ある年、沖縄県石垣市周辺の台風通過中に、中国の漁民が避難のために尖閣諸島の魚釣島に上陸。台風明けに海保の巡視船が救出を試みたところ、彼らは「ここは中国の領土だ」と主張して救助を拒絶。強制退去を意図して隊員が近づけば漁民は鈍器を構えて抵抗してきた。
そこに中国海警局の大型船が接近し、海保に対し漁民への有害行為をやめて退去しなければ攻撃を行うと警告してきた。「ここは日本の施政下だ」と海保隊員が反論するも、海警船は巡視船に一方的な機関砲射撃を浴びせる。この攻撃により海保の隊員数名が殉職、損傷を受けた船は拿捕され、残りの隊員たちが身柄を拘束された。
事件を受けて日本政府は中国に厳重抗議し、隊員達の解放を求める。しかし中国政府は「日本は我が国固有の領土である釣魚群島(中国が主張する尖閣諸島の呼称)へ不当に公船を侵入させ、我が同胞への暴力を企てた」として逆に日本を非難。今後同じ事件が繰り返される場合は戦争も辞さないと恫喝した。世界中で日中戦争の危機が叫ばれるが日本政府は事態の悪化を恐れて中国側に譲歩。交渉の結果、海保隊員らは解放され、尖閣諸島における対立を緩和し、共同開発も視野に入れた交渉を行うことで合意した。しかし中国人が尖閣諸島から引き上げることはなく、一方的な開発が行われることとなる。
以上ご覧いただいたのは、私が最も可能性の高いと考える尖閣有事のフィクションです。このストーリーにおいて日本は名実ともに尖閣諸島を失い、中国が名実ともに尖閣諸島を領有することになります。ウクライナ戦争やガザ戦争が注目される中、ついつい矮小化されがちな尖閣諸島問題ですが、今回はこれが単なるフィクションではないことを皆様にお伝えしたいと思います。
中国の巧妙な作戦「三戦」
ネットでニュースを見ればほぼ毎日見かける尖閣のニュース。中国海警が執拗に日本の尖閣諸島周辺に接近し、時に領海に侵入してきたという報道を見た人は多いでしょう。
4日午前0時20分ごろから、沖縄県・尖閣諸島周辺の領海に中国海警局の船2隻が相次いで侵入した。中国当局の船が尖閣周辺で領海侵入したのは、今年23日目。(出典:尖閣周辺で深夜に中国船2隻が領海に侵入、日本漁船に近づこうとする 今年23日目,産経新聞,2025.8.4.,https://www.sankei.com/article/20250804-CXKJWIMBBBMITCHGRRBICC3C5E/)
これを「いつものことだ」と思ってしまったそこのあなた。見事に中国の作戦に乗せられております。中国は日常的に尖閣周辺に海警船を送ることで、自国の実効支配を既成事実化させるとともに、日本側の現場を疲弊させ、国民を慣れさせて関心を失わせようとしております。これをサラミスライス戦略といいます。
しかし、これは中国が仕掛けてくる巧妙な「三戦」の一部に過ぎません。三戦とは「法律戦」「世論戦」「心理戦」を組み合わせた非軍事的な攻略戦であり、中国は国際的な非難を避けつつ、我が国から尖閣諸島の領有権を強奪しようとしているのです。
中国の仕掛ける法律戦の最たる例が、2021年2月に施行された「海警法」です。この法律は、中国の主権が侵害された際に「武器の使用を含めたあらゆる必要措置」を取る権利を明記しています。
海警法は、中国の主権や管轄権が外国の組織や個人によって不法に侵害されたときに「武器の使用を含めたあらゆる必要措置」をとる権利があると明記されている。(出典:中国、武器使用認める海警法成立 尖閣諸島周辺での活動強化の恐れ,産経新聞,2021.1.22.,
https://www.sankei.com/world/news/210122/wor2101220038-n1.html)
法律といっても中国の場合、法律は政権にとって支配の道具に過ぎず、指導者の気分次第でころころ変わる人治体制です。実際、南シナ海でフィリピン漁船やベトナム漁船に対しては、法施行以前から発砲や体当たりを敢行しており、沈没させてしまうこともあります。何より2018年から指揮系統が軍と同じにされており、実質「第二の海軍」というべき存在となっております。先ほどご紹介したフィクションは、海警局が尖閣周辺での「法執行」という名目で、海保の巡視船に発砲したシナリオを描いたものなのです。
海警法の真意
先ほど述べたように中国は人治国家であり、法律は道具でしかありません。つまり海警法は中国海警局の船が尖閣に侵入して日本の漁家や海保に武器を使用したり、日本が建てた施設等を破壊することを可能にするために制定したのではなく、別の目的があるのです。その真相について、自民党参議院議員の青山繁晴氏が海警法制定当時に動画で解説しています。
