皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。前回は台湾問題の神髄に触れたうえで、たとえ国民党政権であっても円満な統一が不可能であることを解説しました。今回は中国がどのように台湾を力を背景にして攻略していくのかを考察していきます。
こういう話で大切なのは「守る側」でなく「攻める側」の視点に立って考えることです。「中国当局がこう主張しているから」だけでシナリオを巡らせても、守る視点ゆえのバイアスがかかりやすく、都合よく考えるか、シニカルに考えるかで結果が大きく変わってしまうのです。繰り返すように彼らはありとあらゆる可能性を模索しており、「できる」と判断すれば必ず実行します。
それでは中国が実行しうる作戦を挙げたうえで、それを現実的にかつ客観的に考えていきましょう。
武力統一を考える
まず中国が台湾を統一する方法として真っ先に想起させられるのが武力での統一でしょう。実際国共内戦時には武力によって国民党政権を追いやったわけですし、その後三度にもわたって台湾への攻勢を試みています。しかしその際に米国が空母を派遣して事なきを得ています。
無論それであきらめる中国共産党ではなく、武力統合が可能になるように軍隊の近代化にいそしんでおり、近年の高度経済成長期も相まって軍事費もうなぎ上りになっております。
中国の軍事費増加が注目されたのはここ数年ですが、表を見ればわかる通り兆候はかなり前からありました。そして最近度々話題になっている中国空母の計画も1982年から始まったものであり、決して習近平総書記の一存だけで始められたことではありません。中国の軍拡の背景は「中国はなぜ覇権主義に突き進むか(1)」でも触れていますが、より実用的な目的で台湾攻略も含まれているとみるべきでしょう。実際2022年10月の党大会で三期目に突入した習近平総書記は台湾への武力行使について「放棄せず」と明言しています。
中国共産党の幹部人事を決める5年に1度の第20回党大会が16日、北京の人民大会堂で開幕した。習近平(シー・ジンピン)総書記は過去5年間の成果と今後の方針を示す活動報告で台湾統一方針を巡り、「決して武力行使の放棄を約束しない。必要なあらゆる措置をとる選択肢を持ち続ける」と強調した。(羽田野主,習氏、台湾問題「武力行使を放棄せず」 中国共産党大会,日経新聞電子版,2022.10.16.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM152WZ0V11C22A0000000/)
この時はまだ「平和統一」という言葉も添えられていましたが、2024年3月に開かれた全人代で李強首相が政治活動報告で言及したときは「平和」の文字も消えました。
一方で、李氏はこの日、中台の将来について、前任者の李克強氏が昨年の政府活動報告で使った「平和統一」という表現ではなく、「統一」の2文字だけ言及した。この変化について、一部の台湾メディアは「軍事侵攻を視野に入れることを示唆している」と解説している。(出典:全人代、「平和統一」の表現消える 台湾メディア警戒,産経新聞電子版,2024.3.5.,https://www.sankei.com/article/20240305-CVAAE4CTJNPZZPNJZUJBSGNU5U/)
もっともこれは政治的スタンスとしての台湾への圧力の一面が強く、平和の字がなくなったからと言って「平和統一」しないというわけではなりません。そうですね、台湾現政権が中共解釈での「92年コンセンサス」を受け入れれば、緩和するでしょう。しかしその後はより具体的な「併合」への外交攻勢が強まり、それに応じようとすれば台湾国民の反感を食らうので結果は変わらないと思いますが。
物量的には?
