皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国はなぜ覇権主義に突き進むか、その考察をしてまいります。
前回は中国にとっての国の正当性に着眼して考察してまいりました。君主も大統領もいないかの国では実力と愛国心がものを言う異形な世界となっているようで、そのためには覇権主義は大きな要素となっているようです。それでもなお「多少の譲歩はしてでも、仲良くした方がいいんじゃね?」とおっしゃる方もいるでしょう。日中友好のために台湾を見捨てるかは物議をかもしそうですが、「仲良くしたほうがいい」という点については皆さんの一致した見解でしょう。別にそれは間違っていないのですが、もし相手に「仲良くする気がない」場合、とんでもない番狂わせを食らうことになるのです。
敵を作る外交
それを世界が認識させられたのが2020年から非常に顕著となった強硬外交「戦狼外交」です。多くは記者会見の時に記者の質問に食って掛かったり、SNSでネトウヨ如き敵対的な表現をポストしたりしたのですが、ついに国相手に攻撃的な対応をするまでになりました。その被害者の一つがオーストラリアでしょう。
新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、独立機関による中国での調査を求めるオーストラリアが、中国の対抗措置とみられる動きに揺れている。豪州産の大麦に高関税が課される可能性が出ているのに加え、豪政府は12日、中国が豪州の食肉処理大手4社に対し、輸入停止措置を取ったと明らかにした。
(出典:中国が豪州に「報復」連発…コロナ発生源の調査求められ、食肉輸入停止で対抗か,読売新聞電子版,2020.5.13.,https://www.yomiuri.co.jp/world/20200513-OYT1T50065/)
2019年の暮れから発生した新型コロナウイルス「武漢熱」によるパンデミックを受けて、その発生源について第三者機関による調査を求めたところ、逆切れとばかりに報復を仕掛けました。その結果、長いこと親中寄りだったオーストラリアはアメリカの対中包囲網に加わることになります。
こう言っては何ですが親中とは利権そのものであり、実害が生じると案外あっけなく揺らぐものです。日本も戦狼外交の洗礼はきっちり受けており、2020年11月24日に訪日して日中外相会談に臨んだ王毅国務委員兼外相は茂木外相の隣で堂々と「尖閣に漁船を入れるな」と恫喝しました。
王氏は来日中の24日、日中外相会談後の共同記者発表で「日本の漁船が絶えず釣魚島(尖閣諸島の中国名)周辺の敏感な水域に入っている」と述べた。日本側が「事態を複雑にする行動」を避けるべきだとも主張した。
(出典:自民部会「中国外相の尖閣発言に反論を」,日経新聞電子版,2020.https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66673840W0A121C2PP8000/)
厳密には「正体不明の漁船が釣魚島(中国が勝手につけた名前)周辺に侵入している」ですが、相手が当事者なだけにわかってて言ってますし、露骨に「お前らは不法行為をしている」とが鳴りつけている状態です。なお会談では武漢熱で滞っていたビジネス関係者の往来を一刻も早く再開する話だったそうなのですが、最後の最後で「あんた喧嘩売りに来たんか?」的な結果になってしまいました。
これは習近平政権特有のものと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。米国の政治学者マイケル・ピルズベリーは著作「China2049」で中国の外交方針と国家戦略について次のように書いています。
やがて見えてきたのは、タカ派が、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定権を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきたというシナリオだった。(中略)それは「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。(中略)そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味合わせた過去の屈辱を「清算」することだ。(出典:マイケル・ピルズベリー、 野中香方子、 森本敏,China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」,2015,日経BP社,p30-31)
つまり「仲良くする」のはアジアや世界の覇権を手に入れるために力を蓄えるためであり、最終的に復讐するためであるというのです。ここからは中国の覇権主義を理解する四つの漢字
欲・統・怒・恐
のうちの三番目、怒について考察していきます。
怒~微笑みの裏の顔
