ハトヤブの考察レポート

世の出来事の根本を掘り出して未来を予想する

オバマ・トランプ・バイデン3代政権が飾る超大国の終焉(2)

(1)の続きとなります。今回はオバマ・トランプ・バイデンの三政権が飾る超大国としてのアメリカの終焉について考察しております。オバマ政権とトランプ政権、政党も異なるし一見対極のような印象を受けますが、戦争には消極的で中東からの撤収傾向が強いことがわかります。その次のバイデン大統領はどうでしょうか?

バイデン大統領

アフガン「夜逃げ」大作戦

 バイデン大統領がやった大転換はずばりアメリカの時代を終わらすことでした。勿論御本人にそのつもりはないのですが、オバマ・トランプの二代で世界の警察を辞め、孤立主義に回帰したことで、ドミノ倒しのようにならざるを得なかったのです。

 まず大きな出来事は就任一年目の2021年5月から始めたアフガニスタンからの米軍撤退でしょう。ブッシュ・ジュニアが侵攻を開始して20年以上にもなる長期の紛争を終わらせることは長男を戦地に送ったことがある彼の悲願でした。

 しかし悲願の撤収は波乱に満ちた展開となりました。当初はタリバーンアフガニスタンを支配することはないと思われていましたが、撤収の穴埋めをする形でテロリストたちはカーブル(日本のメディアでは“カブール”と呼ばれますが正しくはこれ)を制圧し、ガニ大統領の国外脱出をもってしてアフガン民主政府は崩壊となりました。奇しくも日本敗戦の日である8月15日です。

 こうした事態に米国国内外から批判が相次ぎましたが、当のバイデン大統領は撤退の方針を崩さず「アメリカにとって正しい」と言ってはばかりませんでした。

  駐留米軍アフガニスタン撤収後、武装勢力タリバンアフガニスタンを瞬く間に制圧した事態に、内外から厳しい批判を浴びているジョー・バイデン米大統領は16日、ホワイトハウスで演説し、「自分の決定を断固として堅持する」と述べた。(出典:バイデン米大統領アフガニスタン撤収は「アメリカにとって正しい」 批判は承知と,BBC,2021.8.17.,https://www.bbc.com/japanese/video-58239136)

「批判は全て自分が受ける」と言っている辺り、誠実な彼らしさが出ていますが、主張はともかく撤収後どうなろうと構わない頑固一徹な様は先代のトランプ前大統領を想起させられます。当のトランプさんは自分が再選されていればアフガンの民主政権崩壊はなかったと主張していますが、そもそもの発端は2020年2月に彼がターリバーンと交渉し米軍撤収の約束(ドーハ合意)したことにあります。

2001年に始まったアフガニスタン戦争をめぐり、米国とアフガンの反政府武装勢力タリバンは29日、カタールの首都ドーハで和平合意に署名した。米軍は21年春にもアフガンから完全撤収し、タリバンは国際テロ組織の活動拠点としてアフガンを利用させないと確約した。約18年に及んだ戦争の終結へ歴史的な転換点となるがアフガンの治安維持や国家再建の道筋は見えない。
(出典:米とタリバン、アフガン和平合意に署名,日経新聞電子版,2020.2.29.,https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56243340Z20C20A2MM8000/

 しかもこの合意、アフガン民主政府抜きで行われてたんです。そして肝心の政府とターリバーンの和平交渉は難航しますが、トランプは我関せずとばかりに米軍を段階的に引き上げていきました。バイデンさんはその仕上げをしたということです。これはどちらが悪いかではなく、アフガン撤収で両氏が一致して実現した堂々たる「夜逃げ」大作戦だったと言えるでしょう。

振るわぬ外交ボイコット

 今からは想像できないでしょうが、かつてバイデン氏は親中として有名な人でした。その一つの事例として、2013年冬に中国が尖閣上空に一方的に防空識別圏を設定した時の対応があげられます。この時副大統領だった彼が訪日し安倍晋三首相と会談するのですが、日米共同での撤回声明を拒否したのです。それだけなら世界の警察を止めたオバマ政権の外交政策に従ったとも取れますが、当時日本の野党党首の海江田氏と会談した際に「習近平に迷惑はかけられない」と漏らしたのです。以下は中国の報道です。

