ハトヤブの考察レポート

世の出来事の根本を掘り出して未来を予想する

台湾問題について考える(3)

前回の続きです)

 2022年8月ペロシ訪台直後、中国が対抗措置と称して実施した軍事演習について「台湾封鎖」の可能性が論じられるようになりました。武力による併合が難しいなら封鎖して屈服させるというアイデアです。強硬性を強める中国の態度故あまり注目されませんでしたが、2024年3月にアメリカンエンタープライズ研究所が「From Coercion to Capitulation HOW CHINA CAN TAKE TAIWAN WITHOUT A WAR」という論文を発表しました。内容は題名のごとく「強制から降伏へ 中国は戦争なしで台湾を奪取できるか」で、中国が大規模な戦争をすることなく台湾を攻略するものです。これに複数の日本識者が注目しました。中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏は「アメリカがやっと気づいた」という記事を出し、補足として台湾のエネルギー自給の脆さを指摘、港湾封鎖で習近平は台湾を屈服させると断言しました。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏も同様に台湾の弱点を指摘したうえで「なぜ4年もかけるのか」と疑問を呈しております。

台湾封鎖を考える

 そもそも封鎖だけで国を落とせるのでしょうか?つたない私の知識からすれば人類の歴史においてそんな例はありません。キューバ危機でアメリカは共産国化したキューバ海上封鎖しましたが、ソ連の核配備を撤回できてもカストロ政権を堕とすことはできませんでした。北朝鮮への制裁もイランへの制裁も体制転換には至っていません。独裁国家だから?その面もあるでしょうが、2022年から始まったウクライナ戦争でロシアはウクライナの電力インフラ設備の破壊を執拗に繰り返し、同国市民を極寒の地獄へ落としました。これも国民の抵抗意思を失わせる制裁の一つといえますが、西側の支援の甲斐もあって効果は見られませんでした。

 中国が台湾の飢餓を狙った完全封鎖を一方的に試みた場合どうなるでしょうか。台湾政府は非常事態宣言を出し、限られた物資や燃料を配給制などにして温存を図るでしょう。当然国民は困窮しますが中国が期待するような反政府運動は起こらず、逆に結束する事態になる可能性が高いです。例えば震災などで少ない物資を分け合うことを強いられますが、原因が天災であるとわかっている以上政府への不満へはすぐにはつながりませんよね?同様に封鎖が中国の仕業をわかってしまっている時点では国民は現政権を支持するでしょう。

 また国際法上、海上封鎖で認められるのは交戦当事者に対する戦時封鎖のみで、戦争していないのに封鎖するのは「平時封鎖」となり違反となってしまいます。中国は軍事演習を理由に封鎖でないと言い張るでしょうが、台湾国民が困窮するさまが拡散されたら国際社会は黙ってはいられません。アメリカは中国の封鎖作戦事態に直接干渉はできないものの、人権侵害であると攻勢をかけるチャンスを得ます。そして人道支援として米軍艦艇を護衛につけた米国籍の船に食料や燃料を積んで送るでしょう。中国は全力で妨害を図りますが、撃沈すれば米中戦争に発展してしまうので、臨検にて武器弾薬がないことを確認して輸送船だけ通すことになるでしょう。

 いや、アメリカなんて怖くない!いざとなったら核戦争だ!とばかりにレーダー照射・威嚇射撃を繰り返せば追い返せるかもしれません。しかし今度は内側から攻勢がかかります。台湾軍です。無論勝ち目はないのですが、物資が乏しくなっていく中で座して死を待つほど彼らはナイーブではありません(憲法9条ありませんし)。攻撃された中国軍は反撃せざるを得ませんし、それがさらなる反撃を呼んで結局武力闘争に発展する羽目になってしまうでしょう。逆を言えばこれも一つの戦略として成り立ち、封鎖で相手の抵抗力を削ぎつつ「攻撃される」ことで武力行使の正当性を得ることができます。まぁ、アメリカが介入しないことが前提ですが。