韜光養晦(とうこうようかい)と言う言葉をご存じでしょうか?「韜光」は才能や能力を隠す事、「養晦」は隠居を意味します。それをつなげて「能力を隠して隠居する」となりますが、一般では「爪を隠して機会をうかがう」戦略として知られています。
1978年に国の最高指導者になった鄧小平は、それまでの計画経済を改め「改革開放」路線へ転換します。ソビエト連邦発祥の共産党政権の正統性としての共産イデオロギーが空虚な幻想であることがバレ始めてしまっていたからです。資本主義に代わる平等な経済の在り方を示すのが共産主義の根幹であり、計画経済こそが独裁体制を正当化する根拠でした。しかしその実態は理想と大きくかけ離れ、人民から搾取した富で党の上層部が贅沢三昧という前近代の寡頭政治に過ぎませんでした。それが明るみになったことでソビエトをはじめとした多くの東側諸国は正統性を失って民主化したのです。
これを防ぐため鄧小平は資本主義を部分的に取り入れることにしました。当時勢いのあった米国と日本に目を付け、国交を結び、自国への投資を呼びかけます。冷戦でソ連と睨み合っていた米国は仲間欲しさにその手を握り、日本もまた飛びつきました。しかし共産党独裁を堅持したい自国と民主国家である日米は相いれません。これを解決するために彼がとったのが韜光養晦、所謂「ほほえみ外交」と呼ばれる戦略です。おとなしい猫のふりをして西側世界に溶け込み、じっと機会を伺うのです。日本の武将に例えれば「鳴かぬなら、鳴くまで待とう時鳥」と歌った徳川家康と同じやり方でした。
鄧小平の戦略はその後の江沢民や胡錦濤前国家主席にも受け継がれ、騙された西側諸国は中国はいずれ民主化するという甘い認識のもと、安い労働力と巨大な市場目当てに投資と技術移転を繰り返しました。おかげでかの国は「世界の工場」として確固たる地位を固め、バブル崩壊以降失われた20年に陥っていた我が国は停滞し、アメリカに次ぐ経済大国の座を明け渡すことになります。
この間も中国の政治体制は相変わらずで、党は集まった外貨と技術でもって人民解放軍(実態は人民抑圧軍)の近代化を進めますが、欧米も日本もこの時は全く意に介していませんでした。これが韜光養晦の真の狙いでした。
受難の中国近代史
前回の統で申したように中国共産党は時代と共に正統性を変節させてきました。そして「民族精神の継承者と創造者」として名乗り上げた以上、過去の中国の歴史を無視できなくなりました。華夷思想はどちらかというと明るい歴史ですが、同時に「負の歴史」も背負うことになります。
少し古い話ですが2015年10月に習近平国家主席が訪英した時(この頃は中国主導のアジアインフラ投資銀行に英国も参加し、中英蜜月が謳われていました)に晩さん会で彼が言った言葉に反応した英国人ジャーナリストがいるのです。
習氏は、晩餐会で「中国の茶は英国人の生活に雅趣を添え、英国人が丹精を凝らして英国式の紅茶とした」とスピーチした。私はこのシーンをテレビで見て、「これは復讐だ」と直感した。
(中略)大英帝国の「負の遺産」を女王陛下の前で持ち出して、「新中国」と称する中華帝国の皇帝を演じて、英国への復讐開始を淡々と述べたといえる。(出典:藤田裕行,習主席の晩餐会スピーチは英への「復讐開始」宣言 H・S・ストークス氏,zakzak,2015.10.27)
歴史を学んでいる人なら100年前の19世紀後半から20世紀前半は中国にとって受難の連続であることを知らない人はいないでしょう。上記事で言う「負の遺産」とは当時の中国清にインドで栽培された大量のアヘンが流れ込んだ三角貿易を指しています。そして清の官僚がアヘンを焼却したことがきっかけで起きたのがアヘン戦争です。この戦争で清は香港を失い、以降列強諸国による中国の半植民地化が進みます。そして1895年日清戦争で我が国が勝利を収めてからは列強による本格的な分割が始まってしまいます。
そして20世紀中盤は我が国が西洋諸国に対抗するために満州国を建国し、さらなる中国大陸への権益を求めた末に日中戦争(シナ事変。これが遠因で我が国は国際社会から孤立し、ナチスドイツと同盟、対米戦へと向かっていきます)へ突入します。皆さん十分存じ上げていることと思います。
100年の屈辱を継承
こういった「負の歴史」は見方を変えれば、中国の指導者にとって国家目標上の重要なファクターになりえます。スポーツの世界でも雪辱を果たすために努力できることが経験則で理解されてますね。実際、南京にしろ慰安婦にしろ彼らの主張が激しくなったのは1990年代後半からです。折しも江沢民氏が国家主席の座にいた時期です。
つまり、中国共産党は国を挙げて日本を含めた西欧列強からの侵略の歴史を怒りの力にすることで今日の急進的な台頭を実現したのです。2018年3月に開かれた全国人民代表大会で習主席は演説で次のように発言しています。
中国人民は(アヘン戦争から)170年余りにわたり奮闘を続けてきた。
(中略)