    なぜ米国は安倍首相の要求を拒んだのか。その理由については会談で明かされることはなかったが、3日午前に海江田万里民主党党首と会談したバイデン副大統領は本心を漏らしていた。「習近平国家主席は事業を始めた苦しい時期にある。彼に面倒をかけられない」、と。どうやら米国人は口では日米同盟を高らかに歌いながら、心ではひそかに中国に配慮しているらしい。(出典:「習近平に迷惑はかけられない」とバイデン副大統領、米国の日本支持は口だけだった―中国メディア,Record China.,2013.12.5.,
    https://www.recordchina.co.jp/b80065-s0-c10-d0042.html)

 日本の野党も基本的に親中ぞろいですから、仲間意識のようなものを感じてつい口を滑らせたのでしょう。しかも次男のハンター氏が中国とのビジネスに関わっていることも取りざたされ、日本では大騒ぎになっておりました。

 もっとも親中であることが有名だったために対中強硬になったといえます。就任早々WHOやパリ条約からの脱退を撤回するなど、トランプ政権時代の否定から入ったのですが、中国に対する制裁は継続されました。そもそも5G関連に対する締め付けはGAFAMを主力経済とするアメリカの国益を守る一面もあるので、政権変わっても揺らがないんですね。また米国民主党は人権に重きを置きます(というか党としての一致点がそこしかありません)から中国の人権問題にも妥協できなかったんです。

 その象徴が2022年2月に開催された北京冬季五輪に選手以外の外交使節団を派遣しない「外交ボイコット」です。ウイグル自治区や香港での人権侵害に抗議の意を示したものでしたが、同様のボイコットを表明した国は米国の他にはオーストラリア、英国、カナダ、リトアニアラトビアエストニア、ベルギー、コソボ、そして2020年の中印国境紛争に抗議するインドの10か国に留まりました。それ以外はニュージーランドやスイスなど武漢熱を理由に出席を見合わせた国はありましたが、中国の盟友ロシアのプーチン大統領をはじめ、ポーランド、韓国、タイ、カンボジアサウジアラビア、アルゼンチンなど32か国は出席し、バイデンの思惑があまり振るわない結果となりました。これもアメリカの影響力が減衰した一つの指標になるのではないでしょうか?

ロシアが堂々と侵略

 その北京五輪直後に起こった大事件は何といっても、ロシアが戦争を始めたことでしょう。相手はウクライナ。2022年2月21日、プーチン大統領はかねてから問題となっていたドネツク・ルガンスク両地域の自称国家を「正式」な国家として承認し、その両“国”とロシアの「安全保障」のために派兵を指示しました。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は21日、ウクライナ東部の独立派の反政府勢力が掌握している地域を独立国家と承認した。また、ロシア軍に両地域で「平和維持活動」につくよう命じる文書に署名した。
 ロシア軍による平和維持活動の範囲は不明。部隊が国境を越えれば、ロシア軍として初めて正式にウクライナ東部に入ることになる。
 プーチン氏が独立を承認したのは、「ドネツク民共和国」と「ルガンスク人民共和国」。ロシアの支援を受けた反政府勢力の拠点地域で、名前は同勢力の自称。2014年以降、同勢力とウクライナ軍は戦闘を続けている。
(出典:プーチン氏、ウクライナ東部の独立を承認 ロシア軍派遣と「平和維持」を命令,BBCニュース日本語版,2022.2.22.,https://www.bbc.com/japanese/60473353

 まさに大手を振っての侵略行為ですが、これに先立つ10日にバイデン大統領が危機状態にあるウクライナからのアメリカ国民の退避のために米軍を出さないことを明言していました。

 バイデン米大統領は10日、ロシアがウクライナに侵攻した場合、同国内にとどまる米国民の退避のために米軍を派遣する考えはないと言明した。その理由として「米国とロシアが互いに発砲を始めれば世界戦争になる」と述べ、何らかの形で米露の衝突に発展するリスクを避ける考えを強調。ウクライナ国内の米国人はすみやかに退避するよう求めた。米NBCテレビのインタビューで語った。
(出典:バイデン氏、ウクライナ退避で「軍派遣しない」明言,産経新聞電子版,2022.2.11.,https://www.sankei.com/article/20220211-QGJPCNL4QNMMFBF6MMRZDGISSM/