その時に相手が日本であれ、アメリカであれ、どこであれ……特に日米ですね、法治国家であることを逆手に取りたいんですよね。で、中国は法律に基づいて正当に尖閣を含む海を警察だけでパトロールしてたら、そこに軍であるところの自衛隊が入ってきて撃ちましたと……全く悪いのは日本ですよねっていう状況を作りたいっていうのが、先ず狙いとして実はある。(出典:青山繁晴,青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会 第108回,2021.2.16., 6:06-6:50,https://www.youtube.com/watch?v=bcwTjnFv-zg)
つまりフリーハンドでできるはずの中国は敢えて我が国と同じ土俵に立つことで、日本の法律をフルに利用する戦略を実行したのです。その法律とは海上保安庁法第20条の外国船への武器使用条件として「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であつて非商業的目的のみに使用されるものを除く」と、第25条の「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」という条文であり、ただでさえ憲法9条によって雁字搦めの自衛隊が動ける余地を奪ったわけです。
だから、仮に我が国の政府が自衛隊を出そうものなら、中国は日本を悪者に仕立て上げて、世界に「日本を攻撃する中国は正義の味方」という国際世論を展開することができるのです。こうした「罠」があるからこそ、今の石破政権どころか、安倍政権であっても抑制的な対応にならざるを得ないのです。逆に中国海警が「警察」のふりをしている間は「過激なことはしないだろう」という認識が海保の中では強まっていました。
エスカレートする挑発
しかし、そんな甘い期待に応えてくれるほど相手はナイーブではありません。日本が動かないのなら、挑発をどんどんエスカレートさせてきます。2023年9月には日本の排他的経済水域内に新たな海上ブイを設置し、日本の抗議にもどこ吹く風とばかりに「合法だ」と主張しております(ブイはその後、中国側の都合で撤去しました)。また5月3日には尖閣諸島領海を侵犯していた海警船が突如ヘリを発艦させて領空侵犯しました。
防衛省や第11管区海上保安本部(那覇)によると、船は4隻で、3日午後0時20分ごろから相次いで領海に侵入。ヘリはうち1隻から発艦し、約15分間飛行した。同時刻ごろに日本の民間小型機が周辺を飛んでおり、防衛省は関連を調べる。(出典:空自戦闘機がスクランブル 尖閣周辺で中国海警局船からヘリが発艦 政府は厳重抗議,産経新聞,2025.5.3., https://www.sankei.com/article/20250503-I7RTYR7MBROTHHX6M46RZQMJFY/)
彼らの厄介なところは、事件当時日本の民間機が尖閣諸島に接近しており、それを口実にヘリを発艦させたと主張していることです。あたかも日本側に瑕疵があるかのように見せかけて、エスカレートを回避するために余計なことはするべきではないという世論を作り出します。しかし、何もしなくても領海に侵入するし、ブイは設置するので、日本側は動いても動かなくても深みにはまる底なし沼にはまったようになります。これが中国の「三戦」なのです。
なお今年は戦後80年ということで、中国は第二次世界大戦における日本の過去の軍事行動への非難を強めてきます。これも世論戦と心理戦を狙ったものであり、真面目な日本人の贖罪意識を刺激して抵抗する気を失わせ、尖閣での自らの主張を正当化することが目的です。早い話が中国は常に日本を悪者と仕立て上げて、自らが正義のヒーローとなることで外交上有利に立とうとしているのです。
グレーゾーン戦略の極致「海上民兵」
日本側から撃たせることを目指しつつ、挑発をエスカレーションさせてくる中国。既存の尖閣有事のシナリオでは中国の挑発に耐えかねて海保が発砲したり、「右翼団体」が尖閣に上陸したりと、日本側に原因がある形でシミュレーションが行われているのがほとんどです。しかし、規律を重んじた海保が暴走することはあり得ないし、「右翼団体」が日本の行政に逆らって行動するような時代でもありません。したがって可能性が高いのは有事の中でも、有事と見なされ難いグレーゾーンと呼ばれる領域での戦いが予想されます。
冒頭のフィクションでは、台風を口実に上陸した「漁民」が、救助を試みた海上保安官に抵抗するという描写がありました。この「漁民」こそ、中国のグレーゾーン戦略の極致である「海上民兵」なのです。彼らは単なる漁師ではありません。平時には漁業に従事しながら、有事には軍の指揮下で行動する、訓練された武装集団です。
米太平洋軍統合情報センターの元作戦責任者、カール・シュスター氏はCNNの取材に、「人民軍海上民兵は漁をしているわけではない」と指摘。「彼らは船に自動兵器を搭載して船体を強化しており、至近距離では非常に危険な存在となる。また最高時速は18~22ノット(時速32~40キロ)に上り、世界の漁船の9割より速い」と説明した。(出典:南シナ海に群がる「海上民兵」、中国政府は存在すら認めず<上>,CNN日本語版,2021.4.24., https://www.cnn.co.jp/world/35169877-2.html)