歴史が証明するように、社会主義だけが中国を救うことができ、「中国の特色ある社会主義」を堅持、発展することだけが中華民族の偉大な復興を実現できる。(中略)この青写真の実現は新たな長征である。(出典:習氏「中華民族復興に自信」 全人代での演説要旨,日本経済新聞,2018/3/20)
170年から戦後70年を引けば100年の屈辱となります。そして新たな長征の「長征」とは1930年代、国民党軍に敗れた共産党軍が当時の本拠地を放棄して1万2500キロ行軍した時のことを指します。つまり今は「中国を救う」ために「長征」しているのであって、社会主義(共産党の独裁)はそのために必要なものなのだと謳っているのです。当然、「長征」というからには国共内戦の結果からわかる通り、かつての列強に反転攻勢をかけて100年の屈辱を晴らす意味もあるのでしょう。
経済成長だけでなく復讐のために富国強兵を目指しつつ共産党独裁も正当化する。これぞまさしく「中華民族の偉大なる復興」というように一石三鳥の戦略であり、かの国を覇権主義に駆り立てる動機となるのです。
まさに国策として中国が取り組んでいる復讐志向ですが、その最たるターゲットは当然ながら我が国です。第二次世界大戦の敗戦国ですし、当初はアメリカこそが率先して日本人に贖罪意識を植え付けるWar Guilt Information Program(通称WGIP)を実行していたわけですからそれに乗っかったわけです。気前よく謝罪する日本は中国共産党にとっては都合よく、人民に教育を通して日本への憎悪を煽り、自身を抗日戦争の英雄と祀り建てていました。
実害が日本に振りかかったのは2010年9月7日の尖閣諸島中国漁船衝突事件でしょう。尖閣諸島沖に侵入した中国漁船に海保が退去を通告したところ、漁船が巡視船に衝突してきたので公務執行妨害で逮捕した事件です。あの時、中国が盛んに騒ぎ立て、希土類などレアアースの輸出を制限する行動に出ました。
大畠経産相は「中国商務省から『輸出禁止の事実はない』と聞いている」としたうえで、新規の輸出契約や船積み手続き、発給システムなどが停止されたとの報告を複数の商社から受けたと説明した。ただ、いずれも断片的な情報にすぎず、経産省として事実関係を把握し、日本企業などへの影響を調べる方針。禁輸が事実であれば世界貿易機関(WTO)への提訴も検討する構えだ。(出典:中国がレアアース輸出枠「発給停止の情報」経産相,日経新聞電子版,2010.9.24.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS24012_U0A920C1NNC000/)
折しも現在中国が行っている経済的威圧の先駆けであり、対中依存の危険性を教えてくれた出来事であります。また、2年後に政府が尖閣諸島を国有化したときは中国全土で反日デモが行われ、日本企業を対象に破壊行為が行われました。
日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化に抗議する中国の反日デモは15日、北京、重慶など少なくとも十数カ所の主要な都市で発生し、1972年の日中国交正常化以来、最大級の規模となった。一部は暴徒化し、パナソニックなど日系企業の工場で出火。トヨタ自動車の販売店が放火されたほか、各地の日系百貨店やスーパーなども破壊や略奪に遭った。16日以降も各地で反日デモの呼びかけがあり、日本企業の中国事業に悪影響が広がるのは必至だ。
(出典:日系企業を放火・破壊 トヨタ・パナソニック 標的に,日経新聞電子版,2012.9.15.,https://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1505E_V10C12A9000000/)
例によって日本メディアは「政府不満のガス抜き」と軽く見ていましたが、あれこそ歴史的恨みを党と人民で共有した一大事業と言えます。つい最近も福島第一原発からの処理水海洋放水に反発し、日本の水産物を輸入禁止にしたうえ人民を上げた苦情電話無差別攻撃を仕掛けてきました。
日本政府関係者によると、日本の一部施設などに中国の国番号「86」で始まる番号からの着信が相次いだ。東京都江戸川区の区総合文化センターのほか、医療機関、飲食店など放出とは無関係な施設などに電話が掛かってきていることが確認されている。海洋放出への抗議とみられる。
(出典:国番号「86」から迷惑電話相次ぐ…処理水放出とは無関係の個人・団体に 中国の抗議か,産経新聞電子版,2023.8.26.https://www.sankei.com/article/20230826-EVYUM6MSR5OTNKT4BAC6DLZ6QA/)
記事によると中国のSNSでは抗議を煽る投稿も見られたとのことで、まるで現代の紅衛兵です。我が国の親中専門家の方々は国内の嫌中感情をモンスターのようにならないか心配しているようですが、中国人民の反日イデオロギーこそ危険なモンスターであり、中国共産党は嬉々としてそれを利用し煽り続けているのです。
(2024/5/11 誤字修正、2024/5/22 目次、見出し追加)