 前述と並べるとまるで「どうぞ侵略してください」とでもいうような誘い言葉の印象を受けますが、記事にある通り、派兵すればロシア軍と衝突して核戦争にエスカレートしかねないゆえにこういった発言になったのです。ウクライナは同盟国でなく、NATOにも加盟してませんから、集団的自衛権を行使する法的裏付けがないのです。一応国連という大きな枠組みはありますが、ロシアが常任理事国の一員なので拒否権によって無効化されてしまいます。

 国連安全保障理事会は25日、ロシアによるウクライナへの侵攻は「国連憲章違反であり、最も強い言葉で遺憾の意を表する」とする決議案を否決した。非難決議案は賛成多数を確保したが、常任理事国のロシアによる拒否権発動で採択できなかった。
(出典:安保理、非難決議採択できず ロシアが拒否権発動,日経新聞電子版,2022.2.26.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN25EX50V20C22A2000000/

 それゆえプーチンは我関せずとばかりに軍事作戦を継続させ、同年9月30日に件のドネツク・ルガンスクに加えて、ロシア軍支配下に置いたヘルソン、ザポリージャの四州を一方的にロシア連邦に「編入」しました。戦争は現在も続いており、まだ予断を許さない状況です。

 湾岸戦争の時もイラククウェートに侵攻し、あわや併合というところまで来ましたが、アメリカを筆頭とした多国籍軍により、侵攻以前に戻すことができました。しかし今はそれができる状態ではありません。つまり、ことごとくアメリカ主導の世界が音を立てて崩れ去っているのです。

同盟国へ直接攻撃したイラン

 ウクライナ戦争と並んで問題になっているのはイスラエルで起こっているガザ地区をめぐる紛争でしょう。2023年10月7日、イスラエルパレスチナ自治区ガザ地区から大規模な襲撃を受けました。襲撃を主導したのはハマース。それまでパレスチナの代表を担っていたパレスチナ解放機構(PLO)に代わり、ガザ地区を実効支配していたテロ集団です。

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが7日に行ったイスラエルへの大規模攻撃で、イスラエル側の死者は250人を超えた。ガザ地区でもイスラエルによる報復攻撃で230人余りが死亡した。
イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスが残酷で邪悪な戦争を仕掛けた」として、強力な報復措置を取ると表明。ハマスの指導者イスマイル・ハニヤ氏は、「パレスチナの人々はこの75年、難民キャンプ暮らしを強いられている」と述べ、攻撃がヨルダン川西岸とエルサレムにも広がるとの見方を示した。
(出典:ハマスイスラエルの大規模衝突、死者480人以上 米は襲撃非難,ロイター通信日本語版,2023.10.8.,https://jp.reuters.com/world/mideast/PJLXDNODUFKBHM4FF5CJTEIHXM-2023-10-07/

 彼らのモットーは「イスラエルの破壊」であり、これを脅威とみなしたイスラエルは2008年にガザへの攻撃を行っていました。そのため、今回の大襲撃でイスラエルは本格的なハマース打倒を目指して大規模な攻撃を開始します。その被害は民間にも及び、アラブ諸国はもちろんのことアメリカを含めた西側の非難を受けるようになりました。

 その裏で暗躍していると囁かれているのがイラン。かねてからイスラエルに敵対的だったレバノンシーア派武装組織ヒズボッラー(アラビア語で「神の党」の意)がハマスとの連帯を表明しイスラエルへの攻撃を開始します。またイエメンの反政府武装集団であるフーシ派もイスラエルに関係する船舶を攻撃しました。両組織はイランの革命防衛隊の支援を受けており、いわば野戦部隊です。イスラエルは支援を阻止するためにシリア内に駐留するイランの革命防衛隊を空爆、今年2024年4月1日にイラン大使館を破壊し上級司令官数人を殺害しました。それにイランは報復として13日にイスラエルにドローンとミサイルによる大規模な攻撃を仕掛けます。

 イラン革命防衛隊は13日、イスラエルの特定の標的に対して無人機(ドローン)とミサイルを発射したと発表した。イラン国営メディアが革命防衛隊の声明を伝えた。バイデン米大統領は、イスラエルと「揺るぎない」連帯を表明した。
 シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館周辺がイスラエルによるとみられる攻撃を受けたことを巡り、イランは報復を行うと表明していた。
(出典:イランがイスラエル報復攻撃、200超の無人機とミサイル 安保理開催へ,ロイター通信日本語版,2024.4.14.,https://jp.reuters.com/world/mideast/2XVNTKAJZNKW7KWV5C5DXDGNUY-2024-04-13/