では実際の武力統一は可能でしょうか?結論から申し上げると物量面においては可能性は高まっていることです。我が国の防衛白書令和5年版では中台の軍事力について評価が行われています。要約すると以下のようになります。
- 陸戦力は中国軍が圧倒的だが、着上陸能力が不足であり現在増強中。台湾軍は対着上陸能力を中心に増強して対抗。
- 海・空軍能力も空母や第5世代戦闘機を配備した中国軍が有利。台湾軍も米国のF-16V配備や国産潜水艦建造を急ぐ。
- ミサイル攻撃能力に関しても多数の弾道ミサイル・巡航ミサイルを保有する中国軍が有利。台湾軍は米国のパトリオットミサイルを導入するが飽和攻撃への対処に不安。
陸上兵力で比較すれば中国軍が97万人なのに対し、台湾軍は9万4千人。数だけでは全く勝ち目はありませんが、中国軍はすべてを投入できるわけではありません。現在絶賛ウクライナ侵略中のロシアと異なるのは、台湾と中国との間に台湾海峡があることです。毛沢東時代に共産党が攻めきれなかったのはこのせいなんですね。
それゆえ中国は着上陸戦闘能力の増強に努めており、例えば5式水陸両用歩兵戦闘車は陸軍が1150両、海軍陸戦隊(海兵隊)が320両以上導入しており、揚陸能力としては1200トン以下の揚陸船が52隻、3000トン級の戦車揚陸艦が32隻、2万トン級のドック型揚陸艦が8隻、4万トン級の強襲揚陸艦が3隻(5隻予定)となっています。
これだと一度に投入できる兵員は全艦艇総出でも2万人弱ですが、基本ピストン輸送になりますし、民間船を動員して輸送量を増やす算段ですから一概に足りないとも言い切れません。しかし輸送中は攻撃に弱いので台湾軍はそこに攻撃を加えて敵戦力を消耗させる作戦(台湾では「沿海決勝」と呼称)をとります。また上陸作業中も無防備になりがちなので狙いどころです(「海岸殲滅」と呼ぶそうです)。このままでは中国軍は全滅してしまいます。
そこで中国軍はまずロケット軍の短距離弾道ミサイル「東風‐15」を発射して台湾の軍事施設を攻撃します。台湾はパトリオットによる迎撃を試みますが、何割かは着弾するでしょう。しかし台湾軍は掩体壕や偽装を通して被害の低減を図ります(戦力防護)。なので中国軍は空海戦力を強化して生き残った台湾空軍・海軍を撃滅する戦略を考えている……といったところでしょう。
この図は台湾軍の配置場所と2022年と2024年の中国軍大規模演習区域を重ねたものです。ここからわかる通り、中国軍の演習は対抗する台湾軍を念頭に置いていることがわかります。特に2022年と2024年の重なる演習区域は明らかに台湾軍の陸海空司令部や陸戦隊指揮部を標的としています。同演習は「我々は台湾を攻略する能力がある」ことを内外に示す狙いがあるということです。
攻略のハードル
物量面では台湾武力併合への可能性が高いと判定できますが、国際政治上ではどうでしょうか。これには二つの見方があります。一つは国際社会においての孤立化です。1971年に採択されたアルバニア決議で国連を脱退して以降、台湾は国際社会へのアクセスを制限されています。中国は国交を結ぶ条件として台湾(中華民国)との断交を要求し、日本や米国を始め多くの国々がそれに従って、今や台湾と国交がある国はわずかに12か国しかありません。だから仮に中国が台湾に攻め入ってもほとんどの国は台湾を国と認識していないので、中国側の「中台戦争は国内問題だ」という主張を信じて黙認する可能性が高いのです。
ただしその一方で国交がない状態ながら台湾の安全保障にコミットしている国がいます。アメリカです。同国は日中戦争時代から中華民国にコミットしており、国共内戦時は不干渉だったものの、台湾危機では空母を出張らせて抑止してくれました。その後米華相互防衛条約を結び、断交した後も台湾関係法によって引き継がれます。中国にとってこれが大きな障害となっているのです。6月4日、アメリカのバイデン大統領は台湾有事が起こった時に際し、「軍事介入は排除しない」と発言しました。
バイデン米大統領はタイム誌(電子版)が4日に公開したインタビューで、中国が台湾に侵攻した場合の米国の対応について「軍事力の使用を排除しない」と述べ、米軍が台湾の防衛に加わる可能性を改めて示した。バイデン氏は台湾を巡り、米国の「一つの中国」政策は不変だとしつつ、習近平政権による軍事侵攻を警戒し、台湾防衛の意思についてたびたび発言している。(出典:バイデン氏が米軍による台湾防衛の可能性に再言及 「軍事力の使用を排除せず」,産経新聞電子版,2024.6.5.,https://www.sankei.com/article/20240605-V5CJ6Z2QBNPOXD2HO6YTVWSZ2E/)