 一方シチュエーションによっては違った結末も考えられます。それは総統の「独立宣言」に端を発した場合です。「独立」とは民進党の党綱領にあり現在は棚上げにされている「台湾共和国樹立」です。前回で触れたように国民の大多数が現状維持を望んでいる状況で、イデオロギーによる「独立」は支持されません。それが原因で中国の封鎖を食らったのなら、国民の怒りは総統へ向かうでしょう。「一つの中国」を認識しているアメリカの支援も受けられません。内外の圧力のもと、「独立派」総統は膝を屈して宣言を撤回し、政治生命も終わらすことになるでしょう。こちらは中国の完勝と言えますが、逆を言えば総統が「現状維持」を表明する限り封鎖はできないことになってしまいます。

認知戦と心理戦

 前座の考察はここまでにして先述の論文「From Coercion to Capitulation HOW CHINA CAN TAKE TAIWAN WITHOUT A WAR」を詳しく見てみましょう。115頁(本文65頁)にもなるこの報告書は中国の武力併合の試みばかりに焦点を当てるアメリカ政府に提言するもので、中国が全面的な武力行使も全面封鎖も行わずに実質的な台湾統一を実現するシナリオを描いたものです。その大まかの要素は以下の通りです。

  1. 台湾現政権を「分裂主義者」と指弾して軍事演習を繰り返し、緊張の原因は台湾政権にあると周知させる。
  2. 米台間に相互不信を起こさせ、アメリカ側に「緊張の原因は台湾」台湾側には「アメリカに見捨てられる」という認識を植え付ける。
  3. 台湾国内でサイバー攻撃によるインフラの障害や強制的な海上臨検による物流の遅れで、国民の生活を脅かす。政権には解決能力がないことを印象付ける。
  4. アメリカの財界を中国側に引き入れ、経済協定を結ぶことでアメリカの台湾支持へのインセンティブを減退させる。台湾を支援する企業には制裁を科す。
  5. 海上臨検を厳しくして物流を滞らせ、国民生活を困窮させる。海外の物流会社もリスク回避のために台湾を避けさせる。台湾メディアで中国と融和すべきだという議論を行わせる。
  6. 日本などの同盟国には別途安全保障上の懸念を作り台湾問題から目をそらさせる。特に日本に対しては歴史問題や沖縄基地問題、核疑惑を仕掛けて国際的発言力を奪う。
  7. 台湾への政治的、軍事的、経済的圧力を極限まで強めて、さらにテロやフェイクニュースによって国民の恐怖と政府不信を限界まで煽り、中国と平和協定締結を掲げる新総統を誕生させる。

 少し荒いですが内容はこんなものです。先ほど杉山氏の「なんで4年もかけるのか」の答えですが、いきなり締め付けずにじわじわと苦しませるのが目的なのですね。そして国民の政府への信頼を失墜させ、中国との融和が生き残る道と思うように誘導するのです。また重要なのは工作の対象が台湾だけでなくアメリカや日本にも及んでいるということです。武力併合という一大イベントを今か今かと持っている間に、日米両政府は足元をすくわれて身動きが取れなくなっていく様が描かれています。ところどころあれ?と思うことはありましたが、中共の認知戦・心理戦としてはとても現実的にシミュレートしたシナリオだと言えます。

台湾の弱点

 自称平和…政治暴力による攻勢はターゲットの弱点を突くのが一番有効です。すでに日本の識者らが指摘しているように台湾で最も脆弱なのはエネルギー事情でしょう。台湾のエネルギー自給率はわずか1%であり、その多くを海上輸送で受け入れる化石燃料に依存しています。

台湾のエネルギー消費(出典:台湾:総統選挙とLNG拡大路線の行方 ―国民党は石炭全廃と原発回帰を提起、現政権が進める脱原発LNG拡大路線転換の可能性?LNG拡大の脅威への備えとは―,JOGMECホームページ,2023.8.21.,https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009585/1009864.html)

 蔡英文総統時代から民進党は2025年までの脱原発を推進しており、2021年にはカーボンニュートラル宣言し、再生可能エネルギーの普及促進「2050年の排出ネットゼロ目標」も明文化するなど、環境政策に力を注いでいました。頼清徳氏もこれを踏襲する方針ですが、先述の論文はエネルギー備蓄の拡充のほかに廃炉にした原発の再稼働能力の確保を提言しています。完全封鎖はなかったとしても、台湾の経済を減速させるだけの嫌がらせは確実視できるので、ここは環境派の反感を買うリスクも甘受する必要があります。ちょうど国民党は原発回帰を主張しているので、後述する与野党分断を解消する良い機会にもなります。