 イスラエルの高度な迎撃システムと友好国の連携でそのほとんどを迎撃できたとは言え、イランが同盟国であるイスラエルに直接攻撃を行ったことにアメリカ当局は衝撃を受けていました。

 しかしイランには勝算がありました。思い出してください。トランプ政権が空爆で革命防衛隊の司令官ソレイマニ氏を殺害した時もイランは報復し、イラクの米軍基地で被害が出ました。しかしトランプは死者が出なかったことを理由に幕引きを図ったのです。このためイランは「報復としての攻撃なら反撃してこない」と踏んで直接攻撃を仕掛けてきたのです。実際、バイデン政権もイスラエルの報復には支援しない意向を示しました。

 バイデン米大統領イスラエルのネタニヤフ首相に対し、イランに対するいかなる対抗措置にも米国は参加しないと伝えた。ホワイトハウス当局者が14日に述べた。
(出典:米、対イラン報復に参加しない意向 大統領がイスラエル首相に伝達,ロイター通信日本語版,2024.4.15.,https://jp.reuters.com/world/security/2O6V5PMFBJPDRM6LHENXC5JOM4-2024-04-14/

 トランプ時代のシリア撤収後のトルコ軍のクルド人攻撃、そしてアフガニスタンからの「夜逃げ」のごとき撤収とまとめて見れば、大局的に中東においてアメリカの関与が消極的になっていることがわかるでしょう。

高まる台湾危機

 そして現在最も心配されているのが台湾有事です。最近の2024年5月22日、台湾で頼清徳 新総統が就任し三期目の民進党政権が発足しました。就任演説で彼は「民主と自由は台湾が譲歩できず堅持するものだ」と中国の要求する一国二制度(実質香港化)を拒否したうえで「平和こそが唯一の選択肢だ」と強調し、中国に対して「武力での威嚇や言論での攻撃」を辞めるように言いました。これに対して中国はわかりやすくエキサイトしています。

中国の王毅(おう・き)共産党政治局員兼外相は21日、台湾の総統に就任した頼清徳氏について「民族と祖先に背く恥ずべき行為」をしていると名指しで非難した。中国外務省が同日発表した。改めて頼氏を「台湾独立」派とみなして、対話を拒む構えを示した形だ。
(出典:中国外相が台湾の頼新総統を名指しで非難 「民族と祖先に背く恥ずべき行為」,産経新聞電子版,2024.5.21.,https://www.sankei.com/article/20240521-SN5QMHH43JJD5ECTDWLJTIBJIY/)

 平和と語りかけた頼清徳さんに対して対照的です。中国経済が不安定という内実もあるのでしょう。戦狼外交はまだまだ健在です。実際就任式に日本の議員が参加したことにも反発し「民衆が火の中に連れ込まれる」と恫喝しました。絶好調ですね。今後こうした恫喝は台湾問題のみならず、尖閣諸島問題、ゆくゆくは「琉球帰属問題」でも繰り返されるのでビビってはいけません。

 今は亡き安倍元総理も「台湾有事は日本有事」と発言しましたが、そもそも台湾危機が日本メディアで話題に上ったのが2021年3月にアメリカインド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソンが「中国は6年以内に台湾侵攻する」可能性を上院軍事委員会で証言した時でした。

 デービッドソン司令官は「彼ら(中国)は米国、つまりルールにのっとった国際秩序におけるわが国のリーダーとしての役割に取って代わろうという野心を強めていると私は憂慮している…2050年までにだ」と発言。「その前に、台湾がその野心の目標の一つであることは間違いない。その脅威は向こう10年、実際には今後6年で明らかになると思う」と語った。
(出典:「中国、6年以内に台湾侵攻の恐れ」 米インド太平洋軍司令官,AFP通信日本語版,2021.3.10.,https://www.afpbb.com/articles/-/3335866)

 これをもってして一部の中国専門家は「アメリカが台湾有事を煽っている」と主張していますが、もっと詳しく経緯を調べてみます。司令官の証言に先立つ2020年の12月、バイデン大統領が就任する前に中国は多数の軍用機を台湾の防空識別圏に侵入させています。