要は先述の習近平総書記の「武力行使を放棄せず」へのカウンターです。アメリカは中国を抑止するために必死です。
2023年1月、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)は様々なシナリオで台湾有事をシミュレートしたウォーゲームの結果を「The First Battle of the Next War Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan」にて公表しました。安全保障分野でのウォーゲームは通常機密扱いされることが多いのですが、同研究所は台湾問題について広く周知させる目的で過去の戦闘データを収集し、政府や軍の出身者をプレイヤーに招いて、理論的な計算に基づいてシナリオを分析しました。
その結果、最も想定されるシナリオにおいて中国が台湾の武力併合に乗り出した場合、失敗する確率が高いという結論が出ました。想定では中国軍は台湾軍の空軍と海軍を開始後数時間で壊滅に追い込むことができますが、着上陸時の抵抗までは阻止できず、アメリカ軍によって多くの艦艇、揚陸艦が沈められて侵攻作戦を継続できなくなります。ただし代償として日本の基地と米軍の艦艇、日米両軍の軍用機が破壊されるという「痛み分け」という結末を迎えます。
例によって日本のメディアや識者は被害にばかり注目しますが(そりゃそうか)これはシナリオにおいてエスカレーションを避けるために、中国本土への攻撃を控えるという、日本みたいな専守防衛での作戦を強いられたためです。この縛りは中国が核保有国であることと関係があります。最近ようやく日本が取得を決めた「反撃能力」もここでは宝の持ち腐れになってしまうかもしれません。
さてここからは趣向を変えて中国が勝利するシナリオに焦点を当ててみましょう。
本論文において中国が勝利できるシナリオは主に二つ。「台湾孤立無援」と「ラグナロクシナリオ」です。まず台湾孤立無援はアメリカが一切助けないシナリオで、中国はセオリー通りに台湾の空海軍を撃滅した後、随時陸上戦力を投入して着実に台湾征服を達成するというものです。敗北というだけですべてを否定的にとらえがちですが、重要なのは作戦終了までに時間がかかることです。
攻略にかかるコストは攻略で得られる利益と天秤にかける必要があります。戦争の結果中国は中台統一の悲願を達成しますが、あまりに大きな被害が出ると共産党に威信に傷がつく可能性があります。無論中国のような極右国家ならイデオロギーのためには犠牲を厭わない側面はあり「絶対ない!」と断言することはできません。しかしハードルを上げていることは事実でしょう。
二つ目の「ラグナロクシナリオ」は破局的展開という意味です。これはアメリカが台湾を助けようとするが中国が勝つ唯一のシナリオで、それは日本が台湾防衛に徹底して非協力的になることを条件としています。アジア区域においてアメリカが単独で運用できるのはグアム島の基地だけであり、台湾とは2750kmも離れています。
台湾有事時に日本が在日米軍基地を使用させない決断をすれば、アメリカがどんなに戦力を投入しようとも間に合わず、中国軍は台湾攻略を達成できるのです。つまり日本の態度の変節が台湾防衛はおろかアメリカのアジア政策の根幹を揺るがすことに留意する必要があります。
同論文では中国に台湾侵攻を思いとどまらせるために以下の条件が列挙されています。
四番目は戦術的事情ですが、上三つは国民世論も関わる重大な要素です。加えて論文の筆者は「ウクライナ式は適応できない」とも明言しています。それはウクライナがポーランドと陸続きだから支援ができたためであり、中国海軍に包囲された台湾に同じ手法はとれないということです。
以上のように中国の武力による台湾併合は非常に困難であることがわかります。しかしながら特定条件では勝機はあり、その突破口が中国の軍備強化の指針となっていることがうかがえます。
次回は別のアプローチで台湾攻略を考えてみます。
(6/13 本文中引用になっていない部分等を修正)