与野党対立

 5月28日、台湾立法府本会議で政府を監視する立法院の権限強化などを盛り込んだ立法院改革法案を多数派の野党が主導して可決しました。頼清徳政権が発足して間もない時期だっただけに与党は反発、多数の支持者らも立法府を取り囲んで抗議しました。

法案では、立法院が適切と判断した情報の開示を軍隊や民間企業、個人に求める権限が立法院に付与される。また、公務員の虚偽陳述などを処罰できる規定が創設され、総統による立法院への国政報告が義務化される。
(出典:台湾議会、政府を監視する権限強化する法案可決 市民は抗議,ロイター通信日本語版,2024.5.29.,https://jp.reuters.com/world/taiwan/7KNUEFHJMRPWHAE74GNZYOJC4Q-2024-05-29/

 抗議者の中からは「中国の政治介入を阻止せよ」という声が相次いだそうで。ただ立法院の強化だけが中国の政治干渉として叶うのでしょうか。遠藤氏によれば、同改革法案は与党である民進党が提案したものにほぼ同一だそうです。

 ところが、同じ法案を、実は民進党が過去何回にもわたって提案してきたという事実がある。
 法案が可決した翌日の5月29日、民衆党の柯文哲党首はメディアの取材に応じて、以下のように語っている。
 ●今回の国会改革法案の内、ただの一つでも、民進党がこれまで提案してこなかった法案があるだろうか?
 ●巷では「国民党と民衆党が、民進党が昔から提案してきた法案を支持し、可決させてあげたようなものだ」と皮肉っているが、全くその通りだ。
(出典:遠藤誉,台湾立法院「国会改革法案」はかつて民進党が提案していた,中国問題グローバル研究所、2024.6.7.,https://grici.or.jp/5307)

  陰謀論の話はさておき、アメリカ型大統領制を採用する国においては大統領の権限に対して国会で駆け引きが行われるのはよくある光景です。民進党が特に積極的に改革を打ち出していたのは馬英九政権時代。彼の親中路線を警戒したものであることは明らかでしょう。そして立場変われば態度変わる現象も我が国の特定機密法に対する民主党立憲民主党)の変節を見るに珍しくありません。

 ただこうした与野党分断に中国は間違いなく付け込みます。件の馬氏から浸透を図ってまた海峡両岸サービス貿易協定を発効させようとするでしょうし、さらなる台湾の泣き所を突いてくるかもしれません。

防衛事情

(令和5年版防衛白書より)

 これはここ数年の台湾の防衛予算の推移です。少しずつ増加してはいるものの中国のようなうなぎ上りではないのは一目瞭然でしょう。5月に行われた大規模演習はこれからたびたび実施される可能性が指摘されています。台湾国民は案外冷静に受け止めているのですが、国防の現場はひっ迫するでしょう。ただでさえ多数の戦闘機が中間線を超える挑発が頻発している状況ですから、装備の消耗は激しく防衛費をさらに上げる必要がでてくるかもしれません。我が国でも政府が防衛予算を上げるために「防衛増税」をしようとして、与野党から批判を浴びたは記憶に新しいところです。同じことが台湾でも起こる可能性があります。

 加えて台湾は徴兵制の国です。馬英九政権時代にいったん廃止が決定されたものの蔡英文政権において復活した過去があります。今後中国の軍事圧力に対応するために徴兵期間の延長などが検討されれば動員される若者が反発するのは想像に難くありません。そこに与野党の分断が重なれば、危機を前に台湾は結束できなくなってしまいます。中国にとってこれほど都合のいい話はないでしょう。案外過激な封鎖などするまでもなく総統府に政治危機が起きてしまうかもしれません。

他人事ではない

 重要なのは武力を使わない「平和」統一作戦であっても日本は100%巻き込まれるということです。論文中でも

  1. 靖国神社にて中国人が英霊を侮辱するトラブルを起こして怪我。反日感情が爆発する。
  2. 沖縄で反戦・反基地運動が活発化する。
  3. 核開発疑惑が持ち上がる。