 習近平国家主席率いる中国軍は23、24日、台湾の防空識別圏(ADIZ)に戦闘機や爆撃機など計28機を進入させた。対中融和派との指摘を払拭するように「米台連携」を打ち出したジョー・バイデン米新政権を挑発し、値踏みした可能性がある。これに対し、米国務省は、中国共産党政権に、台湾への軍事、外交、経済的な圧力を停止するよう求める声明を発表した。(出典:中国、「米台連携」のバイデン新政権を値踏みか 台湾の防空識別圏に戦闘機など28機進入、併合のチャンス見極めか,ZAKZAK,2021.1.25.,
 https://www.zakzak.co.jp/soc/news/210125/for2101250003-n1.html)

 このように中国が挑発を高める要因として前政権トランプ大統領が台湾旅行法や台湾保障法を制定したことがあげられます。この台湾旅行法を根拠として2022年8月のペロシ下院議長の訪台が実現し、中国が大規模軍事演習をしてエスカレートしていきます。「やっぱアメリカのせいじゃん」と思われるかもしれませんが、さらに元をたどれば、2020年から世界に拡散した武漢熱において中国の圧力を受けた世界保健機構(WHO)が台湾の参加を拒否したことから始まっております。人の命が掛かった非常事態に付け込んだら、人権を重んじるアメリカは対応せざる負えないでしょう(香港での騒動もありますし)。また中国はこのエスカレーションを利用して東アジアでの軍事バランスの新常態を狙っているとの指摘もあります。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)安全保障研究プログラムの責任者、テイラー・フレイベル教授は「中国による今週の行動のこれまでと異なる要素が、恐らく一層日常的になるだろう。台湾周辺における中国の軍事的プレゼンスの性質という意味で、ニューノーマル(新常態)ないし新たな現状が存在する」と指摘した。
 そのような中国の戦略は、緊張をさらに高めることなく中国に自制を促す対応を練るよう米国側に迫る一層大きな圧力となる。
(出典:ペロシ氏訪台は口実、台湾海峡の「新たな現状」構築か-中国演習,ブルームバーグ日本語版,2022.8.9.,https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-08-09/RGBEZMT1UM0W01)

 これを裏付ける証拠があります。2023年10月にアメリ国防省東シナ海南シナ海を飛行する米軍機に対して中国軍機が「威圧的で危険な行動」を繰り返す映像を15件公開しました。

 15件の資料は2022年1月~23年9月に起きたもので、今年9月21日の映像では南シナ海上空を飛行していた米軍機にわずか50フィート(約15メートル)まで接近し、飛行を妨害した中国軍の戦闘機が映っている。
(出典:米、中国軍の危険行為急増で機密解除の映像公開 わずか50フィートまで接近も,産経新聞電子版,2023.10.18.,https://www.sankei.com/article/20231018-MQH3D22B4BP6HOEWKC4KX27XYE/

 インド太平洋安全保障担当のラトナー国防次官補は似たような事例が過去2年間で180件を超えているとして「このような行動はやめるべきだ」と中国を批判しました。ペロシ訪台以前から現場ではエスカレーションは始まっていたのです。

 つまり中国はこの緊張を利用してアメリカに心理戦を仕掛け、緊張緩和のために米軍を東シナ海南シナ海から遠ざけようとしているのですね。それがうまくいけば東アジア、ゆくゆくは西太平洋からも撤収させようとしてくるでしょう。こういう戦略を「サラミスライス戦略」といいます。先述のアフガン撤収やウクライナ侵略、イランの直接攻撃を想起すれば、これも弱体化するアメリカに対する挑戦といえるでしょう。なお中国がなぜ西太平洋の支配を狙っているかは「中国はなぜ覇権主義に突き進むか」で解説しています。

悪いことばかりではない?

 これから私たちが見るのは世界をけん引できない頼りないアメリカです。それによって左翼は勿論、保守派の中にもアメリカを見限る者が必ず出てくるでしょう。  
 ただアメリカの影響力が落ちていくことは必ずしも日本にとって悪いことばかりではありません。それまで日本を属国のように国家方針を押し付けるだけだったアメリカが、逆に日本の国家戦略に影響されるようになったのですから。

インド太平洋戦略

 その最たるものが現在アメリカの主要な対中戦略であるインド太平洋戦略でしょう。これは安部元総理の「自由で開かれたインド太平洋戦略」を下地にしており、アジアで存在感を高める中国に対抗するため、太平洋とインド洋を繋げて、成長著しいインドを引き入れる戦略でした。さらに日本、アメリカ、インド、オーストラリアの四つの国を連携させて貿易ルートと法の支配を守る「セキュリティダイアモンド構想」も取り入れられ、こちらは日米豪印戦略対話(Quad)として結実しております。

