帯を理由に断った。しかし、これが「モンゴルが核密輸を計画している」という誤ったデマとして広まり、新皇帝に目を付けられてしまう。
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