 という出来事が予想されていますが、すでに靖国神社では中国人が悪質な落書き行為をして大きな話題になっております。

靖国神社(東京都千代田区)で1日、石柱に英語で「トイレ」と書かれた落書きが見つかった器物損壊事件で、中国の動画投稿アプリ「小紅書(レッド)」で、男性が、石柱に落書きしている様子が投稿されていることが分かった。(出典:靖国神社の石柱に落書き、一連の様子を中国の動画投稿アプリに投稿 放尿のような仕草も,産経新聞電子版,2024.6.1.,https://www.sankei.com/article/20240601-EICKEMCSUZN3FBSI3Q4B3AF7NM/

 まさに噴飯ものですが、もうすでに計画は始まっているとみるべきですね。なんせ5月20日の頼清徳就任と同日に在日本中国大使館で開かれた座談会で駐日大使がこんなこと言ってますから。

中国の呉江浩駐日大使は20日、台湾の総統就任式に日本から国会議員30人超が参加したことに対し、「(台湾)独立勢力に加担する誤った政治的シグナルだ」と批判した。(中略)日本が「台湾独立」や「中国分裂」に加担すれば「民衆が火の中に連れ込まれることになる」と警告した。
(出典:中国の呉駐日大使、日本が「台湾独立」加担なら「民衆が火の中に連れ込まれる」と警告,産経新聞電子版,2024.5.20.,https://www.sankei.com/article/20240520-2QALPXWBORMHZI5FZTPI3464KY/

 案の定日本政府は抗議しかしていませんがその程度だと、じきに北朝鮮のごとく「東京を火の海にする」とか「日本に人が住めないようにする」とか言うようになるでしょう。

 注意すべきなのは今回台湾攻略として考えられている認知戦・心理戦計画はそのまま日本にも適応可能というところです。台湾海峡バシー海峡は日本のシーレーンであり生命線です。ここを支配されたらエネルギーを原油の輸入に頼る日本も困窮することになります。今日の台湾、明日の日本。いえ同時に狙われても不思議はありません。尖閣諸島への度重なる海警船の侵入はその序章とも言えますし、ロシア海軍とタッグを組んでの周回も、福島第一原発からの処理水放出に対する批判と海産物の輸入禁止行為もその一環とみなすこともできます。

対抗策

 最後に中国の脅迫的な作戦にどう対処するのか考えてみましょう。大切なのは「有事になったら本気出す」のではなく普段からの備えと行動が必要など言うことです。論文では台湾へ以下のような提言を行っております。

  1. 中国の封鎖的妨害に対応できる独自の商船団を訓練し、封鎖やサイバーアタックの影響を軽減する準備をする。
  2. 中国から認知戦・心理戦に晒されている事実を国民に周知し、民間防衛を強化して分断を防ぐ。
  3. メディアにおける中国の浸透を抑制し、スパイ防止やセキュリティクリアランスを整える。
  4. 米国との防衛協力実績を開示し連帯を明確にし、平時における海上共同作戦も推進して台湾が孤立していないことを示す。

 中国が狙うのは台湾を孤立に追い込み、台湾国民に対し「分裂主義者が不安定化の原因」という物語を信じ込ませることです。これに対抗するため台湾政府は友好国と連帯していることを克明に示し、中国が統一工作を仕掛けてきている事実を暴露して国民に抵抗をつけさせ、封鎖されても混乱が起こらないように強靭な社会を構築する必要があるということです。そして友好国は以下のように他人事のふりをせず、台湾が孤立しない措置をとることです。

  1. 台湾の実質的な同盟関係として情報を共有し、台湾の防空システムの強化等に協力する。
  2. 海上警備行動も共同で実施し、中国の封鎖行為から台湾の権利を守る手助けをする。
  3. 台湾の権利を侵害しようとする中国に対し制裁を科し、威圧するほど逆効果であることを悟らせる。

 さらに全体を通して重要だと感じたのは現状変更を試みようとしているのは「中国の指導者」であることをはっきりさせ、事実の歪曲を否定することです。そして可能なら中国指導者の影響下にある中国人民に対してもそれを認知させるとさらに効果を発揮するでしょう。それには自由と民主主義のキーワードが重要な役目を果たすかもしれません。