Quad構成国(東京、ホノルル、デリー、キャンベラを繋いだ線がセキュリティダイアモンド構想である)

 このように日本の首相のアイデアが生かされたのも、本人のカリスマ性はもちろんのこと、アメリカがアジア戦略で迷走し、弱くなっていたからこそだと考えられます。

 この戦略と安部さんの「地球儀を俯瞰した外交」のおかげで日本の安全保障は大きく変わりました。2015年5月には自衛隊集団的自衛権の行使を可能にする平和安保法制が可決されましたが、日本の一部政治団体中韓朝以外の国々には肯定的に受け入れられました。そしてこの法案が日米安保にとって極めて重要な存在となっております。

増える訓練、求められる負担

 平和安保法制の影響が顕著に表れたうちの一つが日米共同訓練でしょう。同法案成立以前は年間二十数回程度だった訓練が、一時減少した時はあれど増加傾向にあることがわかります。

防衛白書平成25年度から令和5年度までを参考に作成)

 中東から引いていくのに反比例して日本及びアジアへのコミットメントが増加している証拠です。むろんアメリカの方針といえばそれまでですが、そのおぜん立てに安部さんの「自由で開かれたインド太平洋戦略」があるのは間違いありません。前回、トランプ大統領が同盟に対して不満を呈していたのを覚えているでしょうか?これまでのような「アメリカ任せ」では基地周辺の住民よりも先に米国民が音を上げて撤収を要望する可能性が高まるのです。最近でもこういった主張が出ています。

 米外交誌フォーリン・アフェアーズ(電子版)は、「東アジアに迫る人口崩壊」と題した寄稿を掲載した。
(中略)
 中国は兵力として動員できる男子が減り、経済を支える優秀な人材調達にも影響が出るとして、米国には「ライバル弱体化という恩恵をもたらす」と指摘した。日韓については、人口減少により安全保障と経済で対米依存を強めながら、同盟国として現状レベルの貢献を維持するのが難しくなると予想。米国で防衛負担をめぐる不満が強まる可能性があると指摘した。
(出典:日韓は「徐々に米国の重荷に」、対中では有利 東アジア人口減少を米外交誌が分析,産経新聞電子版,2024.5.15.,https://www.sankei.com/article/20240515-YSBWNOF2KZGSHLFBI5TUS7XBSA/

 同誌の分析では日韓で深刻化している少子化による人口減少が同盟国であるアメリカにとって「重荷」になるという懸念です。一応中国の少子化は有利になるとしていますが、かの国は現状人口過多にあるので、重荷の方がクローズアップされていくことが予想されます。大局的に世界から引いていくアメリカに見限られないためにも、我が国は自国を守るための役割を増やしていく必要があるのです。

真の独立への道

 安部さんの残した安保戦略のおかげで日米の連携はかつてないほどに深まりました。2024年4月11日に訪米した岸田総理は米上下両院議会で日本はアメリカの「グローバルパートナー」となると演説して大いに反響を呼びました。

 首相の演説は英語で約35分間行われた。議場が最も沸いたのは、日本が米国と共に、国際秩序を守る決意を語った時だった。「日本はすでに、米国と肩を組んで共に立ち上がっている。米国は独りではない。日本は米国と共にある」と語りかけると、議場は大きな拍手に包まれた。(出典:岸田首相演説「日本は米国と共にある」、十数回のスタンディングオベーション…米議会分断もチラリ,読売新聞電子版,2024.4.12.,https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240412-OYT1T50080/)

 その真意は世界の警察を辞めたアメリカがその負担を日本も背負ってくれると提案されて勇気づけられたからです。そして自衛隊の陸海空軍を一元的に指揮する統合作戦司令部が創設されるのを機に、アメリカは在日米軍の機能強化を行い、自衛隊の連携能力を高める方針です。