すでに南シナ海ではこうした「海上民兵」が猛威を振るっており、CNNの記事はそれを取り上げたものです。これが尖閣諸島に押し寄せてきた場合、日本側は対応に苦慮することになります。と言うのも日本は日中漁業協定に基づき、尖閣周辺をEEZ漁業法適応特例対象海域と定めているため、中国漁船を取り締まれないのです。

流石に露骨に尖閣を占拠するような真似をすれば対処しますが、相手は訓練された兵士です。数と戦闘力次第では制圧が難しく、その間に中国海警が「法執行」を口実に介入すれば、間違いなく海保隊員に犠牲者が出ることでしょう。
そうなった時に「海保が沈んだ。次は自衛隊だ!」などとできるのかと。戦後日本のありようを思い返せば、政府は殉職した隊員の遺体回収と、「捕虜」となった隊員達の解放を優先することでしょう。尖閣を取り戻すどころではなくなるわけです。
中国が尖閣を奪う「攻め」の論理と裏事情
ここまで中国がいかにして尖閣諸島を日本から奪うかについて、戦略的な視点で解説してきました。中国は直接的な軍事作戦よりも「三戦」という非軍事的なアプローチでもって現状変更を試みます。これは古代中国の戦略家である孫武が書いた指南書「孫子の兵法」の考え方、すなわち**「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」**を現代に蘇らせたものと言えるでしょう。直接的な武力衝突を避け、相手の弱点を巧みに突くことで、自国の目的を達成しようとするのです。
尖閣諸島を巡る中国の「攻め」の論理は、以下の三段階で構成されます。
1.「法律戦」による正当化
2021年の海警法制定は、中国海警局に尖閣周辺でのあらゆる行動に法的根拠を与え、日本側の行動に制約をもたらしました。これにより、中国は国際社会に対し、自らの行動を「正当な法執行」であると主張する土台を築きました。
2.「グレーゾーン」戦略による挑発
海上民兵の活用や海警船による執拗な領海侵犯といった非軍事的な手段を用いることで、日本の海上保安庁が対応しにくい状況を作り出します。これは相手に決定的な一発を撃たせることを狙う挑発であるとともに、逆に抵抗する気を失わせる巧妙な心理戦でもあります。
3.「世論戦」による支配
第二次世界大戦における日本の「贖罪意識」を刺激し、日本の行動を「軍国主義の復活」として世界に喧伝することで、日本を孤立させようとします。また日常的な領海侵犯を繰り返すことで、日本国民を慣れさせて関心を失わせ、日本の領有権を曖昧にし、事実上の領有権獲得を既成事実化しようとします。
なぜ中国がこんな回りくどいことをするのかというと、尖閣諸島の歴史において中国に不都合な事情があるからです。尖閣諸島は日本が1885年に調査し、無主の島々であることを確認した後に1895年沖縄県編入を閣議決定しました。その後敗戦に伴って一時的に米国に統治されましたが、1972年の沖縄返還と共に日本の施政下に収まりました。これに先立って1968年に国連機関の調査で尖閣周辺に石油があると発覚した途端、中国は突如領有権を主張し始めたのです。
しかし尖閣諸島が沖縄の管轄内であることはサンフランシスコ講和条約にも定められていることであり、それ以前に1895年の編入時にも中国が異議を出したことはありません。それどころか1953年の人民日報では沖縄の反米運動を報じる記事で尖閣諸島を沖縄の一部として説明しているのです。挙句の果ては中国の出版社が1960年に出版した地図には中国名ではなく尖閣諸島と記載されていたのに、1972年版では島ごと記載が削られております。


これは中国にとっては後出しじゃんけん的な状況であり、これを打破するために中国は孫子の兵法を現代的に応用し、日本との直接的な軍事衝突という「悪手」を避けながら、時間をかけて尖閣諸島を領土問題に仕立て上げているのです。そして極限までエスカレーションが進んだ先に、尖閣諸島の「共同開発」を持ちかけることで日本の主権を喪失させ、名実ともに実効支配を実現させるのです。
そうです。今私たちの目の前で展開されているのは、単なる領土紛争ではなく、尖閣諸島の歴史まで巻き込んだ非対称的な「戦争」なのです。
尖閣諸島に関する詳しい情報は以下のサイトをご覧ください。
<石垣市尖閣諸島デジタル資料館>https://www.senkaku-islands.jp/
<内閣官房>https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/taiou/index.html#senkaku
<外務省>https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/index.html