 米政府は、2023年1月の外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、日本の統合作戦司令部設置を歓迎。「同盟におけるより効果的な指揮・統制関係を検討する」とし、在日米軍の機能強化などを議論している。
 米軍側の部隊指揮を巡り自衛隊との連携を強化する統合任務部隊を日本に設けることや、在日米軍司令官の階級を現在の中将から大将に格上げするなどして在日米軍の機能を強化することが検討されている。
(出典:米国、在日米軍の機能強化へ指揮統制見直し 自衛隊と連携する統合任務部隊を設置,産経新聞電子版,2024.4.7., https://www.sankei.com/article/20240407-WRATAN7AVNP25G46AJQGQOIQOY/)

 こういう動きに対し「アメリカへの依存が深まる」という懸念を主張する方がいらっしゃいますが、それは話が逆さまです。もともと自衛隊警察予備隊を起源としており、憲法上は軍隊ではありません。そのため日米安保体制72年一貫して日本の安全保障は自己完結したアメリカ軍が担い、自衛隊はその補完組織という役割のままにされていたのです。

 例えば横須賀にある海軍施設は日米地位協定により在日米軍が運用しております。一部は日米共用らしいですが、端っこを使わせていただいているだけで、メインで運用しているのは米軍です。

(横須賀海軍施設 GoogleEarthより)

 また同施設には旧海軍時代から使用されている歴史ある6基のドライドックがあるのですが、比較的小さな1号から3号ドックは日米共用なのに対し、4号と5号は当初米軍と住友重機械工業の共用とされ、最後の一基、かつて信濃を建造していた6号ドックは原子力空母も入ることから米軍専用となっております(現在は住友重機械は撤退し海自の護衛艦大型化に伴い4号・5号も日米共用となっております)。

 そもそも平和安保法制以前の自衛隊は能力が極端に制限されていました。俗に「米国は矛、日本は盾」と言われますが、騎兵隊が廃れて久しい現代戦に防御オンリーなど無力に近く、せいぜい侵略してきた敵相手に遅延作戦を仕掛けて米軍が駆けつけるのを待つか、あとはアメリカ艦隊を守るために対潜哨戒や掃海能力に突出してきたくらいです。

 それが今ではいずも型護衛艦が空母としての能力を獲得することが予定されており、陸自では米軍の海兵隊に相当する水陸機動団も設立されるなど、「軍隊」としての能力を獲得しつつあります。そして2022年に安保3文章の改定でようやく「反撃能力」を持てることになりました。

 政府は16日、国家安全保障戦略など新たな防衛3文書を閣議決定した。相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」を保有し、防衛費を国内総生産GDP)比で2%に倍増する方針を打ち出した。国際情勢はウクライナ侵攻や台湾有事のリスクで急変した。戦後の安保政策を転換し自立した防衛体制を構築する。米国との統合抑止で東アジアの脅威への対処力を高める。
(出典:反撃能力保有閣議決定 防衛3文書、戦後安保を転換,日経新聞電子版,2022.12.16.,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA146QM0U2A211C2000000/)

 こうしたことが可能になったのもアメリカが弱体化し、安部さんのインド太平洋戦略が彼らを導いたからといえるでしょう。もっともただ空母やミサイルを持っただけでは自力で国を守れるわけではありません。だからこそ実戦経験豊富な米軍と一体化し、ノウハウを吸収することで一人前の「軍隊」へ成長する必要があるのです。そしていつか米軍が撤収した時、日本には立派に戦える自衛隊、いえ日本軍がいることでしょう。

「戦える国」になることにいまだ抵抗感を持つ方も多いと存じます。しかし自立した国になるには、時に血みどろな側面も覚悟しなければなりません。世界はまだまだ無法地帯です。アメリカは世界の警察になれず、中国とロシアは18世紀時代のようなパワーポリティックスに従って動いています。こんな世界で生きていくには自立するか、「帝国」の属国になるしかないのです。

アメリカの属国だったんだから、中国の属国になってもいいだろう」という考え方もあります。しかし敗戦後79年間、日本はアメリカの影響を多分に受けてきました。それが自由と民主主義だったからよかったものの、自由も民主主義も認めない中国の属国になったら、今あなた方が思い思いに発言していることも、政治家をけちょんけちょんに批判することも、できなくなる可能性をお考え下さい。そして、あなたの孫やひ孫が「人民解放軍日本族部隊」としてアメリカと戦う悲劇を想像してください。アメリカにとって日本は対中最前線ですが、中国にとっても日本(中国化)は対米最前線になるのですよ。

(2024/5/24 高まる台湾危機の項目に加筆)